睥睨。


大総統府から出てまず一番最初にエドがした事は、それだった。


何者も寄せ付けぬ、その金の瞳が。

足を進める度に頼りなく揺れる金の髪が。

夕日に赤く染まりながらもキラキラと輝くその色こそが、大総統府の前に陣取っていた民衆に、彼が何者であるかを突きつける。


しかし彼の姿を目にした瞬間、誰もが言葉を失った。あの伝説の存在を前にして興奮するのが普通だろうに、誰もが言葉を、息を呑み、悠然と佇む麗人を見ることしか出来ない。

何故か。その理由は容易に知れた。


ロイは自分の前を歩く“何か”に、足が竦みそうになりながらも続く。

声をかける事も、それ以上近づく事もできなかった。


そんな事をしてしまえば、今にも自分の身は焼き切れてしまうに違いないと、そんな風に思ってしまったから。


そう、今のエドはそれほどの雰囲気を醸し出しているのだ。恐ろしい、否、神々しいと言えばいいのだろうか。

決して人間というなどが触れていい物ではない。次元が違いすぎる存在・・・きっとそれが今のエドワード・エルリックを形容するに相応しい言葉。


故に誰もが彼に近寄る事も声をかける事もできずに、群れる人々を突っ切るように足を進める人を、見守るしかなくて。

それどころかかの人の道を妨げてはならないと、地割れの如く人垣が割れていく様は、壮観ですらあった。

先ほど自分達がこの群れを突っ切るのにかなり苦労したので、その異様さが余計目に付く。


息を呑み、只ならぬ緊張の中その群れを抜けて、ロイ達はエドと共に駐車場に止めてある車に戻った。この車を出てからまだ一時間も経過していないだろうに、やけに久しぶりのように感じだのだった。



再会11





「ぬぁあああぁ、すっげぇビビった。何だあれ!?」


元の車に戻り、そのドアを閉めて密室となった途端、そんなエドの戦々恐々とした声が車内で木霊した。


「・・・・・・・・私からすれば、君の方こそ『何だあれ!?』だ」


大総統府から出、民衆が目に入った途端スイッチが切り替わったかのような変貌。そしてまた外界から隔離された途端のこの変貌・・・というより、変身解除。

鮮やかな変わりようだとかそんな事より、本当に同一人物なのかと疑いたくなってくる。


「しかたねぇじゃん。俺がこのキャラのまま表に出てみろ。忽ち『助けて、賢者様!!』コールで確実に足止め食らってたぞ」


嫌だぞ俺もうそう言うの懲り懲り。そう言う彼の顔には疲労が滲んでいて、それはそうだろうなと半ば同情しながら納得する。確かにロイとて、あの判断は正しいと思っていたのだ。

だが、とロイは苦笑のような、面白がっているかのような笑みを顔に乗せて口を開いた。


「鋼のにあのような芝居ができるとは、知らなかったな。私もまだまだ甘い」


クツクツとしばらく笑って、不意に我に返る。見れば隣に座るエドは、酷く驚いたような表情でこちらを凝視していた。

しかしその反応も当たり前だ。今の言い方ではまるで、さり気無くエドに関して知らない事など無いと宣言しているような物ではないか。今日会ったばかりの者が言うセリフではない。傲慢な事この上ないだろう、全く恥ずかしい。

思わず羞恥で仄かに頬を染めてしまいながら謝ると、間を置かず運転席にいたハボックから野次が飛んだ。


「ホントですよ中佐ぁ。女口説くような言葉、見た目それでも俺らの10倍は年食ってるような爺さんに言わないでくださいって」
「・・・と言うか無意識でしたね、今の。無差別ですか・・・最低だわ」


俺はお前の事を誰よりも一番わかってるんだぜ、的なセリフ女に使うと有効なんスか? などと言う暢気なハボックの声と、助手席から突き刺さる冷ややかな視線。

それらにチクチクと追い込まれているような感覚を受けながら、ロイはうぅと唸ってもう一度エドに謝る。一度目の謝罪に何の反応も返ってこなかったのが逆に恐ろしかった。


「いやいや私はそんな意図など始めっからなかったのだよ! 言葉の綾だ、悪いなエド、・・・エド?」


どうやらまだ驚きから冷めていないような表情のままの彼に、ロイは顔を引きつらせながら声をかける。そんなにショックだったのだろうか、男にハボック曰く「俺はお前の事を誰よりも一番わかってるんだぜ」的なセリフを言われてしまったのが。本当にそんな気は全くなかったのだが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってゆーか誰が爺さんだゴルァ!!?」
「いでぇ!!」


が、ロイに来ると思っていた怒りは意外にもハボックの方へぶつけられていた。そう言えば爺さんとかぶっちゃけていたなと自分から火に突っ込んだ部下に嬉しいような情けないような気分になりつつ。

