―――――べべん、べん


「紫の君、曲は決まりましたかな?」


一人の芸妓が思案げに三味線を爪弾いていたところ、いかにも裕福そうな男がそう声をかけた。

すでに「何か曲を弾いてくれ」と言ってから数分が経っているというのに、男はそれを気にした風もなく、鼻の下を伸ばして彼女を見ている。

 そう、その芸妓はとにかく美しかったのだ。

声も嫣然としており、禁欲的なほど肌を見せぬ着物が、逆に彼女の艶を引き立てていた。

長いまつげに縁取られた特徴的な紫の瞳も、どこぞの宝石のように輝いている。


いい買い物をしたものだ、と男が思う中、未だ何の曲を弾こうか迷っている風の芸妓の胸中は、こんなものであった。


『どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・・・・チクショウあの仮面、覚えてろよ!!・・・・・・こんな服着せてこんなことさせて!!!挙句何この脂ぎった男!!キモイ、キモイんだって!!』


・・・・・実はこの美しい芸妓、三味線なんて弾いたことがなく、どの曲をひくか迷う以前にどうやって三味線を弾けば良いのかに困惑していたのだ。


 しかし、それがそれそろ数十分にも至れば、やはり男も訝しく思うようで。

「紫の君?どうかなされましたかな?」

と三味線を持っていた手をしっとりと湿った手で包まれた日にゃぁ、芸妓にも我慢の限界という物が来たのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでもありませんわ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません、もうギブ。ギブアップ。」


一応取り繕ってみたものの、やはりもう我慢が出来ずにそう呟くと同時に、芸妓は男の首筋に空いている方の手で手刀を繰り出したのだった。



仮面の国





「こちらがご所望の書物にございます。」

帝国プロヴィデンス。その絢爛なる王城の主の執務室で、煌びやかに着飾った女がそう呟いた。

 手には薄い紙の束が。それをその部屋の主たる男に手渡し、女は男の言葉を待ったのだった。


 しかし男は何も発さない。

書物を受け取ってはくれたが、その顔を女に向けたまま、動こうとはしないのだ。

 なにせ彼は美しいとわかる顔の上半分を仮面で覆っているため、女には彼が自分を見ているのか目を瞑って思案しているのか、それさえもわからないのである。

 女はその沈黙に顔が引きつるのを感じながら、そろそろ額の血管が切れそうだったので自分から口を開くことにしたのだった。


「あなたのご指示通り女装して芸妓やって大名騙して懐にあった書物パチって寝室にひん剥いて一晩の夢計画v』を実行してきましたが。
 いったいこの計画、なんの意味があったのかお聞きしても?」

「おや。お気に召さなかったかな?」

通常よりも低い声で言った言葉には、いけしゃぁしゃぁとそう返された。

 そう、何を隠そうこの絶世の美女、実は男であったりするのだ。

訓練で培われた声真似と本来の女顔のせいで、なぜかこのような任務を命令され・・・・・・・・というか、この仮面の国主に遊ばれていたのだ。







 ニコルらジュール王国付忍達とこの地に来てから早3日。

キラは一人プロヴィデンスに残り、国主に自らの力を示していた。

それはイザークの望みであり、キラ自身の望みもである。


「力を貸すからこちらの望みを叶えていただきたい」そう言われて面白がった国主ラウ・ル・クルーゼは、まず手始めに難しいからと後手に回していた暗殺をキラに頼んだ。

 暗殺ならば悲しいことに慣れていたため、強く多い警備をまんまと潜り抜け、証拠となる物も残さず、ターゲット以外殺すこともなく任務を遂行。


 ターゲット自身も名のある剣豪だったにもかかわらず、傷一つ負うことなく、尚且つ命を下したその日のうちに行われた暗殺と彼の手腕に、クルーゼは更に面白がってキラに新しい仕事を入れたのだった。


 それが、芸妓になって隙を突き、肌身離さず持つ書物を、ターゲットを殺すことなく盗み出すこと。


 比較的簡単な任務を、なぜかクルーゼは逐一指示してきた。そうしてキラは女装され、化粧され、女の嗜みなんてものまで教えられ、こうして今に至る。


お気に召さなかったかな?じゃないねぇっつーの(怒)女装して脂ぎった男に色目使われて気に召す馬鹿が何処にいる。

 女装とか・・・・めちゃくちゃ無意味だろ。しかもまだ着替えることを許されないとは、いったいどういった了見か。


そう言った意図をもった視線を向けながら、キラは舌打ちして悪態を吐きたいのを堪えて言ったのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・いいえ。ただ、今必要なのは私の力の誇示だと思いましたので。今回の任務は少々以外でした。」


そう、今はクルーゼ、しいては国主に“紫鬼”の力を認めさせる必要があったのだ。

 そうして紫鬼とつながりを持ち、強いてはジュールとつながりを持たせる。そして結果的にジュールの出した発案を飲ませるのだ。

それが紫鬼の目的であり、提示した条件。それを飲むか否か見極める為に、とにかく彼の実力を見る必要があったはずだ。

なのにこのふざけた格好と簡単な任務。

言外に「何を考えているのですか」と言えば、クルーゼは怪しく笑いながら言ったのだった。


「君の実力はすでにわかった。それに、こんなことが出来る者はわが国の忍には居なくてね。」

「・・・私もこんなことをするのは初めてです。」

声真似だってもしもの時用に習ったもの。このように女装任務をするために習ったのではない。

 そう言うと、クルーゼは更に怪しい笑みを深くして、話の流れを変えるように言ったのだった。


「それはそうと紫鬼君。我が国はジュールの提案に賛同しようではないか。私も少々アレには手を焼いているしな。」

「ありがとうございます。」

もちろんそれを解っていての提案だ。快く了承されたことにだけ感謝の意を示し、キラは深く頭を下げたのだった。

ついでに徐に出された書物―――ジュール王国への親書―――を受け取りながら、続けられた言葉を聞く。


「あぁそうだ、君はアーク公国にも赴く気はあるかね?」


アーク公国・・・・・・代々女王が統治する国。

 あそこの軍事力は中々のもの。近いうちに行きたいとは思ってはいるが。


「はい。いかがなさいましたか?」


もしもプロヴィデンスがあそこと不仲と言うならば、少々考えを改めねばならない。アークとプロヴィデンスを比べれば、迷い無くプロヴィデンスをとるのだから。

 そんなことを考えながらクルーゼを見ると、彼はしばし考える仕草をした後、徐に「ふむ」と呟いて紙を一枚取り出した。

それにペンを滑らせながら、キラに言う。


「あそこには私の弟が居てね。女王の婿だから、我らは政治的にもそれ以外でも仲がよい。あちらにも親書を書こう。」


そういい終わると同時にペンを置き、それを畳んでキラに差し出した。

おや、意外にいい人だったようだ。そんなことを思いながら書物を受け取り、キラはまた深く頭を下げたのだった。


「何、君の稀に見る艶姿に対するちょっとした礼だ。気にするな。」


訂正。やっぱ仮面はただの変態だった。







後日、それを持ってアーク公国に行ったところ、意外な人物と再会してしかも折り返し仮面の国に行く羽目になるのは、また別の話。





(あとがき)
・・・・・・遊んでみました。(爆

ちなみに、まだこの時点ではイザークの発案って明記してないんですよね。

隠すことには特に意味無いです。なんとなく?

そして、クルーゼは今回良い人。仮面だけど(ぇ。
キラも何だか明るいし。さすが、仮面。  



 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送