その日、尸魂界に嘗て無いほどの衝撃が走った。

それは、比喩表現で言う多大な驚きを表しているのではなく、文字通り物理的に空が、地が揺れ、風が突風となり人々に襲い掛かったのだ。


それは正しく“衝撃”と呼ぶべき物であった。

始めは体の大きい者でさえ思わずよろめいてしまう程の強さで、数秒後になると若干弱まって断続的に。

どちらにしろ凄まじい衝撃を誰もが感じ、気の弱い者の中には失神してしまう者までいた。


当然、それは死神と呼ばれる者達にも同様に襲い掛かる。そして彼らのほとんどが、この原因不明な衝撃の正体が何であるかを悟っていたのだ。

この非常識なほどの大きさでは信じられる物でもないが、これは極めて強く純度の高い、だがただの霊圧でしかない。


しかし何事なのか、そう思案した矢先、突如その衝撃が収まった。まるで溢れ出る何かに栓をしたかの如く、余りにも唐突な終わりだった。


「・・・・・・・・・・あれは・・・」


その数分後、速やかに霊圧の正体を探れと指令を受けた六番隊隊長、朽木百哉。彼は霊圧の発信源と思わしきところで、ここにあるはずの無いものを目にしていた。


それは巨大な斬魄刀を背負い、黒い死覇装に身を包んだ少年の姿。その髪の色は、尸魂界でも花開くタンポポの色だった。



アフターライフ




原因不明の衝撃が、尸魂界を襲った時刻から遡る事数時間。現世空座町にて。


黒崎一護、享年16歳。

トラックに轢かれそうになった子供を庇い、頭部強打により死亡。即死であった。


「・・・・・・・・・おぉう」


その死亡したはずの一護は、頭から血を流し倒れている自分の体を見下ろし、大して驚いた様子も見せずにそう呻いた。


「・・・・・・・・・・・いや、おぉうじゃないでしょ」


答えるのは、小島水色同じく16歳。最近幽霊の存在を信じざるを得なくなった彼は、分裂し片方は血にまみれ、片方は黒衣を身に纏っている友人の状態に、焦ったり驚いたりする事を忘れてそう突っ込んでいた。


「あ? 水色、俺のこと見えてんのか?」
「ばっちり見えてるよ。見たくなくても見えちゃってるよ。僕もついにあっちの人の仲間入りかぁ」


儚く笑った彼は、独り言を呟いている少年として若干の注目を集めている事に気付き、微妙な気分になった。

だがその外見と裏腹に、下水道の土管よりも図太い神経を持つ彼は、他人の視線も「あっちの人って何だ?」と暢気に聞いてくる黒衣の一護も無視し、血まみれの一護の下敷きになっている少年に声を掛けたのだ。


「君、大丈夫?」


しかし反応は返ってこない。正常に呼吸し、目立った怪我が見られないから、ただ衝撃で気を失っているだけのようだ。

そんな事を冷静に判断していると、不意に黒衣を纏った一護が水色の背後で口を開く。


「どこも異常はねぇだろ?」
「まぁ、この子にはね」


その代わり、一護の体の方が異常だらけ。血黙りはどんどん面積を増やしていき、ピクリとも動かず呼吸もなく。


「・・・・・・・・・・一護」
「ん?」
「君は何で急に分裂なんてしちゃってるの?」


それがどういうことか、水色はわかっていた。だが聞かずにはいられず、倒れ伏した一護の体から視線をはずす事もできない。

不意に、水色の肩が叩かれた。振り返れば、見知らぬ誰かが辛そうな顔で首を左右に振っている。

その背後では、黒衣を纏った一護が眉根を寄せてこちらを見ていた。


「・・・・・・彼は、君の友達かい?」
「えぇ、そうですけど」


見知らぬ誰かは、いつの間にか膝を血で濡らしていた水色を立ち上がらせ、「残念ですが」と言う。気付けば救急車が到着していて、その人はそれに乗ってきた救急隊員のようだった。


「・・・・・・・・・彼、死んでるんですか」


血まみれの一護に視線を戻せば、こちらにもまた気付かない内に、救急隊員の人たちが彼の周りを囲んでいた。

一護の体を担架に移す作業からは、必死さも時間を急く様子も感じさせない。質問の答えは、聞かずとも始めからわかっていたが。


――――不意に、涙がこぼれた。


「事故からまだ5分も経っていないはずなのに、早いな」


それが一護の死を指すのか、それとも救急車が到着するのを指したのかは本人にもわからない。

だがその呟きを聞いた誰かが、「事故からもう10分ほど経ってますよ」と優しく言う。


「・・・・・・お前、俺に分裂とか何とか言った後から、ずっと呆けてたんだよ」


不意に黒衣を着た一護が水色の横に現れ、ぽん、とその手を水色の頭の上に置いた。

確かに置かれた感触がするし、姿が見えるというのに、その姿は他の人には見えていないようだ。

誰も彼には注意を払わず、虚空を見つめる水色を不思議そうな顔で見るだけ。実際は、バツの悪そうな一護の顔を見ているのだが。

しかし不意に、彼は水色から距離をとって自分の胸倉を掴んだ。それとほぼ同時に、一護の体から溢れる何か。顔を顰めての一連の動作は、まるでその溢れる何かを抑えているかのように見えた。


