もう、あまり「命を奪う」ということに嫌悪感を持つ事は無かった。どこか、感覚が麻痺したようだった。なぜそうなるのか、リーフは悲しそうに説明した。
 曰く、「『真理』の番人をするには冷静な判断力と冷徹さを必要とする。きっと世界が貴方にそれを求め、貴方の体も無意識にそれを求めた結果だろう」とのことだ。

 そして、こうして今初めて人の命を奪ったというのに、「人であった」ころに思ったように、その行為に嫌悪感も恐怖も感じなかった。あるのはただ、罪悪感だけ。

 それをリーフに告げると、「それでいいのです。」と言って穏やかに笑った。続けて、「あの男のように命をもてあそぶ事を良しとするときが来たら、貴方はあの男と同じ命運をたどる事となります。どうか命を軽く考える事はしないでください。」と言った。
 その言葉に頷いて、俺は足を更に奥へ進めた。



誕生3





 エドはアルを練成したあと、気を失っている生身の弟を抱え、ベットに寝かせるとすぐにその場を去った。
 そして先程あったばかりの少女の名を呼ぶ。

「リーフ」

 すると何も無かったエドの目の前の空間に、突如緑色の少女が現われた。
少女は宙に浮いているせいでエドよりも高い位置にあった目線をすっとおろし、エドを見て問うた。

「始めますか」

少女の言葉に浅く頷き、エドは言葉を放つ。

何よりも強い、決意という名の呪詛の言の葉を。

「ああ。先代・・・俺の親父を殺しに行く」

それが、エドの「世界の意思」から授かった初めての指令と言えるモノだった。


 エドの父親・・・その男は500年ほど前からつい先程まで、「世界の目」・・・エドの言う「真理」の門番のような存在だった。
 そう、あのセフィロトの門の近くに居た白い男が、それだったのだ。
「世界の目」となるものは常にその魂を「真理」のそばに置く事で、世界中の情報を瞬時に知る事ができる。今ではその役はエドが担っていて、もうあの男は「真理」から情報を得る事が出来なくなっていた。

 しかし、それでも世界はあの男の存在を脅威に感じた。男は、知恵をつけすぎ、命を弄びすぎたのだ。

 男・・・ホーエンハイム・エルリックの魂は穢れすぎ、力は強大だった。あの男は脅威となりうる。早いうちに与えてやった特権全てを奪い、始末してしまえ。

 それが「世界」の総意だった。

しかし「世界」と「真理」をたもつためには、「世界」と「生きるもの」との繋がりが必要だった。
それが「世界の目」の居る意味であり、役目でもある。
 よって世界は新しい「世界の目」を作る事を決意した。

しかし「世界の目」となれる素質を持つものは滅多に生まれてくるものではない。
 何百年も待ち、やっと素質が有る者が訪れたと思い安心したのもつかの間、目をつけたのは、まだ幼い子供だった。

 さすがに忍びないとは思ったが、その子供は何千年に一人生まれるか否かの逸材だったのだ。それを見逃すわけには行かなかった。
 しかしその子供が成長するのを待つほど悠長にしている時間はなかった。ホーエンハイムがついに動き始めてしまったのだ。
 「世界」や「真理」と言えど、「世界の目」となるべき素質を持つ者の先を知る事は出来ないのだ。それが「世界の目」となるべき条件でもあるのだが、この先何が起こるのか分からず、ただ悪い方へ転がるのだけは分かっている状態を黙ってみているわけにもいかない。
 選択を迫られた世界は、賭けにでた。


 ある本を人の世に出そう。それを見つけたその時、あの子供がいかなる年であろうとも新しき「世界の目」とする。
 もし最悪の時が来るまで子供が本と出会うことがなかったら、即座に「世界の目」としてしまえば良い。その頃には子供も成長しているだろう、と。


 子供の為を思っての賭けは、果たして子供の為になったのかはわからない。だがとにかく、子供・・・エドは本を発見してしまっていた。
 しかし、エドはやはりまだ幼かった。だからか、「世界」は異例の情けをかけてくれたらしい。

 そこまで思考がいき、エドはちらりと傍らの少女に視線をやり、安心したようにため息をついた。

リーフはそんな彼を見て笑い、「どうかしましたか」と問うた。
 エドはその問いにイヤそうな顔をし、「わかってるくせに」と毒づいた。
すると彼女はまたもやにっこり笑い、言葉を続けた。

「ふふ。大丈夫ですよ。貴方が20歳になるまでは体の成長は止めませんから。ただ、死なれては困りますので不死にはしてありますが。」
そう言ってまたすぐに姿を消してしまった。
 エドは反射的に言い返そうと口を開いたが、不意に背後に気配を感じ口を閉じて両目を眇めた。

どうやら気付かないうちに大総統府の地下に入っていたらしい。
ゆっくりと振り返れば、そこには信じられない、とでも言いたげな「エンヴィー」と「ラスト」、それと「グラトニー」の姿があった。
 エドはそれらの存在に微笑をたたえ、無言でじっと「ウロボロス」の連中を見た。

