誰にだって嫌いなものはある。


好きなものだってある。


僕にだって、受け入れることのできないものだってあるんだ。



美しいものには棘がある





その頃シンとレイは、自分の目の前を通り過ぎていく人物に唖然と立ち尽くしていた。



めずらしく忍びとしての任務が無く、城下の市を見て回ることにしたシンは、特に欲しい物が無いので、適当に食べ歩きをしながらブラブラと散歩をしていた。

「あ〜あ、暇だなぁ。ま、任務よりは良いけど・・・」

一人ブツブツと呟きながら、買ったイカ焼きを喰いちぎる。

「あれ、レイ?」

すると、前方から見知った金髪の青年を見かけた。

「おーい!!レ〜イ!!」

「シン・・・」

シンは嬉々としてレイの方へ駆けて行った。

「何だよ、お前。買い物か?」

「いや、鍛冶屋へ行った帰りだ。新しい物を新調しにな・・。」

「ふ〜ん・・・。」

特に興味を示す訳でもなく、シンはレイの隣りに連なって歩く。

そんなシンに、レイは眉を寄せる。

「シン、お前も忍びなら、自分の武器くらいしっかり管理しておけよ。」

「わ、分かってるよ!」

プイッと顔を背けてしまったシンに、レイは溜息を吐いた。

と、その時、シンは視線を反らしたまま行き成り立ち止まった。

「シン?」

どうかしたのか、とシンの視線を辿ると、レイもその目線の先に居る人物を認め、同じく立ち止まってしまった。

「な、なぁレイ・・・。あれって・・・」

「・・・」

「き、キラさん・・・だよ、な?」

「・・・ああ」

そう、シン達の前方を歩く人物は、確かにキラだった。

姿、格好は違っていても・・・。

「何で女の人の格好なんて・・・。っていうか、凄く似合ってるんだけど・・・///」

シンの頬が明らかに朱に染まっているのが見て分かる。

「・・・・」

「なぁレイ!」

「・・・・」

レイはキラを見つめたまま動けないらしい。

というか、ほんのり頬が朱に染まってるような気が・・・。

「レイ!後を着けてみよう。」

「ああ・・・。」

レイは即答した。







「領主様?どうかなさいまして?」

「い、いや・・・。何でもない。それよりキラ。もっとこっちへ来なさい。」

一目見ただけで虜にされそうな紫水晶の瞳を細め、キラはニッコリと口端を持ち上げた。

「はい。」

しおらしく寄り添うキラに、似合わない高そうな着物を着た中年の男は、満足気に笑い、遠慮なくキラの細腰に腕を回す。

見事に美女に化けたキラは、艶かしさを最大限に活かしていた。

その様子を、今までキラの後を着けてきたシンとレイが内心ムカムカしながら見ていた。

「なぁレイ・・・、あの中年おやじ、ムカつかねぇ?」

「・・・否定はしない。」

「シメても良いか?」

「・・・・・・駄目だ。キラさんに迷惑がかかる。」

だったらその間は何だよ、と、シンはイライラしながら再度様子を伺う。





「キラ、お前は美しいな。そうだ、今度市場で何か買ってやろう。何が良い?美しい着物か?それとも宝石か?」

「いいえ。キラは何も欲しくはありません。」

「遠慮をするでない。何でも申してみよ。」

キラの謙虚な態度が気に入ったのか、ますます体を密着させる。

「お前の欲しい物なら何でも手に入れるぞ。どうだ、私の愛妾にならぬか?何不自由なく暮らせるのだぞ?」

「・・・・・」

黙っているキラに、男は恥らっていると思い込み、再度誘いかける。

「キラ・・・」

男が熱の篭った目でキラを見つめ、肩を抱き寄せようとする。

「っ!!もう我慢できねぇっ!キラさ・・・」

とうとう堪忍袋の緒が切れたシンは、隠れていた茂みから飛び出そうとする。

レイが慌ててシンを止めようとしたその矢先・・・。

そう、シンだけが堪忍袋の緒を切らした訳ではなかった。

「その汚い手を離してくれる?」

冷めた言葉が先程まで愛らしく寄り添っていたキラの唇から発せられる。

「な・・・・」

驚いた男を気にもせず、キラは肩に回った男の手を捻りあげた。

いつものキラの様子に、助けに出ようとしたシンとレイは出て行くタイミングを見失った。

「いだだだだだっ!!」

「痛い?そう、痛いの?悪人の癖してさ。」

「な、き・・さまっ!!こんな事をして只で済むと思っているのかっ!!」

