片手にブランデーを持ち、高級そうな一人用のソファーにそれぞれ座って。

時折思いついたようにチェスの駒を動かしながら、男達は談笑していた。


「君はいったい、何を企んでいる?」
「さぁ、それを私が言うと思うかい?」
「・・・・・・・・・聞いた私が馬鹿だったか」


親しげなのにどこか駆け引きめいたやり取りをして、クツクツと笑う。

いったい相手が何を企んでいるのか・・・・・・それは、お互いに知る由も無かった。



彼の事情 4





ギルと名乗った男は、初めて会った次の日にはまたラクスの元を訪れていた。


「おもてなしができなくて残念ですわ」


心底残念そうに言っているが、言ってる事は完全に皮肉である。

それに気付いているのか居ないのか、ティーセット持参でやってきた男は自ら紅茶を煎れながら、にっこりと民衆受けしそうな笑いを浮かべた。


「このティーセットは置いておくよ」


つまり今度からは思う存分もてなせと言いたいのだろうか。どこまでも厚顔な男だ。

ラクスは頬の肉が引きつりそうになるのをなんとか抑え、十数年培ってきた笑顔で対応する。


「まぁ、ありがとうございます」


もしこの場に第三者が居たとしたら、その人物はガタガタ震えつつ引きつった笑顔で言うだろう。


『は、背後に・・・彼らの後ろに龍と虎が見えたんです! いや、アナコンダとマングース!? むしろ狐と狸の化かし合いが・・・! うぅっ』


最後には胃を抑えて蹲る幻影まで見える。実際には第三者などいないのに、その光景が目に浮かぶのは何故だろう。そしてもし居たとしたら一言一句違わずそう言ってくれるような気がしてしまうのは、どうしてなのか。


「それで、今日は何の御用でしょうか」
「先日言ったとおり、キラ君の事についてお話しに来たのだよ」


にっこり×2・・・彼らほど底の見えない笑顔で普通に話し続ける者が、他にいるだろうか。

ラクスは相変わらずふわふわとした笑顔を浮かべながら、ギルが煎れてくれた紅茶に口をつけた。

・・・・・・腕は、上の下と言ったところか。


「そうですの。でもわたくし、彼のお仕事の事はほとんど知りませんわ」
「いや、仕事の話ではなく。彼が普段どのように君に接するのか・・・そっちの方に興味があるのだよ」