彼らはそのエドの微笑みに背筋が凍りつくような感覚を覚えてしまった。この感覚は何処かで感じた事がある。それは、

「おとーさま・・・?」
グラトニーの発した言葉に、残りの黒をまとった二人が慄いた。

 彼らも感じたのだ。自らを作り出した「父」と呼ぶべき人と、目の前の小僧が同じ雰囲気を発している事に。

 エンヴィーは半歩後ろに下がり、ヒステリックに叫んだ。

「なんだよお前!!なんでそんな・・・!?こないだまでとは全然・・・!」
そう、この間までは、エンヴィー達にとってエドを殺す事など赤子の手をひねるよりも簡単なことだったのだ。しかし今はどうだろう。エドはただエンヴィーたちを見ているだけなのに、とてつもない恐怖が彼らを襲っていた。

 エンヴィー達のそんな様子をエドは面白くなさそうに見やって、おもむろに何かを練成した。

 しかし恐怖で体が硬直していたせいでエンヴィー達はとっさに反応する事ができなかった。

 次の瞬間、コンクリートの床が隆起し、鋭い刺となってウロボロス3人の体を貫いた。1つや2つではない。十数本ある刺が、彼らのつぼとも言える場所を所違わず貫いていたのだ。

 それにラストは驚きを隠せなかった。
「なぜ・・・知って・・・」

 その「つぼ」のような所に物が常に刺さっていると、彼らは動く事が出来なくなる。作られた体と魂故に死ぬ事はないが、体を動かすエネルギー源となる赤い石力の循環を、妨げられるからだ。

エドはじっとラストをみて言った。
「・・・俺は親父に代わってある特権を手にいれた。だからだ。」
その言葉に僅かにラストが眉をしかめ、言った。
「言っている意味が…わからないわ…。」

そういって力尽きたように体から力をぬいた。他の2人もすでに何かをする気力すらないようだ。
 エドはそれを痛ましげに見つめた後、「少ししたら戻る」といって奥へと足を進めたのだった。


 そして一つのドアの前で立ち止まる。それまでに「スロウス」と「ラース」とも対峙したが先程と同様の手段で戦闘不能にさせた。
 彼らを亡き者としなかったのには理由があった。あまり死者を出したくないという思いがあったのもたしかだが、別の理由もあったのだ。
 彼ら・・いや、「ラース」にはかなりの利用価値があった。これからしたい事を考えれば、彼の大総統という地位を有効活用したいと思ったのだ。

 そんなことをつらつらと考えながら、エドは目の前のドアを開けた。
目前に広がるのは複雑にうねるパイプ管と歯車が入り組む光景だった。

ふと左の隅に目をやると、そこには思ったとおりこちらに背を向けて座る男の姿があった。
エドはそれをみて意識して微笑んで彼に声をかけた。

「よお、親父。」
だが慇懃な口調と笑顔とは裏腹に、エドの声は酷く悲しそうだ。

 そして突然の参入者に驚いたのか、ホーエンハイムは慌てたように声のしたほう・・・エドの方を振り向いた。

 それから目を見開きその姿のまま固まる。エドは自分の父親の口が「なぜ」と形作ったのに気付き、今度は不適に笑って答えてやる。

「皮肉なことだな。先代の『世界の目』を殺すのに適任な当代の『世界の目』はその先代の息子だったなんてな。世襲制でもないのに、親の尻拭いさせられるんだぜ?」

 エドがおどけたようにそう言うと、ホーエンハイムは力無く項垂れ、「世界に見放されたのか・・・」とつぶやいた。

 そんな事にも気付いていなかったのか、と思いエドは眉をしかめたが、すぐにホーエンハイムが手を合わせ練成をしようとしたので、思考を切り替えた。

 エドはためらわなかった。どこか感覚が麻痺してしまったように、肉親の情など元よりなかったとでも言うように、顔色も変えず手を合わせホーエンハイムよりも早く練成を行った。

 そして次の瞬間には、ホーエンハイムの息は途絶えていたのだった。
エドが床から生やした刺により、ホーエンハイムの心臓が一突きされていたのだ。

エドはその光景を見て、ただ「あっけなかったな」と思った。

 父親の事を憎んでいた。母を捨て自分を捨て弟を捨てた父を。だがエドはすでになぜ父が自分たちを捨てたのかを知っていたのだ。一緒に居られない理由があったのだ、そう思うとなんだかやるせない気になった。

 何年も変わらぬ姿を家族に不信がられるのがいやだったらしい。それだけというわけでもないが。

そしてふと気付いた。自分は全くためらわなかった。殺しに嫌悪感を抱く事も無かった。以前の自分ではありえないことだった。
 それをいつのまにか傍らにいたリーフに告げると、リーフは悲しそうな、寂しそうな顔で「それでいいのだ」と言った。

 しかしエドがそれに納得する事はなかった。変わってしまった自分に嫌気がさした。
 だがそれを悟らせようとはせずに彼は一つ頷いて奥へと進んだ。今自分が殺した男の研究資料をひとつ残らず処分するために。    



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