「血の匂いだ・・・・・」


薄暗い日のことだった。随分と久しく感じる故郷へと足を踏み入れて。

通例どおり山道獣道を進んでいると、ふとキラの嗅覚が捉えたものがあった。


それは、もはや嗅ぎなれてしまった錆びたような匂い。


言い知れぬ嫌な予感に襲われて、キラは匂いの元へと足を進めたのだった。


そして、漸くたどり着いたその匂いの発信源を見て。



キラは思わず目を見開いて、呆然と立ち尽くしてしまったのである。


「・・・・・・・・・・・あ、す・・・・?」


キラの視界は、一面真っ赤に染まっていた。

数人の死体の血が、そこらに生えている草木を赤く彩っているのだ。

しかし、キラはそんなモノに目を奪われたわけではない。

彼の視線の先には、死体の集団から少し離れた所にうずくまる、少年の姿が。


剣を握って力尽きている彼は、血で染まった赤い大地に藍色の髪を広げていて。

その髪の隙間から見える白を通り越して青くなっている顔が、嫌に目を引いた。


それにのろのろと近づいていきながら、キラは少年の前で力なく膝をついた。


「嘘だ・・・・・・・・・・・・・」


キラの声が、無音の空間でか細く響く。


「うそ、だ・・・・・・・・・・・」


するりと、血の気の引いて冷たくなった指先を、うずくまる少年の頬に添えてみる。


「う、そ・・・・・・・・・・・・・」


耐え切れない恐怖で震える体を自覚しながら、キラはそっと少年の顔を自分の方へと向けさせた。


「嘘だって言って・・・・・・・・・・・。」


思わず目から涙がこぼれた。

恐怖で、体が上手く動かない。


まさか、そんな・・・・・・・。


信じたくなんて無いけれど、これは紛れも無い真実で。

キラは未だコレは夢なのだ、と叫ぶ己を自覚しながら、十分に見知っている少年の名を呟いたのだった。


「嫌だ・・・・・・・・・・・、アス、ラン・・・・・・・・!」



故郷





それから、どうやって城に戻ってきたのか、覚えていない。

ただわずかにアスランの呼吸が残っていたことに気付き、彼を負ぶって全速力で駆け出したのだ。


 途中、死んだらどうしよう、この背中で呼吸を止めてしまったらどうしよう。・・・そんな不安がキラの胸を襲い、息が異様なほど切れた。


そして、漸く城の城門にたどり着き、いきなり姿を現したキラに驚く衛兵に、叫ぶように言ったのだ。


「殿が重症だ!! 侍医を早く!!」


しかし行き成りのことであたふたとしている見知った顔の衛兵に苛々し、キラは思わず彼を叱咤する。


「早くしろ!! お前はいつからそんな腑抜けになったんだ、カズイ!!」


自分の名を呼ばれて我に返ったカズイは、良く見れば殿を担いでいる人物が自分の知る人物であることに更に驚き、また驚きで頭をスパークさせて呆然と呟いたのだった。


「キ、キラ様・・・・・・・・・・・・・?」


目を見開き、一向に動こうとしないカズイに焦れ、キラはもういいと言わんばかりに彼から視線を外した。

そして、固く閉ざされたままの城門の更に上を見据え、足に力を入れる。


人一人担いでいるとは言え、城門一つ越えられないようでは紫鬼の名折れだ。


そう内心で呟くや否や、少し助走をつけて跳躍し、唖然と自分を見送るカズイを無視して、キラは数メートルはある城門を易々と飛び越えたのだった。








――――それから、何時間経った頃だろうか。

城の中を歩き周り、見知った老人を見つけてアスランの治療を任せ、今に到る。

 アスランの自室が見える位置にある庭石に腰掛けて、キラは静かに目を伏せた。


 ・・・・とにかく、恐ろしかった。


恐怖を訴え、寒くも無いのに震える体を抱きしめながら、キラは日の沈んだ外から明かりの灯る部屋を見る。

 そんな時だ。白くなるほど強く握っていた拳に、ポツリと雫が落ちたのは。


一つ、二つではない。

次第に量は増えていき、真っ先に肩と頭がびしょ濡れになった。

しかし、キラは動かない。

ただ小さく「雨か・・・」と呟き、その冷たい雫に身を任すだけだ。


顔を上げて、降りつける雫を見上げる。

頬に当たる水滴が痛い。けれどやはり避けはしない。

目に水滴が入った。それは固く目を瞑ることでやり過ごす。


 そのまま無気力に雨に当たり続け、キラはついに濡れ鼠となったのである。




「・・・・・・・・風邪をひきますわよ。」


それから何分が経ち。不意に掛けられたその声に、キラは静かに目を開けた。


それは、幼い頃から聞きなれた、涼やかで優しい声。


いつの間にか目の前に少女が立っており、彼女は優雅な仕草で持っていた傘をキラの頭上へと動かしたのである。


「・・・・・・・・ラクス・・・・・。」


見知ったその姿に、キラの目からも静かに水滴が流れた。


ラクスは持っていたハンカチでそれを拭って、何も言わずにキラの言葉を待つ。


「怖いんだ・・・・・・・。」


震える声でそう呟くキラに、ラクスは雫を落とす彼の髪に静かに触れた。


「もう、失いたくなんてない・・・・・・・・・!」


優しく髪を撫でる少女が最愛の彼女と重なり、キラは思わずラクスを抱きしめたのだった。


 行き成りのことだったせいで、ラクスの手から傘が落ちる。

しかし双方そんなことは気にせず、キラはラクスを抱きしめ、ラクスはそんなキラを慰めるように抱き返した。