顔を真っ赤に染め、女に捻り挙げられているという屈辱と怒りを込めて怒鳴る。

だがキラはフンッと鼻で笑った。

「只で済むと思っているのかだって?そう、思ってるよ?貴方は僕に手出し出来ない。何故なら貴方の方が悪いからだ。」

「なんだって・・・!?私の何が悪いというのだ!?女の癖に・・・っ」

「その“女の癖に”っていうのやめてくれない?女の人に失礼だよ。それに、僕は立派な男です。」

キラはバッと着物を脱ぎ捨てた。

簡素な動きやすそうな服を着て立っているキラには、どうみても女性らしい膨らみは無い。

「そんな・・・男・・・・」

「まったく、いくら女装したからってここまで騙されてくれるとは思わなかったよ。ちょっと複雑。ま、それは置いといて、今回何故貴方が捕まったか・・・身に覚えあるよね?」

「っ・・・知らない。私は何も悪い事はしていない!!」

「はい、嘘。証拠あるよ?ほら。」

キラはそう言うと、一枚の紙を突き出した。

そこには、『年貢取立て3割増し』と書かれてあった。

「これさぁ、瓦版に書いてあったんだよね。誰の許しが合ってこんな事したのさ?」

「そ、それは・・・・お上からの命が・・・」

「そんなわけ無いよね?貴方はただ自分の私利私欲の為に金を取り立てている。立派な犯罪なんだよ?女と遊ぶ金に使うなんて、許さない・・・」

先程までは自分を誘うように艶やかだった紫の瞳が、猫の目のように鋭く光った。

男はその迫力にヒィッと情けない声を出し、後ずさりをする。

「だ、誰かっ!!侵入者だっ!!出あえ!!出あえっ!!」

男がそう叫ぶと、バタバタと大人数が駆けて来る足音が聞こえてくる。

そして、あっという間にキラを取り囲んでしまった。

「レイっ!!行くぞ!」

「ああ。」

キラさん一人じゃ多勢に無勢だと、シンとレイは今度こそ茂みから飛び出した。

だが、勝負は既に決まっていた。





「はい。終わり。」

パンパンと手を払ったキラの足元には、屍累々。

そして、領主の男が腰を抜かした状態で尻餅を付き、手足を鋼糸で縛られていた。

「面倒掛けないでよね。」

助太刀する暇も無く、全てを片付けてしまったキラは、小悪魔的な笑顔を浮かべて男に微笑みかける。

男はブルブルと震える手付きで、キラを指差した。

「お、お前・・・、まさか、紫鬼っ!?」

キラはニッコリと微笑んだまま、男の首筋に手刀を打ち込んだ。

「じゃ、シンとレイ。あと処理ヨロシク。僕はこの男を突き出してくるから。」

「き、キラさん?」

キラはクルリとシン達に向き直り、笑顔で告げた。

「僕の後、尾行したでしょ?バレバレだよ。もっと修行しなきゃね。じゃ、バイバ〜イ!」

陽気に手を振ったキラは、領主の男と共に一瞬にして消えた。

残されたシンとレイは、暫し呆然としたが、やがて残された屍累々の前にヤラレタっ、と溜息を吐くのであった。

どうやらキラは、初めから自分達が尾行していたことに気づいていて、少しばかり腹の虫が悪いらしい。

シンとレイは、休日にこんな後始末をさせられるくらいなら、キラを尾行しなければよかったと深く後悔したのであった。







「ご苦労様。今回も助かったよ、キラ。」

アスランはニコニコと笑顔を崩さず、キラを労う。

一方キラは不機嫌を顕にアスランからの酌を注いで貰っていた。

「僕、もうこんな任務嫌だからね。」

「そんな事言わないで。これからも頼むよ、キラ。ああ、俺もキラの艶姿、見てみたかったな。」

キラはますます眉間に皺を寄せ、グイッと酒を煽った。

「僕にだって、嫌なものはあるんだ。」

「女装が?でも、忍びとして女装はできて当たり前だろう?」

「それはそうだけど・・・。できることと好きなことは全く別。とにかく、二度とやらないからね。」

アスランは苦笑し、キラの耳に唇を寄せる。

「何にしても、俺はキラの女装姿、見てみたいな。見せてよ。」

「ぜぇ〜〜ったいに嫌だっ!!」

この『見せろ、嫌だ』の押し問答は、後処理を終わらせて戻ってくるシンとレイが戻ってくるまで続けられていたのであった。


FIN



青さまからいただきました。サイトを持っていないとの事ですが、お上手ですね。
 


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