縄。縄の跡。両手首と、足首に。


けれど手足をそれぞれくっ付けた時、ちょうど肌が重なるところには何の跡もない。つまり、その状態で縛られていたと言う訳で。

あからさまに言えば、これは明らかに、両手足を拘束した跡だった。


・・・・・・・・・・・もしかしてこれって、その・・・・・・え、えすえむの跡?

いやいやいや、僕そういう趣味無いんだけど!!? 何せ目が覚めた時一番最初に見たのが屈強なおっさん達と際どい格好の自分だったからね! 思わずそんな方向に思考がいっちまったんですよ!!


・・・というか、余程長く縛られていたのかな、みみず腫れが凄い痛そう。いや、実際はあんまり痛くないんだけど。

ってか実感がまだ湧かないんだよね。僕華奢だ痩躯だって散々言われてきたけど、実の所割とムキムキだったし。比べてみれば確かに手も女の子よりは大きかったし、手首だって太かったんだよ。

でも今視界の中で暢気にグーパー運動をしている両手は、記憶にあるよりもずっと小さくて、細い。縄の跡が痛々しい手首や足も同様で。

だからやっぱり自分の身体から繋がるそれらを見ても、これって本当に僕の身体? って、どうしても思っちゃうんだ。


さっきは思わず下着脱がされた女子高生の気分を味わってしまったけど、あれは例え男の身体のまんまでも同じ行動するだろうし。・・・・・多分。

まぁ漸く裸にひん剥かれりゃ流石に恥ずかしがる位は、これはもう自分の身体なんだと認知し始めている。

けど今問題なのは手首だし。身体から離れているからかな、縄の跡がついてる細い手首が、他人事のように見えるんだ。

だから手のひらを返したりして観察してしまっても、仕方がないことだと思う。


――――でも、これって何を意味してるんだ?

僕はさっき目を覚ましたばかりで、その時既に手足は自由だった。ならそれ以前に縛られてたって事だよね。

けど僕は縛られた記憶なんてないし、必然的に眠っている間に縛られてこんな所に連れて来られたってことになる。


いったい何の為に、誰が。


「・・・・ラ・・・・、キラ!」
「え?」


いけない、自分の思考に沈んでたみたいだ。ラクスさんとアスランが凄く心配そうな顔で覗き込んでいる。って言ってもラクスさんは顔半分隠れてるから、雰囲気とか声とかでそう思っただけだど。


「・・・・・・・ごめん、何かぼーっとしてた」


何を言ったのか伝わるとは思わないけど、とにかく大丈夫であることをアピールしてみた。すると心配そうな雰囲気を漂わせたままでも納得してくれたらしく、大人しく引いてくれる。こういう所は大人っぽいね、ラクスさん。この人いったい幾つなんだろう?



―4―




自分の手足がどのようになっていたのか、自覚がなかったのだろう。まるで他人事のように手足を眺めては動かしてみたりする彼女の姿は、酷く幼く、それ故に儚い。

思わず今にも消えてしまいそうだと思ってしまい、不安になった。


「キラ? ・・・・・・キラ。・・・・・・キラ・・・・、キラ!」


声を掛けてみても、反応が返ってこない。それがよりいっそうラクスを不安にさせ、思わず最後は怒鳴り声になってしまった。しかし彼女はそれに怯えるでもなく、ただ自分の行動を誤魔化すように笑うだけ。

怯えさせずに済んだのはいいが、その反応すらもラクスの不安を掻き立てる。無意識なのだろうか、顔は笑っているのに、指先が震えてるのだ。

ラクスの剣幕に対してではなく、まるで得体の知れない恐怖に晒されているかのような、そんな風に。


(――――――何て、儚い)


キラのその姿は、庇護欲をそそるとか、その程度の物ではなかった。もっと強い、強引な感情。不安を押し隠すように、今度はその不確かで強い感情が沸き起こって来たのだ。


「・・・・・・・・・・・・・お持ち帰り、したいかも・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・兄上ぇぇぇえええ!!!!?」


ぼそりと呟いたつもりが、アスランには聞こえてしまっていたらしい。数秒の静寂の後、怒り心頭、と言った感じでアスランが叫びだした。元気だなぁと思う反面、何やら余計な解釈をしているのではないかと呆れてしまう。


「・・・・・・・・・この馬鹿マセ餓鬼が」


“そういう意味”じゃなく、ただ単に連れて帰りたい、と思っただけだ。連れて帰って、手元で保護して、離したくないと。本当に誓ってそれだけ。・・・まぁちょっと苛めてみたいと思わないでもないけど。

そんな事を思いつつも何度目かもわからないアスランに対する評価(?)を下すと、一瞬の間が置かれた後、再び叫びだす愚弟が一人。


「ああぁぁああ兄上のキャラがぶっ壊れたーーーー!!! 丁寧口調はどこいったーーーーーー!!?」


お前のキャラも十分壊れてるよ、と今度は内心だけで突っ込みつつ、ラクスは十近く年の離れた愚弟を視界から早々にシャットダウンする事に決める。

そして一転して不信そうな視線をラクスとアスラン両方に向けているキラに笑いかけ、一歩彼女に近づきながら言ったのだ。


「大丈夫です。あなたは一人ではない」


更に近づき、その細い肩をそっと抱きしめる。今はとにかく、彼女を安心させたかった。



+++++



安心する。キラがラクスに抱きしめられてまず思ったのは、そんな事だった。

無意識にほっと息を吐いて、もっとこの温もりが欲しいと厚い背中に手を回す。


不思議だった。何故こんな初対面の、しかもセクハラをしやがった正体不明の男に対し、これほどの安心感を抱けるのか。

しかし気が付けば誤魔化しきれなかった小さな震えは止まっていて、キラは少しだけ泣きそうになってしまった。震えの代わりにあえて無視をしていた不安が、前面に出てきてしまったようだ。


