「ニコル様。」


ニコルはイザークの手伝いをしている途中、自分の部下から密かに耳打ちをされた。


「国境付近を張っていた者からの報告です。・・・“紫鬼”が帰って来た、と。」


そう聞いた途端、ニコルは細めていた目を開き、嬉々として外へ飛び出していったのだった。



普通って素晴らしい。





キラは今度は普通に街道を歩きながら、4つの国の親書を懐に、“紫鬼”の起点となったジュール王国の地へと足を踏み入れた。


 眼前に広がる風景はのどかで、あの煌びやかな容姿のイザークが治める国と言われると何故か妙な感じになる。

そのことに微苦笑しながら、キラは目に入った御茶屋に足を踏み入れたのだった。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰だ、あれ・・・・・。」


ニコルは出来るだけ急いで、部下の報告通り紫鬼が入ったと言う御茶屋に駆けつけたのだが、店に入った途端に広がった光景に、思わず呆けたようにそう呟いてしまった。


「あれ、君・・・・・・。」


目的の人物はニコルの姿を見止めると、意外そうに目を瞠った後柔らかく微笑んでくれた。

ニコルがその初めて見る彼の微笑みに思わず魅入っていると、彼は「待っててね」と言った後、徐に視線を移して口を開いたのだった。


「で、僕の言った言葉、理解できました?」


そう言う彼の顔は、人を小馬鹿にしたように皮肉げな笑いを浮かべており、口調はとても穏やかなくせに何故かドスの聞いている言葉に聞こえ、ニコルの頭は真っ白になった。


 そしてなにより。

正面から彼にその言葉を投げかけられた人物は、窒息しそうになりながらも、首がもげるのではないかというほどの勢いで頷きを繰り返しているのだ。


紫鬼はそれににっこりと笑い、「そうですか」と丁寧な口調で言って、そのほっそりとした指から力を抜いた。


すると同時に、ドスン、と大きな音を立てて巨体が地面に落ちる。

そしてその巨体の持ち主は、強面の顔を恐怖に青く歪め、全速力と思われる速さで店から出て行ったのだった。


ニコルは思わずそれを目で追ってしまい、巨体の持ち主の姿が完全に視界から消えると、漸く紫鬼に視線を戻した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・力持チナンデスネ。」


思わずコメントが片言になってしまっても、仕方が無いと思う。


何故ならば茶屋に入った途端ニコルが見たものは、

自分よりも断然大きく重いと思われる大男を片手で持ち上げ、

見上げているはずなのに何故か見下ろしている様に男を見据え、

冷笑を浮かべて男を脅している風情の、

あの儚げで控えめだった美しい少年――――――――のであるはずの人物だったのだから。


いや、だからホントコレ、誰・・・・・・・・・・・・・?


向こうもニコルを知っている風だったから紫鬼本人で確かだとは思うのだが、どう言うわけか店中から賞賛の声を惜しみなく掛けられ、男女問わず熱い視線を受けつつも、それを当然とでも言いたげに受け流している彼は、どう見たってニコルの知っている“紫鬼”ではない。

