落ち行くメサイアの中で、瓦礫に囲まれて銃を向け合った。 しかし引き金は引かぬまま、男と問答を繰り返す。 そうする内に世界はまたもとの混迷の闇に戻ると、そんな話になって。銃を握った手に力を込めながら、どんなに苦しくても自分たちは足掻いて見せると返した。 すると男は余裕そうに微笑んで、手の掛かる子供に対するかのように苦笑する。 「傲慢だね、流石は最高のコーディネイターだ」 そして歌うようにその忌々しい言葉を紡いだのだ。 「傲慢なのは貴方だ。僕はただの・・・一人の人間だ! どこも皆と変わらない!」 そう言い返した時の、彼の表情が癇に障る。どうしようもなく愉悦を刺激されたような、そんな顔が。 「だがそう思う人間がどれだけいる? このメサイアを落としたのは誰だ? たった一人で、これだけの人間を殺したのは!!」 男は両手を広げ、周囲の光景をキラに見せ付けようとした。男を避けるように折り重なる、瓦礫と死体の山を。 思わず何も言い返せずに息を呑むと、男は静かに腕を下ろした。そしてゆっくりと口を開く。 「このメサイアが君の手によって落ちると悟った時、私は既に生きることを諦めていた」 その内容が意外で、何を考えているのかわからない男を凝視した。 男はその視線を受けながらも、何食わぬ顔で突然銃を放り出したのだ。もう何もかもがどうでもいいと、そう言いたげに投げやりな仕草で。 「何を・・・」 「私のディスティニープランは君達の手によって阻まれるだろう。客観的に考えても、他に反対する者達が多くいるだろうしね」 相変わらず歌うようにそう言って、ふらふらと足を進める。その先にあるのがまだ機能の生きているコンピューターだとはわかっていたけれど、キラは何故か動くことはできなかった。 「だが、これはどうだ? 『この情報』は。『この情報』を流せば、多くの人間がこれに食いつくだろう。そしてその中の、私ではない誰かが再びディスティニープランを思いつくかもしれない。君と言う存在に味を占めて、初めから戦士としての能力を伸ばす教育を始めようとするかもしれない。そして・・・・」 狂気に取り付かれたように、尚も訳のわからない言葉を言い募ろうとする男を、キラは衝動的に止めていた。 一発の銃声が響き渡り、男の声はそれっきり聞こえなくなったのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 衝動で人を殺してしまったことにショックを受け、銃を取り落として座り込む。しかしそうしている間もメサイアは着々と崩れていくので、早く脱出しなければならなかった。 (『この情報』・・・?) 男が言った言葉の意味はわからぬまま、そして次の衝撃でコンピューターが壊れたせいで、それを確かめることもできぬまま。キラは仕方なしにメサイアから脱出するため、立ちあがったのだった。 escape「な、に・・・・・これ・・・・・?」 キラがメサイアから脱出しようと立ちあがったのと同時刻。 ピンクの戦艦エターナルのCICで、メイリンが呆然とした声を上げた。 「どうかしたのですか?」 それに反応したのは、本物のラクス・クライン。反射的に戸惑う心を押し隠して、報告を開始する。 「メサイアから凄い勢いで情報が流れ込んで来ています。遺伝子情報学関連のようですが・・・・・・・。」 言いながら、スクリーンにそれを次々と転送していった。 ―――それは、まず一人の男の顔写真から始まった。名はユーレン・ヒビキ。とある遺伝子研究所で働いていた男である。 彼は母体による影響を受けない『最高のコーディネイター』創造のため、人工子宮を制作し、妻ヴィアに宿った自らの双子の子供の片方を実験体としたとのこと。 「・・・・なんて事を・・・・・!」 ユーレン・ヒビキの情報が何故今こうも大々的に流れているのかは不明だが、ラクスは信じられない、と言いたげに口元を抑えた。彼の所業に対する、若干の生理的嫌悪もあったのかもしれない。 そこに丁度、スクリーンの端にネオの顔が映し出された。 「どうした」 今も尚スクリーンを流れ続ける文字に視線を走らせていたバルドフェルトが、怪訝そうにネオを見る。すると彼はアークエンジェルの艦長席の横を陣取り、身を乗り出して叫んだのだ。 『今すぐこの情報源を断て!! これ以上情報を流させるな!!』 どうやらエターナルだけに送られたものでは無かったらしく、その事も不思議に思いながらバルドフェルトはメイリンを見る。しかし彼女は首を左右に振り、「私には無理です」と言った。 以前メイリンがエターナルに入る前に行ったテストで、情報処理にあたり彼女に勝る技術を持つものは、この艦にはいない。 「・・・キラは今どこですか?」 