エドはセフィロトの門がある空間を介して、空間移動を行うことができるようになっていた。 それがわかって、ますます自分が人間離れしてきていることに、自嘲の笑みを浮かべるのだった。 誕生5エドは大総統の執務室から出て、そのままロイの執務室の前まで移動した。 ドアをじっと見つめ、一度目を閉じてから気を取り直すように深呼吸し、それから勢い良く目を開けた。 そして何食わぬ顔でノックし、返事を待たずにドアを開けてしまう。 「失礼しま・・・っておい。」 ロイはいた。彼の部下もいた。ただしロイ以外全員知らない顔だったが。 しかしそのロイが問題だった。 それにエドがしばらく額を抑えて変な顔をしていると、部屋の中にいた知らない軍人がエドの前に立ちはだかり、声をかけた。 「おい、だめじゃないか。一般人の立ち入りは禁止だぞ。ほら、帰った帰った・・・」 エドはその軍人にすばやく銀時計を見せ、 「鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。大佐に話があんだけど・・・なにあれ」 と言った。 実はロイが誰と何を話しているかなんてとっくにわかってはいるけど、今入ってきた子供がそんなこと知っていたらおかしいだろう、と思い知らない振りをした。 するとエドのそんな様子と立場を理解したのか、目の前にいたロイを隠すように立ちはだかっていた軍人は、体をどかして苦笑いを浮かべた。 どうやら一般人の目に、どう見ても軍回線で女性と連絡をとるロイの姿を入れたくなかったらしい。 たしかにこんな姿見られたら軍の恥になるよな・・・と思いエドはついつい「ご苦労さん」と労いの言葉をかけてしまった。 それを聞いた軍人は、また微妙な顔をし、一応上官にあたるからと思い丁寧に答えた。 「は、ありがとうございます。いや、もう・・・。見たまんまです。」 エドはその軍人を一瞥し、ロイを見てからため息を吐いた。 それからはもうその軍人の存在がなかったように振る舞い、ロイの元へ歩を進めた。 エドの存在に気づいたロイは、眉をしかめて空いている方の手を前のほうに払った。いわゆる「しっしっ!邪魔だ!あっちいけ!」な状態である。 エドはそんなロイの態度に顔を引きつらせ、無言のまま両手を合わせた。 そして次の瞬間にはロイの手にはもう電話の受話器は存在しなかった。そのかわりエドの手にそれが。あまりにも早すぎる構成と分解に、ロイは珍しく言葉を失ってしまったくらいだ。 ロイのそんな様子に目もくれず、エドは受話器に向かって話し掛けた。 『ロイさん?今なにかノイズのようなものがしましたけど、どうかしたの?』 「ちょっとね。エリザベスさん、俺、エドだけど。悪いんだけどケイトとジャクリーンと一緒に先に家に帰っててよ。もう閉店の時間だろ?今日はもうお客さん絶対来ないからさ。じゃ。」 と言うととっとと電話を切ってしまう。その頃になってようやくロイが復活し、真剣な顔でエドを咎めた。 「鋼の!!」 そのロイの必死とも言える顔を静かな顔で見て、エドは先ほど電話の相手――ホークアイにも言ったことをもう一度言った。 「言ったろ。もうお客は来ないって。これ以上待っても無駄だ。」 「なぜおまえにそんなことがわかる!!」 エドは目を眇めてから身をロイの元に乗り出し、耳元で告げた。 「ウロボロスの奴等は全滅した。だからもう、いくら待っても来やしないさ。」 そして身を起こして更に言う。 「もう忘れろ。あんたも通常の軍務に戻れ。もちろんあんたの部下もな。 マリアの事はもう心配するな。来週にはまた働けるようになるさ。」 ロイはエドの言葉を呆然と聞いていた。今目の前にいる少年には不可解な点が多すぎる。 なぜこの少年はロイたちがしようとしていることを知っている? なぜマリア・ロスが生きていることを知っているのだ。 それに、 この少年は、こんなにも静かな目をしていただろうか。 冷たささえ漂わせる目など、この少年にできただろうか。 ロイの胸中は疑問に埋め尽くされた。しかしいつのまにかドア付近まで遠ざかっていたエドに気付き、慌てて席を立ち彼を追いかけようとした。 だが、エドの姿を飲み込んで一度閉まったドアを再び開けたときには、少年の姿はどこにも見あたらなかった。 ロイは呆然とし、部屋の中にもたった今行われた国家錬金術師たちの不可解な会話に呆然としていたものが沢山いた。 エドはそれらを意識の外で認知し、今度は弟の下へ向かった。 そして未だに寝ている少年の枕もとにすわり、短い髪をすきながらやさしく呟く。 「アル、期限は明日から一年間だ。リゼンブール、ラッシュバレー・・・どこでもいいや。普通に過ごそう、な?」 それから何度目かになる、謝罪を口にした。 「ごめんな、アル。ごめん。俺、お前の旅している時の記憶、消しちまったんだ。俺自身の為に、な。人体練成の記憶も、大佐達の記憶も、全部。」 すでに夕日は落ちていて、部屋は薄暗かった。 そんな中、エドの瞳と髪だけが、光っているようだった。 「一年間、軍とはまったく関係のない生活をしような。普通で、のどかな生活を・・・。」 エドの目から雫が落ち、アルの頬にかかった。エドはそれをぬぐい、自分の目もぬぐってアルフォンスからはなれた。 それから、エドも自分に割り振った部屋に入り、まだ早いが眠りにつこうとした。きっとアルは明日の朝まで目を覚まさない。 覚めたらいきなり成長している体についてどう説明しようか。周りには、練成の代価として記憶を持っていかれたと言おう。 きっと皆それに納得する。じゃぁ、自分はどうしようか。何を持っていかれたことにしようか。 エドは、そんなことをつらつらと考えながら、目を閉じた。 今は、今日一日にあったさまざまな変化によって磨耗した神経を回復させたかった。 いつもまにか上っていた月の明かりが、エドの端正な寝顔を照らしていた。 「一年」と限定したのは、気持ちに区切りをつけたかったから。 弟の「記憶」を消したのは、賢者の石を使わずになぜ人体練成に成功したのか、訊かれるのを恐れたため。 ――――――それらが、どこか変わってしまった自分に嘆く少年の、最後のわがままだった。 誕生・完 |
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