<ポーコ・ア・ポーコ(音楽用語)> =だんだん、少しずつ 設定・・・現代パラレルキララク 0.そのことは決定事項 「母さん。これは何?」 「あなたの背広よ。明日ハルマの知り合いに家族同士会うことになったの。悪いけどキラも一緒に来て頂戴ね」 来てくれる? ではなく、来て頂戴ね、と言った事から、既に母が何が何でもそれを強行するつもりなのだと気付く。 別に予定もないから構わないか、と判断して、「うん」と頷いた。 家族ぐるみのお食事会なんてよくある事だ。幼馴染のアスランともそれで出会った。 明日は髪の毛をどうしよう、このままでいいかな、と思いつつ、キラはあくびを一つしてベットに潜り込んだ。 1.後悔先に立たず 何かがおかしい。そう思った時には遅かった。 気が付けば目の前には、自分と同じく困惑げな表情を浮かべた少女が一人。 先ほどまで一緒だった彼女の父親も、キラの親ももう出て行ってしまった。正真正銘二人っきりだ。 親同士で話す事があるからとは言っていたが、キラの母が最後に言った「後は若い二人だけで・・・。頑張ってね、キラ」というお約束且つ意味深な言葉が、この二人っきりである意味を物語っていた。 「・・・・・・・・・・・お見合い、だったのですね」 先に口を開いたのは少女の方。現実逃避をしそうになっていたキラは、それで正気に戻って彼女を見た。 確か名をラクスと言っていたが、正直彼女と結婚するなどとは考えられない。初対面なのだ、当たり前だろう。 「・・・・みたいですね。何だかもう、すみませんうちの親が・・・・」 彼女だって同じ心境だろうと思いつつ、常識はずれな親の行動を謝罪する。口に出してから思ったが、彼女の様子を見れば、シーゲル氏もまたラクスにお見合いのことを内緒にしていたようだ。 この場合自分の親の行動を詫びるのは、彼女の父親を批難するのと同義。しまった、と思いすぐさま話題を転換することにする。 「まぁとにかく、ご趣味は?」 しかしどこに話題を持っていけばいいのか咄嗟に思い浮かばなかったので、お約束な言葉を吐いてみる。 このセリフでお見合いに真剣だったと思われてしまうのも何だか嫌だったので、おどけた様に笑いながら。 するとラクスはキラの意図に気付いたのかクスクス笑いながら、同じようにおどけた様に答えたのだ。 「わたくしは歌うことが大好きですの。貴方は?」 「えーっと、プログラミング、かな?」 馬鹿正直に「ハッキングです」などと言えるはずもなく、趣味兼実益の方を出してみる。すると彼女はまぁ、としきりに感動してくれた。 すごいのですね、と本心から言ってくれているのがわかり、くすぐったくも嬉しく思う。 それから少しずつ相互理解を深めていき、3時間ほど様々な話題で会話を楽しんだ。 そんな彼らを別室から覗き見、「あぁこれなら大丈夫そうですね」と頷きあった大人たちの思惑など、知る由もなく。 2.真実と虚像で揺れて 「ラクス・クラインって子、知ってる?」 不意打ちのお見合いの翌朝、登校中で会ったアスランに訊ねてみる。彼は同い年だが政治家の親の影響で、その筋には詳しいのだ。 ラクスの父シーゲル・クラインも政治家であったらしく、アスランならば知っているのではと思ったのだが、案の定彼には心当たりがあるらしい。 「ラクスがどうかしたのか? というか、何でキラがラクスを知っている?」 「まぁそれはいいとして。親しいの?」 ラクス、とファーストネームで呼んでいたので重ねて問うと、アスランは何故か弁解するように「違う違う」と繰り返す。それに少しほっとしてしまったのは、何故だろうか。 内心首を傾げながら先を促せば、アスランはうーんと唸りながら思い出すように言った。 「何というか、つかみ所のない人だな。確実に天然が入っているし、何を考えているのかさっぱりわからない。後はお嬢様の典型かな。