何でだ。そのシンの呟きは、思いの外トレーニングルームに響いて。


「・・・続けるかい?」


優しくそう問うたキラの声。甘美な毒のようだ、とシンは唐突に思った。



拘束されし自由8





動きやすいようにと、キラが上着を脱いで軽くストレッチをしている内に、トレーニングルームにはまるでショーでも開催されるかのように観衆が集まっていた。

それほど皆キラ・ヤマトという人物に対して感心があるのだろう。シンは先ほどかの人物から渡されたナイフをぼんやり見ながらそう思った。

ふと視線を上げて見れば、赤いインナーの袖をまくりながらアスランと話しているキラの姿が目に入る。細いとばかり思っていたが、覗いた腕は案外しっかりとしているようだ。

飛んでくるナイフを指で挟んで止めたくらいなのだから、武器の扱いにも慣れているのだろう。倒すのが容易ではなさそうだが、勝つ自信はあった。負けられない理由が、あったから。

ぐっと拳に力を入れてキラを睨みつけると、その視線に気付いたらしい彼が困ったように苦笑する。無条件で毒気を抜きたくなるような、そんな笑い顔。一瞬どう反応するべきか迷って、結局歯を食いしばって睨み続ける事にした。


「シン」


不意に隣から聞こえた、低く押し殺したような声。先ほどまで対戦していたレイだ。常に冷静沈着でその内心を読み取らせない無表情が、今は何らかの葛藤か険しく歪んでいる。珍しい、そんな一言では表せない異常な事態。


「レイ・・・・・・?」
「冷静になれ。あいつは血の上った頭で勝てるような相手ではない。絶対に」


お前は、あの人を知っているのか。反射的に聞きそうになった言葉は、結局声に出る事はなかった。憎い、そんな言葉が聞こえてきそうな瞳を、レイがキラに向けている事に気付いてしまったのだ。

見ていて息が詰まる。こんな表情を自分もしているのだろうか。そう思ったら何故かぞっとして、導かれるようにまたキラの方に視線を戻した。すると彼は全てを寛容するような微笑を浮かべ、レイをしばらく見、シンに視線を戻して口を開いたのだ。


「始めようか、シン君」


否はなく、レイのこの生々しい程の感情をこれ以上傍で感じたくなかったのもあるかも知れない。無言で頷いて、シンは先に簡易リングの上がった。審判役をするつもりなのか、アスランもキラと一緒に上がって端の方に待機している。


「忘れるなよ、これはあくまでもトレーニングの一環だ。わかっているな、シン」
「・・・・・・・・・わかってますよ!」


殺気立っているシンと静かな様子でただ苦笑を浮かべているキラ。当然と言えば当然なのだが、こちらだけ釘をさされてあまりいい気はしない。思わずむっとなって怒鳴るように了承すると、アスランはしばらく何か言いたそうに口元を歪めていたが結局何も言わず、ちらりとキラを見て頷いていた(また何か目で会話したのか)。


「では、行くぞ。―――始め!」


アスランの厳かな開始の声を聞くと同時に、シンは走り出していた。先手必勝などと小賢しい事を思ってではない。むしろ気持ちが逸って相手の出方を見る余裕も無く、性格的にも慎重にはなれなくて。

突進した先にいるキラは、まだナイフを構えてすらいなかった。だらんと両手を下げ、未だ微笑を崩さぬまま。だからと言って躊躇いなど生じず(生じてはならない)、遠慮なく手に持ったナイフを一閃する。狙いは首、トレーニングにだって事故は付き物なのだから、いっそこのまま殺ってしまえば・・・!