そっちの方が余計言いたくない。どうやら“普段のキラ”を知らないらしい彼に、それを教えてしまうのは勿体無い気がするのだ。

そんなラクスの内心を悟ったのだろう、ギルは一度紅茶で咽を潤した後、徐に口を開いたのである。


「先に私の方から話そうか。初めて彼と接触した時の話はどうだい?」


どうだい? と言われても、ラクスには未だギルの意図がわからないから、返答に詰まる。

いったい彼は何をしたいのか、何故キラの話をしたがるのか。まったく分からない。

けれど例え聞きたくないといっても話し出しそうな上、ラクス自身彼の話には興味があったので、内心はともかく微笑んで答えたのだった。


「是非、お聞きしたいですわ」



*****



まず、印象は。そう言ってギルは記憶を探るように目を閉じ、どこか先程とは違う笑みを浮かべて口を開いた。


「何も知らない子供・・・・・」


すると、ラクスは意外そうに目を見開く。

目を開いてそれを楽しげに見、ギルは続けて言う。


「・・・遠目で初めて彼を見た時は、そう思ったよ」
「では、今は違うと?」


微妙な言い回しに気づいたラクスが、冷静に訊ねる。もう少し引っかかってくれてもよかったのに、とでも言いたげなギルの表情を綺麗に無視しつつ。


「そうだね。そう思った次の瞬間には、考えを改めさせられたから」



*****



それは、ある夏の出来事だった。

仕事を頼む前にその奪還屋の事を知りたいと手を尽くし、漸く“フリーダム”の正体を突き止めたその日。

彼は同じ制服を纏った少年たちと、暢気にアイスを頬張りながら歩いていた。

そしてギルはその時、彼らを先回りして、ちょうど良いオープンカフェに腰を据えていたのだ。

どこにも違和感はなく、彼は完全に周囲と溶け込んでいた。

しかしサングラスで隠された瞳は鋭く、角度的には手元の雑誌を読んでいるように見えても、しっかりと目の前を過ぎていく少年たちを観察していたのである。


他愛の無い会話をしながら通り過ぎていく彼らは、普通の高校生にしか見えない。その中にかの有名な奪還屋がいるなど、知らなければ想像すら出来なかっただろう。

だが確かに彼はいた。他の少年たちよりも華奢な上少女めいた容姿をしているが、やはりそこら辺にいる学生と変わりなかったけれど。


―――まるでこの世の闇なんて知りもしないような、純粋で楽しげな笑顔を浮かべながら。


だからこそギルは最初、彼はただ持っている力を振るわせて遊んでいる、今ごろの若者でしかないのだと結論付けた。

けれどそのことに軽く失望した次の瞬間、目の前を通り過ぎた少年の一人が不意に振り返ったのだ。

気づけば、どこから飛ばされてきたのだろうか。ギルのすぐ目の前に、一枚のプリントが落ちていた。

それはどうやら振り向いた少年の物だったようで、彼は軽く謝罪しながら、ギルの元へ駆け寄って来る。


そして目の前で屈んでプリントを取りながら、彼は小声で言ったのである。


「ルール違反ですよ?」


腹話術のように口を動かさず、ギルだけが聞こえるような声量で。最後ににこりと、目が笑っていない笑顔を振り撒きながら。

ただそれだけ、それだけで終わった接触だったが、ギルの背中は粟立った。殺気を向けられた訳ではない。そんな物は慣れていたのだから。

ただ純粋に、未知なる物に対する恐怖と、その底知れない瞳に魅入られてしまったのだ。


あれは、闇を知らない子供の目ではない。むしろその闇を見下ろしながら嘲笑する、覇者の瞳。


結局、ギルはすぐさま認識を改める羽目になったのであった。



*****



「あんなところであんな仕事をしているから、大人の汚い所ばかり見すぎたのでしょう。お陰であんなに底知れない性格になってしまった」


そう言って話を締めたギルに、ラクスは何も言えなかった。キラ自身言っていたが、彼は仕事をしているときはスイッチが切り替わるように微妙に性格も変わるらしい。

ラクスからしてみれば、普段のキラは穏やかなで思慮深くお茶目でフェミニストで、眩しいくらい純粋で優しくて。

闇をそれ以上の光で覆い隠しているような性格に見えるのだが、逆に仕事の時の彼ばかり見ているらしいギルからして見れば、どちらかと言うと闇の方が表面化した、底知れない性格をしているようだ。


しかしそれはあくまでも、話に聞くだけの二面性。どちらも本当のキラであり愛しい事には変わりないが、少しだけ裏の方のキラも見てみたいと、場違いだが思ってしまった。

そんな事を考えていたら、また無性に彼に会いたくなって。そんな自分を誤魔化すように、ラクスは唐突に口を開いた。


「あの・・・。」
「なんだい?」


不思議そうな顔で先を促すギルに、彼女は大変申し訳ないのですが・・・・と前置きし、思い切ったように訊ねたのだった。


「キラの言った、ルールとは・・・・?」
「あぁ、それは言っていないんだね」


キラはラクスに何処まで話しているのだろうか。そう思いつつも、彼が説明を憚る事はない。


「ほとんどの奪還屋に依頼する際には、いくつかの制約が付いてくる。その一つに、絶対に実行者――この場合は“フリーダム”の素性を探ってはいけない、というルールがあるのだよ」


