そのまま他愛の無い低レベルな会話を続けていると、いつの間にか大総統府が見える所まで来ていた。

段々近づいてくるその壮言な建物に自然と目が行き、近づくにつれてそこに群がる者達の正体を知る。

なんとも大変珍しいことに、大総統府の入り口には、軍人に脅されながらも引かない民間人達が所狭しと集まっているのだ。

軍を畏怖する訳でもないが、親しみを感じている訳でもない民間人のこの暴挙に、車内にいる誰もが絶句して何事かと自問する。だが答えが出るはずも無く、彼らが半ば呆然とし始めたその時。


苦々しげな、それでいて何処か親しみの篭った声が、シンとした車内に響き渡ったのだった。


「あの馬鹿、余計な真似しやがって・・・・・!」


その言葉にロイがそちらに目を向けると、エドが苛立たしげに頭を掻いていた。


「・・・・・これが誰の仕業で、何の目的があるのかを知っているのか?」


思わずそう聞いてしまったロイにエドは苦笑を送ると、冗談とも取れる口調で答えたのだ。


「俺は“賢者”だからな。何でも知ってるんだよ。」


それから静かな仕草で民間人たちに視線を移し、呟くように言う。


―――それは、エドワード・エルリックという人物が、再び歴史上に姿を表す事になる、仕組まれた切っ掛けだった。



再会8





「アレが求めているのは、俺だ。」


先の襲撃に関わった者達のみならず、“金の賢者”が大総統府に向かっているという話はすでに民衆にも伝わってしまっていたらしい。

好奇心で見物に来た者、普通の錬金術では修復できない“壊れた何か”を直してもらいに来た者。そこに集まった理由は様々だが、皆目的は同じ。

そう、彼らは伝説として語り継がれてきた“金の賢者”を、一目でも見ようと集まってきたのだ。

エドの言葉にロイ達は余り驚いた様子を見せなかった。多分、薄々感づいてはいたのだろう。

襲撃時も思ったが、本来軍という場所はそう簡単に情報が漏れていく物ではない。ましてや今回は対象が対象なのだ。いつにも増して緘口令は強く敷かれているはず。


それなのに何だ、この早すぎる情報漏洩のありさまは。余りにも不自然すぎるのではなかろうか。


ロイが思考を巡らしている中、エドは相変わらず窓の外に集まる民衆の群れを眺めていた。

知りたくなくても知ってしまう。あの中には確かに、死者を生き返らせて欲しいと己を訪ねて来た者もいることを。

その事実に、エドは胸に不快感を感じて、いつもの癖で胸元のネームタグを服の上から握った。

それは、彼の精神安定剤代わりで。何百年も防腐処理を施しては、こまめに修理をしてまで身に付けている、大事なモノ。


「・・・・・・・・・馬鹿は、俺か・・・・。」

「・・・・・・エド?」


胸元を握り、何処か先程までとは様子の違う彼を見て、ロイが少しだけ焦ったように声をかけた。まるで自嘲でもしているかのような、そんな様子だった。

けれどエドはそれに応えようとはせず、ただ彼を静止するように片手を上げたのだ。

その仕草は何処か、地位の高い者独特の雰囲気を醸し出していて。ロイは場違いにも彼がかつて将軍職についていたという事実を再確認させられた。


「悪いけど、俺は先に行く。」

「・・・・・・・・・・・な、」


止める間も無かった。

ロイもハボックもホークアイも、ただ今見た不可思議な現象に目を丸くする。


「き、えた・・・・・?」


柄にも無くホークアイの呆然とした声が車内で響いたが、ロイはとて心境は同じだった。

信じられない事に、たった今目の前で。


金の賢者、エドワード・エルリックが跡形も無く消失したのである。












「・・・・・・これは、いったい・・・・。」


男は、油断無く構えながらも心底困惑していた。

先程まで彼がいたのは、複数の秘書に囲まれた執務室の椅子の上。

なのに今いる場所は、秘書も、机も椅子も無い、真っ白な空間。


ここはどこだ、と問う前に、何だ、と問いたくなるほどの“無”。むしろ恐ろしささえ感じてくる。


しかし彼は一人だけ、こんな不可思議な現象を起こせる人物に心当たりがあった。


「エドワードか? 人払いするから、この空間から出してくれ。気味が悪くて仕方が無い。」

『だからこそここに連れてきてやったんだ、この大馬鹿野郎。』


真っ白く何もないはずの空間。なのにほど近い場所から聞こえてきた声に、男はぎょっとした。


「精神攻撃とはえげつない・・・・。少しはこの老いぼれを労わらんか。」

『その年でお前が老人と言うなら、俺は既に骨だ、骨!』


その声は憤慨した様子をはっきりと伝えながらも、未だ発信源――声の持ち主は姿を現す事がない。


これは相当怒っているようだな・・・と男は嘆息しつつも、まったく懲りた様子は見られなかった。

声の持ち主――エドはそれを虚しくも察してしまい、仕方なく姿を見せていく。あたかも始めからそこに居たかのように、男のすぐ後ろに。


勿論、気配は無い。未だエドが実体化したことに気付いていない男を少しでも懲らしめてやろうと、彼は耳元に唇を寄せて大きく息を吸った。


「ラウル・ガンナーズ!!! 馬鹿か、お前は!!」