そんな、暗い思いに囚われた瞬間だった。突如キラの紫色の目が刃のように鋭く細められ、シンが次瞬きをした時に見えたのは、何故か天井の照明で。

次いで背中を襲い掛かる強い衝撃に、数秒息が詰まり手足が痺れる。ナイフを持っていた(突き出した)手を取られて背負い投げをされたのだと気づいた頃には、既にキラのナイフがシンの首に突きつけられていた。


「一本! ウィナー・キラ!」


アスランのはっきりとした声が、トレーニングルームにの壁に跳ね返って木霊する。しかし観衆と化していた同僚達は、余りにも早過ぎた展開に何が何だかわからなかったのだろう、皆一様にポカンと口を開き固まっていた。







以下加筆修正前の文。一応上からも次回へも繋がってる、かな。






(動きが、全く見えなかった)  シンと同様、周囲の人間もキラの動きを捉えることができなかった。体術でトップをとったレイでさえ、目で追うのがやっとだった。それも、外野として見ていたからこそ追えた動きだ。実際に相手をしたシンは、完全に死角をとられていたから、消えたようにさえ見えただろう、と、レイは冷静に判断していた。  シンはようやく我に返り、相手にもう一度対戦を申し込んだ。キラが了承し、すぐに第二ラウンドが開始された。 「始め!」 審判の声とともに、今度はキラがシンに向かってきた。シンが迎え撃とうと構えた瞬間、またキラが目の前から消えた。と、次の瞬間、 「遅いよ」 とささやくような声が耳のすぐそばから聞こえて来た。視線をそちらに向けてみると、シンの頬に添えられたナイフと、背中に付くほど密接しているキラが見えた。 シンはすぐさま添えられたナイフで頬が傷つくのも気にせずに、キラから飛びのいた。 それを見たキラが苦笑すると、ナイフを真上にほうり投げた。 その行動が自分を馬鹿にしていると思ったシンは、キラに向かって鋭い突きをかました。逃げるのが困難な、胴をめがけて。  しかしキラは慌てず、シンの腕を取ってそのままひねり逆にシンの胴に蹴りをいれた。それと同時にキラの腕が離れたことにより、シンの体が吹っ飛ぶ。  シンはまた床の上に寝ころがることとなった。すぐさま起きて反撃し様としたそのとき、シン頬に鋭い痛みが走った。横目で見ると、彼の顔のすぐそばの床にナイフが垂直につき刺さっているのがわかった。 シンがしばらく動けずにいると、キラが近づいて来て言った。 「チェックメイト、だよ」 と。その手にはいつのまにかシンの手から取られていたナイフが握られていた。 そして、唐突に気付く。 シンの頬に刺さったナイフが、先ほどキラが真上に投げたナイフであること、そして。 「同じ…ところに…」 誰かの息の飲む声が聞こえた。そう、床に刺さったナイフが有る場所は、先ほどシンが動いたせいでついた傷と全く同じ所にあったのだ。  周りで戦いを呆然と見ていたものたちは、コーディネイターのすぐれた視覚により、キラの動きは見えなかったが傷の場所ははっきり見えたのだった。  誰もがいっせいに思った。彼は、勝てる相手ではない、と。皆、今あったことは偶然ではないということが、なぜかわかってしまったのだ。  それに、あの動き。このなかで一番強いとされるシンが、全く立ち撃ち出来なかったのだ。  しばらく、無音の空気が流れた。そして、唐突に。 「…くしょう…ちくしょう……!!なんで、なんで勝てないんだよ!!!仇なのに…マユの…仇がここにいるのに…!」 シンのうめくようなその言葉に、キラは目を伏せていった。 「僕が、憎いかい?」 それに、間髪いれずに答えが返ってくる。 「あたりまえだ…!あんたは、俺の父さんや母さん、…マユを殺した…!」 あお向けに転がったまま目を覆うように手をかざしたシンに、キラは悲しみを帯びた顔で、言葉をつづった。 「…昔話をしようか。シン。耳を傾けてくれると嬉しいな。」 そういうと、キラはナイフをおいて周りをみた。辺りは静まりかえっていて、誰もが固唾をのんで二人を見守っていた。 「もう、いや、まだ・・・かな。二年前の出来事だよ。僕は、いや、僕達は、へリオポリスの学生をしていた。」



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