唯一の例外は、彼だ。ラクスの言葉を聞き、メイリンはストライクフリーダムのシグナルを確認した。 「メサイアから距離50。こちらに向かっています。」 ならばもうすぐに着くだろう。彼ならばなんとかできると思うが、それまでは打つ手が無い。 そうネオに伝えようとしたその時、文字ばかりだったスクリーンが突如映像に変わった。 画像は粗く、不鮮明だ。しかし動き回るそれを特定するのには十分で、それが映す者を見、バルドフェルトも、ラクスも、アークエンジェルに居る者たちも言葉を失った。 「・・・・・・・・・・・・ストライク・・・・・?」 砂漠での戦闘、水中での戦闘、海上での戦闘。場所を問わず圧倒的な強さを見せ付け、鹿のように敏捷に力強く敵を屠っていくそれは、紛れも無く今は無きストライクガンダムの姿だった。 特に砂漠での戦闘の映像は、過去バルドフェルトが撮ったものそのままだったので、彼は人知れず眉根を寄せた。 そして画像は、今度は違う機体を映し出したのだ。 蒼き羽を広げ、数十機ある敵MSの戦闘具のみを奪う戦法は、もはや見なれたもの。 かの機体の武勇伝は、軍人ならだれもが一度は聞いたことがあるほどだ。先の戦争において、中盤で最強とされていたストライクに変わり、終盤から今に至り最強とされるMS。 「フリーダム・・・・・」 誰の物とも知れない呟きに呼応するように、フリーダムはストライクとは比にならないほどの圧倒的強さをもって『戦闘具だけ』破壊していく。 改めて見せられたそれは、見慣れているはずの者達からも言葉を失わせる力を持っていた。 「・・・・・・・・・・・これは、エターナルとアークエンジェルだけに流れているのですか?」 不意に、静かにラクスがメイリンに訊ねた。何かを悟ったらしく顔を青くして固まっていた彼女は、その声に我に戻って機械に向かう。 そして数秒の間を置いて、消え入りそうな声で答えたのだった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・いいえ、全世界に向けて発信されています」 息を呑む気配が、あちらこちらから発せられる。ラクスも顔を強張らせ、拳を強く握った。 「キラは・・・・・!?」 「・・・・・・もうすぐそこです。整備班、着艦準備をお願いします」 恐ろしい事が、起こりそうだと。 誰もがそう予感し、今この場に居ない青年を懸念した。 そう既に、先ほどの文字での情報と映像を見た誰もがその意味を理解していた。 そしてトドメとばかりに、尚も流れ続ける映像の中では、ストライクフリーダムが2分で25機ものザクとグフを撃墜した――ご丁寧にタイマーとカウンターが映像内で作動していた――上、戦艦も戦闘具を外して戦闘不能にした状態に陥らせたのだ。 これ以上の戦闘能力を持つ者はいないだろう。そう思わせるのに充分の映像だった。 しかし、映像はそれで終わらなかった。 ストライクのコックピットから、そしてフリーダムのコックピットから、それぞれ同じ人物が降りてくる映像が映り。 その容姿が拡大され、次いで別のヴィア・ヒビキとユーレン・ヒビキの顔写真とDNA情報が映された。 「・・・・・・・・・・キ、ラ・・・・・」 予想はしていた。だが信じたくなかった。 そんな彼らの内心など無視して、次に映し出されたのは―――――キラのDNA情報。 データ化されたそれは、彼がヒビキ夫妻の実子であることを証明していた。 しかしそんなもの、すでにヴィアの顔を見た後では無意味でしかない。 血を疑う必要性すら感じないほど、彼らは似通っていたのだ。 自分の子供を『最高のコーディネイター』にしようとしたユーレン・ヒビキ。その妻、ヴィアそっくりの青年。彼は最強と言われたフリーダムとストライクの両方を操っていた人物。これらの情報が示すのは、一つだった。 底知れぬ戦闘能力を有する『最高のコーディネイター』が実在するのだと、そう世界に知らしめたのである。 誰も、言葉を発することができなかった。事情を知っていたネオ――否、ムウでさえ、恐れていた事態に言葉を失っている。 と、そんな時。 「遅かったみたいだね」 低く、不自然なほど平坦な声がブリッジに響いたのだ。 「キラ・・・・・」 到着したキラは、呆然としたアスランの前に立ってスクリーンを見つめていた。 未だ表示されている自分の顔と、それに酷似した母の顔、そして父の顔を。 しかし彼を見る他の人たちの顔は、決して見ようとはしなかった。 「・・・・・・・・・悪いけど今から少しだけ、休ませて。話はその後」 キラは、別段取り乱した様子は見せなかった。しかしそれが異様に見えて、ラクスは彼を見たまま声を掛けかねていた。 戸惑っている内に彼は踵を返し、返事も聞かずにブリッジから出て行ってしまったのだた。 