「お前・・・・・・・何者だ?」


警戒しているのか、それとも恐怖しているのか。

先程とは違い、若干硬い口調でそう問われて苦笑する。


「・・・・・俺は、」


しかし言おうとした言葉は、新たな侵入者によって遮られた。


「ヒューズか? そんなところで何をやっているんだ。」


姿は見えない。ちょうどヒューズと呼ばれた軍人が視界を邪魔していたのだ。

けれどその口調には確かに親しみが込められていて、ヒューズもどこか安堵しているように感じた。


あぁいいな、と漠然と思って。

次いでそんな自分に苦笑する。


「呼んでるぞ?」


苦笑したまま、目の前の大人に言う。それは何処か、大人を大人と思わない不遜さと、精神的な成熟を感じさせた。


「・・・・・あぁ。」


ヒューズは僅かだが苛立たしげに返事をして、漸く背後を振り返ったのだった。



子どもと兵器と戦争と2





失敗した、と思った。

距離にして数百メートルほどだろうか、目的の街からそれほども離れていない場所を歩いていたとき、それは起こった。

空間を光で焼きそうなほどの光が街を埋め尽くし、次の瞬間には遠目で見えていたそれが、跡形もなく消滅していたのだ。

そのありえない現象にしばらく呆然としてしまったが、ついで安堵した。


ロイはたった今消えた街に潜むイシュヴァール人を、殲滅する為にやってきたのだ。手間が省けた、と歪んだ喜びを感じたのである。


それでも状況を把握するためにそちらの方へ行けば、少し前まで街があった地点には、一人の男が隙の無い背中を向けて佇んでいた。見知った友の姿である。


だからロイは、状況を説明する為に彼に声をかけたのだ。彼ならばいったい何が起こったのか説明できるだろうと思って。


しかし、ヒューズは一人ではなかった。

ちょうど彼で隠れていて見えなかったが、黒い外套を纏った金髪の子どももいたのである。


「ロイ・・・・。」


振り返った彼の言葉には若干の怒りが篭っていて、何だ珍しいと思いつつも心の中で悪いと詫びる。


「ヒューズ、その子どもは?」


肌が白いのでイシュヴァール人でないことは確かだが、何故戦場であったはずの場所に子どもがいるのか。

疑問を隠さず口に出せば、ヒューズは不機嫌そうに「それを今聞こうとしてたんだよ」と答えた。

不機嫌の理由がわかったところで、今度は口に出して「悪い」と詫びる。

それから足を進めて彼の隣に立ち、一緒になって子どもを見下ろしたのだった。


「それで?」


お前は誰だ、と威圧するような瞳で問う。イシュヴァール人でなくとも敵である可能性はあるのだから、警戒するに越したことはない。


しかし子どもは怖がる様子も見せず、挑発的にロイを見返しただけだった。


「あんた、国家錬金術師だな?」


不遜としか言えない態度と口調。警戒はいや増しした。


「・・・先に質問したのは此方だ。俺の質問に答えろ。」


ヒューズは黙ってことを見守っている。いや、優秀な男だ、冷静に子どもの事を見極めようとしているのだろう。


そのお世辞にも優しいとは言えない大人達の視線に気付いているだろうに、それでも子どもには余裕があるように感じられた。―――只者ではなさそうだ。


「俺の名前はエドワード。何者かってのは、言っても信じてもらえる内容だとは思えないんだよな。もう少ししたら迎えが来るから、説明して欲しいならそれからにしてくれねぇ?」


そうすりゃ嫌でも信じるだろ、と何処かダルそうに呟く。

もう、何もかもが不自然だった。戦場に子どもがいることも、その戦場が何故か跡形もなく消滅していることも。そしてこの、子どもの落ち着きようも。


「安心しろよ、俺は敵じゃない。」


ロイの無言をどう取ったのか、エドワードは深いため息と共にそう呟く。嘘を言っているようには見えないから、子どもの言う通りこのまま待っていても騙されて襲撃されることは無いかもしれない。


