緑色の少女の指がエドの額に触れた途端、エドの脳裏に膨大な量の「なにか」が流れ込んできた。



誕生2





 まず初めに脳裏に現われたのは、

セフィロトの紋章

大きな門 

大きな目

無数の小さな手

白い、人

それらは、エドが真理と呼ぶものたちだった。

不意に目の前の緑の少女がぼそりと言った。
「待っていました・・・。私たちの新しい“愛し子”・・・。」

と、少女がつぶやいている時も、エドの脳裏には映像が流れつづけていた。
 いや、映像と言うよりも、知識と言った方がいいかもしれない。
 エドは、真理の中で見た荒々しい知識の奔流ではなく優しく、包み込むように知識を分け与えられていたのだ。
そして、与えられた全ての知識を理解し終え、呆然とした。

「今のは、一体…?」

と、呆けたように問うエドに、緑の少女は先ほどとは打って変わって無表情で説明とは言い難いような言葉を口にのせた。


「あなたはあなたが真理と呼ぶものを二度以上見、またそれを見たいという意志がある」
「あなたはあなたが賢者の石と呼ぶものを探している」
「あなたは強き心をもっている」
「あなたには才能がある」 
「あなたは聡明である」
「あなたはうつくしい」

「以上の条件をみたしたものとし、あなたは私達にみそめられた」

「あなたは新しいあなたが真理と呼ぶものの番人となる」
「それによってあなたは全ての知識を得る」
「それによってあなたは膨大な力を得る」
「それによってあなたの望みはなんでもかなう。」
「それによってあなたは死も老化もなくなる」
「そして私達はあなたに役目を与える」

「私達の望みを 永久 とわ に生き続けて叶え続けよ」

「あなたは私たち世界の目となり手足となり代理人となるのだ」

と。

 エドはわかってしまっていた。今この目の前の少女が一気に言った不可解な言葉の羅列の意味を。

とても、信じられるようなものではなかったが。

それに。

「完璧な賢者の石は、この世に存在しない。あなたに残された道は一つしかない。弟を元に戻したいのならば、私たちの手をとりなさい」

そのことも、先ほど得た知識によって知っていた。

 エドは、

なんとしても弟を、アルを

助けたいのだ。

けれどもう、

これ以上の犠牲者を出したくはない。

だから、逡巡は一瞬だった。

先の見えない旅に疲れ始めていたのかもしれない。

探し続けていた物が存在しないと知って絶望していたのかもしれない。

ともかく、エドは少女が出した、

手を、とった。

 するとまた、先ほどとは比べ物にならないほどの量と質の知識の波にさらされる。

失った手足が熱を持った。
 それに気づきエドはそっと目を閉じる。

 なぜか、先ほどからエドの胸中に諦めにも似た感情が湧き起こっていた。

だが必死にそれを押し隠し、エドはそのまま意識を失ったのだった。


 エドが眼を覚ましたとき、機械の手足は床にころがっていて、まだ少女は目の前にいた。

エドは体を起こして静かに言う。

「俺は、あんたの事をなんて呼べばいい?…世界の、意志」

少女・・・世界の意志の実現体はふわりと笑う。穏やかで、慈しみを持った緑の瞳を、エドに向けて。

「なんとでも。よろしくお願いしますね、新しい私達の愛し子。いいえ、

                       …エド」

その時すでに、エドは人でなくなっていた。

 彼は一瞬それを嘆きそうになったが、自分で「世界の目」となることを了承したのだ。
と自分に言い聞かせ、必死にその感情を抑えていた。

 そして気分を変えるようにおどけたように少女に話かける。

「じゃぁ、リーフって呼ぶよ。全身緑色だし」
というと、少女はしばし呆然としたようにエドを凝視し、急に顔を俯かせてしまった。

 リーフと名づけた少女が押し黙ってしまったので気に入らなかったか、とエドは思って彼女の顔を恐る恐るのぞいてみると、それが勘違いであると気付いた。

 リーフは名をつけてもらった事が非常に嬉しかったらしい。少し涙目になりながらも、その目が「嬉しい」と雄弁に語っていた。
 エドはそれをみて、照れくさく感じながらも思った。

目は口ほどに物を言うってホントだよな。

と。

 エドが「リーフ」と呼ぶと、リーフははっとしたように顔を上げ、慌てて「ありがとうございます!」と言った。  しかし不意に、リーフが真剣な顔をし、しっかりとした口調で言った。

「それでは早速、『世界の手足』として仕事をしていただきます。」

 エドは、静かな顔で頷いた。何をすべきなのかはわかっていた。リーフの言葉を疑問に感じた途端、情報が頭に入って来たからだ。

だがエドには、先にやりたい事があった。
「その前に・・・、アルを、弟を一刻も早く元に戻してやりたい。だめか・・・?」

これは、質問の形をとってはいたが確認であった。答えはすでにわかっていたから。

 リーフは穏やかに微笑んで、頷いた。
「構いません。そうおっしゃると思っていました。」
それから続けて、
「では終わったら速急にとりかかってください。呼んでくださればいつでも姿を現しますので」
と言って空気に溶けるように姿を消した。

 エドは彼女の行動の早さにしばしあっけにとられていたが、すぐに正気に戻って図書館を後にした。

向かうは市場だ。エドはそこで人体練成に必要な最低限の物を買って、滞在しているホテルへと足早に戻っていったのだった。


 部屋のドアを開くとすぐに、アルがエドの方まで走って移動してきて、とがめるように言った。

「もー。兄さんったら図書館行くんなら僕に直接声をかけてよね!」

と。それを聞いたエドは苦笑し、「わりぃ」とだけ言って買ってきた荷物を床に置いた。

 アルは兄の静かな様子を怪訝に思ったようで、「兄さん・・・?」と声をかけた。

エドは困ったように笑って、もう一度くりかえした。

「ホント、悪いな。だけど説明してる時間はないんだ。」
 そう言って静かに生身の両手を合わせる。それは、知らぬものならばただただ怪訝に思うだけの行動だが、アルはその行動に見慣れていた。そして、これからエドが何をするのかも。

 エドのいつもと何処か違う様子と、いまから何かを練成しようとしている格好に、アルはなぜか不安になった。
 そのせいで、今度はすがるような、かすれた声になってしまった。

「兄さん・・!?何を・・・」

だがエドはアルの言葉を最後まで言わせずに、合わせていた手をはなしその手を床につけた。

すると瞬時に練成の光が床を伝い、無機質な鎧を覆った。次の瞬間には、あの大きな鎧は何処にも存在していなかった。

あるのは10cm四方の鉄のプレートだけ。床の上にあるそれには血で練成陣を書いた跡があった。
エドはそれを拾って一度胸に抱くと、目をつむり再び弟に謝罪した。

 相談せずに
 説明すらもしないで
 強行手段をとって
 本当に

「ごめんな・・・アルフォンス」

そう言うと、エドは静かに目を開いてそっとアルフォンスの魂が宿る鉄のプレートをテーブルに置き、作業を開始した。


まずなすべきは人体練成、弟の体の構築。それから魂の付随。

禁忌と呼ばれるそれの仕方を、エドは完璧に心得ていた。    


H17.4/23 加筆修正



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