彼はこんなに腹黒さを感じさせる顔はできなかったはず。儚げな微笑で少々照れながら賞賛を受けるのが関の山。


――――ニコルの観察眼はなかなか鋭かった。

確かに、諸国を回る前のキラならばそんな感じだっただろう。

しかし精神的に弱っていたっところにズカズカと入り込んできたキワモノ揃いの国主たち(+α)によって、キラの性格は微妙に変わってしまっていたのだ。


本人さえも自覚しているその変化に、ニコルは少々混乱していた。


「ゴメンネ、迎えに来てくれたんでしょう?」


会計を済ませてニコルに歩み寄ってきた彼からは、すでにあの時の暗い表情は窺えない。

そのことに安堵しつつ、ニコルは引きつった声で「は、はい。いえ、お気になさらないでください!」と両手を振って気にしていないことを示したのだった。

 すると紫鬼はそれに微笑で返し、穏やかに笑って「じゃぁ、行こうか」とニコルを促したのだ。


――――それは本当に、とても自然な笑い。


これが彼の本質なのだとニコルは不意に悟り、同時にこれ以上となく嬉しく思う。

なぜならば、自分は少しは彼に気を許して貰えているのだ、と感じることが出来たから。


本願も近いうちに叶うかもしれない。そう思うと更に気分が昂揚して、自然とニコニコと笑みが浮かび、キラもそれににっこりと微笑を返してくれたのだ。

・・・ちなみに、さっきの怖い笑顔なんてすでに記憶のごみ箱に投げ捨てて抹消済みである。


 ニコルは一気にキラを好きになりながら、穏やかに笑う彼に子犬のようについていったのだった。







 談笑しているといつの間にか王城に着き。

ニコルと一緒だからと簡単な検査だけで無事王城への帰還を果たし、ジュールの使者としての仕事をまっとうしたキラは小さく息を吐いた。


そして、執務室まで一緒に来たニコルが別れの挨拶をしようとしたその時。

キラは慌てて彼を呼び止め、数秒躊躇う仕草をしてから、徐にあの穏やかな笑いを浮かべて言ったのだ。


「キラだよ。」

「・・・・・へ?」

「名前。改めてヨロシクね、ニコル。」


漸く名前を教えてくれたこと、自分の名を呼び捨てにしてくれたことがどうしようもなく嬉しくて、ニコルは僅かに涙を滲ませ、それを隠すように元気よく返事をした。


「はい!! ヨロシクお願いします!! キラ!!」


一応年下の自分が彼の名を呼び捨てで言うのはダメだろうか・・・・と思いつつも恐る恐るキラの反応を窺うと、彼は嬉しそうに微笑んで、再び「うん、ヨロシク」と言ってくれたのだ。

ニコルはそれがまた嬉しくて、名残惜しみながらもスキップしそうな勢いでキラと別れたのだった。







キラは目の前にある扉をノックして、「入れ」という声に従ってドアを開けた。


なんとなく部屋に入ってからドアノブに仕掛けがないか点検して、部屋の主である少年へと視線を移す。


彼は銀髪の髪型が少々特徴的ではあるが、仮面はしていない。

 部屋を満たす匂いはコーヒーとは思えぬコーヒーの匂いではなく、爽やかなアロマの香り。

そして傍らに見た目に反して女傑だと思われる女性もいない。 いるのは金髪の少年だけだ。

僅かな接触で、彼は結構まともな人物であることはサーチ済み。国主の少年も割とまともな性格をしていたはず。


少なくとも人をコーヒーではないがコーヒーと言い張る液体で悶死させたり、

回避不可能とされている武器を本気で向けてくることや、

女装を強いることも、

行き成り抱きついてきたり黒い笑顔で脅してくることも、

人が見てるって言うのに目の前でいちゃつくことも、

密室に追い込むなんてこともしない。


うん、それだけしなかったら常識人。


「ふ、普通って素晴らしい・・・・・・・・・・・・!!」


思わず涙を滲ませてそう言ってしまっても、仕方がないと思う。


「お前、大丈夫か・・・・・・?」


銀髪おかっぱが何を言おうが気にしない。今までの異常な王家の者達を振り返り、キラはこの微妙な幸せをかみ締めていた。


「・・・・・・・・・・・・・・ディアッカ。」

「・・・・・・・・・・・・・・なんだイザーク。」

「俺の気のせいかも知れないんだが・・・・・。」

「いや、気のせいじゃねぇよ。姫さん、何があったのかは知らねぇが性格変わった・・・・。」

「だよな・・・・・・・。」


思わず小声でイザーク達が会話をしてみても、キラは全く構った様子も無い。


 何だか遠い目をして思いを馳せている鬼と名乗る少年に、イザークは何故か声を荒らげることも憚られ、彼にしては珍しく恐る恐る声を発したのだった。


「・・・・・・・・紫鬼、親書は・・・・?」

「あ、はい。」


その声に漸く我に返ったキラは、懐から4つの折りたたまれた紙面を差し出した。


それをイザークは静かな様子で受け取り、徐に「ご苦労だったな。」と労いの言葉をかけた。

すると彼は、何故かうつろな瞳で返したのだ。


「・・・・・・・・・ホントに、ご苦労しました・・・・・・。」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」


たしか数ヶ月前には、この少年は労いの言葉をかければ普通に受け取るタイプだったはずだが・・・・・・、いったい彼に何が・・・・・?

