さり気なくキラが議長をバルコニーへ誘導しようとしたその時。

不意に会場がざわめきに包まれた。

それに軽く眉を寄せながら周囲の視線が向かう所へ目を向けると、此方へと優雅な足取りで歩いてくる少女と目があう。

その少女の姿かたちは、キラの良く知る人物と瓜二つで。

しかし内面から滲み出るオーラが、キラの知る“彼女”ではないのだと物語っていた。

キラと同じく少女へと目を向けた議長がクスリと笑った気配を感じ、僅かに腹立たしい思いをしながら近づいてくる少女を見守る。

そして彼女はキラと議長の前で立ち止まった後、スカートの両端をちょこんと上げて言ったのである。


「お久しぶりですわ、キラ・ヤマト。」


――――桃色の髪を持つ少女は、ラクス・クラインと呼ばれていた。彼女は先の大戦時、スパイにフリーダムガンダムを手渡したことでも有名である。

そして、そのフリーダムのパイロットは今、会場中の視線を集めてやまない青年だと言うことは周知の事実で、ならば彼とラクス・クラインは知り合いという事は、決して不思議ではないのだ。

よって周囲もそのラクスの挨拶に驚くでもなく、ただ固唾を飲んで次のキラの言葉を待っていたのだった。

そして多くの視線を集める中、彼は全くそれを気にした風も無く、穏やかに笑って言ったのだ。


「・・・・・・・“初めまして”だね? 僕はラクスに会ったことはあるけど、君に会ったことは無い。」


穏やかに微笑んだ彼の瞳は、その表情に反して驚くほど冷ややか。

ラクス―――否、ミーア・キャンベルという名の少女は、その瞳に思わず反論もせず後ずさってしまったのだった。



INVITE4





実に腹立たしい。

キラは内心でそう吐き捨て、横目で議長の顔を見た。

彼はキラが彼女に合わせて「久しぶり」とでも言うと思ったのだろうか。

世情の混乱を避ける為にも、偽者を本物と肯定してやるとでも?


・・・・残念ながらそんなことをしてやれるほど、自分はお人よしではない。


そんな事を内心で呟きながら、キラはそうと信じて疑っていなかったらしい議長を見る。

すると彼はしばらく驚きで目を見張った後、不意に苦笑して言ったのだった。


「・・・・どうやら君は冗談が好きなようだね。―――つもる話もあるだろう。君たちも踊ったらどうだい?」


予想の範囲内だったが、やはり軽くかわされてしまった。しかし元より大した期待はしていなかったので、キラも気にしない。

だが議長自身にダメージを与えることは出来なくても、ミーアに不安を抱かせ、キラの言葉を聞いてしまった周囲には不信感を抱かせることには成功した。

ラクスは著名人に知人が多い。そして大らかで礼儀正しいとその者達にはインプットされていた故、今議長の隣に立つラクスがプラントに戻ってきてから何の挨拶もなく、また何事にも動じなかった彼女が言葉を詰まらせて後ずさってしまったのを見てしまえば、元よりあった違和感は容易に不信感へと姿を変える。

