俺が「鋼の錬金術師」と呼ばれるようになってから、4年の月日が経った頃。

漸く俺達が捜し求めていた、「賢者の石」の製造方法を発見した。

ウロボロス(もう壊滅済み)の連中のように、人の命を使って製造するものでは、決してない。“本物の”賢者の石を。


当然、すぐさまアルフォンスの体を練成し、魂を戻した。しかし俺の手足は、今も尚冷たい鋼のまま。

その時既に、「鋼の錬金術師」という名の由来が鋼の義肢、機械鎧オートメイルから来るものだと言う事は、周知の事実となっていて。

余計な詮索をされない為にも、アルフォンスと相談して俺は義肢のままでいる事に決めたのだ。


しかしとにかくアルフォンスは戻せた事だし、念願を果たしたからには、俺が国家錬金術師である必要はない。即効で資格返上を申し出た。

が、世の中そう甘くはなかった。予想してはいたが、資格返上は当然の如く却下されてしまったのである。

「民衆の味方の国家錬金術師」「史上最年少天才国家錬金術師」と持て囃され、その技術、知能共に他の国家錬金術師を凌駕していると言われるような人間を、軍が手放すはずなかったのだ(自分で言うのもちょっと虚しいけど)。

軍の人気云々の問題も多少はあっただろうし、何よりも軍は「鋼の錬金術師」が己らに刃向かうような陣営に加わるのを恐れていた。聞いたところによると、軍は俺が銘を貰う前から既に、俺という人物を手放すつもりなんぞなかったらしい。馬鹿じゃないのかと笑いたくなってくる。


結局の所、俺は査定免除、しかし軍の命令には絶対服従という釘を打たれた上で、一生軍属という理不尽な肩書きを押し付けられてしまった訳だ。

それがもし査定(という名のただの研究成果報告)は絶対だが軍の指図は受けないでいい、という(俺に都合のいい)条件なら喜んで受けた。むしろ軍の命令になんぞ従いたくないからこそ、資格を返上したいって言ってるんだから。


だがまぁそれは、「焔の錬金術師」ロイ・マスタングがいつかは解放すると約束してくれたからいいとしよう。奴なら絶対成し遂げてくれるとわかっているから、それまで耐えればいいだけだ。


そして更に2年の月日が流れる。それまでに俺はいくつかの戦場を経験し、いくつもの死を見ていた。焔の准将(昇進した、近々もう一階級上がるらしい)が極力そういった命令は回避してくれてたらしいけど、限界ってものはあるもんだ。

前線に立って、あるいは治療専門の錬金術師として後方にいたりする内に、随分と人を殺す能力も高まった。悲しい事だと思う。

けど俺は、軍属として当たり前の事だが、民衆にそう顔を知られている訳ではない。反して銘は知らぬ者などいない、とまで言われているらしいけど(事件体質は相変わらずだから)。

これは多分、軍が頑なに俺の顔を知られないようにしているせいだと思う。その理由はわかなかったが(というか興味がなかったから考えるのを放棄した)、今わかったぞ。


「潜入捜査、させる為だったのか・・・・・・・」


少人数、または単体で動かねばならないその任務。故に担当する者は個人の能力が高く、しかし顔の知られていない人間である事が必須。更には、別に抜けても軍務に支障をきたさない人間である事が好ましい。となると、潜入捜査が出来る者等随分と限られてくるだろう。

その分、俺は随分と適任だ。軍属ではあるけど軍務にはついてないし、戦闘能力は高いし、若いからどこにだって入れるし。


いやはや、流石は軍の古狸ども。考える事が一々あざとい。冗談抜きで殺したくなってくる。


「・・・・・・鋼の、そう殺気立つでないよ。上層部が決めた事に一々腹を立てては、身が持たん」
「経験者は斯く語る、か? 同情するぜ、全く」


ソファーに踏ん反り返りながら、命令書を丸めて頭上高く投げる。落ちてくるまでに手を合わせて、その両手で包み込むようにキャッチした。

一瞬後、わずかな青白い練成光がやむと、俺の手の中にあるのは小さな花束。清楚な水色と白の花でできている。この目の前の男にやっても仕方ないので、ホークアイ大尉に渡そう。

