彼と彼女の関係




アッシュフォード学園内、美しい中庭を見渡せる渡り廊下で。


「か、か、カレン・シュタットフェルトさん!」


突如甲高い声で名前を呼ばれたカレンは、肩口で切りそろえた赤い髪をさらりと揺らしながら振り返った。


「・・・・・・・・・えーと・・・・・・何か?」


しかし自分を呼んだらしい女子生徒の顔に見覚えはなく、煩わしいと寄りそうになる眉間の皺を平坦に維持するのに、いつもながら苦労してしまう。

自分はとっとと教室に戻ってあの男・・・ルルーシュ・ランペルージを監視せねばならないのだ。こんな廊下で時間を食っている暇はない。

そう内心で苦々しく吐き捨てつつも微笑さえ浮かべ―――こういう時つくづく被る猫の選択を間違えたと思う―――、真っ赤な顔でこちらを見ている名前も知らない女子生徒をじっと見る。

すると、彼女は何度か口を開閉するのを繰り返し、無意識にカレンの苛立ちを助長しながら蚊の鳴く様な声で言ったのだ。


「あ、あの。カレンさんはルルーシュ様とどのような関係なのでしょうか?」


様って何だルルーシュ“様”って。そう頭の片隅で思いつつも、予想外の質問に素で瞠目してみたり。

どのような関係と言われても・・・・・・クラスメートで同じ生徒会に所属している身だとしか言いようがない。

まぁルルーシュがあのゼロと名乗る男の正体ではないかと、未だ疑う事を忘れられずに日々監視というか観察を続けてはいるが。関係と言ったらやはり油断ならないクラスメートでしかないだろう。

そう思って一切の無駄を省いて短直に答えると、女子生徒は何故か「でもっ!」と食って掛かった。


「でも、最近とっても仲がよろしいですよね・・・・・・?」
「どこがだ」
「え!?」


またも予想外の言葉に思わず素(男言葉)で返してしまったが、何も反応せず微笑み続けていたら、聞き違いだと思ってくれたようだ。世間ずれしていないお嬢様ってこういう時都合がいい。代わりに顔の筋肉が固まってしまいそうだけれども。

しかしいったいどんな意図を持ってそんな事を聞くのだろうか。仲がいいと言われた所で嬉しくもないし、正直ただ戸惑うだけである。


まぁ、儚げな外見に反しどこか挑むように見上げてくる瞳を見てしまえば、大体分かってしまうのだが。

そんな事を微笑の下で思いつつカレンが見守る中、女子生徒は驚いたような顔を悲しそうなそれに買え、続けて答えてくれた。


「ここ最近何をするでもご一緒でしょう? 下手をすればシャーリーさんやリヴァルさんよりも、ルルーシュ様と・・・」


そう言われてみれば、そうかもしれない。カレンは生徒会に入ったばかりなので聞いておきたい事も山ほどあったし、監視するにしても近くにいた方がやりやすいのだ。だから自分から割と進んで声を掛けていて。

ルルーシュの方も、都合の良い事に結構頻繁に声を掛けてくる。実際は殆どの会話が腹の探り合いになっているのだが、これでは確かに傍から見れば“仲がいい”と見える事だろう。


「そうかもしれないけれど、それがどうかしたの?」


お前に何か関係あるのかよ。

何故か妙にいつもよりも苛々しながら、でもおっとりと、棘が一切含まれていない口調で疑問をぶつけてみれば、女子生徒は今度は泣きそうになりながら大声でこう言ったのだ。


「わ、私はルルーシュ様のファンクラブ会長です!!」


そんなのあったんだ・・・。カレンは遠い目をして思った。大体そんな感じの人なんだろうとは思っていたが、まさかファンクラブの会長とは。言葉はどもるし威圧感なんて欠片もない上、いかにも深層のお嬢様と言った感じの容姿だったから、意外と言えば意外かも。

というか公式だったりするのだろうか。会員の人数も何気に気になる。もし公式だった場合、あの男の正気というかキャラを疑ってしまうが。


そんな事をつらつらと思いつつも、ドン引きという衝動を抑え込んでカレンは口を開いた。やはり何処となくいつも異常に苛々するのは、何故なのか。


「・・・・・・だから?」


今度は少し、喧嘩腰になってしまった。途端に涙を浮かべ始めた女子生徒に「お前本当に会長なんてやってるのか!?」と言いたいのを我慢すれば、余計苛々が募ってしまった。とりあえず落ち着かねばなるまい。

