僕は機械工学、というか手を動かして何かを作るのが苦手だ。

でもそれはアスラン曰く、ただ単に「やろうとしないだけ」らしい。

本気を出しさえすれば、そんなもの簡単にこなせると。彼はいつも呆れながらそう言っていた。


僕は、アスランのその言葉を否定したことはない。

何故ならばそれは確かに事実だから、ね。


自慢じゃないけど、確かに僕はやろうと思えば何でもできてしまう。

でもそれを表に出しては、他からの顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまう事を幼いながらもよく理解していたから。

当のアスランがいい例だ。何でも出来てしまうから、同世代の人間からはどうしても敬遠されてしまう。

流石というか世渡りが上手だからまだよかったけど、それでも彼に友人と言える友人が、僕一人しかいないって事は知っていた。


――――――だからこそアスランは、僕にあんなに・・・・執着したんだよね。


って、今はそんな事関係ないか。

問題はアレだ。何でもできる、イコールまぁそれなりに頭の回転早い、って訳。

でも、だからいきなり異国の言葉を話せたの!? なんて聞かれたら、それの答えはNOだ。僕はそんなスーパー人間じゃない。


要は状況を把握できるだけの脳みそと冷静さがあれば十分な話でさ。さっき僕はただ単に、アスランが言った言葉を復唱しただけなんだ。

そもそもある程度シチュエーションとパターンを総合して考えれば、相手が何を言っているのか、大体分かるものでしょ?

僕がさっきラクスさんに対してこちらの言葉でお礼と謝罪を言えたのは、そんな風にアスランの言動を“シチュエーションとパターンを総合して”考えた結果。

傷の手当てをした後微笑んで言われる言葉は、大抵感謝の言葉だろうし。怒った顔の相手に上ずった声で繰り返し発するのは、謝罪の言葉だろう、ってな具合に。

かなりアバウトなこじ付けだという自覚はあるけど、多分間違ってない。勘も働かせた事だしね。


そんな事を笑顔の裏で思っていると、突如がくり、と膝が揺れた。


「!?」


そのまま呆然と地面に膝を付き、四つん這いになる。膝どころじゃないよ、全身から力が抜けていってるんだ!


「な、何・・・・・!?」


体中ががぶるぶると小刻みに震える。・・・痙攣だ。

でも痙攣なんて初めてなった。冗談じゃない、いったい何だって言うんだよ!?

そうやって顔をしかめて内心で悪態を付いている間にも、体からはどんどん力が抜けてって、痙攣が激しくなっていく。

苦しくは無いけど、自分の体に何が起こっているのかがさっぱりわからないから、とてつもなく恐ろしい。


女体化、おっさん達との追いかけっこ、ホワイトタイガーとの格闘、変態プレイの跡(ぉい)、今度はいったい何!? もういい加減にしてくれよ!!



 ― 5 ―




ラクスは今自分の目の前で起こっている事が把握できず、しばらく呆然としてしまっていた。

異国の者と思わしき少女が、自分達の言葉でしゃべって。

得意げに笑ったと思ったら、突如ラクスの体を避けるように前に倒れこんで来たのだ。

最初は足、次に腕、そして全身。まるで操り人形の糸が、その順番に切れていったかのように。始めは四つん這いの格好で膠着していたが、それさえも保てなくなったのか、最後には完全に体を地面に横たえてしまっていた。


