ザラ君国、城内。 二人の少年が縁側でお茶の用意をいていた。 一人は褐色の髪の少年、もう一人は闇色の髪の少年であった。 彼らは笑い声を上げながら、手際よく作業を進めている。 すると奥から女中が出てきて、穏やかに笑いながら茶菓子を渡していた。 少年たちはそれを嬉しそうに受け取り、お茶の用意ができる前についばみ始める。 二人とも、それはそれは楽しそうだった。 ――――――その様子を苦々しげに見ていた、城主が見た事もないほど、明るい雰囲気を醸し出していたのだ。 紫の小姓「キラ様。」 名を呼ぶ声に、キラはお茶菓子を慌てて飲み込んで返事をした。 「はい?」 「殿様がお待ちです。」 女中は10も満たない子供に、やけに丁寧な口調で接していた。当然だ、彼は当主一族には属さないものの、由緒ある武家の出であり、またオーブに王妃を出した一族の出であるのだから。 幼い頃よりそうして接されていたので、キラ自身それを疑問に思うことはない。そしてそれは、隣でいっしょに茶菓子を突付いていた少年も同じ事。 「・・・・・・父上が、か?」 母よりも年かさの女中に敬語を使うことなく、そう問い返したのは、何を隠そうこの国の次期主。 高貴な身分の彼らは互いに目配せをし、どちらも呼び出しの理由を知らない事を確認する。 それから視線を女中に戻して、首をかしげて尋ねたのだった。 「「どのような用か知っているか(いますか)?」」 見事に重なったその言葉に、女中はクスクスと笑いながら答える。 「いいえ。ただ、険しいお顔をされていたので、早く行ったほうがよろしいかと。」 「え、あ、はい、わかりました。では、アスラン様。」 「あぁ。早く帰って来いよ、キラ。」 この国の次期国主とその小姓の仲が良い事は、多くの者が知っている。名残惜しそうにひらひら手を振っているアスランと、素直に頷いたキラを交互に見、女中はまた穏やかに笑ったのだった。 縁側から遠ざかっていく小さな背中を何とはなしに見送りながら、女中は笑みを浮かべながら言う。 「アスラン様は、キラ様といる時が一番生き生きしていますわね。あぁ、ラクス様も。」 女中たちは皆、彼らに優しい。普段大人のように振舞わねばいけない彼らだからこそ、その子供のような様子が愛しいのだ。 穏やかな微笑を浮かべた彼女を見て、アスランもふ、と笑って答える。 「あぁ。あいつといる時が、一番楽しいんだ。」 小姓という役目のおかげで、始終一緒に居れるのが嬉しい。 そう正直に告白した彼に、女中は更に笑みを深めたのだった。 しかしそのアスランのささやかな喜びは、それから何分としない内に崩されてしまったのだった。 「な、に・・・・・? 視察だと? よりにもよって、あのアーモリーに!」 驚きを隠せない、という表情でそう言ったアスランを、キラは不安そうな面持ちで見ていた。 「うん・・・・。そう言われた。」 アーモリーとは、ザラの辺境の地。最近は内乱が耐えないのだと聞き及んでいる。 「そんなもの、忍の仕事だ!! 父上は何を考えて・・・・」 「アスラン!!」 キラの危険を考えて、思わず父を罵ってしまいそうになったが、咎めるように名を呼ばれて何とか言わずにすんだ。 だが、不満が消えることはない。・・・・不安も、また。 「しかし、キラ・・・・!」 「・・・・・・・大丈夫だよ。僕一人で行くわけでもないし。」 そう言う割には、顔が真っ青だ。彼とて、そこがどれほど危険な場所なのか把握しているに違いない。 不安そうな顔を隠し切れていないキラを見て、アスランは急激に怒りが静まってきたのを感じた。 「キラぁ・・・・・・・・。」 突如言われたにもかかわらず、目の前の少年は微笑んで頷いたに違いない。不安も不満も感じさせない、少年らしくない微笑で。 そう育てられてきた。子供でいる事を許されてこなかったのだ、お互いに。 しかし自分とキラ、そしてラクスの間だけでは、子供でいることができた。だからこそ、キラが今どれほど怖がっているのかが、よくわかってしまう。 アスランのその情けない声を聞いて、キラは微苦笑した。 「・・・・・情けない顔。」 「・・・・・・・・お前、そこを突っ込むなよ。」 憮然とした表情で無意味に自分の頬をこすったアスランは、笑っていたキラが急に居すまいを正したのを見て、思わず眉根を寄せた。 しかしそれを気にせず、彼はゆっくりと頭を下げる。 「キ・・・・」 「・・・・・お世話になりました。」 「っ、キラ!!!」 何を言うかと思えば、深々と頭を下げたキラの口からこぼれたこぼれたのは、まるで永遠の別れを連想させる言葉で。 アスランはそのキラの様子に再度大きな怒りと戸惑いを感じ、叱咤するように怒鳴った。 「何を弱気になってるんだ、お前は!!?」 「・・・・・・アスラン。」 キラは親友の怒りを、静かに受け止めていた。