天窓の目




0.開幕の前に


「なあロイ、竜ってなんだと思う?」
「なんだ、とはどういう意味だね鋼の。竜とは伝説の生き物、もし実在していたとしても、それははるか昔の話だろう?」
「それが、そうでもないんだよなぁ・・・あのな大佐、オレは〈世界〉とつながることで知識や情報を瞬時に得ることができるんだ」
「ああ」
「でも、いくら世界に聞いても、リーフに直接聞いても、〈竜〉の正体はまったくわからない・・・太古の血をひく特別な生き物、強い生命、炎、そんなものは、あれの本質じゃないと思う。世界がおれに情報を隠すなにかが、たぶん〈竜〉にはあるんだ」
「彼らがあやつる炎は、自然の火とまったく違うときいたことはあるな」
「らしいな。とにかく、あれは特別だ。永遠の命を持っている・・・竜の永遠か。オレがリーフに与えられた永遠とは、まったく違う。そんな気がするんだ」
「いつかわかるさ、鋼の。時がくればな。きっと、君が竜と対峙する時には、わたしもそばにいるさ」
「よく言うよ」
「わたしは〈焔の錬金術師〉だからな。生まれ変わっても同じだ。同じように、君のそばにいるよ」



最初の彼らがそんな会話を交わしてから、900年が経とうとしていた・・・
もはや、不老不死の錬金術師、金の賢者エドワード・エルリックも、
アメストリスの双璧とよばれた黒髪の男も、伝説の霧にまぎれてひさしい。

世界は、今日も世界をみつめている。
彼女は、いや彼らは〈庭師〉。

天窓から、世界を見つめる目。
望む存在があらわれるのを、長い間待ち続けていた。
ずっと、ずっと、ずっと。
アレに続く存在を求めて・・・
はやく、アレを連れ帰らなければ。


「火竜、やっとつかまえた―」

ようやく、すべての歯車が回りだす。


「はじめまして、ホークアイ大佐。紅蓮の錬金術師、ロイ・マスタングであります」

   *
   *
   *

「リーフ、おれはさ、思うんだよ。オレの存在は、あいつを不幸にするだけなんじゃないかって。オレがいる限り、あいつの生は、永遠に血と死から逃れられない。おだやかな幸せなんて、望むべくもない。オレは・・・あいつに―――」
















1.北の森



 さあ、手をのばして、名前を呼んでごらん。



「ヘザー」
 ためらいがちな声と、肩にかかるあたたかい圧力に、ヘザーは眠りから連れ戻されそうになった。
「おい起きろって、ヘザー・ホーン!」
 呼びかける小さな声に苛立ちがまじり、ヘザーはしかたなく目をあけた。
「・・・なんだよ、ロイ」
 わたしは気持ちよく寝ている所を邪魔されるのが、一番嫌いなんだよ!
 ボサボサの赤毛の間から、明るい緑の瞳が射るように睨みかえす。それを気にもせず、さらにロイは言う。部屋を満たす夜に黒髪はとけこみ、闇色の瞳にちいさな光があった。
「おれ、もう行くよ。ヘザー」
「・・・長老会の決定なんか、待っちゃいられないって?」
 ため息をつきながらヘザーと呼ばれた少女は、だるそうに体を起こした。
「どうせオッケーなんじゃないの?確かに、あんたの年で外に行く奴はいないよ。でもあんた天才だし、もう免許皆伝だよ?」
「あんたもな」
「あたしはいいんだって。外出る気ないし。一生ここで、研究してだらだら暮らすんだ。ロイ、ちょっとくらい待てばいいじゃん。長老会がもめてるのは、ただのポーズだよ。外にでるのが一週間違ったって、ここですごした時間に比べれば、たいしたことないじゃない?あたしらずーっと、この北の森に籠って錬金術の修行してきたんだよ。今さらだよ、まったく」
 ロイはいかにもおかしそうに噴き出した。
「止める気ないくせにぐだぐだ言うなよ。ヘザー、お前さ、最近俺の部屋に入りびたってるのだって、出て行くのわかったからなんだろ?」
「だって、ロイなんにも言わないで行っちゃいそうだったからね。あんた、薄情なんだもん。もちろんわかっているけど」
 ヘザーはそう言うとやわらかく微笑み、ベッドから立ち上がった。
「見送るよ。探しに行きたいんでしょう?一刻も早く」
「お前はなにも訊かないくせに、肝心な所はわかっているんだな。俺はずっと、そのためだけに、ずっと修行してきたんだ。今の俺は会ったことはない。でもわかる。そいつはいるし、絶対に会うんだ」
「それで、国家錬金術師になるのね。めんどくさいよ」
「あれが一番情報あつめやすいからな。めんどうは、まあしょうがないな。どうせ短期しかしないからな。十分に働いて恩返ししておくつもりだ」
 ロイはちいさな鞄を持ち、マントを羽織っている。とても、出て行く人間のいでたちとは思えない軽さだった。ロイはまたうれしそうに、にやっと笑った。