そこでラクスは漸く我に返り、慌てて少女の体を抱き起こす。触れたマント越しの細い体からは小刻みな振動が伝わって来て、震えているのかと瞠目した。

震えている、確かにそうだろう。しかしこれは寒さゆえのそれではなく、まるで全身の筋肉が悲鳴を上げているような、どこか危機感さえも抱いてしまうような振動。

尋常ではないそれに何が起こっているのかわからずに少女の顔を見れば、彼女自身も何が何だかわからないらしく、呆然と、そして顔を真っ青にしながら見つめ返してきたのだ。


「キラ、どうしたのです!?」


マントからはみ出す白い手を掴み、大きな声でそう問うても、聞こえないのか、それとも反応できないのか。少女から返事が返ってくる事はない。

彼女はただ体を痙攣させ、驚愕と、若干の恐怖を乗せた瞳でこちらを見るだけ。

その瞳がこちらに助けを求めているように思え、ラクスは何も出来ない自分に歯噛みした。


「キラ、しっかりなさい! 今医師の所へ連れて行きますから!!」


そう言って抱き上げると、少女のふっくらとした唇が僅かに動く。その動きの拙さと忙しなく揺れる長い睫毛が、まるで今すぐ少女が霞となって消えてしまいそうな幻想を抱かせた。

思わずラクスのキラを抱く腕に力が篭る。先ほどよりも更に儚い彼女に、得体の知れない恐怖まで湧き出てきたのだ。


『ら く す・・・・・』


恐怖故に彼の顔が強張ったのに気付いたのか、そう声もなく彼の名を呼んだキラが、徐にふんわりと笑った。子供をあやす母親のようなそれに、ラクスは知らず息を呑み、少女を抱く腕の力も増す。

しかし彼女はそれに痛がる事も無く、ついに魂と体をつなぐ糸さえも切れてしまったかのように気を失ったのだった。


「・・・・・・・・・・っ、あ、兄上・・・!」


遅れて今漸く我に返ったのか、引きつった声でアスランがラクスを呼ぶ。しかし彼は弟の声も、その時耳に入っていなかった。

頭を占めるのは、自分の方こそ辛いはずなのに、ラクスを優先した少女の笑顔。否、儚いながらもどこか強さを感じさせる、キラという少女の存在自体が。


―――どうしようもなく、愛おしく思えて。


しかし彼はその感情を理解すると同時に、はっと我に返った。今はこんな事をしている場合ではないのだ。


「要塞に運びましょう」


心配そうにこちらを見るアスランにそう告げ。ラクスは腕の中の少女を大事そうに抱きかかえつつ、医師の待つ要塞へと引き返したのだった。



+++++



基本的淡白な兄が恋をしたらしい。アスランはお茶をずずと飲みながら、ベットに横たわる少女を見下ろした。

彼女は滑らかで象牙色の肌と褐色の長い髪を持ち、歳は兄よりも一つ二つ年下な位か。出合った頃と違い赤みの差した頬や唇がどこか艶めかしい。

だがあの兄ならばもっと艶めかしい女性を知っているはずだ、何故会って間もない異国の少女に懸想など。

ぷく、と子供らしく頬を膨らませたアスランは、徐にベットからはみ出すキラの手を取った。しかしその仕種はどこか恐る恐るといった感じで、兄が懸想する少女に対しての不満などまるで見られない。

そう、アスランは別に、キラに不満がある訳ではないのだ。むしろ不満があるのは、兄に対してで。


アスランとて出合ったばかりではあるが、既にキラに対して親愛のような感情を抱いていた。何せ彼女は打算も偽りも見られない仕種で、アスランの身を一身に案じてくれたのだから。

なのに絶対仲良くなりたいと近づけば兄の妨害が入る・・・と思う。あの人は心が狭いんだか広いんだかよくわからないが、自分達兄弟は皆独占欲がかなり強いと言われているから、その可能性は高い。

つまりアスランだってキラを独占したいので、それを妨害するだろう兄が邪魔なのである。こんなこと真っ向から言ったら確実にイイ笑顔でのお仕置きが待っているから寝言でも言えないが、懸想するなら他の人にして欲しかったというのが本心だ。


「あラ? 3番目の王子様もこノ子をお嫁サンに欲しイの?」


そんな事をぶつぶつ呟いていると、いつの間にかキラの世話をしてくれているアイシャという女性がアスランの横に立っていた。気配を感じなかった云々はともかく、そのにんまりとした顔を止めて欲しい。


