「は、ははははははははは・・・・・・・・」


気が付いたら、ずぶ濡れになって沢山のごついおっさん達に囲まれていました。

笑って誤魔化してみましたが、正直言ってこの現状、非常に怖いです。

もっと正直に言うと、服が水を吸って重い上、妙に透けています。とても恥ずかしいです。お願いですからおっさん達よ、そんなに見ないで下さい。

と言うか、不思議とあるはずのない膨らみが胸の辺りにあるのですが、これは何でしょう。

ちょっと気になって仕方が無かったので、はしたないと思いつつ触ってみました。

意外と弾力がありますが、柔らかいです。そしてそれが、二つあります。えぇ、胸のところに。

ついでに爪を立ててみたら、普通に痛かったです。つまりこれは、僕の一部という訳で。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


とりあえずその存在は見なかった事にします。そうです、気付かなかった事にしましょう。僕は何も見てない。見てない。見てない!


『・・・・・・・・・××××××××××?』


ん?


『・・・・・・・・・・・・・・・・××××××××××?』


んん?


『××××××××××? ××××? ・・・・・・××××××××・・・』


必死になって胸にくっ付いている二つの膨らみの存在を否定していると、何やら繰り返し同じ言葉を話し掛けられました。が、全く理解できません。


「・・・・ってどこの国だよ、ここ・・・・?」


キラ・ヤマト16歳。現在国際化によって言語が統一されているはずの世界で、何故か言葉の通じない場所にいます。


しかも何故か、全身びしょ濡れでおっさん達に囲まれて髪が伸びてて女体化して!!!


えぇそうですよ、あるはずの物が無くなって無い筈の物がある事にすでに気付いちゃってるんですよ! この妙にスケスケのネグリジェっぽい服のお陰で!!


こんなとき、僕はとりあえず叫びます。力一杯、お空に向かって叫ぶんです。


「助けてアスラーン!!!! ぬゎんなんじゃこりゃぁぁぁああああああああ!!!!」


遠い人工惑星に旅立った友人に、僕は久しぶりに心からSOSを送りました。



 ―1―




いきなり叫んだことによって驚き後退ったおっさん達の隙を見て、キラは一目散に駆け出した。

目的地なんて決めてない。そもそもどこに何があるのかさっぱりわかんないのだ。しかしあそこにいたままだったらまず間違いなく貞操の危機にさらされそうだったので、必死になって逃げ出した訳である。

何せあのおっさん達、浮かべている笑顔が妙に生理的嫌悪感を刺激して。ぶっちゃけ貞操の危機をこの十数年間で培ってきた直感が察知してしまったのだ。


(いくら僕でも、この格好がどれだけヤバイものか十分理解してるしね)


走りながらちらりと視線を下に向ければ、肌の色が透けて見える上、まろやかな身体の線が顕になっている自分の格好が見えた。

実感がまだ湧いていないので蹲って身を隠したり赤面するほど恥ずかしいとは思わないが、客観的に見て今自分はかなり危ない格好をしている自覚はある。自覚はあるが、背に腹は返られないので、全力疾走で逃げている真っ最中だ。


(でもこんな姿で街道に出たら、まず間違いなく変質者扱いされるよな・・・・)


ちなみに現在地は、ジャングルのように色々な植物が無秩序に並ぶ森の中。例え近くに人がいても、生い茂る木々のと植物のお陰でキラの姿は見えないだろう。よって未だに人の目を気にせず走っていられるのだ。

とりあえず服が乾くまではこの森の中を彷徨い続けるか・・・と思っていた所で、ふと気が付けばおっさん達の気配は遥か遠くまで遠ざかっていた。多分もう、自分の姿を完全に見失っている事だろう。

そう判断して徐々に減速していき、キラは少しだけ荒くなった息を整えながら立ち止まる。今の状況――大して息の上がっていない自分と遠く引き離されたおっさん達――からして、女体化したと言っても、体力や運動能力は大して変わっていないようだ。

そのことに安堵して、次に現状を把握しようと周囲を見渡した。

しかし見えるのは、感覚がおかしくなりそうなほど生い茂った木々と植物だけ。動物の気配もそこかしこにある。

かなりの距離を走ったが一向に果てが見えないことも考えると、かなり広い森に分類されるだろう。

ちなみに先程まで彼がいたのは、小さいが綺麗な泉の淵だった。整えられてはいたが、明らかに人工物ではない、本物の泉。


だが、その決して人工的でない風景が、逆にキラの違和感を刺激していた。

何故ならば彼の知るコズミック・イラの時代では、どこの国々でも一度は過度の伐採によって森を失い、新しく作り直した人工の森が大半を占めていたはずだから。泉なんて物も、とうの昔に枯れ果てている。

人工の森、つまり効率よく木々を育てるために、どこかそれらは綺麗過ぎた配置を持っていた。だが今いる森はそうではなく、完全に無秩序に植物が生えているのだ。

よってこのような自然の森などバーチャルの世界でしか知らないキラにとって、そこは異様なものでしかない。


・・・身体は女体化し、言葉も通じなければ、森は不自然なほど自然のままの姿を保ち、尚且つ今更だが先程周りを囲んでいたおっさん達の洋服も異様過ぎた。なんと麻製の腰布一枚だったのだ。


そんな事をつらつらと考察していたら、ふとありえない疑問が頭に浮かんだ。


(ここは、本当に―――・・・)

