「逃げるな。」


強い意志を持った瞳で、その人はそう言った。

泣き崩れる己を少々強引に立たせ、顔を覗き込むようにしかと見て。

肩を掴む手が少々痛いとか、そんな事どうだってよかった。

歯を食いしばり、何かに耐えるようにして、彼は呟く。


「逃げるな。君が殺した人たちと、ラウ・ル・クルーゼの分も、君は生きなくちゃいけないんだ。」


死に逃げることは許さない。と、彼はそう言った。

どんどん崩れていくメサイア。ここももう後少しすれば倒壊するだろうに、それなのに目の前にいる人は、己の肩から手を離そうとはしなかった。


無言のまま見つめあい、ゆっくりと彼からギルへと視線を移す。

彼はもう意識がないのだろうか。ピクリとも動かず、タリア艦長の膝の上で目を閉じていた。

そしてその艦長は、己を優しい目でじっと見ていた。


「レイ。」


いつものようなきびきびとした、軍人らしい口調ではなく。

どこか己が知らないはずの母のような声で、彼女は言葉を紡ぐ。


「いきなさい。」


それは、生きろという意味なのか、早くこの場から脱出しろと言う意味なのか、レイにはわからなかった。

それでもまだ動こうとしない己を、肩を掴む手の持ち主は、じっと待っている。


「お、れ・・・・、は・・・・・・っ」


漸く出た言葉は、みっともなく震えていたけれど。

誰も笑うことはせず、ただ肩をさっきよりも強くつかまれた。


それでもやはり、足は動かない。


頭も真っ白になっていて、何を言いたかったのか、どうすればいいのかもわからなかった。

そんな時だ。視界の隅で、何かが動いた。


それは、最も信頼を寄せる男の、頭だった。


彼は蒼白な顔を己の方へ向け、僅かに唇の端を吊り上げ。


口を開いた。


『い き ろ』


君の、君だけの人生を。


声は聞こえなかった。きっとそれは、傍にいた艦長にさえも聞こえなかったと思う。

それでもレイには、ギルの言った言葉、言いたかった言葉がわかった。


目を瞠って動きを止めた己を見て、肩を握る手の持ち主は、言う。


「レイ。行こう。」


今度は、勝手に足が動いていた。



手を繋ぐ





彼にとってそれは、優しい選択ではなかったと思う。

キラは己の膝の上で、子供のように身を丸めて寝入っている彼を見つめた。

自分をラウ・ル・クルーゼと同じモノと認知した少年。世界を憎み、自分自身すら憎んでいた青年と、瓜二つの。

彼もまた、その年齢に相応しくない速度で、老化していく運命にあるのだろう。

かつて、ラウ・ル・クルーゼがそうであったように。


そう思うと、なんだか死にたくなった。


己を生み出すために必要になった資金。それは、クルーゼ達を作ることによって得た。

そう、全ては己の為。己を生むためだけに、彼らは背負わなくていいごうを背負う羽目になったのだ。

己の膝で子供のように眠る少年の、痛々しい姿を見て。

己がどれほど忌まわしい存在であるか再確認させられたと言ったら、きっとこの少年は悲しむだろう。


だが本当に、心からそう思う。


自虐趣味はないはずだけどな。と内心呟いて、キラはレイから崩れ行くメサイアへと視線を移した。

あの要塞はもう、本来在るべき形を取っていなかった。宇宙空間で尚燃えつづける金属は、すぐに藻屑となってデブリにでも流されるのだろう。

きっとあの要塞を作るに、結構な時間を要しただろうに、壊れるのはこうも呆気ない。

そして人の命も、また同じ。


いったいあの基地を壊したことで、何人の命が消えて無くなったのだろうか。

数百人はくださないはずだ。


・・・・・それを、己は一人で殺した。


恐れるべきはそれを出来るだけの機械なのだろうか、それともそれを操る自分自身なのだろうか。


疑問は声に出されることも無く、彼の頭の中をぐるぐると巡っていた。







愛機をエターナルに着艦させ、キラはレイを起こさないように身を起こした。

少しOSにも干渉し、必要以上にゆっくりとコックピットから上がって、一息つく。