そんな事を考えつつ立ち上がると、准将が感心したように言って来た。


「・・・・・・・・相変わらず見事だな」
「質量保存の法則やら何やら、色々無視してるけどな」


賢者の石を使った影響か、以来そんな特殊能力が付属されるようになった。ちなみに何故か真理の野郎(あの門の前にいた白い男の事だ)とも仲良くなり、賢者の石は今奴に預けてある。

この能力のお陰で何度も命が助かったし楽もできたからいいのだが、と苦笑して、准将に花束を持った手を振って執務室を後にした。




潜入捜査 #01






「エドワード・マスタリング・アームストロングです」


何だよその名前は、なんて聞いてはいけない。むしろ聞かないでくれ、後見人が遊び半分でつけた偽名だから。

すごく無意味に叫びたくなってくるような名前だけど、俺は笑顔で乗り切ることが出来た。でもそう何度も言えまい。今度から自己紹介は「エドワードだ。よろしく」で終わらそう、うん。


氷吹雪に襲われたような心境でいると、教師が一番後ろの空いている席を指差して、そこに座るように言ってきた。もちろん大人しく従う。その際、歩く様は堂々と、しかし優雅に。

何せ今俺がいる学校は、通常貴族のご子息ご令嬢が通う高校なのだ。全員の仕種が洗練されているので、逆にそうでない者は目立ってしまう。という准将の主張から、何故か俺は事前に礼儀作法の訓練を受ける羽目となった。ちなみに教師は「豪腕の錬金術師」アレックス・ルイ・アームストロングの妹、キャスリン・エル・アームストロング(ちなみにここの卒業生)女史だ。

優しく教えてくれはしたのだが、いかせんあの怪力をどうにかして欲しかった。俺が機械鎧でなければ、この右手はとっくにつぶれていたと思う。始終緊張気味の彼女をダンスの相手にしてはいけないよ、本当に。


話は脱線したが、とりあえずクラス中の視線を集めながら席まで足を進める。そして椅子(学校の備品の癖にアンティークのようだ)の横で一旦立ち止まり、しなやかに着席。

軍人としての訓練をつんだ奴には、コレは辛いかもしれない。だって何だよ“しなやかに”って。男なら男らしく軍人のようにキビキビと動かせろ! と内心で叫んだところで、ふと思い出した。


・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、これってもしかして、女性の動き方じゃねぇ?


と、訓練中にキャスリン女史に言ってみたところ、彼女は一瞬虚を突かれた様に目を瞠った後、おっとりと肯定したのだ。何でやねん。

彼女曰く、別に女性の動作でも堂に入っているからいいではないか、と。良くねぇよ。そう言いたいのに言えなかった。近くで見張っていた(本人はただの様子見と言っていたが、あれはどう見ても見張りだ)彼女の母が、目を鋭く光らせて頷いていたからだ。あの母の眼光には勝てませんでした。そして身長でも敵いませんでした(女性であの身長は反則だろ)。


後で調べた所、他の礼儀作法は普通に男のやり方だったのでほっとしたが、もうあまりあの家族には関わりたくないと思う。切実に。


そんな事を虚しくなりながら思い出していると、不意に隣の席の奴が話しかけてきた。教師がそのままSHRを始めたからか、その音量は小さい。

「俺、スエラ。スエラ・ル・レイレーラック。スエラって呼んで」


貴族だ、名前からして明らかに貴族だこいつ。

俺は反射的に顔を引きつらせそうになりながら、「よろしく。俺はエドって呼んでくれな」とにこやかに答えていた。安堵すべきなのは、名前に反してスエラ自身は随分と親しみやすそうな性格な事か。