先ほどよりも少し弱まった雨が、静かに寄り添う二人に落ちた。


「もう、誰かが死ぬのは嫌なんだ・・・・・・・・!」


ラクスには、これほどキラが“失う”ことを恐れる理由がわからなかった。

しかし全くの無表情で涙を流すキラは、以前ととても違って、でも同じで、とにかく放って置けない。

そして、空虚としか言い様のない瞳から涙をこぼし、キラは縋りつくように言う。


「お願いだから、もう僕を置いていかないで・・・・・・・!」


これは、自分に言った言葉なのか、アスランに言った言葉なのか、それとも他の人に言った言葉なのか、ラクスには分からない。


だが悲しい、こちらの身が切れそうな響きを持つ、その切実な響きを聞いて。

ラクスは思わず息を呑み、それから静かに、しかし力強くキラを抱きしめたのだった。


「置いてなどいきませんわ。私はずっと貴方と共にいます。」

そして、アスランも。


そう言って、静かに視線を横に移す。


そこには、息を切らして体中に包帯を巻いた、この国の国主がいる。


「キラ、アスランは大丈夫。ゴキ●リ並に生命力が図太いのです。殺しても死んでくれません。むしろどうやって殺せばいいのか教えていただきたいほどですわ。」


静かに穏やかに笑って言うラクスの、なんと禍々しい神々しいことか。

キラは思わず硬直してしまった体を無理やり動かし、そろそろとラクスから体を離そうとした。


しかし、ラクスの細腕に阻まれて、結局彼女の腕の中に戻ってしまった。


 短い期間で何度も同じような状況に陥ってしまった自分が情けなかったが、キラは涙が止まったが余韻の残す潤んだ瞳をラクスに向け、じっと彼女を見つめたのだった。


するとラクスは珍しくも、うっ、と言葉に詰まり、ゆっくりキラから腕を放してしまったのだ。


「そんな高等技術、いったいどこで身に付けましたの・・・・・・?」


 全身ずぶ濡れ、大きな瞳は赤く潤んでいて、小動物のような風情の態度で「放して・・・・?」なんてお願いされたら、絶対にどんな腹黒だって彼を放してしまうに決まっている。

数ヶ月前までは確かに持って居なかったはずのその技術に、ラクスは悔しそうに歯噛みした。

それを半眼で見ながら、キラは内心で「君みたいに見た目に反して女傑な女性のいる国でだよ・・・」と涙ながらに呟いていたのだった。


解放されてしばらく経ち、キラは漸く平静を取り戻すと、不意に湧き上がった懐旧に目を細めて言った。


「・・・・・・久しぶり、ラクス・・・・。」

「・・・・・・・・・えぇ・・・。お久しぶりですわ、キラ・・・。」


今度はラクスの瞳が涙で潤み、キラはそれを優しく見てから、徐に背後を振り返った。


「・・・・・アスランも、久しぶり。・・・・・・・・・生きててくれて、ありがとう・・・。」


アスランは漸く見れた捜し求めていたその姿に、しばし呆然と見入っていたが、声を掛けられたことにより漸く我に返った。


「キラ!!!」


名を叫び、雨に濡れるのも全身に傷を負っていることにも頓着せずに、足早にキラの元へと向かう。


 そしてそのままの勢いでキラに抱きつき、相変わらず華奢に見えるのに筋肉のついた体をぎゅっと抱きしめたのだ。


「お前、俺達がどれほど心配したと・・・・・・・!」


僅かに滲んでしまった涙を隠すように、アスランは叫びに近い声でそう言った。


「うん、ごめん・・・・・。」


キラはそんなアスランの背に優しく手を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。


また滲んでしまった涙を目を閉じて隠し、苦笑を浮かべてアスランから離れた。

そして、徐に言ったのだ。


「アスラン、僕学習した。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を?」

・・・・・・・・・女の人っていろんな意味で強いよね・・・・・・・・・・・・


最後はラクスに聞こえないように小さく、よもや感動の再会で言うべき言葉なのか疑わしい言葉ではあったが、アスランは遠くを見てそう言ったキラに「・・・・・・・・・・・今更気付いたか・・・・・。」とラクスと、この場に居ない自分の母親を思い出して返したのだった。


ラクスはそんな二人をニコニコと聖母のような顔で見、内心では内緒話をしている二人に青筋を浮かべながら、静かに切り出した。


「キラ、何時までも雨に当たっていると本当に風邪をひきますわ。そろそろ屋内に上がりませんこと?」


そう言うと、アスランもキラもはっと我に返り、ラクスに誤魔化すような笑みを送って「そ、そうだね」「そう、だな。ははは・・」と引きつった顔で返したのである。


そこには、やけに懐かしく感じるお馴染みの空気が流れていて、口には出さないがラクスも、アスランも、そしてキラも、普段どおり振舞えた自分に心から安堵したのだった。






(あとがき)
感動の再会編。

意外にあっけなかったな・・・・と思いつつ。

この三人に言葉なんていらなそう・・・・と考え、あえてこんな感じにしてみました。

次はジュール王国編。やっと終わるよ番外編・・・・(ホロリ  



 
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