むしろ誰かこの状態を打破してくれる人はいなかろうか・・・と表面上は困り顔、内心は剣山でカレンが周りを見渡そうとした、その時。


「・・・・・・どうかしたのか?」


元凶とも言える男が、いつのまにかすぐ背後に立っていたのである。

これには今までの苛々もすっ飛んで本気で驚いた。日々戦場に身を置いていると言っても過言ではない自分が、全く気配を感じなかったのだ。

こんなだからいつまで経ってもゼロ疑惑を払拭できないのだと内心で叫びつつ、カレンは病弱で深層のお嬢様の仮面を以って後ろを振り向いた。


「ル「ルルーシュ様ぁっ!?」


が、何かを言う前に黄色い声が耳を穿ち、折角開いた口を閉じてしまう。折角被った仮面にも、亀裂が入った気配がした。

見れば胸の前で手を組み頬を薔薇色に染めた女子生徒が、潤んだ瞳で一身に彼を見ているではないか。これぞ本物の深層のお嬢様と言うものか、と感心しつつも忘れていた苛々がまた湧き出始めた。


「・・・・・・・・・君は・・・、ルワリーナだっけ?」
「はい! ルワリーナ・クロッサムです!」


どうやら知り合いだったようだ。となれば公式説が浮上してくるが・・・、


「その、様っていうのやめてくれないかな・・・?」


明らかに顔を引きつらせ一歩後ずさった彼の姿に、すぐさま非公式だと確信する。

しかし今になってよくよく見てみると、確かにファンクラブがあって不思議ではない顔をしていた。

長いまつ毛に囲まれた大きく濃いバイオレットの瞳、細身の体と理知的な微笑み。困ったように笑った顔は可愛らしく、ふとした拍子に見える真面目な顔は、凛々しく美しい。

顔もよければ頭も運動神経もいいらしい。そう言えば何時だったか教室でルルーシュに声を掛けられた翌日、友人達がやかましく何があったのか聞いてきた。その時ついでに友人達から見るルルーシュ像も聞かされたような。


曰く「格好いいし紳士的だし、意外と気さくで話しやすいし。本気で狙ってる子も多いの!」だったか。興味がなかったので適当に聞き流していたが。

だがそれは、多分この男の本質ではない。当たり障りなく接していれば決して敵をつくらないから、そうしているだけで。

本当はもっと利己的で狡猾。中庭で初めて声を掛けられた時から、カレンの中でルルーシュのイメージはそれで固定されていた。それ程その時の印象が強かったのだ。


「・・・・・・・・・俺の顔に何か付いているのか?」


睨むように自分を観察していた視線に気付いたのだろうか、彼が不意にこちらを見てそう言った。

本人は気付いているのかいるのかいないのか、先程ルワリーナと名乗る少女に対するそれよりも、1オクターブ声が低い。多分こっちが本当の彼なのだ。

何だか態度が違うし安心できない度は高まるが、個人的にはこっちの方が好きだ。むしろ偽りの、他のクラスメートに対するような気さくな感じの方は好きではない。

だがそんな事素直に言う必要も、義理もない。


「別に。・・・・・・・・・さっきの子は?」


いつの間にやらルワリーナの姿が消えている。自分の考えに没頭していて気付かなかったのだ。

だがそれを知らないルルーシュは―――否、多分気付いていて、意図的にだろう―――、カレンの言葉を「彼女は何処に行ったのか」ではなく、「彼女は誰だ」という意味で取ったようだ。

休み時間も残り少ないと、カレンを教室まで歩き始めるよう促しながら、彼は言う。


「一つ下の子だよ。ファンクラブは半年前に、生徒会長の力を借りて解散させたはずなんだけど。あの通り見た目に反して思い込みが激しくて」


とにかく今回の事は水に流してやってくれ。そう困り顔で言った彼に、カレンはちょっとだけ皮肉な気分になったが、あえて何も言わずにただ頷いた。

思い出すのは、先程の少女の顔。儚げな言動や反応を裏切り、始終自分を見つめていた瞳に宿っていたのは、間違いなく、


―――――抑え切れないほどの、嫉妬のみ。


いつか夜中に背中を刺されるがいい、と内心でせせら笑ってみたが、同時に先程の少女に対する優越感が妙に刺激され、何となく気分がいい。

今しばらく腹の内を探るのをよしとして、カレンはそれから教室に着くまで、ただ純粋にルルーシュとの会話を楽しんだのだった。




(あとがき)
カレン・シュタットフェルト17歳、特別扱いが嬉しいお年頃。
ルワリーナは特に意味のないオリキャラです。時間軸としては、大体五話の途中くらいでしょうか。


コードギアスを書いてくれと行き成りメルフォで依頼され、いや実は私も書きたかったんだぁと調子ぶっこいて早速書いてみました。
鋼と種を待っていらっしゃる方、ごめんなさい。結構楽しかったです。
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