彼は銀髪碧眼の、誰かさんを彷彿させるような美青年だった。でもその誰かさんとは違って、笑顔がとても人懐っこい。少しだけアルフォンスにも似ていた。


その後も席が近い奴らが次々と(小声で)自己紹介してくれたのだが、皆が皆長ったらしい名前の持ち主で。覚えるのが面倒だから、名前だけ覚えて同じく笑顔で返す。この時点で既に顔が筋肉痛で引きつりそうになっていた。


そして5分ほどのSHRも終わると、我先にと生徒達が俺に近づいてくる。先に自己紹介を済ませていた奴らはもう(妙に)親しげに(しかも何故か優越感も明らかに)話しかけてきて、喜んでいいのか悪いのか、少し微妙だ。

特に隣のスエラはイスごと寄ってきていて、膝が触れそうなほどだった。どうでもいいが、この学校、共学だよな? 決して男子校とかじゃないよな? 何か皆さん(特に男子)鼻息荒いよ。頬染めるなよ気持ち悪い!

それでも俺は必死になって笑顔を維持した。軍に遊びに行くとたまに狸親父共に絡まれる事があるので、それに比べればこいつらはまだ可愛いもんだ。とか何とか自分に言い聞かせて。


救いは詰め寄ってきた生徒の3分の1が女子だった事か。でも綺麗ねぇとか言いながら髪やら頬やら触るのは勘弁して欲しい。マジでここブルジョワジーな奴等が通う高校なのか!? 何か特殊な奴等が集まる施設とかじゃなくて(失礼)!?

けれどそれもやんわかと気付かれないように拒絶して(ここら辺は後見人の真似だ)、次々に出される質問に笑顔で答えていく。


曰く「この学校に来る前まではどこに?」「何故この時期に転校してきたんだ?」「アームストロングってあの代々優秀な軍人を輩出してきた家だよな、なんで君はこの学校に?」「シャンプー何使ってる?」「エドワード君今度我が家のお茶会に来ないかい?」「綺麗な金髪。私も金髪にしようかしら?」「金色の目なのね。とても綺麗。お顔もとても綺麗で、私好みでしてよ。私のコレクションに入りませんこと?」等。

前半3つはともかく、後はいったい何だ。特に最後の! これくしょん!?

とにかく最後の奴は丁重にお断りし(すごく残念そうな顔で名残惜しげに頬を撫でられた。本能が危険を察知した!)、金髪にしようか悩んだ赤毛の女性には、「君の愛らしい顔には、冷たい印象を与えかねない金髪よりも、その温かな色の方が似合っているよ」と笑顔で言い(これも後見人の影響だ。けど関係のない奴らまで顔を赤くしていたのは何故)、シャンプーは「知り合いの自家製」と答える(ちなみにホークアイ大尉からいつももらっている)。

これでどうでも良い問題は無事解決(一つは故意に無視)。本題に入ろう。


「ここに来る前はイーストの学校に通ってたんだ。そこ、やっぱり軍事関係の学校でさ。代々アームストロング家の男は全員そこに通わされてるんだけど、俺は軍人になんて・・・・・・なる気ないから。逃げて来たって訳」


今更だが、今回俺がこの学校に来たのは捜査のためである。まぁこれは言うまでもないだろう。ではその目的はと言うと、これが嘘だか本当なのか・・・最近この、血筋も良けりゃ懐も温かい連中だらけの学校の生徒を中心とした、反政府組織を名乗る団体が出現したらしい。

反政府組織と言っても、形は様々。言葉や署名で訴える穏便なところもあれば、やっている事はテロリストと同じような武力で訴える所もある。俺はそのどちらかを見極めに来た訳だ。


