グレイシアと別れた後、エドは一人でホテルの食堂にいた。食事をし続けてはいるが、全くといって良いほど食欲はない。しかし半ば義務感のようなものでのろのろと食事を口に運んでいるのだった。誕生1大総統・キング・ブラッドレイは言った。 『敵か見方かもわからぬこの状況で何人も信用してはならん!』 『もっと大人を信用してくれてもいいじゃない』 既に亡きマリア・ロス少尉は言った。 あの男に殴られた頬がうずく。 ロス少尉を殺したあの男・・・ロイ・マスタング。 彼のコトを信頼していた。信用していたのだ。決して認めたくなど無かったけれど。 「……もう、何を信じて進んでいいのかわかんねーや…。」 脳裏に浮かぶのはグレイシアの泣く姿だ。彼女は決してエドたちをののしるようなコトはせずに、毅然とした態度で背中を押してくれさえした。 しかしやはり彼女も夫の死が悲しくないわけがないのだ。なのにエド達の前では毅然とした態度を崩さなかった。それが無性にやるせなかった。 いっそのこと、ののしってくれればよかったのに…。 そう、思わずにはいられない。そうしてくれたならばどれほど楽だったか。 そこまで考えて、エドは目を閉じた。五感全てを遮断して思考すらも止めてしまう。 考えても何も変わらないことは考えるだけ無駄なのだ。 彼は今までの経験から、そういう自論を持っていたので意識して思考に区切りをいれようとした。 それは、まだ幼いといえる頃からあてのない旅を続けてきた、彼なりの処世術なのだった。 数分そのままの状態が続き、粗方感情の波が収まったところでエドは目を開き、伏せていた顔を上げて深呼吸をした。 それから無言のまま立ち上がり、足をフロントへむけた。 そしてフロントにいるボーイに 「すみません。502号室にいる弟に伝言をお願いしたいんですけど。」 と声をかけ、続けて「図書館へ行く」とだけ言い、エドはボーイの返事も聞かずにとっととホテルを出、新しく建設されたセントラルの図書館へむかった。 伝言など頼まずとも自分でアルに直接言えば良いコトだが、その気になれなかったのだ。言えば勤勉なアルがついてくるのは目に見えていたからだ。一人で行きたいと言えば潔く諦めるだろうが、今は話をするのも遠慮したかった。 今はまだ、一人でいて気持ちの整理をつけたい。そう思っての行動だった。 無心に足を進めていたせいでいつもより早く図書館へついたエドは、早速国家錬金術師の特権を使い、貴重本がたくさん並べてある部屋へ入っていった。 部屋には誰もいない。好機だと思い気の引かれる本を遠慮なく物色することにした。 それから数分後、エドは奇妙な本を発見した。 「ん?なんだ、こりゃ」 思わずそう言ってしまうのも仕方がなかっただろう。タイトルは何も書かれてはおらず、本には上品な緑色の布のカバーがついていて、所々に質素だが大変芸の細かい刺しゅうがしてあった。 だが今エドがいる所は、色あせた表紙の錬金術や軍記関係の大変古い資料しかないエリアであるのに、その本は周りのどの本より新しく、美しい。 どう見ても、錬金術や軍記には関係のなさそうなものなのだ。それに、目の錯覚なのかその本は仄かに緑色の光を発しているようにも見える。 そんな怪しいとしかいえない本にしかし、エドは妙に心惹かれ、手に取ってみることにした。 するとその途端、エドの持っていた本がまばゆいばかりの緑色の光を発し、彼はそれに驚きついつい本を放り投げてしまった。 しまった、貴重本が落ちる!と思いあわてて手を伸ばすが、すぐにその必要が全くない事に気付いた。 「……………え……?」 なぜならば本は、そのまま空中で動きを止めあまつさえ勝手にページをめくり始めていたのだから。 その間も、本は絶えず緑色の光を発し続けている。 ページが固定されると、今度は本から風のようなものまで発せられ、エドの髪を乱した。 エドはただ目の前の異常な光景に呆然としていることしか出来なかった。 だが、今までになく心は安らかに感じることが出来た。なぜか、安心するのだ。まるで、今は亡き母の腕に抱かれているような、そんな感じさえした。 そんな風に思いながらもエドが本を凝視していると、急に本の光が増した。 たまらず目をつぶると、すぐに本の光は消えたようで、エドはまだ少しちかちかする目を開き、何が起こったのか把握しようとした。 するとまず目に入ったのは緑色の一対の瞳。・・・・・・瞳!? 「なっなっな・・・なんだあんた!!?」 エドは驚きながらも素早く後ろに飛び、鼻がくっつくほど至近距離まで顔を近づけていた人物から距離をとった。 それから目の前の人物を睨むように観察を始める。 まず思ったのは疑問だ。 こいつ、いつの間に・・・どこから来やがった!? 近づいてきた気配は全くなかったのだ。ましてや今エドがいる部屋は一般人が入れる場所ではない。 見た目は少女なのだが、今までの経験からして外見と中身が同じとは限らないコトは十分にわかっているのだ。 なにより今こうして目の前にいるというのに、彼女の気配を全くといって感じ取れないのだ。一般人・・・素人ではありえないありさまだなのである。 それから更にあることに気付いて愕然とした。 なんと少女の足は床から数十cm上空にあったのだ。 つまり宙に、浮いているのだ。 すぐに我を取り戻す事に成功したエドは更に警戒心を強めた。 ついでに先程からずっと気になっていたのだが、少女は髪も服も瞳も、肌まで緑色をしている。一般人どころか人間としてもありえないことだらけなのだ。 エドが、また何かに巻き込まれようしているのか・・・とため息をつきたくなるのも仕方が無いといえるだろう。 一方、エドのそんな様子を興味深げに見ていたいた全身緑色の少女は、不意に微笑んで言葉を発した。 「そんなに警戒しないでください。私達は貴方に危害を加えようなどと思ってはおりません。」 その穏やかで嫌味の無い丁寧な口調に、エドは一瞬気を抜きそうになったが、何気なく言われた言葉に眉をしかめ、状態を保った。 「『私達』・・・だと?他にもなんかいやがんのか」 と、エドの警戒をあらわにした低い声に、少女は泣きそうに顔をゆがめた。だがしっかり質問には答えるくれた。 「たくさんいますし、いないとも言えます。今この瞬間も、私も貴方もたくさんのものに見られていますが、しかしこの部屋には何も存在しません。」 と。なにを意味のわからないことを・・・と言い返そうとしたが、そうする前にいつのまにか接近していた少女に、言おうとした言葉を失ってしまった。 また間近にせまった少女の目に浮かんでいる感情に、戸惑ってしまったからだ。 少女の目には、紛れも無い歓喜と、亡き母に似た、慈しみのような、愛情に似た感情が浮かんでいたのだ。 エドが無意識に少女を凝視していると、少女は薄い緑色をした手をゆっくり持ち上げ、その指先をそっとエドの額に触れさせた。 先ほど手にとった本は、すでに跡形もなく消えていた。 H17.4/23 加筆修正
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