キラは内心満足そうに周りの反応を見て、それからそんな内心を隠し、素直に議長の言に従って手を差し出したのだった。


「・・・・・踊りませんか、お姫さま。」


無論、議長の言葉を肯定することも無く、否定することも無く。

そして、少女を“ラクス”と呼ぶことも無い。

――――その事実に多くの者が気付き、更なる波紋を生んだ。


何かに怯えるように、僅かに青い顔で窺うように議長を見たミーアは、彼に無言でキラの手を取れと促され、恐る恐る彼の手を取る。


その行動が、自分は“ラクス”ではないのだと肯定してしまっている事に、彼女は気付いているのだろうか。


「議長、貴方は何処へ?」

「・・・私は予定通り、バルコニーへ出て外の空気を吸ってこよう。」

「そうですか、では。」


議長の居場所を把握するために何気なく質問して、それから俯くミーアに苦笑を送り、キラは自分の手に乗せられた指を握ってホールの中央へと彼女を促した。


そして、プラントへ出立する前に言われた、幼馴染の言葉を思い出す。


「・・・・・・・・・・先に謝っておく。ゴメンね・・・・。」


キラは殊更優しい声で、瞳からも剣呑な光を消してそう呟いた。

勿論その言葉が向かった先は、彼と共に音楽に合わせて踊る少女である。

至近距離で囁かれたその言葉に、ミーアは思わず顔を上げた。

すると、やはり至近距離で見えた、優しい光を帯びる綺麗な瞳が彼女の目に入る。

先ほどとは打って変わったその様子に困惑しながら、ミーアは彼を見上げた。

キラは彼女のその明らかに怯えた様子に苦笑を深めて、小さな声で続けたのだった。


「アスランから、話は聞いたよ。君が“まだ”無事でよかった。」

「あ、すらん・・・・・? 彼、生きて・・・・・!?」

「うん、生きてる。君に助けられたと言っていた。」

そして君も議長に利用されているだけだと聞いて、彼は君を助けようとしたけど、君はその手を拒んだのだとも。


耳元で紡がれる言葉に、ミーアは胸を締め付けられたような感覚を受ける。

しかし双方足を止める事無く、踊りつづけていた。


ミーアは足を動かしながら、僅かに俯いて更に続けられるキラの声を聞く。


「でも君はもう、気付いてしまったはず。・・・・・確信してしまったはずだ。」

議長は既に、君を切り捨てる気でいるのだと。


今度は、彼女の肩があからさまにピクリと跳ね上がり、一瞬踊る足も止まった。

だがそれをキラは上手にカバーして、不自然さに気付かれないように立ち回る。

その間に震える足を再び動かしたミーアに、キラは幼い子供に言うように「いい子だね」と言い、一拍置いた後更に続けた。


「僕らは君をこのまま見殺しになんて出来ない。・・・・だからさっき、ちょっと強引な手段で君に決断してもらえるように仕向けた。チャンスは、今回だけしかないし。」

「・・・本当にゴメン」ともう一度繰り返し、キラはミーアの言葉を待つ。


―――彼女は今、泣き出しそうになるのを必死に抑えていた。

今まで、“自分”に対してこのような優しい言葉を掛けてくれた人物がいただろうか。

いや、確かに居たはずだ。だがそれは、まだ自分が“ラクス”となる前の事。

ミーアの髪が桃色になり、顔が変わってから、いったい誰が“ミーア”を労わってくれた? ・・・誰が優しい言葉を掛けてくれただろうか。

誰も“ミーア自身”を見ず、“ラクス”を見て。掛けられる優しい言葉は全て“ラクス”に向けられた物。

唯一“自分”を見てくれた人物は、今まさに自分を切り捨てようとしている。

アスランの手を一度振り払ってしまったからこそ、すでに諦めかけていたミーアにとって、キラのその言葉は何よりも嬉しく、何よりも救いとなった。


だから、その優しい言葉と瞳に見守られ、ミーアは次に続けれた言葉に、小さくだが、はっきりと頷いたのだった。


「君はもう、十分頑張った。もう、後は僕たちに任せて。


 ――――――今度こそ、僕らと一緒に来てくれるね?」




********




あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ・・・・・・。

また一人、キラの毒牙に引っかかった憐れな小娘が居る・・・・・・・!


カガリは内心で涙を流しながら、そう呟いた。

何せあのキラだ。

目的のためなら人妻だろうが妻子持ちの中年男だろうが、年下の少年だろうが何だろうが自分の魅力で確実にオトス百戦錬磨なキラなのだ。

もう、戦艦のデッキで一人泣いていた少年、純白キラはいない。

自分の魅力を実に上手く使い、自分のやりたい放題やっちゃう腹黒いキラ様しかいないのだ!

どうせ今回もさり気なく汚い手を使って、彼女を陥落させてしまったに違いない!!