 金の賢者と呼ばれた、不老不死の天才錬金術師がいた時代から、彼と共にアメストリスの双璧と称された黒髪の英雄がいた時代から、もう900年が経とうとしていた。
 今現在、アメストリスは実質5つに分かれた合州国となっている。イシュヴァール自治区を含んだ東領、そして西南北の領。もうひとつ、セントラル同盟と呼ばれる、商人と職人のギルドが支配する小さな中央の町である。セントラル同盟は街としては小さく、軍事力もないが、アメストリス中の街道、通商を管理下に置いている。いわば彼らはアメストリスの血液であり、セントラルの街は心臓だった。

 今までの変化を、手短に話そう。
 錬金術は、彼らの時代から進化をとげていた。
 戦争のための、錬金術の深化・・・それがうみおとしたのは、ただ焦土だった。各国の錬金術の開発合戦が生みだした、はてしない荒野と死体。人々はようやく、自分たちが選ばなければならないということを、心のそこから思い知ったのだ。
 滅亡か、共存か。平和か、死か。
 滅びることなどたやすい。人々は、錬金術を生活から、戦争から切り離し、互いの国を、戦争ではなく細々とした交流でつなぎ、そうやって生きることに決めた。
 今のアメストリスでは、錬金術師は北部の森に住んでいる。彼らは基本的に、社会に交わらない。もはや錬金術は大衆のためのものではなく、森には研究に淫する者たちが、隠れ住んでいるのだった。
 錬金術を学びたいものは、北の森にたった一人で入らなければならない。どこにたどり着くのか、誰にもわからない。行く者は少なく、帰る者はさらに少ない。街には、錬金術を使える人間は、もうほとんどいないのだ。
 時たま森から出る錬金術師がおり、彼らはそれぞれ領に雇われ、古のように「国家錬金術師」と呼ばれるのだった。
 錬金術師はもはや伝説の霧に半ば隠れてしまっていて、なろうとするものは少ない。その中で、ヘザーは12歳で北の森の錬金術師集団「十字連」にたどりついた。そして1年後、11歳のロイがやってきた。これほど幼い者が来ることはほとんどない。受け入れるべきか揉めたとも言う。
 今現在、彼らはその努力と実力で、周囲を黙らせてしまっていた。
 小馬鹿にしたような薄笑いをうかべている変人ヘザーと、無口で黙々と修行にはげむロイ。
 雷獄の銘を持つ少女と、紅蓮の銘を持つ少年。
 恐ろしげなそれは、戒めとして授けられた、ふたつの刻印。
 奇妙な二人は、それでもここでただふたりの年近い友として、親しく暮らしてきたのだった。
 月に照らされ、影が伸びている。ヘザー20歳、ロイ18歳。
 姉弟よりも強い絆で結ばれた友と、今日が別れる日だ。
 永遠の別れになるかもしれない。そうわかっていた。靴が踏む砂利の音が、冷え切った夜気をかさつかせる。
 月が、金色の光を惜しみなくなげかけていた。そばの家の窓が、風に吹かれてガタンとひどい音をたてた。
 ヘザーがためらいがちに、小さく問いかける。
「ロイ・・・あんた、あのババァと一緒に行くつもり?」
「ババァ?ああ、シルバのことか。そんな風に言ったら殺されるぞ。もちろん一緒に行く。あいつの助けは必要だからな。あいつには別の目的があるんだけど」
「・・・わたし、あいつ嫌い」
「人間じゃないからか?」
「こわいんだって。でも、いいよ。あんたが望みを果たせるなら。ロイ、会いに行くんだよね?」
「ああ」
「きっと会えるよね?」
「ああ」
「・・・その人に会ったあんたに、会いたいよロイ。いつか・・・」
「・・・そうだな。会えばきっと、この飢えもおさまる」
 魂の飢え・・・それは、ヘザーには癒せない。ロイにも、ヘザーの飢えをなくすことはできない。それはずっと、わかっていたことだった。
「うん。そうだ、そうだね」
「元気でな。ヘザー」
「うん」
「それじゃ、またな。ヘザー」
「うん・・・またね、ロイ。元気で」
 片手を挙げてロイはあいさつし、にこっと笑うとまっすぐ歩いていった。森の外に向かって。
 ヘザーは村の入り口に寄りかかって、その姿を眺めていた。潤んだピーコック・グリーンの瞳に月光が差し込み、真昼の青葉のようだった。
 月の光は木に遮られ、ロイはあっという間に闇にまぎれた。消える間際に銀色の影が、するりとロイに寄り添う。
 四つの足が下草を踏みしめる音が、ずれながら重なりながら、だんだん遠ざかっていった。
 涙が一筋、頬を流れていく。
 ヘザーもまた外に出て行く日が来るのだが、それはまた別のお話。
 今はそう、黒髪の少年を追っていくことにしよう。
















