随分と久しぶりだ。感慨深げにそう呟きながら、エドは蒼い軍服に袖を通した。

数百年前からほとんどデザインの変更がないそれは、嘗ての彼にとっては完全な国家の犬である証だった。しかしいつしか、軍服は誇りの顕現へと変わり、そして今はただの手段と成り果てた。


軍服を纏う、それはつまり「金の賢者」をアメストリスの軍人だと強引に枠へ嵌めると言う事。

即ち「金の賢者」はアメストリスに組し、クレタと全面的に争う姿勢を言外に示しているのだ。

軍服の語る威力は相変わらず目覚しい。時には安堵を、時には畏怖を見る者に与えた。

エドがこの軍服を纏う限り、アメストリス人には安堵を、クレタ人には畏怖を与える事だろう。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・畏怖、か・・・」


クレタ人も知っているはずだ。「金の賢者」の存在を。一度は誰もが夢見る天才錬金術師。赤き賢者の石を砕き、不老不死となった者。御伽噺でしかないはずなのに、錬金術師の中で「金の賢者」は、確固たる存在をもっていた。


それが何によるものかは、エドもよくわかっていない。世界の総意たる緑色の少女は、それはエドが錬金術を統べる“世界の目”、“真理の番人”だからなのだと、曖昧な事を言っていたが。

とにかく時代を重ねた結果、錬金術師の頭の中には伝説となった「金の賢者」に対する何らかの感情が植えつけられているらしい。総じて誰もが持っているのは、「尊敬」という感情か。


では果たしてクレタの錬金術師は、万が一殺し合いになった場合、エドに攻撃を仕掛けられるのだろうか。・・・できるだろう、多分。しかしそこに躊躇いがないかと聞かれれば、誰もがNOと答えるはず。

無駄な労力も死人も出したくないから、戦闘になったらまずそこに付け込むか。力を示し敵わぬと思わせて戦闘を避けるなど、既に錬金術師達の中に「敵わない」という観念があるからこそ簡単な事だろう。


冷静に、エドはこれからを考えていた。ガンナーズの意思は知っている、「全面的にエドに任せる」だ。だからこそ、彼は一人で考えていられたのだった。





再会10





別室で着替えていたエドが大総統の執務室に戻ると、そこには既にロイとその部下達が到着していた。

部屋に入った途端ジトっとした目で睨まれた所を見ると、やはり相当あの群れた民衆に苦労したのだろう。皆若干だがげっそりしている気もする。

あえて具体的に何があったかは探らずに、エドは背筋を伸ばして(ついでにロイ達の恨みがましい視線を無視して)ガンナーズの横に立った。


「改めて紹介しておこう。彼の名はエドワード・エルリック。嘗ての銘は『鋼』、地位は中将相当だ」
「中将“相当”・・・・・?」


厳かに言った大総統に、ロイが怪訝そうに声を発した。思わずだったのか、次には「失礼しました」と自分の失言を詫びていたが。

確かに知らない者が聞けば、その高い地位にふさわしくない“相当”という単語には、誰もが首をかしげてしまう事だろう。国家錬金術師は軍属なので“相当”という言葉を使うが、そもそもその国家錬金術師でも中将と同等の権威を与えられるなどありえない。


「あれか? 俺確か昔、中将になった時点で失踪したんだよな。でもって俺今軍属扱いだから、“中将相当”?」


よく考えればかなりの破格な扱いだな、と笑うエドに、ロイ達はもう何を返せばいいのかわからなくなってきた。

何せ現時点での大将はたったの5人。そしてエド自身はそのすぐ下の地位にあたるから、実質彼に命令をできるのは大総統を含めたったの6人しかいない訳である。

いかな金の賢者と言えど、本当に破格の扱いなのだ。それがわかっているのかいないのか、能天気な反応を返すエドに呆れずにはいられない。

まぁ実際、彼は嘗て正規の軍人として中将の地位を得たのだから、そこら辺の重要性は重々承知しているだろうが。


とにかくそれは置いておくとして、今の言葉でわかったのはエドはあくまでも軍人ではなく軍属である、と言う事だ。ならば扱いを変える必要はないだろう。エドもまた、先ほどと全く態度が変わっていないのだから。


ロイはそう結論付け、まっすぐにエドを見た。自分は態度を変えるつもりなんぞないぞと、挑発的な眼差しで。

するとエドは一瞬きょとんと目を見開き、次いで太陽のように笑ったのである。


「あはは! お前、やっぱり最高!!」


次いでずかずかと近づいていき、ロイの肩をバンバン叩く。痛いとか何とか言う前に、何故そこまで喜ぶのか。

よくはわからなかったが、ロイはとりあえずエドの腕を取って叩くのを止めさせた。

が、依然エドはクツクツと笑ったまま。ロイの肩に顔を押し付け、笑いを抑えようとはしているらしいが、全然意味が無い。

シューブルの村長の家の時といい今といい、どうやら彼は随分な笑い上戸(?)らしい。または馬鹿笑い癖があるのか。


実際はロイの全く意図していない子供のような若々しい態度と“以前のロイ”とのギャップに、これがあいつの若い頃の姿なんだなぁとしみじみ思ってしまい。そのギャップが少し悲しくて、そして嬉しくて。はっきり言えば色々な意味で笑わずにはいられなかったのだ。