世間知らずでふわふわしてて・・・あぁでも、わがままではないか」 「ふーん?」 何だか、アスランの言うラクスと、昨日会ったラクスが繋がらない。確かに天然というか子供のように無邪気なところはあったけど、彼女はふとした拍子に酷く大人びいた表情を見せることがあった。 それは何故か最近の世間情勢やら政治問題やら、戦争やらの話題に転がった時の事。度々すぐさま柔和な笑みに消えてしまったけれど。 そういった事には妙に目敏いキラは、彼女の変化に気付いていたのだ。 そして彼はその変化を、こう解釈していた。 『ラクスは、政治や福祉に興味があるんだね』 『・・・・・そうですわね。ごめんなさい、普段このようなお話は父以外とはしませんので、一人で熱中してしまいましたわ』 『ううん、別に咎めている訳じゃないよ。むしろこう言った話題に真剣になれるのは、好ましいと思う。僕も普段討議とかしないし、楽しい』 本当に、とても感心していたし、楽しかった。本来キラもアスランの影響で知識を持っているだけで、アスランも彼も本気で政治や福祉を気に掛けている訳ではない。どこか他人事のように脳内処理し、真剣に捕らえる事がなかったのだ。 しかしラクスは違う。彼女はテロや犯罪を本気で憂いていた。だから思わずキラも真剣になって、年齢にふさわしくない話題で盛り上がってしまったのである。 そうしてそのような真面目な話に華を咲かしている内に、キラはラクスが沢山の知識と、それに対する鋭い見識を持っている事を知った。気性も一本気で、つかみ所がない訳ではなかったはずだ。 故にアスランが彼女を世間知らずと言った事は、キラに違和感を感じさせたのだ。 果たして、どちらが本当の彼女なのだろうか。 キラはあの討議していた時の楽しそうな、そして充実しているような瞳をしていたラクスを思い出しながら、無意識にアスランを無視して黙々と学校へ向かっていたのだった。 3.見えてくるもの 「・・・・・・ラクス・・・?」 「キラ!」 彼女は何故こんな所にいるのだろう。ここは学校だ。そして彼女は確か隣の女子高に通っていると聞いていたはずだが。 「何だー? キラと知り合いか?」 「えぇ、まぁ・・・」 まさか両親に騙されてお見合いをした仲です、などと言えるはずも無く、フラガ先生の言葉に曖昧に頷く。 そしたら何故かラクスの席が隣に配置された。アスランがやけに驚いた顔をしていたけど、今朝僕はラクスと知り合いだって言わなかったっけ? ・・・言ってないか。 ラクスはちょっと嬉しそうだった。僕も実は何だか嬉しかった。小学校の入学式できた友達と、次の日クラスが同じではしゃいでるみたいな感じで。 「転校してきたの?」 「えぇ、昨日父が急に転校しろと・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、微妙に策略の匂いを感じないか? 昨日の今日で、僕と同じ学校、同じクラス。 「家も追い出されてしまいましたの・・・・」 まじっすか。 「あぁでも、ちゃんとマンションを用意してくれましたわ。これからそこで暮らせと言われました」 何故だろう、デジャビュを感じるのだが。 嫌な予感がして顔が引きつる。ラクスがどうしましたの? なんて言っているけど、君もさっきから何だか同じような顔をしてる事に気付いているかな。 でもとりあえずそれは無かった事にして、お互い純粋に同じ学校になれた事を喜んでみた。 そうこうしている内に授業が始まって、板書の合間にコソコソ意見を交わしたり。彼女はやっぱり頭がよくて、ただ教師の言葉を聞くよりも余程為になると思った。 4.気になりだしたら気になって 休み時間。ラクスは今、転校生の洗礼を受けている。別名質問攻め。 一方キラは他生徒との交流第一歩を邪魔しちゃ悪いと思い、アスランの席まで避難していた。 「ラクスと知り合いだったのか?」 