「海草海草海草・・・・・・・・・・・・」


憂鬱そうにそう繰り返し、ラクスは深々とため息をついた。

目の前には、本日の昼食が盛られている。盛られているが、これはいったい何の冗談なのか。


「三食海草オンリーだなんて・・・・・・」


別に海草は嫌いではないし、ダイエットにいいかもしれないが。流石にここまで来ると飽きてしまう。


「いったい何故こんな海尽くしにされているのでしょうか・・・・・」


周りを見渡せば、目に入るのは水族館も脱帽の水槽もどき。窓の外は海という構図。それから白い部屋を飾る、貝殻やら何やら。これは海マニアとかそういう域を越している気がする。

というか、何故誘拐されて海マニアな趣味を強制されなければならないのか。


「・・・・・・・このままじゃお魚さんになってしまいますわ・・・・」


そんな風に冗談にもならない冗談を言って、ちょっと笑ってみる。・・・・ありえないほど虚しい。


ラクスは、自分がどんどん情緒不安定になっていくのを自覚していた。

だからこそそれを誤魔化すように、一人虚しく言葉を重ねてみたが、気分は一向に浮上しない。

もういっそ、泣いてしまいたいと。何度そう思った事か。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・キラ・・・・・・・・・・っ」


早く会いたい、彼に会いたくて仕方が無い。

ラクスの切実な響きを持つ声は、無常にも白い壁に吸い込まるだけだった。


―――――誘拐されてから5日目の朝。今日もまた在るべき者が隣に居ない生活が始まる。



奪還屋「フリーダム」 1





カツカツというチョークが黒板に叩きつけられる音が、小一時間ほど鳴り続けていた。

その時間の担当教師は神経質さが売りの、ねずみっぽい顔の男。気に入らない事があればすぐネチネチといらぬ説教をするので、小言は食らいたくないとほとんどの者が真面目に授業に取り組んでいる。


しかし、やはり例外というモノはいたりして。


「・・・・・・・ヤマト、外に何かあるのか?」


ぴくぴくと米神を引きつらせている教師は、見るからに爆発一歩手前と言った感じだ。

と言うのも、問題の生徒は授業が始まってからずっと、窓の外だけを眺めて授業を聞いているのかいないのか。神経質故に軽くスルーも出来ず、こうして咎めの声を上げたのである。

しかし注意された本人は窓から視線を逸らしもせず、ぼんやりと答えたのだった。


「はい。何処までも続く空と、遠いビル群と、高速道路とちょっとの緑が見えます」


真面目に言っているのか、おちょくってるのか。いまいち理解できない。

クラスメート達は珍しいキラの反応に興味深げに振り向いて、その返事に更に苛立ちを深くした通称ねずみ教師と、あくまでも窓の外を見続ける美人の会話に耳を傾けてみる事にする。


「なるほど。それで、今は何の時間だったか覚えているのか?」
「確か数学の時間だったかと」


それまではクラスメートと同じく珍しいキラの様子を興味深げに見ていたアスランだったが、俄かに隣の席から漂い出した冷気に思わず身を震わせてしまった。


――――こ、れはヤバイ! これ以上刺激するな、ねずみ!!


冷気に気付くと同時にばっと教師を見て視線で訴えてみるが、完璧にキラに意識がいっている彼が気付く様子はない。

しかし妙に必死に教師へ向けて首を振っているアスランに気付いた数人が、何やら感付いたのかじり、と座ったまま後ずさった。野性的本能が働いたのだろう、賢明である。


だが肝心の教師が気付かなければ意味が無い。彼は顔をひくひくと引きつらせながら、黒板に書いた未回答の問題を指しながら言ったのだ。


「覚えているんだな。ならあの問題を解いてみなさい」


今日やったことの復習だから、と言いつつも、あれは先程当の本人が「次回の予習として、これを解いておけ」と言った問題ではなかったか。


「うわ、根性汚ない・・・・!」
「最低ー」


思わずと言った感じに零れたその他クラスメート達の呟きは、いっそ見事なほど無視された。

文句のざわめきが教室を満たしたが、それでもキラは窓から視線を移さない。ここまでくると、いっそ天晴れなほどの図太さである。

しかし逆に神経質すぎる教師の方は、怒り心頭、と言った感じについに声を張り上げたのだった。


「ヤマト!!」


途端に、痛いほどの静寂が教室を満たす。本気でキレてしまったらしい教師に多くのものが信じられないような目を向ける中、なんと更に信じられないような現象が彼らを襲ったのだ。