それが己の為に怒っているとわかっているから、宥める事もできない。 そのある意味真っ直ぐな優しさに、思わずキラの目から涙がこぼれた。 泣くまいと我慢していたのも、最早限界であった。 「でも、これは・・・。」 これは、遠まわしな死刑宣告だから。 そう、俯いて言う。膝の上で握っていた拳が、白くなっていた。 そこにポツポツと落ちていく涙を見て、アスランの怒りが瞬く間に萎んでしまう。力なく膝をついて、彼はキラに近寄った。 「キラ。お前は、父上に命令されたのか? ・・・・・死んで来いと。」 キラと向き合うように座って、問うた。当然と言うべきか、彼は首を横に振る。幾らなんでもそこまでは父が堕ちていない事に安堵し、アスランはキラの両肩を掴んだのだった。 それに反射的に顔を上げたキラの頬には、涙の跡が幾重にも残っていた。しかしそれから目を離したりはせず、その濡れた瞳をしかと見て言ったのだ。 「じゃぁ、俺が先に命令する。」 そこで一旦言葉を切って、アスランはつられて泣きそうになるのを抑えた。 そして涙の衝動が粗方収まったのを感じ、続きを紡いだのだった。 「・・・・・・・死ぬな。俺より先に死ぬことは許さない。」 これを最優先の命としろ。 それは、父であるパトリックに次ぐ地位を持つ彼からの、厳命であった。 キラは驚いたように目を見開いて、それからちょっぴり笑って答える。 「・・・・・・・・・御意。」 ――――それが、確か昨日の事だった。 キラには何故かそれがもっと昔の出来事のように感じられたが、確かに昨日の事だったはずだ。 それをどこか麻痺した頭で思い出しながら、キラは静かに泣いていた。 傍らには、赤く染まった球体が転がっている。 それにゆっくり手を伸ばして、そっと抱きしめた。 両手で抱えたそれをじっと見て、ぽつりと呟く。 「自分の身は、自分で守る、・・・・・・って・・・・・・。」 彼の旅には、お供が居た。自分より二周りは年かさの大人が、5人。たったそれだけだったが、キラにとっては心強い味方だった。 彼らの一人が、城を出発する前に言ってくれた。 「命に代えても、あなたを守る。」と。それに確か己は、「自分の身だけでも、自分で守ります。」と答えた。 見栄を張ったつもりはないが、せめてただ“守られる”だけの存在にはなりたくなかったのだ。 なのに何だ、この有様は。 アーモリーを視察中、先行していた三人が罠にかかって息絶えた。 一人は、襲ってきたテロリストからキラを逃がす為、犠牲になった。 そして最後の一人は、テロリスト集団に追いつかれて。 キラを守って、首を刎ねられた。 その、最後の一人の首を抱いて、キラは少しだけ笑った。 泣きながら、笑った。 そんなキラを囲んで、血で濡れた刀を持った男達も笑う。彼らは一人生き残った無力な子供を見て、顔に愉悦の浮かばせていた。 「こいつ、他国に売れば高くつくとは思わんか?」 一人が言えば、他の者が答える。 「他国まで連れて行く途中で俺達が捕まるさ。見ろよ、こいつの着物。身分の高い家の子供に決まってる。」 「だからこそ・・・・」 「売った先がこいつの事を知っていたらどうする。最悪の場合、一国が敵になるかもしれん事に気づいたら、売ろうとした俺達が先に成敗されるぞ。」 テロリストにはなかなか利口な奴もいたようで、このまま生かしてくれる可能性は低そうだった。 キラは頭上で交わされる彼らの会話を聞きながら、麻痺しつづけた頭で思う。 どうやら相手は己の身分を知らない様子。ならばコレは殿の差し金ではない、と。 その事に密かに安堵して、彼はもう一度目線を下に下ろした。 目に入るのはやはり、供だった者の首だ。 目蓋をそっと下ろしてやり、それから音を立てないように鯉口に手を伸ばした。それはまだ子供であるキラ用の、小さな小太刀だったが、立派な武器だ。 話に夢中になっている男達は、その彼の行動に気づいた様子はない。 『死ぬな。』 脳裏によみがえったその言葉に、キラは口の中でもう一度答えた。 「・・・・・・・・御意。生きてやるさ・・・・・!」 次の瞬間には、小太刀が鞘から解き放たれていた。 それから、少し経った頃からだろうか。 ザラ君国近隣諸国で、ひとつの噂がたった。 それは、ザラの次期当主の傍に控えている、小姓の噂。 小姓であるはずなのに頻繁に視察に出ては、その先々で人を殺めるのだという。 その者の特徴的な瞳と立場から、いつの間にか「紫の小姓」というのが、彼を指す言葉となっていた。 通称がついてしまえば、噂は更に加速するというもの。 高貴な者も卑しい者も、その噂を聞いては顔を顰めて批難した。 ―――――――――彼らはその噂の真実を、知りはしない。 (あとがき) 暗すぎるUu しかもラクス出すの忘れた・・・・(ぇ |
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