周りの人が皆、心配してくれているのはわかっている。

けれど一人でいると我武者羅に動き出してしまいそうで。

今はとにかく怪我を治さなくてはいけないのに、無茶をしてしまいそうだから。


また、学校を休んでシーゲルに余計な心配をかけたくなかったのもある。


結局は自分勝手だよなぁ、と内心で毒づいて。

何かに気付いたらしい友人達の視線は、申し訳無いが無視させてもらった。



彼の事情 3





4限目も終わり、さぁ昼休みだ。と席を立ったその時だった。


きゃぁ、という黄色い悲鳴が廊下側で聞こえたと思うと、


「・・・・・・・・・兄さん」


ざわめきと万輪の薔薇を背後に弟が登場した。


「・・・・・・・・・・・・・・珍しいねぇ」


何が珍しいかと言えば、他者の目があるときは滅多に表情を崩さないレイが、不機嫌そうな顔を隠しもせずにずかずかと億面無く三年の教室に入ってきたのだ。いつもちゃんとした礼儀と無表情を決め込んでいる彼には本当に珍しいことだった。

そんなことを考えているうちにレイはキラの目の前まで到着していた。


「レイ? ・・・ステラは?」


いつも一緒に居ろと言ったのに、という意味をこめてキラが言うと、彼は不機嫌そうな顔を隠しもせずに「マリューさんのところです」とのたまったのだ。


「・・・・・・・・・ぇ」


何故彼女のところに、と無言で問うと、レイは周りを一瞥してからキラの手を取った。


「兄さん」


レイ君が笑った!! そんな誰かの黄色い声が、キラの耳に入る。いやいや、喜んではいけない。


何故この綺麗すぎる笑顔を向けられて恐ろしいと思わずにいられるのだろうか。


「・・・・・・・・お前ら本当に兄弟だよな・・・・・」
「いやそれどういう意味さ」


ディアッカの呟きに健気にも突っ込んで、キラは血管の浮かんでいる弟の笑顔を見返した。


手が痛いよレイ君。顔が怖いよレイちゃん。何だか周り(特に女子)が異様な熱気に包まれてるよレイっち。


思わずどっちが兄なのかわからなくなりそうになりながら、上目遣いで見ていると、途端にレイがうっと怯んだように一歩下がった。


「結局主導権は兄が持ってるんだな・・・・」
「年の功って奴いたたたたた、レイ?」


イザークの呟きにまたも律儀に返すと、急に手を掴む力が強くなった。

すると、レイは一瞬だけ視線を落として、少しだけ泣きそうになりながら言ったのだ。


「顔色、真っ青ですね」
「・・・レイ」


聡い弟の事だ、キラの状態に気付いてしまったのだろう。


「さっき、クラスの女子が」
「うん」
「『キラ先輩の病気っていったいなんなの!? あの人が死んだら私もう生きてけない!!』と・・・。」
「・・・・・・・・へ、へぇ・・・」


キラの行動はすぐに噂となって学園を回る。今回も異様な速さで情報が駆け巡り、少々大げさになって彼らに伝わってしまったようだ。

しかしクラスの女子とやらの言葉をそのまんま言ったのだろうが、レイの口から棒読みで言われると、違和感を通り越して思考が飽和しかけてしまう。

周りをちらりと見てみれば、会話が聞こえていたらしいクラスメートたちも呆然と、未だ兄の手を居握っているレイを凝視している。

頭の片隅でどうしようこの後・・・・・・と思っていると、俯いたレイが小さな声で呟いた。


「俺も、同じです」


レイの奇行によって静まり返っていた教室に、その声は小さくだが響いた。


「レイ・・・・・」


しまった、と思う。

一番心配させてはいけないのは、この子だったのだと。


キラにもしもの事があれば、レイは天涯孤独の身となる。シーゲルもステラもいるが、血という強いつながりを持つ者は、いなくなってしまうのだ。

只でさえ唯一の肉親が奪還屋という危ない仕事についているのだから、心配の種は尽きないだろう。極めつけに今回は重症の身である。彼にかかる心労がいかほどなのか、キラには想像できなかった。