前者ならそれでよし、後者なら・・・後々俺が潰すことになるんだろうな。


とにかく、仕事は既にこの時点から始まっている。さっきの言葉の最後で、俺は遠まわしに軍人、しいては今の政府を否定した。ほぼ独裁政治をしいてきた前大総統、キング・ブラッドレイは亡くなった(ウロボロスを壊滅させた際に准将と俺で殺したのだが、表向きの死因は急性心筋梗塞となっている)が、軍事政府でなくなった訳ではない。

反政府組織が本当にこの学校にあるならば、この俺の言葉を聴いてどう動くだろうか。ちなみにこの俺の表向きの転校動機は、後で大々的に噂として流させるつもりだ。この注目度ならば、噂は予想よりも早く広まるかもしれない。

そんな俺の策略に気付いているのかいないのか、スエラ達はしきりに関心していた。


「君、すごく勇気があるね。家に楯突くなんて、俺にはできないな」
「んー。と言っても、俺には頼れる人がいたから。ここにすんなり入学できたのも、その人の・・・叔父のお陰。今後見人になってもらってるんだ」


ささやかな謙遜を忘れてはいけない。会話はこうしてスムーズに成立つのだと、俺がここ2年で学習している。勿論そんな風に気を使うのは、上辺だけの付き合いの奴限定だけど。

ちなみにこの設定も准将が考えた。しかし今回あの男は蚊帳の外。俺が言った後見人とは、別の人物をさしている・・・悲しいことに。


「叔父さん? 誰?」
(言いたくねぇ・・・・・)


んな事まで聞くなよ。これだから坊ちゃんは・・・と思いつつも、表面上は爽やか系で通せ、と言われているし、隠してもすぐにばれるだろうから素直に答える。果てしなく自分の口で明言したくなどなかったが。


「アレックス・ルイ・アームストロング・・・・・・・・」


ちなみに彼の地位は未だ少佐だ。あの人は出世欲がないから、当然と言えば当然なのかもしれないが。

しかし名前を言うだけで脱力してしまうのは何故だろう。流石は豪腕だ(?)。

そんな事を虚しく考えていると、スエラが予想以上に反応を返してきたのだ。


「アレックス・ルイ・アームストロング!! 豪腕の錬金術師!?」
「あ? あぁ」


そのくそ長い名前を繰り返さんでいい。内心でそう突っ込みつつ頷くと、スエラは目を輝かせて俺の手を取った。だからお前、ちょっとスキンシップ多くねぇ?


「凄い、豪腕の錬金術師と血縁だなんて!! あの人地位は低いけど、鋼の錬金術師や焔の錬金術師と同じくらい有名なんだよ!! 本当に凄い!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・スエラ」
「うん?」
「お前、少佐のファン?」


んなアホな。そう思いつつも聞かずにはいられなかった。

まさかこんな所にあの御仁の熱狂的なファンがいたとは。しかもスエラは別に特別筋肉質な訳でもなさそうだし、歳も若い。豪腕のファンは大抵筋肉隆々のおっさんオンリーだと俺の中では決まってたから、余計驚いた。

申し訳ないが若干引きつつ(今も尚両手を握り締められている事も起因する。男に手を握られ続けて嬉しい訳が無い)スエラを見てみれば、彼は一瞬虚を衝かれたよな顔をした。


「いや、違うかな。俺は国家錬金術師になるのが夢だから、その延長上」


それはそれで安心した(別の意味で不安も募った)が、ぶっちゃけこいつ結構失礼じゃないか? 仮にも俺の叔父を「地位が低い」とかファンじゃないとか。お世辞というものを知らないのだろうか・・・・。否、そもそもそんな物を求める事自体が間違っているか。

けれどその失礼さが決して不快ではない。ただ自分に正直なだけだろう。今の自分のように殆どが嘘に塗りつぶされている人物よりも、こちらの方が余程好ましい。


国家錬金術師を目指すなら錬金術の話もわかるだろうし、意外とこいつとは仲良くなれるかもな、と思いつつ、俺は苦笑を(何せまだ手を握られている)噛み殺してただ「そうか」と答えたのだった。






 
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