しかしそんなエドの内心など知ろうはずもないロイは、何だかエドの姿が悪友のヒューズに重なってしまい、思わず同じようにぞんざいに彼を引っぺがしてしまいながら言う。


「お褒めに預かり光栄だがな、場所をわきまえろ」


その一連の動きや言葉からは、ロイはエドに構うのが嫌そうだというな印象も受けそうなものだが。実際に見てみると、確かに嫌がっているはずなのに嫌がっていない。まるで、いや正に・・・ただの友人とのじゃれ合いだ。

ホークアイとハボックは既に車の中で打ち解けていた彼らを見ていたから別に驚く物でもないのだが、大総統は違う。予想より遥かに親しげな彼らに、思わず言葉を失っていたのであった。


「・・・・・・・・・・何だ、随分楽しそうだな」


妙に気の抜けたような声に、ロイは一瞬それが誰の物なのか判断できなかった。が、声の発信源は紛う事無き目の前の大総統。エドの爆笑で存在を忘れてしまっていたが、彼は間の抜けた表情でこちらを見ていた。


(((・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)))


少しだけ、そう少しだけ。否・・・、悪いがかなり。

ロイ以下「大総統など雲の上の人物で親しく話すなど言語道断絶対服従」などという観念を持っていたもの達は、その大総統の余りにも間抜けな表情に、思わず認識を変えてしまいそうになった。


これではただのボケ始めた爺さゲフンゲフン。


だがそれも仕方のない事だ、傍から見てもエドは随分嘗ての相棒に固執しているし、ロイは警戒心が強く容易く他者に心を許さない性格だとガンナーズは認識していた。故に彼らの間にあるのはギクシャクした関係とばかり思い、パーティまで参加させようと言ったのに。

有り体に言ってしまえば、拍子抜け。実の親父より親父っぽいなどと言われた後で、若干無意味に力んでいたのも災いしたのだろう。


エドはその辺の事をしっかり把握しているが、まぁ今ガンナーズが間抜けな顔をしている事に変わりは無い。ロイ達がその顔にどのような認識を持ってしまっても、それはガンナーズの責任でありエドは関係ないのだ。


故に全くのフォロー無しに、彼は笑いを再発させロイに鬱陶しがられるだけだった。


「本当に変わんねぇなぁあんたも」


思わずそう零し、今更ながら大総統然とした威厳漂う顔に戻したガンナーズに再び笑う。

そう言葉に含まれた意味に気付いているのかいないのか、彼は静かに苦笑しただけだった。これで二人っきりだったらまた反応が違ったのだろうが、とりあえず取り繕う事にしたらしい。


だが実は、今回の彼のこの行動。若干の意図も含まれていたはずだ。

ガンナーズがエドとロイを関わらせようとお節介を焼く限り、彼とロイも通常の上司と部下という関係に収まり続けるには都合が悪い。というか色々と面倒臭い。

とどのつまり、彼の目的はロイとも親しくなる事だった。上司部下という関係を逸脱しなくてもいい、ただエドの事を話す際くらい、肩肘張らずに済む様に。


ついでにロイを後継者にでもするつもりだろうか、と思いつつ、エドはポン、と先ほどまで顔を押し付けていた肩に手を置いた。


「まぁ、宜しく頼むよ。俺も大総統も、あんた達とは長い付き合いになりそうだし」


少なくとも戦争が終わるまでは絶対。そして終わってからも多分、ガンナーズはエドの為にロイを傍に置く。

それは予感でしかなかったが、当のガンナーズが何も言わないところを見ると、彼もそのつもりなのだろう。

ロイ達はエドと大総統のその様子に不思議そうな顔をした後、とりあえず「はっ!」という鋭い声と共に敬礼を送ったのだった。


それを満足げに受け止めたガンナーズは、不意にその顔を厳しくさせて告げる。腐っても最高権力者、実はそんなに時間がある訳ではないのだ。


「早速で悪いがね、君達とエドワードに任務だ。マスタング中佐はエドと共にクレタに潜入、ホークアイ少尉とハボック准尉は補佐に。詳しい事はエドワードから聞きなさい」
『イエス、サー!』


それに再び踵をあわせ敬礼をする軍人達。重なる動作と声は、4つある。


随分と久しぶりのそれにエドが何とも言えない心境になっていると、少しだけ驚いたような三人と目が合った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何」
「・・・・・・・・・・いや、何だか感動してしまったというか・・・」


答えるロイの声は、どこか熱が篭っている。エドは自分の事だし実感はないだろうが、彼は「金の賢者」であり、何百年も前の軍人であるのだ。

そんな人物と一緒に敬礼をするのだから、むしろ何の感慨も受けない方が不思議であろう。


しかしエドは興味なさげに「ふーん」と呟くだけで、置いてあった拝命書を持ち上げてさっさとドアに向けて歩き始める。

命令を貰ったら即退出。大総統も「行ってよし」という態度を取っているのでそれは当然の行動なのだが、何だか少し呆気なくはないだろうか。

ロイ達がそう思い、一瞬彼に続くのが遅くなったのに気付いたのか。エドはドアの所でくるりと振り返ると、ガンナーズを見て言ったのだ。


「今度は酒持って来るよ。じゃぁな」


いやそれは仮にも「イエッサー」とか言った後の態度としてどうよとか、思わないでもないが。ロイ達は嬉しそうに「楽しみにしている」と返した大総統にもう一度敬礼だけを返し、小走りでエドに続いたのだった。






(あとがき)
えーと。実はガンナーズさんの前世も考えていたのですが・・・。それは後々、帰って来てからで(滝汗)



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