「うん」 「・・・・・・・・・・・・どういう」 「・・・・・・・・・・・・友達、仲間? 同胞、被害者友の会、何でもいいよ」 「は?」 アスランは意味が分からないと言いたげに眉根を寄せた。ぶっちゃけ僕もよくわかってないから、それ以上答えはしない。 その代わり、ラクスがマンション暮らしを始めると聞いて過ぎった嫌な予感について考えてみる。 何故だろう。何か、理由があっての事だと思う。 「・・・・・・・・・・アスラン、今朝僕の母さん何か言ってた?」 何か理由があるはずなのに、その理由が思い当たらない。イコールその辺の記憶があやふやなんだと判断したキラは、自分の最も思考が停滞する時間、つまり朝何かがあったのだと検討を付けた。 ちなみにアスランに聞いたのは、彼が毎朝ヤマト家までキラを起こしにくるついでに、カリダの作った朝食を食べていくのを日課にしているから。その時間は彼女と色々話しているらしいし。 朝の出来事に関しては、自分が覚えていないが、アスランが覚えている、という事がままある。故にキラはこういう場合、さっさと彼を頼る事にしていた。 案の定色々心当たりがあるらしいアスランは、しばらく考えた末告げる。 「あぁ、今日からお前、一人暮らしを始めるって奴か? カリダ小母さんから俺は絶対干渉するなとか言われてるけど」 へー、僕一人暮らしはじめるのか。ラクスと一緒だよあはははははははは、 「い、嫌な予感・・・・・・・・・・・!」 キラはちらりとクラスメートに囲まれているラクスを見、そして訝しげなアスランを意識の範疇に放り投げてから、携帯電話を取り出した。 ディスプレイを見てみれば、新着メールが届いているらしい。恐る恐る開いてみれば、差出人は母だった。 『あなた多分記憶が無いでしょうから文章にしておくけど、今日からマンションで暮らしなさいね。お金の工面はしてあげるから、家に帰ってきちゃ駄目よ。帰ってきたらお仕置きするからね。マンションまでの地図は添付しておくわ』 お仕置き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶対帰れない。あの母は見た目に反して随分意地が悪い上えげつないから。何をされるのか分かった物じゃない。 触らぬ神に祟りなし、マンション暮らしは拒否不可能。 ていうかもう色々突然すぎる。何考えてるんだあの母は。というか止めろよ父よ。 5.もう、戻れない 放課後。キラは力ない笑いを浮かべながら、隣を歩くラクスを見た。 何で帰り道がどこまでも一緒なんだろうね。そう言ってもいいだろうか、いや、きっと彼女も同じ事を思っているのだろう、心なしか顔が引きつっている。 「・・・・・・・・・・・・・・僕さぁ・・・」 「・・・・・・・・・はい・・・?」 「今自分の親が何を考えているのか、さっぱりわからない」 「奇遇ですわね、わたくしもですわ・・・」 そうか、安心したよ。もし分かってたらと思うと、もうこれからやっていく自信がない。 キラ達の背後で、丁度秋風がヒュウと音を立てた。枯葉の転がる音も、虚しくその場に響く。 頭の片隅でいつの時代のコントだよ、と誰かが突っ込んだが、それを解明する余裕などありはしない。 いつの間にか、キラの足が止まっていた。母から送られてきた地図の場所にたどり着いたのだ。 そして何故か、ラクスも足を止めていた。彼女も手元の地図と現在地を何度も比べ見ている。 一瞬、妙な静寂が彼らを襲った。相手の顔が見れない。そしてそれ以上、動けない。 けれどいつまでもそうしている訳にはいかないので、同時に顔を見合わせへらりと笑う。非常に情けなかったが、それ以上どう反応しろと言うのだ。 「・・・・・・・・奇遇だね。もしかして、もしかしなくても、同じマンションかな?」 「そのようですわね。まぁ素晴らしい偶然ですわ」 うん、素晴らしい棒読みな会話だよ、ホント。 