と少々冷や汗を流しながらも内心で尋ねてみたが、しかし口に出す事は無い。

それから予定よりも長い間放浪していたキラに、イザークはまたも恐る恐る「・・・・・・・・・・下がっていい。報告は後で聞くから、今日はもう休め。」と退室を促した。


 予定の数倍の時間を各国で過ごした―――拘束されていた、と言ってもいいはず―――キラは、その言葉に大人しく従ったのだった。



イザークとディアッカはその細い背中をなんとなく見送り、とにかくさっきのことは見なかったことにして、各々の仕事へと戻る。


イザークは紫鬼から受け取った親書から一番最初に目に付いたものを選び、かさりと音を立ててそれを開いた。

差出人はアスラン・ザラ。数年前に幼いながらも即位し、とりあえずイザークが手本としている人物。


どのような人柄なのか手紙から割り出せるかと、少々ドキドキしながら文面を追ってみた。



―――――以下が、ザラ君国よりジュール王国への親書の内容とイザークの叫びである。



『拝啓。

先日執り行われた貴殿のご即位にまずお祝い申し上げる。

イザーク王子の噂はかねがね承っているからな、以後も良き治世も期待しよう。

・・・・・・・・・どうでもいいが、なんだか偉そうだな、おい。

ところで、今俺の機嫌は猛烈に悪い。よって文章が時折乱れる可能性もあるが、あえて書き直さずにそのまま使者殿にこの親書を渡すことにする。

時折どころか最初っから偉そうだボケ!!

して、貴殿からの申し出の件だが。謹んでお受けいたそう。

わが国もあの国には大変苦労しているからな。俺の大事な幼馴染もあそこには辛酸を嘗めさせられた。

それでは、本題に入ろうか。

同盟了承の件が本題ではなかったのかっ!?

その幼馴染の件なのだが。

俺に何の関係がある!!?

そいつは男の癖に女に見紛うばかりの可憐な容姿を持っていて、その癖わが国で一番の実力者でもあるというなんともギャップのある奴だ。

自慢か!? 幼馴染自慢か!? それとも惚気たいのか!!?

それが数ヶ月前に、何も言わずに失踪しおってな。

・・・・・・・・・・・・・・・?

つい先ほど帰ってきたばかりなのだが、話を聞けば貴殿に大変世話になったようだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・誰のことを言っているんだ?

一応はお礼申し上げるが、いつの間にかジュール付きの忍のようになって帰ってきたと知ったときの、俺の気持ちが解るか!? 

解ってたまるかアホ!! ・・・・・ってまさか・・・・!?

しかも微妙に性格がグレードアップしているのもなんとも言えん。いや、別に大した変わりは無いからいいのだが。

あれで!? あれで変わってないというのか!!? 何なんだもしや二重人格とか言う設定ありなのか!?

まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。

どうでも良くないわ!! こっちは何があったのかといらぬ心配なんぞしてしまったんだぞ!!?

あいつが常に控えるのは俺の傍。決してお前の傍ではない! 本人はジュール所属ではないと言っていたから一応納得しておくが、俺はお前にあいつをやるつもりはないからな!!

話が変わりすぎだボケ!! しかもなんだこの、嫉妬丸出しの文章は・・・・・。それよりも“お前”とはなんだ“お前”とは。これが本当に一国の国主たる者が書いた親書か?

だいたい、なんだあの名は。お前がつけたと聞いたが、安直にもほどがあるぞ。フンッ

なんだとぉぉおお!? ただの「鬼」よかマシだろうが!! しかもなんだ「フンッ」って! わざわざ鼻で笑う音を文字にするな!!

