アスランを追ってきたらしいラクスさんは、頭から薄いベールみたいのを被っていたけど、怪しいというより神秘的な感じがした。 顔全体は見えないけど淡く微笑む口元は見えてたからか、近くに寄られても警戒心は沸かなかったし。 何故か正面から髪を結い上げられた事にはまぁちょっと驚いたけど、嫌な感じはしなかった。むしろ目の前にある鎖骨が綺麗でちょっと見蕩れていたのは内緒だ。一応言っておくけど、別に僕は鎖骨フェチじゃないからね! でもまさか鎖骨に見蕩れていたなんて知られたくなかったから、殊更ゆっくり顔を上げてみたらあらびっくり。 顔、顔近っ!! ぼん、と音を立てて赤面しそうになったのを気力で抑えて(赤面症なんだよこれでも)、恥ずかしさ故に後ずさらなかったのを褒めてほしいね! そんなことを思いながらもじっとラクスさんの顔を見上げていたら、いつの間にか髪を結い終わったみたいだ。 ・・・・別にさぁ、妙に意識されても困るけど? こっちはめちゃくちゃ動揺してるのに向こうはこうも平然とされているのは、ちょっと癪と言うか何と言うか。 悔しかったから次何されても絶対動揺してやらない、と決意していたら、徐に肩を肌蹴られた。 ・・・・・・・・・・・って、え? しかもなんか肩から首筋にかけて撫でられたよ? あれちょっと待ってコレってセクシャル・ハラスメントとかいう奴じゃナイデスカ!? さわ、さわわって! アハハちょっとくすぐったいなぁ・・・って違う!! そういう問題じゃない!! っかあんた、無意識にやってないですかこれ? しかも辛うじて見える口元から微笑が消えてるのが怖いんだけど! ちょっと身の危険を感じて身体を強張らせて(何故か逃げようとまでは思わなかった)いたら、今度は何ですか!? 何する気ですか!? あれなんか肩から何かかが取れるような感触が・・・と思ったらズル、って何か引っ張られて素肌の胴体を滑ってったんだけど!! 嫌〜な予感がして下に視線を向けてみれば、手に持った長いマントと、足元に落ちたネグリジェもどき、そのネグリジェもどきに巻き込まれて一緒になってやや下にずれ、辛うじて身体を包んでる状態のアスランのマントと、そしてしゃがみこんだラクスさんが見えた。 ―――――しゃがみこんでキャミソールワンピタイプのネグリジェもどきをずり下げ脱がせた、顔半分隠した性別男で同い年くらいの人間が、しっかりばっちり見えてしまったのだ!! 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直ぐに立ち上がったラクスさんは、その後無言で僕の手にあったマントをアスランのマントの上から巻いてくれた後、少しだけ引きつった笑みを浮かべていた。 ゆっくり首を動かしてみれば、アスランが目を見開いて僕とラクスさんを交互に見てる。 何だか、妙な静寂がその場を襲った。 が、いつまでも無言で居てやれるような僕だとは、思うまい? 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ、ふふふふふ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他意はないんです・・・・」 何を言っているのかわからないが、何となくニュアンス的に言い訳を言っているように聞こえた。 わかってるよ、濡れた衣服纏って震えている僕に気付いてたんでしょ? わかってる、わかってるんだ。態々脱がしてくれたのも親切心からだってよ〜くわかってる。 けど、 「・・・・・・・・・・・・・・・何しやがるんじゃこのド変態がぁぁぁぁああああああ!!!!」 その言葉と共に強烈な蹴りをお見舞いしてしまった事を、どうか許していただきたい。 ―3― 「あんた天然だ絶対天然だむしろ天然でなかったらぶっ殺すぞこのクソ天然変態!!」 アスランは吹っ飛んだ兄を冷たい眼差しで見ていた。そして顔を真っ赤にしてしゃがみ、マントをぎゅっと握っているキラには同情の視線を送る。 女性の扱いには慣れているはずの兄が何故あのような暴挙に出たのかはまぁ想像に難くないが、あんな服でもとりあえず一番下に着ていた物だ。それを説明もせず(とりあえずしたけど伝わったとは思えない)あんな方法で脱がされればどんな女性だろうと悲鳴をあげるに決まっているではないか。 ちなみに、あれが悲鳴とと言うより雄叫びに近いものだったり、吹っ飛んだ兄が冗談でなく苦悶のうめきを上げているのは聞かなかった事にした。自業自得である。 「・・・・・・・・・・・ごめんね、キラ。兄上は時折ぶっ飛んだ行動をするんだ・・・」 「あ、貴方に言われたくありませんよアスラン・・・・・!」 トコトコ、と無邪気を装ってキラに近づき、頭を撫でてあげれば、泣きそうなのか悔しそうなのか笑いたいのかよくわからない表情を返された。