―――――――僕の知る世界なのだろうか・・・


ありえないはずの仮定に愕然としていると、不意に遠くの方から獣のうめき声のような音が聞こえてきたのである。それだけではない、小さな子供の叫び声も。

そう認識するや否や、考えても答えなど出ない疑問など捨て置き、キラの足は声のした方向へ駆け出していたのだった。



+++++



「うぅ・・・・・、兄上ーーーーーー!!!」


血の滲む腕を抑えながら走りつつ、自分を追ってきているだろう兄を必死で呼ぶ。

けれど答える声はなく、その代わり獣の浅い息遣いが耳を打った。


「兄上ーーーーーー!!!」


恐怖で咽が引きつりかけるが、おざなりの理性を総動員して叫び続ける。その行為によって獣に自分の場所が知られてしまうが、元から逃げられるとは思っていなかったので躊躇う事は無い。

あの優しい兄ならば、何だかんだ言いつつ必ずや自分を追って来ている。それだけの希望が、今彼の足を動かしていた。


「あにう、っ・・・・!」


しかし気が付けば、既にその脅威に回り込まれていたのだ。走る足を止めて恐怖に引きつった彼が見たのは、毛皮だけでも滅多にお目にかかれないほど見事な毛並みを持つ、大きな純白の虎。

それは獲物の存在に明らかに興奮していた。少しでも動けばすぐさま襲い掛かられそうだと直感し、走り続けていたせいか、それともその雄々しい姿に怖気付いてか、どうしても荒くなってしまう息が我ながら情けない。

もう少し自分が成長していれば、兄ほどの武芸の腕を持っていれば、こんな風に無様に逃げず立ち向かえたのに、と。大人と比べてしまえばどうしても短く細いこの手足では、目の前の巨躯を倒すなど到底不可能だとわかっているからこそ、そう強く思わずにはいられなかった。


(くそっ・・・・・・!!!)


内心で盛大に舌打ちを鳴らし、虎の目を真っ向から受け止める。そうでもしていないと、次に何が起こるか予想できないから逆に恐ろしかった。


(兄上・・・・・・!)


遠征に無理やり付いていった挙句、急に陣営から飛び出して森の中に入っていた事を心から兄に謝罪しながら、彼の早い到着を願う。

その間も、一瞬たりとも虎から視線を外すことはない。虎の方もこちらの出方を探っているのか、なかなか次の行動に出ようとはしなかった。

だがその事に安堵した次の瞬間、気が緩んだのを察したのか虎が勢い良く足を踏み出したのだ。

当然その先にいるのは、紛れも無く自分自身。

速い、避けられない! 思わずそう絶望的な判断をしてしまった、次の瞬間。


「小さいアスラン!? と、何でホワイトタイガー!!?


という女性の叫び声が聞こえて、不意を突かれた虎の注意がそちらに逸れたのである。チャンスだと思い直ぐに身を翻して距離を取ったが、今度は女性の方が危険に陥ってしまったではないか。


「ぁ・・・・・、逃げろ!!」
「へ?」


慌てて逃げるよう言うが、完全にターゲットを切り替えてしまったらしい虎は、既にそちらの方へ襲い掛かろうと再び跳躍していたのだった。


その先に何が起こるのか、アスランには容易に予想出来てしまった。虎に圧し掛かれるか爪の一閃で切り裂かれるか、どちらにしろ自分の精神を守る為には、すぐさま女性から目を逸らさなければいけなかったはずなのに、予想外の出来事に反応出来ない。

しかし、固まるアスランを他所に事は驚くべき展開を迎えていたのである。


「うわぁ本物の虎だ、綺麗だな・・・・! ・・・でも、」


予想では、この後無残にも引き裂かれ食われる女性という、おぞましい光景が広がるはずだった。

なのに、


「・・・・人を傷つけるのはいけないよ?」


という言葉を言い終えた頃には、重々しい音を立てて倒れ伏しているのは、真っ白な巨躯を持つ虎の方だったのだ。


「な・・・・・!?」


彼女は虎の腹に見事に食い込んでいる足を無造作に抜くと、女性の――しかも細くて儚げな容姿を持つ少女――による一撃で虎が沈んだ事に呆然としていたアスランに、素早く近づいて来きた。

その時になって漸く、彼は彼女のかなり際どい格好に気付いたが、視線を逸らす間もなく接近されて抱きつかれてしまう。


「あぁ小さいアスラン、大丈夫!?」


そしてすぐさま身体を離され、心配そうに覗き込んできたのだ。彼女はアスランの背に合わせて膝をついているので、自然とそのような格好になってしまったのである。


「でもなんでアスランは小さくなってるの? 10歳近く若返ってるんじゃない? デコの範囲は既に広めだけど」


矢継ぎ早に言葉を発しつつも、手際よく自分の纏う濡れた衣類を絞って切り裂き、血が滲むアスランの腕に巻いてくれた。


「あ、ありがとう・・・・」


その行為に素直に感謝しつつ、お返しにびしょ濡れの彼女をマントで包んでやる。子供用だが肩にかけるタイプではなく巻くタイプだったから、小柄な少女を包むには丁度よかった。

すると彼女は小春日和のように温かく優しい笑顔を浮かべて、こう呟いたのだった。


「ありがとう、・・・・・・・・・・・・君は誰? 僕の知るアスランじゃないね?」





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