誰とも顔を合わさないままブリッジから出て行ったキラを、アスランは一拍遅れてから追った。今彼を一人にしてはいけない――そんな強迫観念に駆られてしまったのだ。 「キラ、」 「ちょっと休ませて。一人にして」 ブリッジからどれくらい離れた所に来たのだろうか。自分が追ってきている事に気づいているはずなのに何も反応をしないキラに、アスランは焦れたように声をかけた。 しかし結果は言わずもがな。冷たく拒絶され、一瞬言葉を失う。 今まで、彼にこれほどはっきりと拒絶された事があっただろうか。敵対していた時でさえ、彼はどこか甘えに似た感情を己に寄せていたはずなのに。 ならば、今のこの状態は。 「・・・・・キラ!!」 これは、危ない。何が危ないかはアスラン自身もよくわからないが、とにかく今のこの状態のキラは普通ではない。 だからこそ今度は強く名を呼び、同時にキラの細い腕を掴んで強制的に足を止めさせた。 「・・・・・・・・・・・・・・もう一度言う。今は一人にさせて」 キラは、アスランを見ようとはしなかった。その秀麗な顔を斜め下に向けるようにして、どれほどアスランが彼の腕を掴む手に力を入れようが、頑固として視線を合わせようとはしない。 そしてその声は、先ほどのそれよりも更に冷たく、あからさまに拒絶を主張していたのである。 だがアスランも引けなかった。何か言いたい事がある訳でもないから口を開く事もできず、だからと言ってキラを一人にさせる訳にはいかないのだ。 しばらくは二人とも無言のまま、じりじりと居心地の悪い空気が肌を刺した。けれどやはり、アスランに何か気の利いたことなど言えるはずもなく。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・アスラン」 悶々としている内に、状況を打破しようと先に口を開いたのはキラだった。いつの間にか下げていた視線を上げてみれば、彼は先ほどと一変してアスランを真っ直ぐに見、柔和な笑みを浮かべて「ごめんね」と言う。 「疲れてるんだ。アスランだってそうでしょう? 落ち着きたい、その為に一人になりたい。僕変なこと言ってる?」 変なことは言っていない。だがその行動こそが、変なのだ。 だが余りにも漠然としたそれに、アスランは思わず眉根を寄せて更に強くキラの腕を握った。まるで絶対に逃がさないと言わんばかりのその力には、流石のキラも痛そうに身を捩る。 「アスラン、放して」 キラは言う。痛いはずなのに苦笑を浮かべたまま、先ほどまでは頑として合わそうとしなかった目をひたと合わせて。 ―――――そうして彼は、逃げようとしているのだ。 狡猾にも、アスランを言い負かそうとしている。聞き分けのない子供に対するように優しく、けれどアスランの顔を立てて下手から。 「・・・・・そこまでして、どこへ行こうとしているんだ・・・・・・!?」 漸くわかった。間違いない、彼はこのままどこか、アスラン達の手の届かない場所に行こうとしているのだ。 他の誰を誤魔化せても、幼い頃から兄弟のように一緒にいたアスランには通用しない。 今の彼は、目の前にアスランがいるというのに彼を見てはいなかった。見ているのは自分の今後。これからどうするか、どうすればいいのか。全て“自分一人で”為そうと何かを綿密に画策しているのである。 長い付き合いからそれがわかってしまったアスランは、自分の言葉にピクリとも反応を返さない幼馴染を見て、逆に確信した。 「お前は、いつもそうだ」 もう何だか、情けないのか悔しいのか泣きたいのかわからなくたってくる。投げやり気味に複雑に絡み合う感情をそのまま声に乗せ、その声に少しだけ表情を崩したキラをきっと睨みつける。 「どうでもいい嘘を言い当てられれば態とらしく笑って誤魔化して。本当に隠したい嘘は逆に何の反応もしない。予想外の事を言われたら目を瞬かせる! 今お前が取った行動はどれだと思う!?」 「・・・・・・・・・・・よく見てるね」 キラは、笑っていた。最早苦笑ではない、泣きそうな笑みだった。 これが、これこそが普通なのだ。自分の知られたくないだろう過去を暴かれて、悲しくないはずがない。泣き虫のキラ、彼の被っていた仮面が今漸く剥がれた。 「君も、いつもそう」 相変わらず泣きそうで、なのに笑いながら。キラはゆっくりと自分の腕を掴むアスランの手を取った。 その仕種がどこか縋るような物に思え、アスランは抗うことなく彼を解放する。けれど何故か彼を安心させたいと思い、キラのほっそりした手を逆に握り返した。 「・・・何がだ」 「どうでもいい嘘なら何だかんだ言って笑って許すし、そうでない嘘は絶対にそのままにしてくれない。