2.赫



錬金術師が入隊する・・・東領の軍舎は、その話題でもちきりだった。錬金術師の数は少ない。東領付きの者も、せいぜい10人弱といったところなのだ。しかも、新しい錬金術師はもう10年近くも、北の森から出ていないのだ。
「錬金術師って、こう両手をパンってあわせると、なんでも作れたりするんですよね?」
 興奮気味な部下に、リザ・ホークアイは苦笑した。もう40代後半なのだが、金髪をきっちりまとめ上げた姿は凛々しくも美しい。やわらかな威厳があり、男も女も問わず若い者の憧れの的なのだ。
「それは伝説の〈金の賢者〉の話。ふつうの錬金術師はそんなことはできないわ。やりたいことにあわせて練成陣というものを研究して、書いて、そうやって発動するの。簡単なことではないのよ」
 もっとも、昔は軍事力のほとんどを、錬金術に頼っていたこともあったのだけど。そのために、人間は滅亡ぎりぎりまで自分を追い込んでしまったのだ。
 そのあたりのくわしい経緯を知るものは、もうあまりいない。将来東領主になると期待されるリザは、数少ないひとりだった。
「今日、到着するそうね」
「はっ!そのように伝えられています」
 門をのぞむ執務室の窓から、リザは外をながめる。昼休みの軍人たちが、期待をこめて門のあたりに集まっている。
「来たわよ!」
 リザの声に、部下たちが窓際に飛んでくる。門にむかって歩いてくるのは、年若い黒髪の少年。
「あんなに若いの?まだ子どもじゃない」
 意外だ。錬金術はひどく難しく、学ぶ者は少ない。それなのにこの年とは・・・間違いなくこの少年なのだろうか?
 長い銀髪をなびかせた人物が、少年にまとわりついていた。銀の髪が陽光を反射して、ひどく眩しい。少年は迷惑そうに人影をおしやる。
「うおー。すっごい美女だ!すげぇ!銀髪の美女だよ」
 目のいい部下が驚きの声をあげる。近づいてきた人影は、若い女性だった。雪花石膏の色をした鉱物を思わせる肌、流れる長い銀の髪、そして猫のような、凍りついたアイスブルーの瞳。
 ちらりと、彼女を見るぶしつけなまなざしを一瞥した。
 目が合ったものは例外なく、一瞬寒気におそわれる。雪のような、うつくしい女だった。
「女連れかよ」
「信じらんねぇな」
「うらやましすぎるぞ」
「ガキのくせにありえないな」
 リザは頭を抱えた。北の森にずっといたということは、世間の常識にはかなり疎いだろう。それにしても、これでは軍の男たちとうまくやっていくことはむずかしい。頭の痛い問題だった。
 女性陣は彼女の美しすぎる肌と自分を比べて、ちょっと哀しくなっていた。外での訓練の多い軍にいて、あれほど白い肌でいることは不可能なのだ。
(でもあの子、嫌がってるわね)
 妬みに目がくらんだ男たちにはわからないようだが(というかあえて見ないフリをしているようだが)、少年は明らかに嫌がっている。会話が風にのって聞こえてきた。
「いいかげんにしろ!帰れこのアホが」
「そんな・・・!帰ったら、あなたと一緒にいないなら」
「なんだよ」
「つまらないじゃないの!」
 少年は無言で美女の耳をひっぱる。
「痛い痛い痛い!わかった、わかったから帰るから放してちょうだい」
 痛がりながらも、なぜか楽しそうだ。
「シルバてめぇ・・・いいかげんにしないと撒くぞ」
「それは無理ね。いいわ、わたしにはあなたが必要なんですもの。迷惑はかけないでおきましょう」
 とても信用できそうもない台詞を吐くと、シルバと呼ばれた女はくるりと後ろを向いて、すたすた行ってしまった。
 どっと疲れた様子の少年に、リザはくすりと笑ってしまう。一方的につきまとわれているようだが、錬金術師にこんな振る舞いをするなんて、ある意味勇気のある女だと思う。ずいぶん親しげだが、もしかしたら彼女も〈北の森〉の人間なのかもしれなかった。
 




