「ってことで、彼は無害だと判断しました。乗艦許可を下さい。」

『了解。いらっしゃい、エドワード君。』


突然虚空に話し掛けたキラに訝しんだ次の瞬間、若い女性の声がどこからか返ってきた。

いったいどの機械から声が発信してるのかさっぱり解らなかったが、機械技術が特化しているらしい此方にもやはり電話のような通信技術はあるようだ。

しかし科学者として先にそれを納得するや否や、エドは少しだけ泣きたくなった。


「さっきの会話筒抜けかよ〜・・・・。」

『「もちろん」』


にっこり、邪気の無い(ように見えるだけの)顔と声でハミングされ、文句も言えなくなってしまった。



Crossing 2





キラは固定し終わったフリーダムから出て、中に残っているエドに手を差し出した。

「艦長のところへ行く前に、医務室へいこう。」


医務室。久しく世話になっていないその単語に、エドは数秒何を言われたのか理解できなかった。

だってこの身体は治療など必要ない。どこも悪くならないし怪我もしないのだ。


とっさにそう思ったが、エドは自分の親指がいまだ熱を持っている事に気づき、僅かに身体を硬くする。


「・・・・・・・・・・エドワード?」


キラが訝しげな声を上げたが、とっさに答えられなかった。いつもの狸親父達に対するようなポーカーフェイスは何処へ行ってしまったのだ。


「・・・・・・・・・・いや、何でも、ない。」


漸く答えられたが、これでは何かあると言っているような物。けれどキラは「そう」とだけ呟いて、追求はしなかった。

そんな所からもわかる。本来は優しい性格なのだろう事が。・・・・わずかにひん曲がってる所もあるようだが。

しかもなんだか黒髪の同居人と似ているかもしれない。底知れなさや、懐の深さとかが。違うのはキラがもっと若くて女か・・・・・ごほん、穏やかそうに見えるところだろうか。

そう思うと、無償に親しみが湧いてきた。


「おいで。」


『おいで、エドワード』


差し出された手が、まったく違うはずの彼と重なって。不覚にも泣きたくなってくる。


あぁあの男に言ってやりたい。

自分は、おそらく最初で最後になるだろう、



――――――死ねる可能性を得たのだ、と。



聞けば、いったい彼はどんな顔をするだろうか。全く想像がつかない。


キラの手を凝視したまま、思考の渦に飲まれてしまったエドは気づかない。

キラが自分を凝視していた事に、どこか痛ましげに目を細めていた事にも・・・。





********





まるで、過去の己を見ているようだと。

そのぼんやりとした金色の瞳を見て、そう思った。

エドはきっと気づいていないだろう。親指から流れる血が彼の衣服を汚していることに。

傷に慣れていないのか。そう思ったが、すぐに違うと否定する。

もしそうならば、傷の存在を忘れるのではなくもっと重要視してパニックを起こす事だろう。

ならこの場合は、逆だ。

傷に慣れてる。けれどすぐに手当てをしない。


・・・・・・・・少し前の、自分と同じだった。


「エドワード。その指、“今は”手当てが必要なんだよ。」


ここは君のいた世界ではなく、僕がいる世界なのだから。

本当は、キラだって彼の置かれている状況を理解しているわけではない。

憶測から行動を起こし。解っているだろうことを噛み締めさせるように言って、今度は腕を取った。


「・・・・・・・・・・あんた・・・・・?」


不思議そうに自分を見て、コックピットから出てきた彼と視線を合わせて。言い聞かせるように、ゆっくりと。


「・・・・・・身体が傷ついたら、血が出る。その傷が深ければ深いほど、治り遅くて血も沢山出る。それがこの世界では“アタリマエ”なんだよ。見たところかなり深く切ったようだし、早く医務室に行こう?」


言うや否やエドを引っ張って、格納庫に下りていった。

戸惑う彼を半ば強引に引きずりながら整備士達と挨拶して、医務室へ直行。


自分を凝視するエドの視線には気づかない振りをした。





********





医務室についても、軍医らしき人はいなかった。

だがキラはそれをなんら不思議がる様子もなく、テキパキとエドを椅子に座らせ治療道具を探る。

エドはそんなキラを観察しながらも、意識はどくどくと脈打つ自分の親指に向いていた。


血は、未だ止まる兆しを見せない。


どんだけ深く噛んだんだよ・・・・と自分に呆れ返ったが、それ以上に頭の中は困惑と歓喜、そして狂気で渦巻いていたのだ。


『傷が深ければ深いほど、治り遅くて血も沢山出る。それがこの世界では“アタリマエ”なんだよ』


不意に、先程キラが言った言葉を思い出した。

まるで自分が、普段は怪我など一瞬で治るという体質を持っていることを知っているような・・・そんな口調だった。

いや、もしかしたらエドに限った体質ではないと思っているのかもしれない。

キラにとって錬金術は未知の領域だろうから、エドの世界では誰しも一瞬で傷が癒えるとでも思っているのではなかろうか。あの口ぶりからなら、その可能性が高い。


顎に手を当て考え込んでいると、不意にキラがクスリと笑った気配がした。


「ん? 何だよ?」

「顎に血、ついてるよ。」


いつの間にか指の怪我を忘れて癖を発揮してしてしまったらしい。頭を使うとその一点に意識が集中してしまい、他の事に目が行かなくなるのは、エドの悪癖だった。


「あちゃぁ・・・・。」

「・・・・考えさせてたままの方がよかったかな? はい、タオル。ついでにそれで指付近の血も拭いてね。」


反射的に濡らされたタオルを受け取りながら、エドはキラの不可思議な言葉に眉根を寄せた。


「考えさせたままの方がいいって・・・・?」


どういう意味だ。問うと、彼は少しだけ困ったように、それでいて穏やかなままの表情で答えたのだ。


「考えてるときの君、顔がさっきよりマシだったから。」

「は?」


ますます意味がわからない。けれどキラはそれ以上何を言うでもなく、エドの向かいに腰掛けてその手を取った。

消毒液を染み込ませた脱脂綿で新たに噴出してきた血を拭い、同じく消毒液を染み込ませてガーゼと、更にその上に乾いたガーゼを数枚重ねていく。それをテープで止め包帯を巻いていく動作は、やけに手馴れていた。


「慣れてるなぁ・・・。」

「少し前まで大勢のやんちゃな子ども達と暮らしてたからね、自然と身についちゃった。」


穏やかな、母性すら感じさせる微笑を浮かべて。だんだんどれが本性なのかわからなくなってくる。

吐く息に若干呆れと諦めが混じっていた事に気付いたのか、キラが再びクスリと笑った。


「もう訳わからん・・・・。」


あんた色々と謎過ぎ。

本来の世界にいる時のように知識が供給されないので、一層謎は深まるばかり。


頭を抑えて引きつった表情で呟いたエドに、キラは今度は安堵したような表情を浮かべた。

安堵。指の隙間から見たその表情は、何だか現状に似つかわしくない。このタイミングで出てきたのだから自分が起因しているのだろうか、自分の行動の何が彼を安心させたのか。


わからない。けれど、何故かエドも安心する事が出来た。







(あとがき)
一話目はあんなでしたが、このお話は基本シリアスなんでUu  



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