金色の髪が舞う。

別に激しい動きをしているからではなく、単に乾いた風に煽られて。

彼は、“ここ”に来てから大した運動をしていない。

本来は体を動かすことが好きな方なのに、“ここ”に来てからは何をするにも億劫そうに動く。

やむを得なく銃やナイフを握って動き回ったこともあったけれど、それも最初の方だけで。

今はもう、何もかもが億劫で、ただ両手を合わせて、何も見ないまま、聞かないまま、消さねばならない全ての存在を、一瞬で、消す。


そうすれば、誰かが痛みに苦しむ声も聞こえず、血の臭いもしなければ、ぴくりとも動かない屍に気分を悪くすることもない。


だから、ただ。

ただ、両手を合わせて、一瞬で。


言われるがままに、イシュヴァール人を、殺していった。



子どもと兵器と戦争と





「撤退だ、国家錬金術師が来るぞ!!」


その言葉に、軍人達が徐々にだが、後退し始めた。

彼らにとって錬金術師とは、畏怖の対象でしかない。

大規模な練成をして、普通の軍人が苦労して一人殺す頃には、錬金術師は十人の人間を屠っているのだ。

その大規模な練成に巻き込まれないために、銃を撃つしか取得の無い軍人達は、錬金術師が現場に到着すると同時に撤退を始める。

ここにいるヒューズも、その一人。


「国家錬金術師・・・・ロイか?」


何せその絶対数が少ないせいで、錬金術師達は一人で一日にいくつもの戦場を巡らなくてはいけない。

故に今から来る錬金術師が級友の可能性も高いのだ。


イシューバールの連中に気付かれないよう、まばらに移動していく者達に、ヒューズも少し時間を置いてから続いた。

それでも帰る場所は皆おんなじなので、街を出た頃には自然と集団になって同じ方向へと向かうようになる。

しかし一つだけ、その流れに逆らう姿があったのだ。


「?」


背からしてまだ子ども。外套が姿をすっぽりと覆っているので、もしかしたら老人かもしれない。

だが軍服を着ていないのは確か。そしてその肌は―――白い。


「おいあんた、そっちはダメだ。巻き込まれるぞ!!」


イシュヴァール人でないなら放っておく事も出来なくて、自ら戦場に戻ろうとする姿を慌てて止めた。

その拍子に、顔を隠していた部分の外套が、ひらりとめくれる。


その顔に、皺などない。やはりまだ、子どもだった。


「そっちはダメだ、戻るぞ。」


肩を腕を掴んで、子どもの進行方向とは逆、つまり更に街から離れる為に足を進めようとする。

しかし足に根でも生えているのか、軽いはずの子どもは不自然なほどその場から動かなかった。

まるで重い砂袋のように、どれだけ引っ張ろうが、子どもの足はたたらを踏む事すらない。


「・・・・・おい、動け。」


若干ムキになって力の限り引っ張っているから、腕も痛いだろうに、未だ子どもは声を発しない。

気味が悪くなって、少しだけ腕を掴む力が弱まった。


そのときを待っていたのか、子どもは瞬時にヒューズの腕を振り払う。それもまた、不自然なほど滑らかで、無駄の無い動きだった。


「・・・・・・・・・・ってあ、おい!!」


思わず呆然としてしまい、再び現在進行形で戦場である街へ戻ろうと、歩き出した子どもを見送りそうになった。

けれどやはり放っておく事が出来なくて、不気味な子どもの後を追う。


「・・・・・・こっち来んな、巻き込まれるぞ」


すると、漸く子どもが声を発した。高いのに、無理して低くしているような声。

それは感情を押し殺しているのか、抑揚に欠いていた。―――子どもらしくない、話し方だった。


「それはおれのセリフだっての。いいからそっち行くな。」


再び腕を掴もうとしたが、今度は宙を切ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・説明するの、面倒だから。ゴメンな。」


そしてその言葉と同時に、腹に打ち込まれた衝撃。

油断していたからか、全く動きが見えず、受身も取れなかった。思わずその場に膝をつき、吐きそうになる胃液と格闘する。


「あんたいい人だな。他の奴らみたいに見て見ぬ振りをすりゃよかったのに。」


気付けば、すでに近くに人は一人もいなかった。先ほどまで数人ほど、共に基地へと戻ろうとしていた者達がいたはずなのに。

意識を失いはしないものの、霞掛かった思考でそんなことを考えているうちに、子供は街の入り口までたどり着いていた。


「に、げろ馬鹿・・・」


国家錬金術が来たから撤退しろと言われ、時間内に撤退できなかった者は死ぬ。それはもう当たり前と言っていい未来。

ヒューズはもう、街から出ていたからいい。けれどあの子供は、今からそこに入ろうとしているのだ。

つまり、自ら死にに行くようなもの。


「くそっ・・・・!」


吐き気を我慢して、立ちあがる。何とかして子供を街から離さなければ。


けれど、次の瞬間。


再び戻ろうとした街から、目を焼きそうなほどの圧倒的な光が放たれたのだ。


慌てて腕をかざして目を保護したが、胸中はやるせない感情であふれていた。今のは紛れもなく、未だ街にいるイシュヴァール人を殺すための練成光であったのだから。


(助けられなかったか・・・・)


子供は、すでに街に入っていた。この光量からして少なくとも、すぐそこにあった街の入り口は瓦礫の山に変わっているだろう。

そしておそらく目に入るのは、半壊した建物と子どもの死体――――・・・・・


そうと解りつつも、気が済まなくて光の収まった街の入り口付近を目で確認しようとした。


しかしその次の瞬間、彼は信じられないものを目の当たりにする。


「・・・・・・・・・・・・・・嘘だろ・・・・・・・」


そこには、ただ荒野が広がっていた。

数秒前までは確かにあったはずの街は、――――まるで幻だったかのように。


そこに入り口があったことも、建物があったことも、イシュヴァール人がいたことも。

先ほどまで街の中で戦っていた事も、全てが嘘だったとでも言われているかの如く。


「何も、ない――――・・・・・」


あるのはただ、小さな後姿。

先ほどまで街が一つあったはずの荒野に、先ほどの少年だけが一人ぽつんと立っていた。









   
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