勿論兄の言葉は綺麗に無視する。 しかしもしこの場に第三者がいたとすれば、「お前ら兄弟は皆時々奇妙な行動に出るんだよ」と突っ込んでいただろう。年々被害者は増えるばかりだ。 とは言え実際には第三者などその場に居ない上、キラにはアスランの弁解にもならない弁解が当然理解できなかったらしく、相変わらずラクスを真っ赤な顔で睨み続けている。 しかしやはりアスランが兄を同情することはない。何度も言うが自業自得だし、何よりも――苦笑の下で巧みに隠しているが――本人が楽しいんでるのだから。 そう、ラクスは紛れも無くキラの反応で楽しんでる。むしろ萌え萌えしてるというか、絶対可愛いなぁこの子とか思ってるはずなのだ! 「こんなに初心そうな娘で遊ばないでくださいよ兄上・・・・・・」 気に入ったのはわかるが、と子供らしからぬ内容をそうとキラに悟られないよう笑顔で言えば、ラクスは一瞬呆気にとられたように目を見開き、今度こそ本物の苦笑をした。 多分、彼はたった今会ったばかりの娘を気に入ってしまった事に、自覚が無かったのだろう。 アスランもそういった事に敏い方ではないのだが、あのような悪戯を兄は滅多にやらないので分かったのである。 だが、これは滅多にない反撃のチャンスではなかろうか。普段やられてばかりなんだから、と子供らしからぬ狡猾さで更に兄を批難する言葉を掛けようと張り切って息を吸う。 しかしいい所で、何とキラがアスランの口を塞いでしまったのだ。どうでも良いが息の吸いすぎで苦しい。鼻の穴まで塞がないでくれ。 ちょっと青くなりながらもキラに視線で訴えてみようとしたが、悲しいことに彼女はアスランの方を見ていない。だからと言って、ラクスの方を見ているでもない。 (・・・・・・・・・・・・・・何だ?) 彼女は何かを警戒しているのか、しきりに辺りを見渡していたのだ。 しかし近くに自分たち以外の気配がある訳でもなく、ラクスも彼女の行動に怪訝そうな顔をして近づいてきた。 そしてその兄はそろそろアスランの息の限界が近づいている事に気づいてくれたようで、そっと口を塞ぐキラの手に触れ、どかす様に促したのだ。 キラの白く細い手が外れた瞬間、アスランは新鮮な空気をゼーハー吸いながら、兄に心からの感謝の念を送った。 (ありがとう兄上、やっぱり大好きだよ!!) 思わずそんな事を思ってしまったのはご愛嬌。実はめちゃくちゃ苦しかったのだ。 ちなみに、現金な奴め、と言いたげな兄の視線はやっぱり綺麗に無視させていただこう。 +++++ 何か、嫌な気配がした。 背筋が凍るような視線。薄い微笑の気配。 (何だ、今の・・・・・) 見えないのに、すぐ近くにいたような。そしてそれは、自分一人に向けられていた気がする。 ぞっとしながらも大きな声を出そうとしたアスランの口を塞いだキラだったが、どうやら彼女の手は子供の小さな鼻と口の両方を塞いでしまうには十分だったようで。ラクスに促されて慌てて手をはずせば、小さな肩を大きく上下に揺らし、アスランが引きつった笑いを浮かべながら息を吸っていた。 「ごめんね、他意はないんだ!!」 諮らずとも先ほどのラクスと同じ言葉を吐いて、両手を合わせて謝罪する。しかし彼とは違い、本当に他意はないのが違いといえば違いか。 ちなみに、あぁなんかその困った顔も可愛いなぁとラクスに思われているとは、知ろうはずもない。むしろ知ってしまったらまた彼女の強力な蹴りが繰り出されるだろうから、ラクスの為にもその方がいいのだろう。例のごとくアスランにはバレバレだったが。 しかしそんなラクスだからこそ、気づいてしまった。彼女の小ぶりな顔の前まで上げられた手首の状態に。 「それは、どうしたんですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・?」 ラクスが声を発したことによって視線を彼に移したキラは、彼がまじめな顔をして自分の腕を指差している事に気づき、不思議に思いながらもそちらに視線をやってみる。 そして自分の手首の状態に、思わず言葉を失ってしまったのだ。 ―――――これは何だ。 今まで女体化の方ばかりに気を取られていたせいで、気付かなかったが。 男の身であった時より更に細くなった手首には、赤いみみず腫れのような縄目模様がくっきり浮かび上がっていたのだ。 まさかとは思うが、これは長時間縄で縛られていた形跡ではないだろうか。 言葉を失っているキラをどう思ったのか、ラクスが心配そうに肩に触れてきた。しかしそれに先ほどの事を思い出して手を振り払う余裕まど、今の彼女にはあるはずもない。 |
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