ところで現在、アスランとキラはラクスが言った通り最寄の要塞で世話になっていた。

ラクスは一緒ではない。そもそも彼は本来国境付近で大規模な盗賊集団が出たとかで、それを討伐するため王都から軍を率いて遠征に出ていたのだ。

それに無理やりアスランが付いていき、しかし途中で逸(はぐ)れてそれをラクスが追い。その間ラクスの率いていた軍は前進させていたので、大将たる彼はキラとアスランを要塞に送るや否や、すぐに陣営に戻らざるを得なかったと言う訳だ。


ちなみにキラを腕に抱きかかえ、必死の形相で「医師を!!」と叫びながら要塞入りし、陣営に戻る際には切なそうな顔で気を失った彼女の頬に触れたラクスを見たアイシャは、らしくない彼をこう判断していた。


『1番目の王子様は、こノ子をお嫁サンに欲しイのネ』


それを聞き、アスランは漸くラクスのキラに対する感情が、ただの好意から発展していた事を知ったのだった。


「・・・・・・違うよ。僕はそう・・・・・・・何て言うか」


アスランはにんまり顔のアイシャを嫌そうに見てから、キラに対する感情について改めて考えてみた。そう、この感情は兄とは違い、恋情ではない。むしろ似て異なる・・・、


そこまで思い至って、アスランは何だか情けなくなって口を噤んだ。そのバツの悪そうな彼の様子に気付いたアイシャは、にんまり顔を更に深くして彼の顔を覗き込む。


「ははん。ナルホド、お嫁サンじゃぁ無クて“お母サン”に欲しイのネ」


図星だった。アスランは瞬時に顔を真っ赤に染め、否定の言葉を出そうと口を開く。


「あ、アイシャ! 僕は、」
「なぁに、照レちゃっテ。貴方まだ8歳でショウ? お母サンを欲しがルのは当然だワ」


しかし異国の女性は強かった。言葉の語呂が少ないせいなのかそれとも性格故か、ズバズバと痛い所(?)を突いて来る彼女には最早頭が上がらない。

それにどうしたってその事実を否定する事はできないのだ。アスランは自分が生まれると同時に母親を亡くしていた。残されたのは自分に関心の無い父と、一線を引いた女官たち、そして二人の兄。

しかし歳の離れた兄二人は勉学やら鍛錬やら仕事やらで忙しく、できる限り時間を割いてはくれていたが、そうそう会う事はできなかくて。父は自分に関心もないのか、会いに来る事もない。

故にアスランを育てたのは、残った乳母と女官達だった。だが乳母は厳しく女官はつれない。そんな所に来たのが、隠しもせず彼を庇護しようとしてくれた少女で。

会ってまだ一日と経っていないが、色々とインパクトが強すぎてそんな事関係なかった。とにかく虎から自分を守ってくれた彼女が、兄に怒られる自分を慰めてくれた彼女が、母親という心地よさを教えてくれたように思える。


そんな事を考え、顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまったアスランを微笑ましそうに見ていたアイシャは、徐に彼が先ほどから握り締めている方とは逆の方の少女の手を取り、脈を確認した。

アスランは彼女のその仕種にいつの間にか俯かせていた顔を上げ、心配そうに口を開いたのだった。


「何か、変わりは?」
「無いワ。脈も正常、呼吸も正常、痙攣も起こってナイ」


キラが倒れた原因は謎だった。痙攣も、何によるものなのかまだよくわかっていない。キラがこの要塞に運び込まれてから半日以上が経つが、未だに彼女が目覚めない理由さえも、謎のまま。

思わずアスランが子供らしからぬ深いため息を吐くと、突如自分が握るばかりだった手に、痛い程の力が加えられた。


「キラ!?」


驚いて反射的に握り返すと、少女の長い睫毛がピクリと動く。きっと覚醒の予兆だろう。





(あとがき)
アスランはキラに恋愛感情は抱いていません。今 の と こ ろ は。
ちなみにこの話、概ねこんな感じです。キラ総受け。他の長編のようにあやふやな受けではなく、はっきりとした恋愛感情が絡みます。





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