合わせた手を研究資料に押しつけると、それらは全て一瞬後には塵となって消えていた。 エドはそれを無表情で見ながら彼自信無意識に涙を一筋、流した。 誕生4エドはホーエンハイムの残したもの全てをチリに帰したことを確認し、そのまま一目散にある場所へ向かった。 ある場所とは、「ラース」・・・大総統キング・ブラッドレイを張りつけにした場所だった。 彼が一人で訪れてきてくれてよかった、と少し思った。これから話す内容は、出来れば当人以外には聞いて欲しくないモノだったからだ。 少し歩くと、すぐに目的地についた。そこには大総統、キング・ブラッドレイが壁に張りつけにされていた。 ブラッドレイもエドが近づいてきたことに気付いたのか、かったるそうに顔を上げて言った。 「・・・我らがお父様はどうしたのかね」 エドはそれに短く返答した。 「殺した」 それだけ聞くとブラッドレイは「そうか」とだけ言い、再び顔を俯けた。 それをなんとは無しに見、エドは急に切り出した。 「あんたと取引がしたい。」 ブラッドレイはそれに胡乱げなまなざしをエドへとむけ、視線で続きを促した。 エドは先程からずっと無表情だった。ブラッドレイは軽くそれに違和感を感じざるおえなかった。 確かこの少年はもっと感情豊かだった気がしたが・・・。 そう思っていると、漸くエドが口を開いた。 「・・・俺はちょっとした事情で不死身になった。20歳を迎えれば成長も止まる。」 その言葉に驚きながらも、ブラッドレイはただエドの話を聞いていた。 「・・・そこで、だ。俺はこの先の保証が欲しい。一生軍属、しかも代々の大総統の命令にだけ従うと約束するから、俺の将来の生活の援助をしてくれ。1ヵ所に定住することは不可能だから、しっかりとした仕事につけるか怪しい。ちゃんとした資金がほしいんだ。」 そう言うと苦笑いのような表情を浮かべた。 ブラッドレイはその表情の変化に我知らず安堵したが、その提案に簡単に頷く事はできなかった。 そして、重々しい口調で問い返す。 「それで、私はどのような利益を得れるのだというのかね?」 エドはそれを聞いて背筋が凍えるような微笑をうかべた。そして言う。 「あんたを人間にしてやる。そうすれば年を取り続け枯れ木のような姿になりながらも・・・生きつづける必要はなくなるぜ?」 ブラッドレイはその言葉に思わず息を呑んでしまった。 それは、彼自身がもっとも恐れていた事実だったからだ。 ホムンクロスである自分に死など許されてはいない。しかし自分は年を人間と同じように取るように作られた。 200年後の自分の姿を想像するのもおぞましい。枯れ木を通り越してすでに化け物の域にはいるはずだ。 そう思ったら、目の前の少年の願いはたやすいものだ。そう思いブラッドレイは迷わず了承した。 しかし少年は「実はまだあるんだ」と続けた。 「今から約一年後、俺は軍人になるつもりだ。その時、俺をマスタング大佐の下で働けるように手回ししてほしい。勿論、大総統閣下の命令を第一とするけどさ。 それに、出来るだけ高い地位がほしいんだ。俺にも、大佐と大佐の部下達にも。今すぐなんて事言わない。必ずそうするべき機会が訪れるはずだから、その時に出し惜しみせずに昇進させてくれりゃぁそれでいいんだ。」 言いたい事はそれだけ。そう言うとエドはブラッドレイの反応を待った。 しかしエドはとっくにどのような返答が返されるのかわかっていた。 彼は意図してブラッドレイの最も恐れていることを突いたのだ。 そして返される言葉は予想通り「是」。 エドは微笑み、手を合わせてブラッドレイに刺さっていた刺を消した。 その反動で倒れそうになりながらも、それを隠すようにブラッドレイはしっかりと立って言う。 「こんな簡単に解除してしまっていいのか?また襲うかもしれんぞ。」 それを聞くとエドは笑って 「今更。言ったろ?おれは不死身だって。それに勝てないだろ、「ラース」」 と言った。 その言葉に先ほど完敗したことを思い出し、ブラッドレイは顔をゆがめた。 エドはそれを一瞥し、足を進めながらブラッドレイに声をかけた。 「おいおっさん。今からあんたのお仲間にも人間になるチャンスをやってくるけど、あんたも来るか?」 ブラッドレイは逡巡したあと、きっぱりと言った。 「いや、遠慮しておこう。」 エドはそれを聞いて、足を止めてブラッドレイに向き直った。 そしていたずらっぽく笑って告げる。 「んじゃもうひとつ選択肢をやる。あんたを人間にすんの、今か後かあんたの役目全部が終わった後か、どれがいい?」 ブラッドレイはそれにはあまり考えずに答えた。 