何せラクスは(たぶん根が)優しいし、アスランのあしらい方などを見る限りかなり頼り概がありそうだからか、ついつい甘えたくなってしまう。泣いたって仕方がないってわかっているのに、それでも甘えてしまって。


「・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・」
「キラ・・・・・・・・・、泣いていいのですよ」


何を言っているのか、わからない。わからないけど、甘やかしてくれていることはわかる。

けれど歯を食いしばって耐えていると、ラクスの腕の力が強くなって、密着度が増した。比例して安心感も先程よりずっと心に深く広がっていったのだった。


泣いてはいけないと、思っていたのに。気付けばどんどん涙が溢れていって、ラクスの着る服が濡れていく。

それを見るのが嫌で、初対面の人間に弱さを見せるのはもっと嫌で。無意味だとわかりながらも誤魔化すように口を開いた。


「気付いたら女になってるし、体はびしょびしょだし。周りは知らない人だらけで、ここも何処だかわかんないし。言葉も通じないし。何なんだよここ、僕はどうすればいいんだよ・・・・!?」


ラクスもアスランも、自分の言葉が分からないと知っているからこそ心の内を吐き出す。こんな事態になって上辺以外まで冷静を保てるほど、キラは大人ではないのだ。


「アスランはちっこいし。顔隠した男に下着みたいの脱がされるし。セクハラされたし。抱きしめられてるし」


しかしそこまで涙ながらにぶつぶつと呟いて、ふと正気に戻る。


「・・・・・・・・『抱きしめられてるし』・・・・・・・・・・・・・・・?」


誰が、誰に。

――――女の身となった自分が、顔半分を隠しセクハラをかましやがった男に。

現在進行形で、ぎゅ〜っっっと、ぴったりフィットとかしちゃって。


キラはそう理解した瞬間、一瞬で頭の中が真っ白になった。

そして、無意識に。

手と足が凶器となって優しいが故に哀れな男に襲い掛かったのである。


「の、」
「はい?」
「・・・・・・NOーーーーーーーー!!! セクハラ反対!!!!」


サッヒュッドゴッドサッ兄上!!? え? 何? 何事!?


素敵な効果音を出して再び吹っ飛ばされた(ちなみにキラが慌ててラクスから距離を取った音→彼女の足が空気を切る音→それがラクスの横っ腹にクリーンヒットした音→ラクスが地面とこんにちはをした音→アスランの叫びの順である)ラクスを真っ赤な顔で見届けたキラは、あわわわわわわと意味不明に慌てふためきながら混乱の境地に立っていた。


(僕の馬鹿! セクハラ野郎相手に何安心して身を委ねたりしちゃって んの!!?)


呆然とするラクスの前で、キラはもんもんと悩み自分を責め続ける。手を無意味に動かしぐるぐる回ってみたり、しゃがみ込んでみたり、挙動不審以外の何物でもなかった。

しかしその挙動不審にも挫けない強者がいたのである。彼はしばらく目の前の挙動不審者を呆然と眺めた後、痛むわき腹を抑えてクスリと笑う。

混乱の中、キラは確かにその笑みを見た。口しか見えないが、彼が確かに楽しそうに笑ったのを、しっかり見てしまったのだ。

途端、彼女の挙動不振な行動がピタリと止まる。視線は笑うラクスを凝視したまま、さっと顔を青くして。

そして無意識に一歩後退りつつ思ったことは。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、まぞ・・・・?)


楽しんでる、この男紛れもなく蹴られて楽しんでるよ!! もしかしてあれですか、正式名称マゾヒストとか言う、痛めつけられて感じちゃうそれこそイタイ感じの人ですか!!?


実際はキラの挙動不審な行動があまりにも小動物めいていたので、和んだというか思わず顔の筋肉が緩んだだけで。しかもキラの視界の外ではアスランも同じような顔をしていたのだが。

キラは知ってはいけない何かを知ってしまったような気分になり、更に一歩後退り。

しかしそろそろ怪訝そうな顔をし始めたラクスを見て、はっと我に返った。


「・・・・・・・・・・・・・・駄目だ、これは差別だ・・・・」


思い込み、ここに極められたり。思い込み(だと知らず)に激しい自己嫌悪を感じたキラは、「これも含めてラクスさんなんだから・・・!」という訳のわからない弁解をして、彼を受け入れようとする。

無意味この上ないが、彼女は必死だ。そしてしばらく無言のまま考え込んだ結果、彼女がとった選択肢は・・・・・―――何も見なかった、という事。

そう、何も見ていない。見ていないからこそ、今まで通り。というかこれが一番楽な道。よし、見てない!!


意気込んだキラは突如華やいだ笑みを浮かべると、とことこ、と若干足早にラクスへ近づいていった。

一応彼は自分を慰めてくれたのだ。例えその前にセクハラをしやがったとしても、実はマゾ・・・いやいや、とにかく慰めてくれた事には変わりない。

だからこそ、キラは自分のせいで地面に座り込んでいる状態の彼にゆっくりと手を差し出したのだ。


そしてその行動と共に送るのは、相変わらずの笑みと、謝罪と感謝の言葉。


「ごめんなさい、ありがとう、ラクス」


尊称のつけ方がわからないから呼び捨てにしてしまったが、それは紛れもなく、彼女がこの地に来て初めて発した“こちらの言葉”であった。





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