とりあえず運転に支障が無い程度にハボックを痛めつけたエドは、それで満足したのか鼻息荒くシートに沈み込んだ。その何気ない(?)動作にも顔が引きつってしまうのは、まだこちらの非が無くなった訳ではないからか。

だがエドは特に怒っている様子も見せず、何を考えているのか読み取れない表情でこちらを見ているだけだった。


「・・・・・・・・あんた、ロイ・マスタング中佐・・・だよな?」
「? あぁ」


今更何を言っているんだか。そう思ったが、ロイは特に言及しなかった。というより、急に突きつけられた封筒にそれ以上会話を引きずる事ができなかったというか。・・・そちらの方が好都合と言えばそうなのだが。


「これは?」


よく見ればそれは先ほど、エドが大総統の執務室から出る時に持って行った封筒だった。突きつけられたのだから見ていいのだろうが、封筒からちらりと覗く書類の中には、「拝命書」と堂々と書かれた物もある。中将相当であるエドが貰った物を、中佐でしかない自分が見ていいのか。そんな逡巡があった。

しかしエドはそのロイの躊躇いを見越したように、「そんな大した物じゃねぇよ」と言って読むのを促した。


「見ておけ。今回の任務について書いてあるから。とりあえず口頭でも言っとくけど、要は俺と中佐でクレタのお偉いさん方が出るパーティに潜入な。ホークアイ少尉とハボック准尉は、秘書と運転手って設定で車の中で待機。逃げる時戦闘になるかもしれないから、警戒は怠るなよ」
「・・・・・・・パーティ? 日時は明日か・・・。明日!?」


潜入捜査についてざっと書いてある書類を読み進めながら、その問題のパーティについて書かれている項目で目を留める。驚くべき事に決行日は今から約25時間後。明日の1900からだった。


「明日って・・・車で行ったら確実に間に合わないですって!」


現在地はセントラル。ウェストならともかく途中列車を使っても到着するのには2・3日程掛かる距離だ。

ハボックの悲鳴と同時に西部へ向かっていた車が加速したが、対するエドは飄々とした物。


「というかあんたら、まさかこのまま車でクレタまでいけると思ってたのか?」
「「「え・・・・?」」」


なら何で今車に乗ってるんだ。そんな疑問が瞬時に軍人三人の脳裏を過ぎる。というか、そう言うことはもっと早く言って欲しかったと思うのはわがままだろうか。


「・・・君ちょっとのんびりしすぎではないか? まるで本物の爺さ・・・」
「おぃマッチ、これからあんたが本物の爺さんになるまでずっと、体に水分纏わりつかせてやろうか。時化たマッチだけど乾いてない爺さんになれるぜ」


あんたさっき折角逃げられたのに何墓穴掘ってるんだとは、誰のセリフだったのだろうか。・・・多分車内にいる全員の心の声だったのだろう。

ロイは今の言葉を爽やかに聞かなかった事にして、すごくイイ笑顔を浮かべているエドの顔を極力見ないようにしながら続きを促した。


「で? ならばどうしろと?」
「とりあえずこののまま西部に行って、適当なところで宿取るぞ。んで、明日の午前中に街で色々揃えて、暗くなったら車ごと瞬間移動」


瞬間移動。・・・・・・・・・・・・・・・しゅんかんいどう!?


「ちょっと待て何だそのファンタジーな発想は・・・・」


顔を引きつらせてロイが言うと、エドはにっと笑って人差し指を立て、それを顔の前でチッチッチと揺らす。

瞳に写るのは悪戯っ子のような光。これで自分の10倍以上生きているのだと言われても、俄かには信じられないだろう。

何だか妙に脱力しつつロイが再び先を促せば、エドは相変わらずの表情のまま言ったのだった。


「ていうか俺自身がファンタジーな生き物だし。それに確かさっき俺、あんた達の前で瞬間移動実行したぞ?」


そうだった。余りにも馴染んでいるせいで忘れていたが、普通は23歳であるロイの10倍生きている人間なんて存在しないし、確かに先ほど大総統府の前で彼は車から一瞬で姿を消したのだ。


「といっても俺も誰かと一緒に移動するのは初めてだからなぁ。失敗したらどうするか」


訂正。そう脅すように言ってカカと笑うエドは、ロイ達からすればどこからどう見ても老獪な老人にしか見えなかった。






(あとがき)
エドが驚いてたのはそこではないんですよロイ君!!
きっと気付いた方は気づいたはず。特に強調をしていないので、気付かない方は気づかなかったでしょうが。

ちなみにセントラル〜クレタの距離の話ですが。今一一日でいける距離なのかどうかよく知らない上、個人的に瞬間移動をさせてみたかったので、一日じゃいけない距離と言う事にしてみました。(笑



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