それは、どうって事ない些細な動作のはずだった。

ただ、彼が視線を窓から教師に移しただけで。


なのに、その瞬間教師は目を見開いて固まり、教室にいた者達は訳も分からず身を強張らせる羽目になった。


―――――これは誰だ。


アスランやイザークら武道の心得がある者達は、教室の空気がずんと重くなった事を感じ、その理由も察する事ができた。

口だけを笑みの形に歪め、底冷えする瞳で教師を見る彼から放たれているのは、紛れも無く純度の高い、―――殺気。


「キ、ラ・・・・・?」


呆然とアスランが呟けば、それが聞こえたのかキラが目を伏せて首を振る。何かを振り払うようにも、何でもない、と言っているようにも見えた。

そして数秒を置いた後、僅かな微笑を浮かべて言ったのだった。


「・・・・・(2√2+√5)x−3√5=0。チャイムが鳴りましたよ、先生」


直接殺気を向けられたねずみは、目を見開いたまま気絶していた。



*****



「やばいなぁ・・・・・・」


数学がちょうど四時間目だった事もあり、教師が気絶している事に気付いたキラは逃げるように教室を後にした。

そして職員室に行って「病院に言ってくる」という理由で堂々と早退し、現在出来るだけ人と会わない道を選んで学校敷地内から出ようとしている真っ最中だ。


人通りの少ない場所を選び足早に進みながら思うのは、やはり先程のらしくもない失態。

自分に何かあるとすぐに連絡がシーゲルに行ってしまう為、迷惑も心配も掛けたくないと思って学校に通い続けたのが悪かった。

聞いても意味の無い授業を聞き流している内に、やはり思考はラクスの事へ、そして思うように作業が進まない事への苛立ちがどんどん募っていったのだ。


苦し紛れに「窓のから見えるこの空を、ラクスも見てるんだろうな・・・」などとポエマーな事を考えて苛立ちを抑えようとしていたのに、当然だが全く収まらない苛立ちに更に苛立っていたところ、馬鹿なねずみが突っかかってきたのである。

タイミングが悪かったとしか言い様がないが、もう本当に限界が近い。


5日、5日だ。その間ラクスと会ってなければ声も聞けず触れることも出来ず。

たった5日と言う者も居よう。しかしキラにとって5日もの時間彼女との接点を一切経つ事は、既に拷問に等しい。


「ラクスが足らない・・・・」


冗談でなく心からそう呟き、未だ何の手がかりも掴めていないことにため息を吐いた。情報屋からも何の手がかりも入らないし、何の為の情報屋だと罵りたくなってくる。

更には今までやろうと思って出来なかったことが殆どないので、その分反動が激しいのもあった。苛立ちは募るし、そうと思えば泣きたくなるし。情緒不安定も甚だしい。


そんな風にわが身を振り返っている内に、いつの間にか立ち止まっていたらしい。思わず苦笑してからはぁ、ともう一度深いため息を吐き、歩みを再開する為顔を上げる。すると視界の端に、ピンク色の何かが写り込んだ。――――桜だ。

今は五月の中旬。桜の時期は過ぎていて、他の木々はとっくに葉桜へと変わっている。なのにその木だけが可憐で小さい花を満開にしてそこにぽつんと立っていたのだ。


まるで誘われているかのようにふらりと近寄れば、近付くごとに視界がピンク色に染まっていく。

不意に襲った寂しさに目を細めつつも、キラがその桜から目を離すことはなかった。



*****



いったいどの位桜を見つづけていたのだろうか。人の気配にはっと我を取り戻したキラは、ゆっくりとした仕草で背後を振り返る。


「怖い顔だね。噂を聞き付けて来たの?」
「ううん。アスランが俺の所に来たんだ」


背後に立っていたのは、酷く心配そうな顔をしている弟だった。口調が二人っきりの時だけのそれに変わっている事から、近くにステラがいない事がわかった。

恐らくはまた、マリューの所にお使いにでも行っているのだろう。彼女の店は治安がよろしくない場所にあるので、急用がある場合は大抵彼女がいくのだ。


「ステラは? まだ増血剤も包帯もストックがあったと思うけど」
「・・・今度は睡眠薬をもらいに行った」


不本意そうに、レイは答える。何だか今の状況を見れば、自分よりよっぽど彼の方が辛そうに見えると、キラは思わず苦笑してしまった。

それほど、心配をかけてしまったのだろう。アスランがレイに先程の事をどう伝えたのかは知らないが、家にいる時も常に情報収集に勤しんでいるのだ。睡眠不足なのも気付かれていたようで、今回の件はそれも原因の一端だと踏んでいるらしい。


「・・・・・・・・・・・・・・・仕方ない、奥の手を使うか・・・・」
「は?」


唐突な話題転換に思わず間の抜けた声を上げた弟をちらりと見て、キラは自分の言葉に頷いてみた。

そろそろ自分だけではなく、回りも限界のようだ。これ以上自分のせいで皆に心配を掛ける訳にはいかない。


「できればあの人の力は借りたくなかったけど、背に腹は返られないし・・・」


もう手も無いし、と呟いて、心底嫌そうな重々しいため息を吐くと、若干顔を青くしたレイが慌てて口を開いた。


「兄さん、やっぱ今すぐ寝た方がいいよ! 何か臨界点突破して元気が戻ったような錯覚受けるから!」


これは相当ヤバイらしいと、レイは兄の背を押して早く帰るよう促す。キラは「はいはい、可愛いなぁレイ君は」と適当に頷いて(ついでにおちょくっといて)、確かな足取りで家路についたのだった。





何を躊躇っていたのでしょう。

そのせいで色々な人に心配を掛けてしまいました。

けれど、もう躊躇いません。こうなりゃヤケです。

唯一残った手段を、彼を信用して覗いて見ようと思います。


だから安心して。

きっとすぐに、また会える。





(あとがき)
今回はシリアス。ですがWalkureを書いてる影響か次回からはギャグ調にしたいと思ってます。
ってか、今までの鬱憤キラ様を爆発キラ様に変えるだけですが(?)




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