言いたくないから嘘をつくんだ、放っといてくれればいいのに」 そんなのは、無理だ。そう言いたげに、アスランは笑う。 キラの暴かれたくないと思う嘘ほど、重大な物なのだ。ともすれば彼がそのまま潰れてしまいそうになるほどの、負担になるべく物。 そんな物を彼に背負わせるままにはいかなかった。その思い故のこの行動だ。 「なぁキラ。このまま誰にも何も言わず、どこへ行ったっていい。だが俺を置いていこうとは思うな」 キラは最高のコーディネイターだった。彼がその事実をいつから知っていて、いつから隠していたのか、アスランは知らない。 けれど今、そんな事はどうだってよかった。重要なのは、キラがただ休むだけだと言いながら、そのまま消えてしまおうとしている事。 そんなの、駄目だ。許す訳にはいかない。何故ならばその嘘を実行して辛いのは、誰よりもキラ自身なのだから。 「俺はどこまでもお前についていく。何、自分の身くらい自分で守れるし、俺はお前よりも知っている事が沢山ある」 最高のコーディネイター・・・目を瞠る戦闘能力と、OSに関する知能を有する者。その存在が世界に知れ渡ってしまった今、キラを利用しようとする者や、危険分子とみなして排そうとする者もいるだろう。 それが容易に分かってしまうからこそ、キラはもうここにいる事ができない。身近にいる者ほど、巻き添えで身の危険にさらされる可能性が高いから。 それが分かっていて、アスランはキラに同行すると言った。自分は軍のアカデミーを出ているし、役に立つからと。 しかしキラは言い募るアスランに対し、俯いて首を振り続けていたのだった。 それだけで、声は出ない。泣いているのかもしれなかった。 そんなキラの様子に今度はアスランが苦笑して、そっと彼のほっそりとした手を離した。 それに戸惑うキラの心情が、手に取るようにわかる。このまま逃がしてくれるかも知れないという喜びと、悲しみ。それが入り混じった結果の混乱だ。 先ほどとは違い、こうしてアスランがキラの考えを読み取れるのは、偏に彼がその分精神的に弱っているからだろう。冷たい仮面をはがした反動かもしれなかった。 「キラ、俺は大丈夫だ。俺がそうしたいだけだし、俺達二人の方が色々と融通が利く。お互いのためにも、俺はお前から離れない」 絶対に、そう呟きながら、アスランはキラの肩をそっと抱き寄せた。 俯いたままの、自分よりも少し低い位置にある頭を自分の肩に押し付け、そのまま抱きしめる。そして放すつもりは無いのだと言う様に、ぎゅっと腕に力を込めたのだ。 ――――抵抗は、無かった。 それから、どのくらい経った頃だろうか。アスランに抱きしめられるままの体勢だったキラが、そっとその腕を持ち上げたのだ。 腕の先にあるものは、アスランの広い背中。何故かいつもよりも逞しく思えた。 するとそれに答えるように、キラを抱きしめるアスランの腕の力が強まる。それに勇気を与えられたような気がして、キラはゆっくりと口を開いたのだった。 「怖いんだ、アスラン・・・・・・」 最高のコーディネイターという格付けをされ、周りの自分を見る目が変わるのではないか、とか。 有り余る力こそが、自分の存在意義と見なされるかもしれない、とか。逆に存在事態を否定されるのではないか、とか。 次から次へと嫌な未来が脳裏を過ぎっては、不安だけを残していく。 「僕は、ただの人間なのにね・・・・・・・」 だがそう思う人間がどれかけいる? 先程の男の声が耳から離れず、自分で言った言葉を否定してしまいそうになった。 「僕は、・・・・僕は・・・・・・・・」 何とか平静は保っていられるが、本当は不安と恐怖で頭がパンクしそうだった。すでに自分が何を言っているのかもわからなくなってくる。 そんなキラを、アスランは力の限り抱きしめ返した。彼にはキラの中の恐怖も不安も、お見通しだったようだ。 彼はどこまでも優しく、頼りになる。昔から、それは変わらない。 それが分かってしまったかたこそ、キラは次のアスランの言葉に、もう決して首を振ることが出来なくなっていたのだ。 「お前が何だって、誰だっていいさ。俺はお前に付いていくだけだ」 その日、戦艦エターナルから二人の人物の姿が消えた。 誰にも知られないまま、どのように戦艦を出たのかも知られずに。 だがその艦のクルー達は元より、彼らを知る多くの者がその行方を追う事はなかった。 その代わり、彼ら以外の多くの者が、いつまでもいつまでも、彼らを追い続けたと言う―――・・・ (あとがき) アスキラ・・・うん、多分アスキラ。コレが私の精一杯のアスキラですごめんなさい(逃 |
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