それに、


「・・・・・例え敵であっても、お前にどうこうできるとは思わないがな」


口元を歪めて、事実を突きつけたつもりだった。それで少しは取り乱せばいいと、そんな事を思って。

けれど予想に反し、子どもは片眉を上げただけで、ヒューズからは忠告まで受けてしまった。


「ロイ、油断するな」
「・・・・・ヒューズ?」


視線を下から隣へと映すと、ヒューズは目を眇めて子どもを見据えていた。普段飄々としているが、この男はこういう時、驚くほど鋭利な刃物のような瞳をする。

しかし彼がそれほどこんな子どもを警戒する理由がわからなくて、ロイは怪訝そうにその意を問うた。


「・・・・・・・お前、さっきここにあった街が一瞬で消滅したの、見たか?」
「あぁ。」
「あれをやったの、お前だろう? エドワード」


何、と。一瞬瞠目して、すぐさま子どもに視線を落とした。

俄かには信じられない言葉だが、ヒューズが言うからには少なくともそう見えたのだろう。子どももまた、否定することも無かった。


「・・・・・・・・・もう一度聞く。何者だ?」


今度は、ヒューズが問うた。逆にロイは先程のヒューズのように、注意深く子どもを観察する。


見た目は本当に、そこにでも居そうな子どもだ。ただその落ち着きようが、異様なだけで。

年は十を越えたか越えないかといった所。幼いとしか言えない容姿である。

だが、街一つを、本当にたった一人で消滅させたとなれば。


それは最早、ただの子どもではなく、化け物の域だ。


未知の領域に踏み込んでしまった気がして、思わず顔が強張ってしまう。

するとそれを見た子どもも、何故か急に強張った顔に変えたのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・っ、」


何かを絶えるように、奥歯を噛み締めているのがわかる。

それには先程までの異様な落ち着きなど見る影もなく、年相応と言っても良い表情で。


まるで泣くのを我慢しているかのような、そんな顔。


何か急に自分が大人気なく感じ、ロイはつめていた息を吐き出した。

隣では、同じように感じたのかヒューズがばつの悪そうな顔で視線を彷徨わせている。十近くは年の離れていそうな子ども相手に、自分達はいったい何をしているのか。


「悪かったって、泣くなよ」


思わず、と言った感じで、ヒューズが謝罪する。するとどうだろうか、子どもの雰囲気がまたくるりと変わり、


「だれが泣くか!!」


と肩を怒らせて反論してきたのだ。


先程までの泣きそうな表情とは正反対、だからといって異様なほどの落ち着きを取り戻した訳でもなく、むしろ先程よりも更に年相応な表情。


「・・・・・そんな顔もできるなら早くやってろ」


思わず先程の子どものように深いため息を吐いて言えば、今度は苦虫を噛み潰したような顔をされた。よくもまぁ、表情がコロコロと変わる子どもだ。


一気に陰険だった空気が弛緩していくのを感じたので、再び表情を取り繕うのも億劫になり、ロイは続けて言ったのだった。


「信じるか信じないかは此方が決める。説明しろ」


すると、子どももまた表情を取り繕うことなく、顔を引きつらせて口を開く。


「命令形ばっかでむかつくなアンタ・・・・。」
「こういう奴なんだ、我慢してやってくれ」
「って普段もこんなんなのかよ。苦労してるんだな、アンタも」

茶化すように、ヒューズもまた警戒を解いて相槌を打てば、次に顔を引きつらせたのはロイの方だった。


「お前ら・・・・・・」


しかし、怒りを爆発させる事はなかった。ロイの視界の端に、見慣れた姿を発見してしまったからだ。


「・・・・・・・・・大総統閣下!」
「「!?」」


ヒューズが視線を上げて、子どもは後ろを振り返る。そこには確かに、隻眼の男が静かに立っていた。


――――この場にいる誰にも気付かれることなく、すぐそこに。


慌てて三人で敬礼をする。・・・・・・・・・・・何故か、子どもまで。


「楽にしたまえ。ここまで来たのは私用だからな。」


そう言って大総統が微笑みかけたのは、紛れもなくこの場にいてはいけないはずの子どもであった。









   
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