だがそれでも、やっぱりキラは優しいままのキラなのだからと、彼を嫌いになれない己が忌々しくも誇らしい。


しかし何故だろうか。ここに来てやけにキラとの双子としての繋がりが強まった気がするのだ。

だって「カガリ、ミーア・キャンベル捕獲成功したよ。・・・・・・フッ、チョロイね・・・。」と、脳に直接声を掛けられたのである。

レイと踊りながら、カガリはちらりと先ほどから周囲の視線を集めている男女に視線を送る。

そこには実に絵になる二人が、親密そうに肩を寄せながらダンスから離脱していった。

そして先ほどのアレが幻聴でなかったのだと確認してしまい、カガリは思わず「私は、私は・・・・!」と無意味に呟いてしまったのだった。




********




一方。

キラはミーアを室内に残し、議長と二人っきりでバルコニーにいた。


「早かったね。最後まで踊らなかったのかい?」

「はい。僕は議長に用があったので。」


ご気分は大丈夫ですか? と穏やかな微笑を浮かべてそう言ったキラに、議長の頬が僅かに弛緩する。

―――やはり先ほどのは彼の無邪気さから来た言葉だったのだ。

思わず彼がそう思ってしまっても、仕方が無いことだろう。


キラはやはり穏やかな笑いを浮かべたまま、静かに議長の隣に立つ。

議長も体の向きを変え、キラと正面から対峙する。


議長の目から見ても、キラはやはり美しかった。

容姿の美しさだけではない。その気高く強い精神が、何よりも美しい。

そう思いながら、彼は僅かに陶然とした笑みを浮かべてキラのすべらかな頬に触る。

キラはそれを相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま甘受し、それに気をよくした議長は、少々早急かもしれないと思いながらも言葉を紡いだのだ。


「私の下へ来ないかね・・・・? 出来る限り優遇しよう。」


それは、遠回りにラクスを裏切れと言っているとも同じ。

キラはふ、と笑った後、穏やかに笑ったまま答える。


「遠慮しておきます。僕は貴方を信用してませんし、貴方の下で働くなんて以ての外です。」


そしてもう一度、フッ! と笑う。

・・・・・・・・・そう、ふ、ではなく、フッ! と。

・・・・・・・・・・・・・・この微妙なニュアンスの違いがわかるだろうか。


言葉の途中から、キラは自分の上に乗っていた数十匹の猫を一枚一枚はがしながら、姉に魔王オーラと言われてしまった空気を徐々にかもし出していく。

無論周りに自分達を見る目がない分、キラが遠慮する必要など無い。

そしてその変わり行くキラの気配にやや呆然としている議長を、キラは鼻で笑ったのだ。


「・・・・・・・・・何か?」


未だ呆然としている議長を見下しながら(身長の差とてキラの前では無意味となる)、キラは侮蔑の笑みを唇に刷いて言った。

議長はキラのそのオーラに飲み込まれそうになりながらも、周りくどいことを言っていたら自分の神経が持たなくなる、と判断し、まず最初に最後の手を使うことに決めたのだった。


「フリ「フリーダムの修復なんて不要です。どうやらもう戦闘の心配もなさそうですし。」

ストライクフリーダムもすでにあるしね、と内心で呟くキラの声が、議長に伝わるはずもなく。

全てどころか三文字も言う前に遮られた上先手を取られてしまい、議長は出鼻をくじかれた思いだが、ぶっちゃけそれよりも恐ろしさが先に立った。


それほど、キラのオーラは尋常ではなかったのだ。もはや殺気と言っても良いほどの気を感じ、軍人でもない議長は思わず後ずさってしまったほど。


しかしキラはそれを相変わらず穏やかな顔で見て―――無論その目は氷よりも冷たい光を放っている―――言ったのだった。


「・・・他には?」


しかもどうやら完璧に猫を脱ぎ捨ててしまったらしい。何と言ったって、この不遜極まりない口調で、いかにも「仕方ないから聞いてやるよ。言ってみろ、聞くだけ聞いてやらないこともない。」とでも言いたげな態度なのだ。

ちなみに、ここまで来ても未だ自分の頬から離れない手がいい加減我慢ならなくなってきたので、キラは勢い良く議長の手を払った。

悲しいかな、その酷い扱いと、先ほどまでの綺麗で穏やかで儚くて素直でぶっちゃけ簡単に手玉に出来るかもしれないと考えていた青年の変貌に、議長はらしくも無く呆然と手を払われた状態のまま固まってしまう。


キラはその様子にまた鼻で笑い、それからダンスの曲が終わったことに気付く。

ダンスが終わったと言うことは、カガリもレイも戻ってくる。

元からそう長く居座るつもりは無かった上、レイが来たら議長も冷静さを取り戻してしまいそうだと判断したキラは、早く話をつけてしまおうと決断したのだった。


本当は思いっきり髪を引っ張って500円ハゲを作ってあげたかったのだが、流石にそんなことをしたら後で問題になりそうなので、優雅な仕草で肩を掴んで正気づけることにした。

