迎えの車を残し、大総統は去っていった。

どこへ行くのか、と問えば、彼は「その辺りを散策してくるよ」と言う。

恐らくは生き残り、隠れているイシュヴァール人を殺しに行くのだろうと、エドはそう見当をつけた。


(そんなに殺したいのか、あんたは・・・・・)


内心の苦々しい気持ちをもてあまし、ぎゅっと拳を握り締める。それで何かが変わるわけでもないのに、それしかできなくて。


動かないエドを心配して、ヒューズがそっと彼の肩に手を置いた。温かい、人の手だ。


すると何故だろう。今まで押し溜めてきた感情が、一気にあふれ出てきた。

現在最も憎い相手と会ったからか、たった今人を沢山殺したからか。それともヒューズとロイが優しいからか。


理由はわからないけれど、涙が出て、とまらなかった。



子どもと兵器と戦争と4





あれから、大総統が置いていった車で駐屯基地に戻り、今ロイとヒューズは温かい食事にあり付いていた。

傍らには、何故かエドワードの姿もある。

別にそれはいいのだが、周囲にいる軍人達の視線が痛い。当然だ、この荒んだ戦場に何故、私服姿の子供がいるのか。気になって当たり前だろう。

しかし大尉であるロイとヒューズが一緒にいるからか、表立って子供にそれを問いただそうとする者はいない。

それに、子供の手元にはまだ真新しい銀時計もあるのだ。それはつまり、持ち主が国家錬金術師である事を示していて。

しかしそれがイコール目の前の子供の物、という等式が成り立たないので、誰もが不信そうに子供と、彼と共にいるロイ達を見ているのであった。


ヒューズは周囲の視線を気にする事なく、飄々と食事を続けながらちらりと子供を見た。金目と金髪という目立つ色彩を持ってはいるが、見た目はどこにでもいそうな少年にしか見えない。

しかしよく見てみればその瞳に宿るのは無邪気さではなく、どこか老獪で鋭い光。しかも周囲の注目を一心に集めているというのに、物怖じもせずガツガツと美味しくもない食事を食べるその姿の、何と図太いことか。

姿はともかくその他はどう見ても普通ではなく、ヒューズは一層の興味と、そして僅かな不安を抱いた。


思い出すのは、先ほどボロボロと声もなく涙を流し続けた子供の姿。今は老獪に見えようが図太かろうが、子供はやはり子供だった。なのに何故、彼はこの戦時下で国家錬金術師となり、戦場に身を置く羽目になったのか。

泣いていた所を見ると、望んでいた訳では無かろうに。

それに先ほどの大総統との会話にも、只ならぬ何かを感じてしまった。あの従順さと無感動さは、彼の年齢、増してや雲の上の人物に対する人間としておかしい事この上ない。


故にこの小さな身に何があってこの状態に至ったのか、気になって仕方がないのである。現状を打破できるのならば、してあげたいとも思わずにはいられなかった。


「・・・なぁエドワード。お前さん、幾つだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・歳の事?」
「あぁ」


その為にも、聞きたい事は山ほどあった。けれどまずそんな当たり障りのない事をさりげなく食事の合間に聞いて、(何故か必要ないと思いながらも)警戒心を薄くさせようとする。

すると返ってきたのは、そんなヒューズの意図など見透かしたような歳不相応な笑みと、意味深な問いかけ。

他に何があるのだと思いつつも肯定すれば、子供は相変わらずの笑みを浮かべたままさらりと恐ろしい事を呟いたのだ。


「―――何だ。消した町の数かと思った」


その言葉に、聞き耳を立てていた周囲がざわりと沸いた。それはつまり、既に子供が幾つもの町を消した事を暗示していて。

ロイもまたそうだったのだが、担当の殲滅場所に赴き、しかしあるはずの場所には街も何もなかったと報告した国家錬金術師が何人もいるのは既に周知の事実。故に察しの良い者はそこで漸く、その原因と正体不明の子供の存在、そしてその手元にある銀時計をつなぎ合わせたのだった。


一方のヒューズは、おいおい、と呆れたようにため息を吐いていた。気にしていないように見えて、実は結構視線を煩わしく感じていたのだろう。

あからさまに視線を向けて来る軍人達を挑発するような口調と笑みに、苦笑せずにはいられない。何せエドワードの年齢相応な姿を垣間見たヒューズからしてみれば、そんな物騒な言葉もただの強がりにしか聞こえないのだ。

隣にいたロイもそうだったのか、こちらも苦笑しつつ子供の強がりに乗ることにしたようだ。


「俺はそっちも気になるな。今日一日で幾つ消した?」
「8つ。俺一瞬で事が済むからな。大総統に担当外の地域もどんどん消していけって言われたから、その通りやってたらこの数」
「なるほど、だから俺が担当のはずだった街までお前が消してたんだな」
「うん」


その言葉が、その場にいる全員に、子供が例の不可思議な現象――担当の殲滅場所に赴いたが、あるはずの場所には何もなかったと報告した国家錬金術師が何人もいた――の原因だった事を確信させ、そして子供がただの子供ではなく、恐るべき力を持っている兵器であると知らしめた。

聞き耳を立てていた者たちの、化け物を見るかのような視線に気づいているのだろうか。エドは先ほどからずっと浮かべている笑みを消しもしないまま、ロイに問い返す。


「あんたは? 今日何個消したの?」
「俺はお前のように跡形も無く消滅させたのではなく、消し炭にしただけだがな。担当するはずだった数は3つ。実質消し炭にしたのは2つ」
「消し炭? あぁ、『焔』の錬金術師だもんな、あんた」


納得したような子供の口調と相変わらずの笑みに、そこで漸くヒューズは少しやりすぎた、と気づいた。

この会話で、エドワードに悪戯に危害を加えようとする者はいなくなっただろう。それこそが子供の言葉に便乗したロイの狙いだったはずだ。

しかしその効果はありすぎたようで、子供に向けられる視線が好奇心よりも悪質な物に変わってしまったのである。

ロイも、そしてエドワードも気づいているだろう。まるで能面のように張り付いたままの歳不相応な笑みが、それを示していた。


それは他の者から見れば、ふてぶてしい以外の何物でもなかったかもしれない。しかしヒューズにはそれが、痛々しく、先ほどの泣き顔とだぶって見えた。


「・・・お前、年齢のこと誤魔化そうとしてないか? 無駄に足掻かないで言っちまえって」


思わず手を伸ばしてエドワードの頭を撫で、「子ども扱いするな」という憮然とした表情を返され苦笑しながら、ヒューズは少し態とらしいくらい飄々とした声でそう言って立ち上がる。気付けばもう三人とも完食し終わっていた。故にこれはさっさと退散するぞというさりげない合図。


彼らはそうして周り中の視線を集めながら、そしてエドの年齢を聞き出せないままその居心地の悪過ぎる場から立ち去ったのだった。









   
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