「本日よりこちらに所属する錬金術師、ロイ・マスタングであります。銘は〈紅蓮〉です。どうぞよろしく」
 すらりとした立ち姿。一身に視線を集めながらも気負いのない様子。リザにあいさつする様子は、とても10代には見えない。ずいぶんと世慣れた様子だった。右手には入れ墨。あれが練成陣というものだろう。そしてごくシンプルな、細い指輪をはめていた。小さな石がついている。
「どうぞよろしく。わたしはリザ・ホークアイ大佐です。あなたはわたしのもとで働いてもらうことになりますから、長い付き合いになると思うわ。あなたの地位は国家錬金術師ですから、少佐相当になります。ところでマスタング君、ちょっと訊いてもいいかしら?」
「どうぞ」
「あなたどうして、〈北の森〉から出る気になったの?錬金術師のほとんどは、あそこから出ることなく、一生研究して過ごすのでしょう?」
「よくご存知ですね」
 ロイは素直に驚く。秘密主義の錬金術師たちの情報は、ほとんど世間には漏れていないのだ。
「わたしは〈金の賢者〉の話が好きで、子どものころよくあの物語を読んでいたの。子ども向けにしては厳しい話ではあるんだけど、どこか心惹かれるとこがあって。それで、錬金術師の情報は意識してあつめているのよ。忘れられつつあるとはいえ、軍事的にも力があることは、やっぱり事実だし」
 〈金の賢者〉という言葉に、紅蓮の錬金術師はわずかに肩をふるわせた。
「ここに来て正解だったようですね。わたしが森から出た目的は一つ、金の賢者の情報を集めることです」
 ひどく真剣な、ロイの視線。
「でもあれは、伝説でしょう?」
「伝説です。でも彼は、エドワード・エルリックは、実在の人物ですよ」
 真面目に、告げる。
「信じられませんか?」
「信じられないわ」
 900年も生き続けるなんて、ありえない。
「彼は、不老不死です。伝説はそう言っていますよね。あれは事実です。不老不死の賢者は、まだ生きている。どこにいるかわからないけど、生きていることは確かです。俺はもう一度、彼に会うつもりだ。そのためにこうやって、ここまで来たんですよ」
 憧れというにはあまりに、ロイは思いつめた様子だった。
「根拠は?」
 にっこり。答える気はない、と。
「ところで、門まで見送りに来ていた方はどなたかしら?」
 ロイはうげっと、心底嫌そうな顔をした。
「ババア・・・いやいや、彼女も金の賢者のファンなんです。俺につきまとっていれば、会えるかもしれないと思ってるんですよ。おもしろい奴ではあるけど・・・」
 肩をすくめる。
「変な奴です。箱入りというか、ちょっと世間知らずなので、迷惑かけたらすみません」
 恋人、ではないようだ。あんなに美しい女性なのに、まったく女に見えていないらしい。
「じゃあマスタング少佐!おれたちにあの人紹介してくださいよ」
「いいけど・・・絶対後悔すると思うぞ。あいつ大概おかしいからな」
 それでもいいでーす、と若い男たちが声をそろえる。ちょっとくらい変だろうと、あんな美人はめったといない。
 いいのか、ともう一度確認して、ロイは了承する。親睦を深めるといって飲み会に誘う部下たちに、リザは安心した。どうやら、どうにか馴染むとっかかりはありそうだ。ロイ本人も想像していたのよりずっと普通というか、人なれした様子だった。これなら、なんとかやっていけるだろう。
 それにしても、
(彼はさっき、「もう一度会う」といわなかったかしら?)
 いやきっと、自分の聞き間違えだろう。
 金の賢者は、実在するのだろうか?もし生きているなら会ってみたい。この国を生きた歴史を、聞いてみたかった。





