鋼の。あの時確かにロイはそう言っていた。

何を思ってそう言ったのか。聞き違いだったのか。

エドはあえて、それについての解答を求めなかった。

疑問に思えばすぐ供給される知識も拒絶する。知りたくないのだ、落胆するのも歓喜するのも嫌だから。


「さぁて、ここでスーツ選ぶぞ。この店は昔っからいいのそろってるから」
「・・・・本当かね。君は放っておくといつも奇抜な色合いばかり選ぶから・・・私が選んでやろうか」


また、だ。

何なんだあんたは。エドは強張る表情でそう言いたいのを笑顔の裏に押し隠し、「自分で選べるわボケッ」と返す。内心は目の前の若い男に恐怖にも似た感情を抱いていたが。


“この”ロイ・マスタングと出合ったのは昨日の昼。夕方の少し前位に一旦別れ、共に車に戻ってきた時には既に何かが変わっていた。

最初は気づかなかった。ロイが「鋼の」と口にするまでは。


もし、もしだ。ありえない事ではあるが、ロイが魂の理を捻じ曲げて前世の記憶を持っていたならば。

――――ならば、この言動は少しおかしい。

“ロイ”は知っているはずだ。長い軍生活の末、エドの演技力が随分と培われた事を。

増してや彼が大総統になってからなど、エドは親しい者にしか本来の性格を見せなくなった。近い別れを前に心残りは少ない方がいいと、他の者には取り付く島も無い、まるで人形のように無機質そうな人格で接していたのだ。

それに、服の趣味も。昔はアレだったが、歳を重ねていく内に幾分落ち着いた色合いを好むようになっていた。私生活を共にしていたのだから、“ロイ”だってそれは知っている。故に彼のこの言動はおかしいのである。


でも、これは。


そうこれは、この時折見せる子供に対するような目は。そしてあの呼称は。


まるでエドが軍人になり、ロイの相棒となる前の、


「・・・・エド?」
「あ? あ、あぁ。ゴメンボーっとしてた」


これ以上考えてはいけない。恐怖にも似た感情に警告されたように、エドは思考を切り替えたのだった。



再会12





上品な服装一式、西方司令部から借りてきた高級車などを揃えたエド達四人は、日の暮れ始めた空の下、人気の少ない街の一角に緊張した面持ちで立っていた。


「・・・・・・・・・そんなに身構えられると、俺も緊張するんだけど」
「自業自得だろう、散々失敗するかもと脅したのはどこの誰だ」


強張った顔に無理やり乗せた様な笑いを浮かべたロイは、そう声だけ冷静に返していたが。彼とハボックは勿論、ホークアイまで胃を抑えていて顔色も悪い。


「・・・・・・悪い。でも、危険には変わりないんだよな」
「・・・・その危険性を詳しく話してはくれないか?」


知らない恐怖と知る恐怖、果たしてどちらの方がより恐ろしいのか。エドには今一よくわからないのだが、ロイ以下三名は未知の体験だ、知った方がまだマシと思えるような気がしないでもない。

よって視線で強く三人から説明を求められたエドは、「知らなくていい事もあるのに・・・」と言って更に彼らを怯えさせつつ、しかし実際は話しておこうと思ったことであるので十分楽しんだ後、躊躇いも無く口を開いた。


「瞬間移動って言ったけどな、実際はある異次元空間を解して距離を短縮する、所謂空間移動って奴なんだ。案内は俺がするから、ハボック准尉、ちゃんとアクセル踏めよ。一センチ動けばそれで充分だからさ」
「俺!? マジっスか!!?」


驚いて仰け反るハボックの両肩に、ポン、と乗せられる大きさの違う手。言わずもがな、ホークアイとロイの慰めの手だった。辿った先にある漆黒と赤褐色の目は、「自分でなくてよかった・・・!」という安堵をあからさまに語っていたが。


「勘弁してくれ・・・・・・!」
「大丈夫だって。ほら、昨日の襲撃時みたいなもんだよ。俺を信用してくれ」


にっと快活な笑顔を浮かべてそう言う彼。・・・明らかに面白がっている実年齢不明の美形なジジィもどきなど、信じられるものか。

だが非情にも両肩に置かれた手からとてつもない圧力が掛かってきたので、ハボックは涙ながらに頷いたのだった。


「よし。で、その異次元空間な、そこにいる時に目を開けたらあんたら確実に精神持ってかれるから。連れ戻す事もできないでもないけど、あの空間とにかく広いからなぁ。探し出す前に体が腐ってそう」


実際はそんな事になる前に連れ出せるには連れ出せるのだが、“世界”が何か言って来そうだ。あの白い空間に関係の無い奴を連れ込むのだってあんまり歓迎していない様子だったし、厄介な事はしないに限る。今回は時間がないので、特別だ。


「ま、危険なのはそれだけだな。とにかく絶対に俺がイイって言うまで目を開けるなよ」
「・・・・ここまで脅されて目を開ける馬鹿ではないよ、私達は・・・」


どこまでも沈んだロイの声が、虚しくその場に響き渡る。そうでなくてはむしろエドが困るのだ。好奇心に負けて精神を持っていかれ、運悪く真理まで見ちゃいましたなんて事になったら洒落にならない。

それ故のこの不必要なまでの脅しだ。若干楽しんでいるのも否めないが。


「ま、なら良いんだよ。・・・・・・もうそろそろ時間だ、行くぞ」


そうして車に乗り込み、ロイ達が恐怖から固く目を瞑ってあぁ車が少し動いたな、と感じた次の瞬間には。


「着いたぞ」
「「早っ」」


余りにも呆気ない終わりだったのだろう、ハボックとロイの思わずと言うような呟きが重なった。何となく興味が引かれたので見てみれば、ホークアイも少し顔が引きつっている。


「もう目、開けていいぞ」


既に目の前に広がるのは、先ほどとは一変した町並み。現在地はクレタの高級住宅街の一角で、屋敷と言っていい家がずらりと並んでいた。

周りに人はいない、誰の目も向いていない。そこら辺はちゃんと調査済みだった。


「今でこそ誰にも見られてないけどな、そろそろ誰かが家から出てくるぞ。こんな所でどこのだかわからない高級車が止まっていたら目立つ。准尉、進んで」
「は、はぁ」


答えるハボックの声はどこか呆然とした響きがあった。まぁ仕方のない事だろう、エド自身時折何処からが常識で何処からが非常識なのかあやふやになる事がある。

むしろエドの練成や瞬間移動など見ておいて、自分達がそれを体験するまで驚き以外に大した違和感を感じなかった方が不思議なのだ。それもまた、魂が奥底でそれを“普通”と認識していたからかもしれないが。


(・・・・魂が、認識していた、か・・・・・)


そこまで思って、再び思考が嫌な方向に向かいそうになった。ちらりと隣に視線をやれば、どこぞのホストのような格好をしている男が目に入る。


相変わらず、そう言う格好が妙に似合うなと、そう思って。


「・・・・・・・今の内に、あんたに偽造招待状渡しておくな」
「あぁ。・・・・・・偽造、なんだな」
「アタリマエ」


これ以上考えるなと、再び何事もなかったように振舞う事にした。






(あとがき)
何故こうも視点が定まらないのだろう・・・(滝汗
次回パーティ。漸くパーティ。無駄に2話も食っちまってスミマセンUu



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