嫌な予感がどんどん増していく。まさか、ありえないと思いつつも、最悪の事態――同じ部屋じゃないよね? とは口が裂けても聞けなかった。 自分達は昨日会ったばかりの男女、しかも部屋を借りてきたのはその親だ。道徳的に見て、そんなはずある訳ない。・・・・のに。 冗談めかしてでも相手のルームナンバーを訊ねる事ができなかい。できないまま、自分の部屋に進むべく足を進めて、キラとラクスは再び同時に立ち止まった。目の前には、一つのドアが。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 キラは無言で携帯電話を取り出す。無言のまま短縮ボタンを押し、呼び出し音を何とも言えない感情を抱えながら聞き続ける。 数秒か、それとも数分か。留守番電話サービスの関係で後者はありえないと知りつつも、キラにとって長い呼び出し時間が、今終わりを告げた。 『もしもし、キラ? マンションには無事にたどり着いた? 言い忘れていたけど、ラクスさんも同じ部屋だからね? あぁ、ちゃんと寝るところは分かれているから安心してちょうだい。家事はちゃんと分担してやるのよ』 電話に出た途端、怒濤の如く話し始めた母に言うべき言葉を失う。普段おっとりと話す彼女なのに、今は口を挟む隙もない。十中八九嫌がらせだ。 キラはそれに軽く意識をどこかへ飛ばした後、不意に困惑げにこちらを見ているラクスに気がついた。 彼女はどこかへ行くでもなく、ただ所在なさげにそこに佇んでいる。途端に色々と申し訳なくなって、キラは反射にラクスへ謝罪と、安心させる為の笑顔を向けたのだった。 が、同時に正気を取り戻し、その笑顔をかなぐり捨てて携帯電話にこう叫ぶ。 「何考えてるの母さぁぁぁああああああああん!!!!!!」 そうして、拒絶不可能なラクスとの同居生活が幕を開けたのだ。 6.朝一に聞く君の声 次の日。ラクスがしっかりしてくれていたお陰で、キラ達は大した問題もなく翌日の朝を迎えようとしていた。 カリダが言った通り寝室は別のつくりになっていてよかった。昨日珍しく怒鳴り散らしたせいもあってか、キラはぐっすり眠る事ができたのだ。 が、朝爽やかに起きられるかと言うと、そうでもない。異性との同居生活第一日目であっても、キラの低血圧は健在だ。緊張で朝早く起きてしまいましたなんてことは、まずありえなかった。 「キラ、起きてくださいな」 自分が典型的な低血圧で、朝が苦手なことは昨日の内に自己申告しておいた。すると彼女は張り切って「ならわたくしが起こしますわ! お任せください!!」と言ってくれたのだ。 しかしキラは本当に朝が苦手で、確実に迷惑をかける事が分かっていたので辞退してみたのだが、ではどうやって起きるのだと言われてしまえば反論できるはずもなく。 結局自分で起きる策も見つけられないまま、問題の朝が来た。 だが当然、起きられない。頭に靄がかかったようで、次の行動に中々移れないのだ。 寝てる。眠い。起きなきゃ。どうやって。目を開けて、体を起こして。・・・・・無理。眠る。 ゆっくりのっそり、そう考えつつも、体は動かない。むしろどんどん夢の中へ流されようとしている。 声がかけられる度にそんな状態を繰り返していると、最初は戸惑い気味に揺すってきた手が離れていったことを、意識の外で知覚した。 あぁ、何だか寂しい。そう思うのにやはり起きられなくて、夢の中へと流れていく。 しかし、不意に唇に感じたやわらかいモノに、意識が一気に覚醒したのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、れ?」 瞬時に目を開ける。しかし予想に反し、ラクスの顔は遠い。 何だ、錯覚か。妄想の産物か。ちょっと自己嫌悪。 「・・・・・・・・・起きましたか?」 