いつだったか、酒の席でエドはガンナーズにこう言った事がある。


「輪廻転生? 本当本当。周期は250年くらいかな〜。俺もう何人か第2世代目見たぞ。面白い事に名前も顔も全く同じなんだぜ」


するとガンナーズは酔っていたせいか、安直な事を言い出したのだ。


「ほう。ならイアン・フィアボルトという名の青年が軍に入ったら、すぐお前に教えてやろう」


その時彼が指差したのは、何代か前の大総統の顔写真。それは嘗てエドと共に戦場を駆り、「アメストリスの双璧」として英雄視されていた存在だった。

イアンの一生は伝記にもされ、ガンナーズもまた人として彼を尊敬していた。

しかし、エドはそんなガンナーズの言葉に苦笑して、「いいや」と首を振ったのだ。


「例えあの写真のイアンと同じ顔、同じ名前を持っていても、それは俺と一緒に戦った男の生まれ変わりじゃないよ」
「・・・・・・・・どういう意味だ?」


転生しても同じ顔なのだろう? と不思議そうな顔をする彼に、エドは酒を呷りながら少しだけ笑う。


「転生しても同じ顔だからこそ、だ。想像してみろよ。お前は前世こんなだったから幼い頃からその道だけを極めておけ、とか、あいつは前世犯罪者だったから今の内に殺しておけ、とか。250年じゃ写真や記録はまだ残っているだろうし、そんな風に虚しい人生を送りかねない」


ガンナーズは赤ら顔で「なるほどなぁ」と頷いていた。本当にわかっているのだろうか、と思いつつも、エドは珍しくも饒舌に説明を続けたのだ。


「だからそうならないように、生まれ変わりが誕生した瞬間、前世の記録という記録全てが改竄されるんだ。写真、書類、人の記憶、全てにおいて誰にも知られないまま、他の顔や名前に摩り替わる」
「なるほど、ではあの写真も伝記に残る名も、本来とは違う名だったということか?」
「その通り。だけど安心しておけよ、お前の尊敬するイアン・フィアボルトの伝記は本物だ。イシュバールの英雄、焔の錬金術師、俺の相棒。名前は違えどやった事は事実さ」


するとガンナーズはそうか、と少しだけ嬉しそうに頷いて。次にむ、と顔を顰めて酒臭い顔をエドに近づけながら行ったのである。


「では、イアン・フィアボルトの本来の名は何だ。あぁ、既に名が変わっていると言う事は、生まれ変わりがもう生まれているのか」
「まぁな。俺はまだ会ったことないけど、そういう事だろ」
「そうか、で、名前は」
「・・・・・・・・・・・・さぁなぁ」


そう言って今度は誤魔化すように笑ったエドは、徐に首元からネームタグを探り出して目の前に翳し、ふ、と笑ったのだ。


「これが無ければ、俺も忘れていたのかな・・・・・・・・」


赤い石が埋め込まれたそれには、“ロイ・マスタング”の名がうっすらと刻まれていたのだった。



再会9





「て言うか、知ってたんだな、“ロイ・マスタング”の事」
とりあえずこれ以上ガンナーズがエドの正体をバラした云々の話は止め、他の話題に切り替える。それ以上続ければ、余計に墓穴を掘りそうだと思ったのだ。


「私はお前が知らないと思っていた方が不思議だ」


彼に甘いガンナーズもそれ以上何を言うでもなく、話題は何とも言えない空気を払拭しつつ完全に摩り替わった。


「・・・・・・いつ知ったんだよ・・・・・・・」


実際、エドワードは目の前の男にそのネームタグを良く見せた事は無いはずだ。なのに知らない方が不思議だとは、と怪訝に思ってちゃんと記憶を探ってみて、ふと気付く。そして激しく脱力し、項垂れた。


「そうだな・・・・・・・・。いつでも知れたな・・・・・」


確かによくよく見せた事は無いが、別に隠そうともしていなかったのだ。腐っても相手は大総統、観察力の素晴らしい彼なら気付いて当然ではないか。


「・・・・・・・・まぁいいや。もういいからほら、とっとと本題入るぞ」


投げやりな動作で手ごろなソファーに身を静めながら、エドは何となく“大総統”の首からぶら下がる赤い石に視線をやっていた。

別にその行動に意味はない。けれどそれこそが契約の証なのだと、少しだけ感慨深く思う。実はエドに益など齎さない、無意味な契約の。

しかしそれは、エドワード・エルリックの事情を知る人間であるという証でもあった。何せ赤い石を受け継いだ者は、例外無くエドが不老不死である事と、特殊能力を備えている事を前任者から知らされるのだ。

大総統との契約は、そう言う意味ではエドに益を齎していたのかもしれない。それらを隠さないでいい友、または同志を得ることができるのだから。


そうこう考えている内に、ガンナーズは立派な机の引出しから数枚の書類を取り出して見せた。そしてそれにサインしては封筒の中にいれ、最終的に纏めてエドに投げ渡す。


「良いか鋼の錬金術師、目指すは無血での終結だ。しかしまぁ、戦争急進派なら数人くらいどうこうしても別に構わんぞ」
「はいはい」


そんなことわかっているさ、と適当に頷きつつ、投げ渡された封筒から書類を抜いて目を通し始めた。数枚かはクレタの官僚や軍人の顔写真とデータで、他の数枚は任命書やら何やらだ。