途端に耳を抑えうずくまった壮年の男に、エドはそれでも容赦しない。


「お前、一端門の中に入れるぞ!? 精神ぐちゃぐちゃにされて肉体も持ってかれろこの馬鹿大総統!!」


そう、男の正体はなんと現在のアメストリス国大総統、名をラウル・ガンナーズと言うのだ。

彼は代々アメストリスの大総統が受け継ぐ“赤い石”を有しており、その関連でエドとは中々懇意にしていた。


では、その“赤い石”の正体とは。

一説には賢者の石と噂されているが、あえて言うならそれは賢者の血。つまりエドの血の結晶であった。

彼はかつて、それによって持ち主の守護と己への命令権を大総統に与え、代わりに長きに渡る生活の保証を受けると言う契約を交わした。その契約は数百年経った今も尚続き、こうして彼と歴代大総統は繋がりを持っているのだ。

しかしこのガンナーズはその中でもかなり特殊で、やれ酒に付き合え、やれ視察と言う名の旅行に付き合えなどと、一々エドを構いたがる。だから彼は歴代の大総統の中でも特にエドとは親しい間柄であると言えよう。

そんな人物が、一種裏切りのような行為を犯したのだ。その能力故に理由はすでに知っているが、罵倒せずにはいられない。


「・・・・・・・・・お前が怒っているのは、“金の賢者”が軍隊に復帰するという噂を故意に流させた事か?」


しかしガンナーズは飄々としたもの。一方エドは、それに無言で眉根を寄せた。


そもそもガンナーズが言ったとおり、先程の襲撃や大総統府に集った民衆は、彼が故意にその噂を流した事が起因していたのである。


「あたりまえだ! ・・・・・・お前は俺に、針のむしろに座れと言っているようなものだぞ。」


嫌疑、嫌悪、好奇心、探究心、畏怖・・・・・向けられ慣れているとはいえ、これからは今まで以上にその視線にさらされなければならなくなった。

それは、ガンナーズとてわかっているはず。なのに彼は相変わらず飄々とした態度を崩さずに、爆弾を撫でつけたのだ。


「そうか。私はてっきりロイ・マスタングらを危険な目に合わせた事を怒っているとばかり思っていたがな。」

「・・・・・・・・・・っ!」


顔を強張らせ、胸元・・・いや、首からぶら下がるネームタグを握るエドを、ガンナーズはじっと見ていた。












「・・・・・・・・・・・すまんな、私が入っていい領域ではなかったか。」


そう呟いた途端、彼は元居た執務室に戻されていた。

途端に蘇る音や色。周りは秘書がずらりと並び、手に書類を持っている。


彼女達はどこも取り乱した様子はない。おそらくガンナーズがあの白い空間にいたのは、こちらでは本当に一瞬のことだったのだろう。

相変わらず理解不可能な能力だ、と人知れず嘆息してから、彼は秘書達に重々しく告げたのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・悪いが、人払いを。客人が来る。」

「了解しました。」


彼女達が主のその突然の言葉に戸惑う事は無い。何故ならばそのような事態は割と頻繁に起こる上、来る客というのがあの“金の賢者”である事を知っているから。

姿こそ見た事はないが、今回は“噂”の件もある。それについてのことだろうと、誰もが納得し書類を持ったまま退室していく。

それを見届けて、ガンナーズは再び嘆息した。


「解っているだろうが、あのような噂を流させたのは手っ取り早く戦争を終結させるためだ。」

「・・・・・・・それだけじゃないだろ、お節介。」


虚空から突如姿を見せたエドは、ちゃんと解っていた。

そんな事の為にエドに苦行を強いるような男ではないのだ。ましてや彼は、エドを息子のように可愛がっていたのだから。

そんなエドの内心を読んだ訳ではなかろうが、ガンナーズは僅かな笑みを浮かべつつ呟いた。


「親心だ。・・・・だがロイ・マスタングと共にいたいのだろう? それに、お前が真に望んでいたのはこの状態のはずだ。」


公に一緒に居られる理由を与えよう。それが例え重荷になろうが、あのままの状態よりは幸せになれるはずだから。


エドはその言葉に、今度はただ目を伏せただけだった。





だが彼が言ったのは、確かな事実。

本当は、生活の保障なんていらなかった。むしろエドが一生軍属の身に甘んじていたのは、何を隠そうこうして簡単に軍隊に復帰する為。

嘗て懇意にしていた者達と、再び共に居る権利を得る為、ただそれだけだった。


けれど自分の存在を世間に知らしめたくないというのも、また当然とも言える本音で。


矛盾した事実を抱え、エドはただ、相変わらず女々しい己に派歯噛みする事しか出来なかった。






(あとがき)
無理。ギャグはまだ絶対無理(泣

しかし今回のエドさんは弱々でしたね。ですが次回からはまた飄々とした、そしてどこか常に余裕を持った彼に(表面上は)戻ります。

けれど数百年の時はやはり、人であった彼には長すぎたのだと、そのことを知っていただきたかったのです。



 <<BACK  NEXT>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送