どうやら腕の中の少年は深い眠りについているようで、未だ起きる気配はない。

それにまた安堵の息を吐きながら、キラは無重力を利用し、レイの手を握って軽く引くことで彼と共に移動していった。


お帰り。眠っているレイに気付いたのか、小さな声でそう言った整備士に微笑を返し、ただいまと呟く。


向かうは医務室だ。とりあえず止血はしたが、レイは額を切った御蔭で出血量が多い。それでなくても少し前に己が彼の乗るMSを八つ裂きにしてしまったから、とりあえず体に異常がないか見てもらう必要があったのだ。


ところで、ゆっくりと移動してはいたが、引かれる感触には流石に目が覚めたらしい。レイが一瞬怪訝そうに周囲を見渡してから、キラを視界に入れて驚いたように目を瞠った。

そのギャップが何だか可笑しくて、キラはクスリと笑いながら言う。


「おはよう。」

「・・・・・・・・・・おはようございます。」


あ、なんか可愛くない。さっきまではあんなに可愛かったのに。

そう思いながらも慣性のままに動いていると、レイが不意に呟くように言う。


「・・・・・・・・・・メサイアは、どうなりましたか。」


たぶんもう答えはわかっているのだろう、彼はすでに何かを諦めたような表情をしていた。

キラはそれを見ながら、レイの手を握ったままだった己の手に力を入れ、静かに答える。


「崩壊したよ。・・・・・多分、脱出できた人は多くはいないと思う。」


一度目を閉じて、それから開いて、また伏せて。ここではない、どこか遠い場所を見るかのようなキラに、レイは何を思ったのか、小さく返した。


「あなたがそのような状態に追い込みました。」

「・・・・・・・・・・うん、そうだね。」


事実だ。だから否定せず、僅かに浮かぶ自嘲の笑みも隠さず肯定する。

己をじっと見るレイの瞳が何故か怖くて、目を伏せたままでいると、尚も繋いだままだった手が目に入った。


自分はいったいいつまで握っているつもりだったのだろう、と今度は苦笑し、キラはその手を離そうとした。


だが逆に、レイに強く握り返されたことにより、それは適わなかった。

それがただ意外で、思わずレイの顔に視線を戻したキラを、レイは尚もじっと見ていた。


「逃げないでください。」


それは、己が先ほどこの少年に言った言葉に他ならない。

やや呆然としつつそれを聞きながら、キラはレイを見つめ返す。


「俺から、逃げないで。」


段々幼げな表情に変化していくレイを、ただ見るしかない。


「俺の手を、離さないで。」


そう言って、繋いだ手により一層力を入れて。

それでも何も言わないキラにバツが悪くなったのか、レイはついに俯いてしまった。


それから、どれくらい経ったのだろうか。10秒かも知れないし、10分かもしれない。

どちらにしろ、レイにとっては長い時間に感じられただろう。


それを医務室に向かう廊下に立って無言で過ごた。

何故その間、答えもせずに無言で過ごしたのかは、キラ自身もわからなかった。



「・・・・そうだね。お互い、逃げちゃダメなんだよね。」


長い沈黙の後、キラはそう言って静かにレイの頭を撫でた。


「・・・・・・・・逃げちゃ、ダメなんだよね。」


もう一度呟き、握られるがままだった指に、また力を入れる。

そして前を向いて、でもすぐに後ろを振り向いて、微笑んで。


「行こうか。」


何処へ、とかは言わなくていい気がした。レイもそれを尋ねる事はしなかった。

ただ僅かな微笑を浮かべ、子供の様に無邪気な顔で頷いてくれたから。

キラは漠然と、何かに救われたように思えた。






(あとがき)
これを如何にかしてアスキラへ持っていき、キリリクを消費したかったのですが、断念。

キラレイに収まる。・・・・初めてだな・・・・。

何故こんなシリアスなのかは自分でもよくわかりません。この話、わかんないこと多すぎ(ぇ

もっと精進せねば!!



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