でも何だか、彼女の頬が少し赤い。 不思議に思いながらも起きたには起きたので頷くと、彼女は嬉しそうに笑って朝食が出来ていることを告げる。 キラは知らない。彼が唇に何かが触れた事に気づいたのは、その何かがとっくに離れた頃だったことを。 7.慣れていいものか、悪いものか 早いもので、もう同居生活が始まって一週間が経っていた。 本来細かい事は気にしない性質のキラは、今ではもう現状に随分慣れてしまっている。 その日もラクスの作る夕飯に舌鼓を打った後、皿洗いを終えて一休み。テレビを見ている内にラクスが風呂から出てきて、少し話した後自分も入ろうと寝室に行った。 そして棚から下着を出そうとしてふと思う。 当然だが、それらは綺麗に洗濯されて、洗剤の匂いが爽やかに香っている。 それは生まれてからずっと、キラにとっては母にやってもらうのが当然のことで、少し前までだったら誰が洗濯したのかなんて全く気にせず、普通に着替えていただろうが。 今は洗濯を、ラクスに一任しているのである。 今更かもしれないが、何となく恥ずかしい。何故かついでに先ほどの風呂上りのラクスの姿も思い出してしまい、尚更恥ずかしく思う。こちらの方は既に慣れてしまった物だと思っていたのに、そうではなかったようだ。 キラもラクスも全自動で洗濯から乾燥までしてしまうのはあまり好きではなく、脱水までしたらあとは天日干しで乾燥させるのが常。 つまりその過程でラクスはキラの下着を見、洗濯バサミではさんで乾かし、最後には畳んで棚にしまうのだ。 キラには誰かに下着を見せて喜ぶ趣味などないのだから、少し思考が女々しいかろうが、今更だろうが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。 しかも同居生活が始まって既に一週間が経っているということは、洗濯は毎日しているから計七回、ラクスはキラの下着を見ているということだ。 彼女がどんな反応をしたのか、少しだけ気になった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変態か僕は」 そんな事気にしてどうするんだ、と自分に突っ込んでから、キラは極力その事について考えないよう、下着を掴んで風呂へと直行したのだった。 生憎思考の切り替えは得意だ。でなくばあんな両親を持って、こんな生活をできるはずがない。 8.お揃いの弁当 「・・・・・・・・・・・・・・・・キラ君とラクスさんのお弁当って、もしかして同じ・・・・・?」 しまった。日常と化していたせいで注意するのを忘れていた。 そういった事には妙に目ざとい、というか人の弁当の中身チェックなんてするなよと言ってやりたい女子の言葉に、自分と同じく教室で弁当を食べていたクラスメートの動きが止まる。 一緒に食べていたアスランなど目を見開いて固まっているし、教室からは音が消え隣のクラスの喧騒が妙に響いた。 キラはとりあえずそれらを無視し、小さめのハンバーグを切って口に入れる。うん、美味い。 ラクスの作る料理はなんだって美味しいが、やはり一番はハンバーグだ。噛めば噛むほど味が出る。ぶっちゃけ実母の作ったものよりも美味しい。 そんな事を暢気に思いながら租借を続け、キラはちらりとラクスに視線を送った。 彼女は水筒のコップを湯のみのように持ち、ずずずとお茶をすすっている。中身は緑茶だろう。 誤魔化そうとしていないところを見ると、別にばらしても問題がないらしい。 「・・・・・・・うん。作ってもらってる。すごく美味しいよ」 途端に、アスランが椅子を倒す勢いで立ち上がった。クラス中からは悲鳴とも雄たけびとも取れる叫びがコダマするし、正直煩い。 何でこんなに騒ぐのか分からなくてもう一度ラクスに視線を送ると、彼女はただ苦笑を返しただけだった。 しかしどうしようこの騒ぎ。