「・・・・・・・・・・・・と、あれ? 俺軍人じゃなくて軍属扱いかよ」


書類の一枚にそう明記されていたので、てっきり従軍させられる物だと思っていた、と呟けば、ガンナーズは少しだけすまなそうに苦笑した。


すぐいなくなる・・・・・・・人間を何処に配属しろと言うんだ。しかもお前は軍属だが中将相当なんだぞ。そんな奴を下手に配属してみろ、いなくなった後の方が大変ろうが」


一瞬、言っている意味が理解できなかった。


「・・・・・・・・・・・良いのか? 俺は使えるぞ。表に立てば逃げられないことなんか解ってるし、覚悟はできている。それに俺が雲隠れしないままなら、他国への威嚇にもなるんだぞ?」
「構わん。戦いが終わったらまた好きにするがいい」


しばらくして発した忠告は無駄に終わり、ガンナーズの意志は変わらないようだ。

しかし彼が言っているのはつまり、「戦争が終わってまで“金の賢者”を軍に縛り付けるつもりはない」と言う事で。客観的に見てそれは、随分と勿体無い事だと思われる。


「戦争でごたごたしている内はまだいい。だが平和が戻れば、人の関心は全てお前へ向く。ましてや今までとは違い、“金の賢者”は実在して軍に在籍していると知れ渡れば、・・・・・・針の筵なんかじゃない、もはや地獄が待ってるぞ」


そんな事、わかっていた。だからこそガンナーズが“金の賢者”の噂を流したと知った時、ロイの傍にいれる事を差し引いてもあれほど怒ったのである。

彼だって、好奇心や謂れの無い懇願に常に晒される事なんて望んでいないのだ。できる限り避けたいと思い、さっきだってロイ達には悪いと思いつつも、民衆と言う渦中へ飛び込もうとしている車から逃げ出した。


だからガンナーズの申し出は、エドにとって願っても無い事だった。けれどやはり信じがたくて、再度念を押さずにはいられないのである。


「本当に、いいんだな」
「あぁ、既に無事ロイ・マスタングらとも出会わせる事ができたしな。戦いさえ終われば、もうお前を軍に縛り付ける理由などない。・・・・・・いい加減くどいぞ」


そう言ってうんざりとした顔をした彼に、エドは不覚にも父性と言うものを感じてしまった。嬉しいような、恥ずかしいような微妙な気分になり、そんな自分に苦笑する。


「あんた、俺の実の親父より親父っぽい」
「それは、嬉しいな」


親父。そう言われるのが、これほどまで嬉しいとは。ガンナーズは皺が増えてきた顔が破顔したのを隠そうともせず、近付いて行きまるで小さな子供にするようにエドの頭をかき混ぜた。

そんな風に、彼は大総統になってからずっと、この実際には年上の青年を子供のように扱ってきていたのだ。エドは生きている歳月こそそこらの老人よりも長くはあるが、心は見た目のまま成長を止めたようで、どこか脆く危なっかしい。

だからか、自分の息子もこんな時期があったなぁと、ついつい同じように接してしまったのである。どうやらそれは決して、負にはならなかったようだと安心もした。


しかし彼は自分の手を不貞腐れたように跳ね除けたエドが言った言葉に、今度は思わず表情を固まらせてしまったのである。


「――――――でもやっぱりあんたも、いつか死ぬんだよな」


低く、底知れない感情を伴った小さな声。不意に聞こえたそれが、エドは何たるかをガンナーズに突き付ける。

運が良いのか悪いのか、本人には口に出したつもりが無いのか、特にそれ以上何をするでもなく普通に書類へ視線を戻していたが。ガンナーズには彼の声が耳にこびり付いてはなれなかった。


今になって漸く気付いたのだ。彼が、どうしようもなく孤独であることに。


しかしそれについては、ガンナーズは何も言えなかった。自分が何かを言うべきではないと思ったのだ。よってその代わりに、精々出来る事を画策する事にしたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エドワード」
「あ?」
「まず、やってもらう事だが」
「あぁ」
「ロイ・マスタングを伴ってクレタのパーティに出て来い」
「あ゛ぁ゛!?」


人間は「あ」だけでこれだけ如実に感情を伝えられるのだから、凄いものである。

そう感心しつつも真面目腐った顔で、ガンナーズは続けた。


「誰にも気付かれずパーティーに潜入して、しかし最終的には大々的に正体をばらせ」


つまり“金の賢者”の存在をクレタに知らしめろという意味だ。そう言えばエドは納得し、しかし怪訝そうな顔で「ロイも?」と聞く。

ガンナーズはそれに重々しく頷いて、内心でこうも続けたのだった。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とりあえず、交流を深めて来い)


エドが後生大事に持つネームタグの本来の持ち主、ロイ・マスタング。嘗ての相棒である彼を、エドは随分と気にかけている事が解った。だからこそ彼らを近づけて、あわよくばロイがエドを救ってくれる事を切に願う。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、」
「あ? どうした」


すると突然、エドが書面から顔を上げて何かを呟いたのだ。怪訝に思って自席に戻りながら問えば、彼は何度か頬をかいた後答える。


「漸くロイ達が大総統府に到着したぞ。随分時間も掛かったし、ありゃ群れた民衆供にかなり苦労したようだなぁ」


人事のように笑って言うが、それこそがこれからしばらくの間エドが耐えねばならない事だ。ガンナーズは後ろめたさを感じつつ、徐にベルを取り出して2度鳴らして見せた。


「何だ」
「・・・・・・・まぁ、餞別だ。少しでも目立たなくしたいならば、着ていけ」


そしてそれが言い終わるか否かほどの時間も置かず、一人の女性が部屋へ入ってきた。彼女はエドの姿を目に留めると一瞬だけ驚いたように目を瞠り、しかしすぐさま平常心を取り戻して手に持った物を大総統へと渡したのだった。


「・・・・・・・準備がいいな」


エドの声が思わず呆れたような物になってしまっても仕方が無い。何故ならば彼女が持ってきたのは真新しい軍服一式で、どうやらサイズもぴったりのようだったからだ。




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