 軍といいながら、主な仕事は治安維持だ。消化と警察を合わせたようなものだ。
 ロイが働き始めて3日目、火事でようやく出動の要請があった。
「マスタング少佐、彼らと一緒に行ってちょうだい。大規模な火事になりそうだから水での鎮火は無理そうなの。あなたの焔で、どうしようもない建物を一気に燃やして欲しいの」
 リザは明晰だ。火事のときに、燃やし尽くすという発想はなかなかでない。ロイは感心する。
(なかなか、いい上司だな)
「了解しました」


 現場に着いたロイは、避難の状態と火事の規模を確認し、すっと右手を掲げた。人差し指にはめられた指輪の石が輝き、小さな火花が散る。
 ドンッ!
 一瞬で、6軒の建物は炭化し崩れおちた。灰が風にまかれて、あたりが翳んでしまう。
 平然とたたずむ、黒髪の少年。両手をはたきながら言う。
「あとは小規模の火事だけですので、水で消火できるでしょう」
 周りの人々が、恐怖のにじんだ目で呆然とみつめている。
 軍にいるどの錬金術師と比べても、彼の力は抜きんでていた。おそろしいほどに。
 周囲の人々の反応に、ロイと一緒に出動したジャン・ハボックは内心で舌打ちした。
(こりゃ、まいったな)
 排斥するような空気が生まれては困る。ハボックは、ロイの力を特に怖いとは思わなかった。
 ロイは自分を殺すことができる。そして、自分もロイを殺すことができる。
 それだけだ。
 ロイのほうが簡単だろうが、要するに手間の差というだけのことなのだ。
「なあ大将。あんたそれどうやってやってるんすか」
 ハボックの呼びかけに、ロイは驚いたようにじっと凝視してきた。
「大将って呼ばれるの、嫌ですか?」
「いや、嫌じゃないが・・・ちょっと驚いただけだ。ハボック大尉」
 ちいさくため息をつくと、右手をかかげて見せた。
「この右手の入れ墨の練成陣で、焔を操っている。指輪、石の中が見えるか?」
 空を背にした石の中には、なにやら線の組み合わせが見えた。ごくシンプルな模様だ。
「これは、金の賢者の時代の錬金術師が作った、〈三次練成陣〉だ。立体の練成陣で、平面のものにくらべて威力も絶大なんだが、コントロールがひどく難しい。こんな風に、火花を発生させたり、小規模な電撃を起こすなんてシンプルなのがせいぜいなんだ。作ったのは少女で、スタンガンの代わりだったそうだからな。指輪で火花を起こし、入れ墨の陣で酸素と焔の規模、範囲を操る」
 ハボックは口笛を吹いて感心する。
「へえ、すごいもんですね。でもこれ、戦争でもなきゃ活用できないっすね」
 ずばずば言うハボックに、ロイはにやりと笑ってみせた。
「そうでもないぞ。今も役に立っただろうが。それに、今の俺の研究は、一応実生活に役立つ分野なんだよ」
「なんです?」
「金属加工や焼き物に使う、炉の研究だ。俺は焔の錬金術師、だからな。火に関係することがいいのさ」
 淡々と話すロイの口振りはひどく大人びていて、とても年下と話しているとは思えない。気負いも緊張も、微塵もなかった。
(すっげぇガキだな、こいつ)
「まあ、よろしくお願いしますよ、大将」
 改めてのあいさつは、お前を認めるという合図で。
 大将という呼びかけに、ロイは痛みをこらえるように目を細め、うすく笑うと、握手を返した。
「よろしく、ハボック大尉」
 ハボックだけでなく、そばにいた女性将校たちも、ロイのファンになっていた。
 少年らしい涼やかさと不可思議な貫禄、そしてあやうい笑顔に、完全に悩殺されてしまったのだった。
 ハボックは思う。こいつが捜しているのなら、金の賢者もいるのかもしれない。
 会えたら、900年も生きて楽しいのか尋ねてみたいものだ。
 ロイの瞳に陽の光がさし、その瞳の虹彩の、闇と見まごう深い深い紅がうかびあがっていた。
 この世ならざる、うつくしい焔の色。
 太古の、赫の火が。 






高崎ツナ様からいただきました。興味深い世界観ですね。長編として書いて下さるそうです(嬉
ご感想はどうぞa book or a birdにてお願いいたします。
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