勿論、その肩を掴む手に最高のコーディネイターとやらが持つ最大握力を付け加えることを忘れたりしない。

高らかにブォキィィ!! っと骨の鳴る音が聞こえたが、そんなことを気になどしようはずも無く。

確かに正気に戻りはしたが、脂汗を滲ませて顔をひくひく引きつらせている、年齢の割にふけて見えるロン毛の様子も気にしたりもしない。

とにかくキラはそんなモノ歯牙にもかけず、自分から議長に体を接近させて、彼の腹の辺りにそっと手を置き、耳元で囁くように言ったのである。


「いいですか、よぉく聞いてください。今度僕らの気に触るような事をなさったら、僕らは全力で貴方の行動の邪魔と阻止をさせていただきます。」


あぁ、なんて女王様な宣言をするんだ・・・と痛みで朦朧とする意識で議長は思ったが、懸命にも口に出すことはなかった。

そして彼は、礼服が汗で重くなったのを自覚すると同時に、更に続けて紡がれたキラの言葉に、今度は一気に汗のみならず血の気も引いてしまったのである。


「そして、もしそんなことになったら・・・・・」


キラは一旦そこで言葉を切り、議長の腹を意味ありげに一撫でした後、更に声を低くして言う。


「・・・最終的に貴方を襲撃して、一目のつかない場所に拉致って、目の粗いノコギリでぎ〜こぎ〜こ貴方の腹を裂いて、ペンチで貴方の腸を抉り出させていただきますね・・・・・。」


一言一言区切るように言って、最後には議長から体を離し、うっとりとした微笑を彼に見せ付けて。

その微笑が余りにも綺麗で、それがむしろ今言ったことは至って本気なのだと如実に語り。

もはやココまでくれば、議長は顔を真っ青にして体を硬直させ、「それでは、僕らはこの辺で」と微笑みながら言って去っていくキラを、呆然と見送るしかなかったのである。




********




ダンスが終わり、レイはカガリを本来のパートナーの元へ送ろうと手を引いたが、彼女はそっとそれを拒んで言う。


「すまない、私は手洗いに行ってくる。ダンスの相手、ありがとう。」


そう言われてしまえば、男性であるレイは彼女に付いて行くわけにも行かず。

彼は対して疑問に思うことも無く、カガリと別れたのだった。




********




会場に戻り、キラは穏やかに微笑みながら、一人居心地悪そうに立っている少女の元へと向かった。


「行こうか。」


そう言ってミーアの手を優しく握り、出口へと向かって歩き出す。

お互い本来のパートナーを置いて会場を出、何処へ行くのかと好奇の視線が彼らに突き刺さるが、今更気にはしない。


キラはこうして、易々とミーアを伴なって会場を後にしたのだった。



それからゆっくりと歩き、しばらく経つとカガリが追いついた。


「キラっ! 私は、私は・・・・・! まだ人間でいたいんだ!!」

「何言ってるの。双子の神秘だって。・・・・・・・ホントは嬉しいくせに・・・・。」


やはり突如脳内に聞こえた声により単身会場を出たカガリは、その「神秘」とやらが一度や二度の偶然では無い事を確信し、キラにそう言ったが、返された言葉もまた事実。

確かに、カガリは心のどこかでキラとの繋がりが深まったらしいことを喜んでいる。

思わず言葉に詰まってしまったカガリに苦笑し、キラは彼女と彼らの会話に不思議そうな顔をしているミーアを交互に見、言ったのだった。


「急ごうか。マスコミの目に触れないルート、イザーク達が確保してくれてるはずだよ。」


―――――――――こうして、オーブ代表首長及びフリーダムガンダムのパイロットによるプラント訪問は幕を閉じたのだった。







―――――おまけ―――――


「拘束しなかったのですか。」


カガリのみならず、いつの間にかキラとそしてミーアまでもが居なくなっていたことに気付いたレイは、議長を探し出してそう問うた。

バルコニーで一人佇む彼を疑問に思いながらも、レイはしばらく与えられない答えを無言で待つ。

すると議長は数分後、辛うじてレイに届く声量で、本当に小さく答えたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私には無理だ。」

彼の手綱なんぞ手に負えん。そう、何だか一気に年を食ったように見える議長に、レイはなんとなくポン、と音を立ててを叩いてやったのだった。


・・・・憐れ、レイに叩かれた方の肩は、先ほどまでキラが掴んでいた方の肩で。

議長は声にならない叫びを発しながら、なんとか倒れないように気力を振り絞る羽目となったのである。




(あとがき)
キラ、完全に悪役でしたね・・・・。

そして当サイト初登場、ミーアさん。

む、無理やり感が出てしまった気が・・・・・!

 



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