「役目を果たしてからにしよう。その方が都合がよかろう?」 エドはそれに笑って頷いて、また歩きだした。 ブラッドレイはそれを無言で見送った。 ―――数十分後――― 「おっさん。」 すでに大総統の執務室に戻っていたブラッドレイの元に、一人の少年が訪ねてきた。 言わずもがな、エドワードである。 ブラッドレイはその姿をみとめて口を開いた。彼ら以外部屋にはだれもいない。事前にブラッドレイが人払いをしていたのだ。 「終わったのかね」 「ああ。」 エドの暗い顔に、どのような結果となったのか想像がついた。 だから何も言わずにただ「お疲れさま」と言った。 そんなブラッドレイの言葉に一瞬エドは目を見開き、それから苦笑した。 「なに似合わないこと言ってんだか・・・。結局あんた以外全員拒否した。人間になんぞなってたまるかってよ。」 そう告げるエドの顔はどこか悲しそうだ。 ブラッドレイはただただエドの言葉を聞いていた。 「世界はホムンクルスの存在を認めない。だからやつらも消した。俺が塵に還した。・・・あいつらの胸に埋め込まれていた親父の血の塊と一緒にな。」 それを聞いていたブラッドレイが不意に言葉を発した。 「親父の血・・・?どういう意味だね?」 は?とでも言うようにエドはブラッドレイを凝視した。 そして疑問を持った途端に答えが提示された。「世界」が教えてくれたのだ。 「ああ、そっか。あんたらのお父様とやらは俺の実の父親で、あんたが賢者の石と勘違いしてるものは、その親父の血の塊だよ。賢者の石じゃない。親父は言ってなかったんだな。」 と。それを聞いてブラッドレイは柄にもなく動揺してしまった。 それでは、あの男は自分の息子を殺そうとしていたのか・・・! そう思うと、不思議と目の前の少年が不憫になった。ブラッドレイにはまだ幼い義理の息子がいる。彼はその子を育てているうちに、人間に対する愛情を持つようになっていたのだ。 そして決意する。彼には迷惑かもしれないが、彼のことをもう一人の息子として扱おうと。少しでも「父」と言うものを知ってもらえるように、と。 そんなブラッドレイをエドは冷静な目で見ていた。 (このおっさん、絶対俺がその親父を殺したことを忘れてる・・・) そう思いながら。 でも、と続けて思った。 ブラッドレイの好意は純粋にうれしかった。 だからか、エドも決意した。そしてそれを早速行動に移すことにする。 近くにあったペンを練成し、するどいナイフに錬成し、それを自分の手に深く食い込ませ、その後またすぐに手を合わせ、何かを練成した。 ブラッドレイはその一連の動作を見ていることしかできなかった。 あまりに早すぎて、止めるタイミングを失ってしまっていたのだ。 エドはゆっくり手を開き、その手の上にあった小さな赤い石を確かめるように見てから、それを握り締めて今度はペンと一緒に練成した。 そうして次の瞬間エドの両手の隙間から現われたのは、トップに赤い石のつく、チェーンのネックレスだった。 そしておもむろにそれをブラッドレイに向けて投げつけた。 ブラッドレイはなにがなんだかわからずにそれを受け取り、「これは?」と訊くと、エドは一気に説明した。 「それが俺と歴代大総統たちをつなぐものだ。それをもつ者が危険にさらされれば、それが守ってくれる。後、それに向かって俺の名を呼べば、いつでもどこでも即現われるからな。代替わりする時は必ず呼べよ。」 そう言ってブラッドレイが頷くのを見ると、エドは 「できればロス少尉を復帰させてくれ。彼女生きてっから。じゃぁ、そういうことで。」 と言って姿を消した。 そう、文字通り急に姿を消したのだ。ブラッドレイはそれに非常に驚いた。自分もずいぶん規格外の存在だとわかってはいたが、エドには及ばないと思った。 そして、ふと思う。 なぜ少年は急に力を得、すべてを知り、不死身の体を得てしまったのだろうか。 なぜあのような、人外の力を持っているのだろうか、と。 次に会ったとき尋ねてみようかとも思った。 しかしその考えにブラッドレイは首を振る。 おそらく自分の入ってはいけない領域であろう。そう思ったからだ。 ブラッドレイは受け取ったネックレスを首にかけたあと、ゆっくりと窓に近づき、 そこから飛び降りた。 いろいろありすぎて雑務をやる気が失せたのである。 いわゆる、 失踪、逃亡。 今日も大総統府に「閣下いずこー!?」というおっさんたちの声が響きわたったとかわたらなかったとか。 |
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