ギルはそれを反した。自分の持てる手と立場を使い、半ば強制的に正体を暴いたのだ。


「本体なら、そう簡単に奪還屋の正体を探る事はできない。けれど私は有利な立場に立っていたから、それができた」


彼は今、ある企業を二つほど経営している。

一つは自分の力で、一から作っていた企業。

そしてもう一つは裏の、決して表には出てこない企業。そこを継ぐ為の試練で、一人だけ企業に登録されている者を使って難題を解け、と言われたのだ。

本来ならその時点ではまだ、ギルがその登録された者の正体まで書かれているデータを見ることは許されていなかった。だが許される立場に限りなく近かったからこそ、比較的簡単に“フリーダム”の詳細なデータ、戸籍を見ることが適ったのである。


「本当は、企業に登録されている戸籍やデータは、トップの人間ですら無条件で見ることは許されていないのだけど、私もハッキングは得意だし伝手もあったからね」
「・・・何故そうまでして、“フリーダム”の正体を暴きたかったのですか?」


地位があろうがハッキングが得意だろうが伝手があろうが、バレたら痛い目に合う事は想像に難くない。

なのにギルは危険を冒してまで、裏企業によって隠された“フリーダム”の正体を知りたがったのだ。無謀ともとれるその行動は、この男がしたと言うには少し違和感があった。

そうラクスが言うと、ギルは苦笑を浮かべて答えたのだった。


「私はどうしても企業を継ぎたかった。だからこそ信頼できる人物に頼みたかったのだが、凄腕と名高い“フリーダム”はその性別すらも分からない。仕事振りを見た者もいない。ならばいったいどういった人物のなのか、余計気になるという物だろう」


その心理は、ラクスにも分からなくはない。大事な仕事を任せるのだから、自分の目で見極めたがる気持ちも、よくわかる。


けれど。


「・・・・・・キラは、とても怒ったでしょう?」


戸籍を調べられれば、必然的に唯一残った家族、レイの存在をも知られることになるのだ。それはつまり、彼を危険にさらすのと同意。

弟を大事に思うキラが、そんな事を許すはずも無い。

どこか誇らしげにそう言ったラクスに、ギルは苦笑を深くして肯定する。


「お陰で二度と彼に依頼を頼む事が許されなくなったよ。正直言ってかなりの痛手だ」


何せ仲介屋がいるバー「AA」を出入り禁止にされてしまったのだ。裏には裏のルールという物があり、例え裏企業を継いだギルでも、無理やり呼びつけることも命令することも出来ないのである。


心から困った、という表情をしているギルをしばらく見ていたラクスは、不意にくすりと笑って彼を瞠目させた。

「ラクス嬢?」
「いえ・・・・あなたも、キラがお好きなんですね」


ラクスもそうだが、ギルもまた、最初の頃とは表情が違う。腹の底で何かを企んでいるようなものではなく、ただ純粋に一人の少年に思いを馳せ、共通の話題で話せることを喜んでいる顔。

だからこそ思った。多分彼は、本当にただキラの話をしに来ただけなのだと。

もしかしたらまだ何かを企んでいるのかも知れないが、それとこれとは別の話。とりあえず今は、ラクスもキラの話題を楽しもうと決めた。


「・・・普段のキラは、とても恥ずかしい方ですわ」


ラクスの言葉にしばし固まってきたギルだが、それを気にするでもなく話し出した彼女に、興味深そうに視線を送ってきた。

意外と気が合うのかもしれない、と密かに思いつつ、ラクスはふふふと笑いながら語り(のろけ)だしたのだった。





私の知らない貴方を知る。

それはなんだかとても嬉しいこと。


・・・不本意ですが、こちらの生活はそう悪くもありません。

あなたは、大丈夫ですか。

楽しいと思える時が、まだちゃんとありますか。





(あとがき)
何故かラクスとギルが和解しました。これぞキラ様パワー(?)
次回はキラサイド。やっぱり無茶してます。




<<    >>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送