カイル・マスタング9歳。

現在戸籍上の父の如く眉間に皺を寄せ、プリントを凝視していた。

安い紙面に大きく書かれているのは、「父兄参観」の四文字。


彼は別に、これを養父に見せようか見せまいか迷っているわけではない。

むしろ、このプリントを如何にして処理すれば完全な隠匿になるのか、つまりどうすれば「父兄参観」という行事を養父達に知らせずに済むかを思案していたのだった。



父兄参観





しかし不意に、いっそこのプリントを見せてしまえば良いではないか。という誘惑に駆られてしまう。ぶっちゃけ見に来て欲しいと少なからず思っているから、それは本当に甘美な誘惑だったと言えよう。

それに実際、この行事の存在を知れば、養父達は喜んで来てくれるはずだ。それは最早予想では無く、確信さえ出来てしまっている。


だが彼はすぐにここ最近の彼らの様子を思い出し、結局一瞬でその誘惑を突っぱねる事に成功したのだった。


そう、最近の養父たちは以前よりも帰ってくる時間が遅くなり、顔には疲労の色が滲んでいた。

それでもご飯時には帰ってきてくれて、和気藹々と会話をしながら一緒にご飯を食べてくれるのだから、嬉しくも申し訳ない。

その上食事の片付けが終わるや否や、二人とも申し訳なさそうにしながらもまた仕事場へ戻ってしまうのだ。つまりゆっくりしている暇も無いほど、養父たちは忙しいのである。

食事中の会話によると、どうやら近い内にロイの昇進があるらしい。しかもそれに対するやっかみやら何やらだけならまだいいが、何故か最近テロや犯罪、更には部下の不祥事が多発しているのだと言う。

それもこれも全部、自分とロイをよく思っていない狸爺達が糸を引いているんだ、とは、確信を持って発せられたエドの言である。

エリートも大変なんだな・・・・と思いつつも、カイルはそのエドの疲れたような表情を見逃さなかった。

エドの特殊な体質は、誰かから聞いたわけではないが気付いていた。それがああまで疲労しているのだから、余程の事なのだろう。

ちなみにロイなんかは、食事が終わってエドとカイルが食器を洗っている隙に、大抵椅子に座ったまま寝てしまっている始末だ。


そんな状態の彼らに、常以上に無い暇を無理やり割いてもらう事は、いくらカイルにも出来ないことであった。


そうしてあれやこれやと考えている内に、だんだん考える事が面倒くさくなってきたカイルは、結局一番確実で一番単純な方法を選択したのだった。

都合のいい事に、昨夜国家錬金術師の査定期限が迫っている事に気付いたロイの実験により、家の中は少々焦げ臭い。

その事に微妙に感謝して、鼻をくんくんさせながらカイルは立ち上がってキッチンに向かった。

目的は、この家に“唯一”ある着火道具。つまりガスコンロ。

そう、ここまでくれば誰でもわかるだろうが、彼は紙製のプリントを完全に炭化させ、しかもそれを丁寧に集めて庭に埋めてしまおうと画策したのである。

最近雑草除去の為に土を掘り返したので、埋めた後もそこには違和感が生じないはず。


にやり、と今度は精神上の父のように笑い、カイルはガスコンロのスイッチに手をかけたのだった。


そうして順調に紙に火をつけ、灰皿代わりの皿の上にそれを置いて、ふと思う。


何か絶対、家に着火道具がガスコンロだけしかない・・・っておかしい、と。


今まで火が必要になったときは、指を擦るだけで着火器具になる人間マッチがいたから不便は感じなかった。また、人間マッチがいなくても、手を打ち鳴らすだけで着火器具になる人間発熱器(ちなみに、此方は人間マッチと違い発火布で火を作って操るのではなく、電流を作ってその発熱作用を利用し、結果的に発火させているらしい)がいたから、やはり着火器具がなくて困ることはなかったのだ。

しかもまだ幼いカイルが単身で火を使う機会が在るはずも無く、今まで気付かなかったが・・・普通の家では、ライターの一つや二つ、あるものではなかろうか・・・・・・?


そんな事を考えているうちに、プリントは完全に炭化し、自然と火も消えた。それに気付き、カイルはプリントの残骸が入っている皿を持ち、庭へ向かったのだった。


そして埋没作業も終了し、炭のついた皿も綺麗に洗って、証拠隠滅完了。


カイルは途中アクシデントもなく終わった作業にほっと肩を下ろし、安堵の笑みを浮かべた。

だがその笑みは、どこか寂しげなモノで。



実は最初っから最後までしっかりばっちり見ていた緑色の少女は、一瞬思案した後、行動を起こしたのだった。






(あとがき)
カイル視点で番外編。“再会”に行き詰まったので、こちらに逃げてみました(笑

ちなみに、文中で出てきた「戸籍上の父」はロイ、「精神上の父」はエドです。では、本当の父は何と言うのでしょうかね(苦笑

短いのに連載にしたのは、一話の中で場面が何度も変わることを防ぎたかったためでっす。



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