あいつにはちゃんと「キラ」という名がある。変な名で呼ばずにしっかりと本名で呼んでやってくれ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・いいのかそんな簡単にばらして・・・・。

・・・・・・・あいつのことだから、俺やこの国に迷惑がかかると思って名を伏せているのだろう。

だがな、「紫鬼」と・・・・まるで不吉な物のような、戦う道具のような名称で呼ばないで欲しいんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・こいつ・・・・・・・・・。

あいつは強い癖に、・・・いざとなったら殺しを全く厭わない癖に、極端に人を傷つけることを嫌がる。

 ・・・・・いや、人が傷つくのを見るのを嫌がる、と言うのか・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

たぶん、今自分の置かれている状況も、少なからず痛みを覚えているはずだ。

あいつの選んだことだから、俺は何も言えないが・・・・・。

だがな、とにかくキラを否定しないで欲しい。キラ自身を見ていただきたい。

「紫鬼」では無く、「キラ」自身を。

 鬼と呼ぶのは遠まわしな否定だと思わないか? 「キラ」という人格を否定し、「紫鬼」という道具を見ているようにさえ、俺は感じる。

そんなつもりは・・・・・・・・!

・・・・貴殿にそんな気は無かったことを願うが、俺から見ればそうにしか見えないんだ。

俺は、長年の勘であいつの思考を読むことには慣れている。

あいつが「紫鬼」と名乗った時の自嘲の顔、お前にも見せてやりたかった。

きっとあいつも、俺と同じように思っていることだろうよ。


・・・・・・・・・・・・あぁ、本当に文章が乱れまくったな。

・・・・・・・・・まったくだ。

ちなみに「キラ」の所属はあくまでも俺の国だともう一度主張させていただこう。しかし「紫鬼」はフリーの忍だ。

・・・・・・・・・・・くどいぞ。それに、わかっている・・・・・・・。

あぁそうだ、キラにもすでに本名を名乗るように言ってある。・・・どうやら今まで渡った大半の王族にはバレていたようではあるが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだとぉ!!!? 俺は知らなかったぞ!?

あいつもなかなか有名だったからな。俺の国の武士頭の話、少し位聞いたことがあったんじゃないか? または「紫の小姓」の話を。

・・・・・・・・・・・・・・・・!! あれはむらさ・・・キラのことだったのか・・・・・!?

隣国と言っても貴殿が直接俺の国に来たことは無いからな。わからなくて当然と言えるが。

・・・・・・・無駄話が過ぎたな。親書が分厚すぎるとキラが不審に思うだろう。これ位で止めておく。

それでは、ジュール王国の更なる発展を祈り、これをザラ君国よりジュール王国への親書とさせていただく。

敬具。』



手紙を読み終わり、しばらく何かを考えるように俯いていたイザークが、不意に顔を上げた。

そして、事務をする手を止め、引きつった顔で此方を見ているディアッカに言う。


「ディアッカ、紙とペンを。今すぐ親書をしたためたい。」


手紙を相手に一人で叫んでいたイザークに胃を痛めていたディアッカは、その言葉にはじけるようにイザークを見た。


「なんだ、珍しいな。親書をもらってすぐに返事を書くなんて。」


そう言われ、イザークは眉根を盛大に寄せたあと、歯の隙間から搾り出すような口調で返したのだった。


「俺のちょっとした憧れを返せ!!! ・・・とか俺が思ったこと全部書いてやる。感情が高ぶっているうちに早く用意しろ。思いつく限りの罵詈雑言を並べてやるからな!!」


鼻息荒くそう宣言した女王様王陛下に、ディアッカはとうとう胃薬へと手を伸ばしたのだった。





――――――後日。


一気に距離の縮まった少年達4人が互いの名を仲良く呼びながら、王城の優雅な薔薇園でまったりとお茶を楽しんだのだとか。

更にはその光景が聖画の如く美しく、侍女たちの感嘆のため息を誘ったとか、誘わなかったとか。




*******

反転するとイザークの叫びが読めます。





(あとがき)
長かった・・・・(遠い目)

ついに諸国漫遊の番外編も終了しました・・・・・!

いや、いつかまた番外編書くでしょうけど。とりあえず後は16話をUPして、しばらく紫鬼はお休みかな〜(ホロリ

   



 
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