どうやって収めようか。 ていうかアスラン煩い。僕の事を大好きなのは分かるけど、ラクスを睨むの止めてよね。 9.THE LONGEST ラクスの髪は多分、クラスでも一番長いと思う。最近では腰まで伸ばす子は滅多に見られないし、知り合いの中でも彼女より髪の長い人間をキラは知らない。 それを何とはなしに触っていると、紅茶を片手にテレビを見ていたラクスがクスリと笑った。 「・・・・・・・・・・どうかなさいましたか?」 別に、意味はない。ただ何となく気になって、気づいたら触っていて。少し触っても気づかなかったのか反応がないから、ちょっと調子に乗って梳いたりしてみただけで。 本当に意味はない。綺麗な髪だなぁ、なんて思いはしたけれど。 それを正直に言うと、ラクスはまたクスリと笑って言った。 「お手入れも大変ですのよ?」 これは努力の成果だったのか。何だか感動。 髪を触る手を先ほどよりも更に優しくして、キラは飽きるまでラクスの髪の毛を触り続けた。 10.今更、という気もすれば。 ラクスが一時的に、実家に帰る事になった。 一時的にと言っても一日だけだ。実家に置いていった物を取りに行くついでに、一泊するだけ。 キラはテレビをぼうっと見ながら、一人で夕食を食べていた。 それはラクスが作り置きしていってくれた物で、確かに美味しいのだが、妙に味気ない。 いつもと味付けが違うのだろうか。それとも一度冷めた奴をレンジで温めたせいだろうか。 機械的に箸を動かしつつそう思い、何となくラクスの顔を思い浮かべる。 途端、優しい気持ちになって頬の筋肉が緩んだ。 一人で笑ってるの怪しいよなーと思いはするが、笑みは消えない。というか何故笑うのだろうか、自分でもわからない。 疑問に思いながら食べ進んで、気づけば完食していた。 「ごちそうさまでした」 習慣でそう呟いて、「お粗末さまでした」と返る声がないのに違和感が募る。 非日常な日常に本当に慣れちゃったんだなぁと感慨深げに嘆息し、またラクスの顔が思い浮かべ、首をかしげた。 何だろう、何故彼女の顔を思い浮かべる度に、優しくて暖かい気持ちになって、その上笑みがこぼれるのだろうか。 しばらく空になった食器を見つめながら、思案する。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞くか」 わからない事は素直に聞きましょう。誰にって、そうさせる本人に。 思いついたら即行動、とばかりに携帯電話を手にとって短縮ボタンを押すと、数秒としない内に彼女は出た。 何だろう、彼女の声を聞けることが妙に嬉しい。 また自然と微笑が浮かんだことに気づきながら、キラは先ほどの疑問を早速ぶつけた。 するとラクスはしばらく黙ってから、どこか嬉しそうに言ったのだった。 「・・・・・・私も、同じですの。どうしてでしょうね?」 答えになってないよ、と笑って返しながらも、キラはどこか満足していた。 解説(?) キラとラクスがお見合いしたのは、カリダの親友・ラクス母の遺言だったから。 なのに何故適年齢になるまで顔を合わせなかったかは、最近までクライン一家が海外で暮らしていたため。 そして彼らが一緒に住む羽目になったのは、カリダが親友の忘れ形見を是非娘に欲しいと思ったのと、シーゲルがキラと話すラクスの表情を見て、彼になら任せられると思ったから。 利害一致によりカリダとシーゲルは結託。何事も早い方がいいと強制同居に踏み切る。ちなみにハルマは完全傍観体勢。 更に言えば、実はお見合いの時点でラクスはキラに惹かれていた。でも同じ部屋に住むと気付いて顔が引きつっていたのは、それが余りにも常識はずれな出来事だったため。彼女は常識人だったんですね〜(笑 |
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