「わりぃ、水色。俺今すぐ行かねぇといけない所があるんだ」


そしてそう言われた途端、急に水色の頭に激痛が走ったのだ。それに被さる様に掛けられる、心配と焦燥の滲む一護の声。


「迷惑かけるけど、ここは頼むな。また来るから」
「まっ、一護!!」


何故だろうか、激しい頭痛に襲われている水色よりも苦しげな一護。

彼は一度だけ苦笑のような笑みを水色に向けると、一瞬後にはまるで掻き消えるかのように姿を消したのだった。



***



「・・・・・・・・・いらっしゃい、黒崎さん」


水色の前から瞬歩で姿を消した一護が向かったのは、怪しげな店の前だった。

彼を出迎えるように立つのは、最早馴染みとなった浦原喜助。元十二番隊隊長かつ技術開発局創設者にて初代局長たる男だ。


「よぉ、浦原さん」


額から滝のように汗を滴らせ、一護は不敵な笑いを浮かべて片手を上げた。その様子はお世辞にも、今死を経験したばかりの少年のそれには見えず、浦原は人知れず安堵のため息を吐く。


(状況を理解していないのか、それとも理解して尚この様子なのか・・・)


やけに苦しそうに汗を滴らせている事以外は、なんら普段と変わらない彼。だが恐らくは、全て承知の上なのだろう。

浦原は帽子の影で同情などの感情を全て押し隠し、ただ手に握っていた物を一護に差し出したのだった。


「コレは?」
「霊力を喰らうアイテムです。貴方今結構辛いでしょう?」


黒崎一護専用の、それ。できれば一生使いたくなどないとは思いながらも、もう使わずにはいられなくなってしまった。

彼の高すぎる霊力は、最早人間界にとって毒でしかないのだ。浮遊霊は勿論、少しでも霊力を持つ人間にまで影響を及ぼす程、その力は強くて。

浦原自身、今こうして一護と相対する事に物理的な苦痛を感じている。店の中で待機している子供達も、一護が近づく程に口数を減らしていき、最終的には二人で抱き合って昏倒してしまった。


それほど、肉体を失った一護の霊圧は圧倒的な物で。一護が今こうして苦しんでいるのも、恐らくは制御云々が苦手なくせに、溢れ出す霊圧を必死に抑えようとしているためだろう。


「カフスとして耳につけてください」


早く付けてくださいよ、でなくちゃ話もできない。そう冗談交じりに急かしてみるが、それは切実な願い。


「わりぃ」


彼もそれがわかっているのだろう、苦笑に顔を歪ませながら、素早く装着する。普段からその類のアクセサリーを身に着けていたのか、随分と慣れた仕種だった。

翡翠と金で造られている特製のカフスは、一護のオレンジ色の髪に映えてよく似合う。予想通りですねぇ、と調子に乗って呟く内に、随分と苦痛も引いてきた。


一護の方も、溢れ出る力を無理矢理抑える苦痛から開放されたのだろう。長いため息を吐いた後、頭を掻きつつ呟いたのだった。


「やべぇ焦った。俺が死んだのは分かってるけど、いったいこの霊力の急上昇は何事だったんだ?」


随分とあっさりと自分の死を認めた事に、何と言えばいいのかわからない。死神を見れる浦原からすれば、正直一護が死んでも何か状況が変わる訳でもないが、無性に物悲しく感じるのだ。

らしくも無く何か言いあぐねている浦原の様子に気付いたのか、一護はしばらく意外そうに彼を見た後、不敵に笑った。


「あんまり悲観的に考えても、仕方ねぇだろ? 俺の周りは殆どが幽霊見えてるし、完全なオワカレじゃぁねぇしよ」


あんたらしくねぇのな。そう言ってニヤリと笑う彼の顔に、しかし痛みが無いかと言われれば、そうでもない。

当たり前だ。死神化した一護の影響で、彼の近くの人々が皆強い霊力を身につけるようになり、死んでも変わらず会話ができようができまいが。

―――紛れも無く、彼は死んだのだから。

生者と死者の間には、無視できない壁がある。今までどおりには行かない・・・一護とてそんな事わかっているのだろう。

だがそれでも現状を前向きに捉えていると言うならば、最早浦原の口出しすべき事ではない。


「そうですねぇ。それを思うと黒崎さん、貴方かなりラッキーですよね」


ま、説明は店の中でしますよ。いつも通りのへらりとした笑いを浮かべ、浦原はそれ以上何も言わずに一護を店の中へと促したのだった。




(あとがき)
中篇予定なBLEACH話。
例に漏れず一護最強なお話にする予定です。CPは無し。

でも本編を熟読した訳ではないので、色々とあやふや(痛
間違いがあったらこっそり教えてくれると嬉しいです。  





 
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