「ごめんね、レイ」


力なく指が外された手を上げて、俯いたレイの頭にぽん、と乗せる。

重症なのを隠しててごめん。心配掛けてごめん。そんな思いを込めて。


「今日は、一緒にお昼食べようか」


全部話すよ、と言外に言う。レイが生まれた時からずっと一緒にいたから、その意図はちゃんと伝わった。


「キラ」


すると、今度はアスランから声がかけられる。レイと並んで付き合いの長い彼もまた、キラの言葉に含まれたものを感じ取ってしまったのか。顔が怖いほど真剣だった。


たぶんアスランだけじゃない。イザークとディアッカも、キラに・・・ラクスに起こった出来事を、真実を知りたがっている。


けれど、―――ダメだった。


「ごめん」


それ以上黙っているのも、嘘をつくのも気が引ける。だが今自分が何をやっているのか言うわけにはいかないのだ。


だからこそ、彼らの優しさに甘え、弟を理由にして逃げた。

教室から出るまで、アスラン達の視線は自分から離れなかったが、振り向くこともできなかった。


「兄さん」
「ダメ。話せない、彼らの為だよ」


先程とは違う種類の心配を抱え、レイがキラに声をかける。しかしにべも無く却下し、「中庭で待ってるから、お弁当取ってきな」と言った。



*****



キラが奪還屋という職業につき、現在誘拐されたラクスを取り戻そうとしているのだと、どうしても言えない理由がある。

知れば彼らは必ずや、キラの力になろうとしてくれるだろう。それをできるだけの財力と地位が、彼らにはあった。

けれど、そうなると必然的に彼らにかかる危険が増すのだ。それだけではない、言い方は悪いが、キラは彼らの助力などむしろ足手まといになるだけだと考えている。

手伝うと言っても、彼らは所詮素人。お抱えのSPなども、どこまで使えるのか。

とにかく下手に動かれては逆に困るのだ。今までの独りだからこそできた徹底主義を崩さずを得なくなるし、何処から足が着くか予想も出来なくなる。“フリーダム”の正体を血眼になって探す存在も多々ある現実の中では、やはり彼らは足手まといにしかならなかった。


そもそも“フリーダム”はいつだって狙われているのだ。その関係者も交渉材料や、正体を炙り出す道具――人質として使われる可能性が高い。問答無用で命を狙われる可能性も無きにしも非ずだ。

幸い現時点では正体がばれていないからまだいいが、それもいつまで続くのかわからない。


故に奪還屋云々を知っているのは、むしろ事情を知らなくても一番に巻き込まれるであろう実の弟とラクス、そしてステラとシーゲルの四人だけ。

しかもキラが自分から教えたのは、最も狙われやすい前者二人だけである。

彼らには頼りになる護衛がきちんとついているからこそ、教えることができた。レイにはステラを、ラクスとシーゲルには自分やクライン家の信用できるSPが多々いる。


けれども友人である彼らは、なまじ達人並の武術を身につけているだけに護衛を必要としないのだ。

恐らくはキラの正体を知った後も、それは変わらない。驕りではないだろうが、そんな自信、裏を生きる者を相手にするならいっそあっても邪魔なだけ。


キラは自分のそういった勘や予測を、何よりも重視してきた。今回も予想が違えるとは思わない。


それらの事情から、友人達のためにも、キラが自分の正体をばらす訳にはいかないのである。


「・・・・・・しんどい・・・・」


でもやはり、騙しつづけるのは精神的にきつい物がある。友人達は優しいから、たぶんもう自分から聞こうとはしないだろう。キラはその優しさに甘えるしかなかった。


(教えるのは引退した後だろうな・・・・・・)


それがいつになるかはわからないが、たぶんその日はそう遠くないと思う。


レイを待ちながらそんな事を考えていると、不意にすぐ背後から声が掛けられた。


「・・・・・・・・キラは、何で奪還屋になったの?」


思わず距離を取るために跳躍して、途端走った鋭い痛みに眉をひそめる。昨夜銃で撃たれた傷が開きかけたのかもしれない。

そんな事を思いつつも、気配に気付かなかった自分に密かに舌打ちした。傷のせいで熱もでていたからか、いつもより感覚が鈍くなっていたようだ。


「ステラ、おどかさないで・・・・」


ステラに対して戦闘態勢を取りかけた事と、気配に気付かなかった事に激しく自己嫌悪しながら、若干情けない顔で言ってみた。

すると突如キラの背後に現われたステラは、心配そうな顔で「ごめん・・・」と返したのだった。


「いや、気付かない僕も悪かったし。マリューさんの所に行っていたんだって?」


その言葉には、こくりと頷きだけが返された。それから持っていた紙袋を差し出され、キラは躊躇いながらも受け取ったのだ。


「増血剤と包帯と、痛み止めと解熱剤です。家のはもう無かったので」


すると、丁度レイもやってきて紙袋の中身の説明をしてくれた。


「・・・・・・・流石だね」


抜かりのない弟を素直に賞賛して、お使いに行ってきてくれたステラにお礼を言う。


「ありがとう、ステラ。レイも」


頭を撫でてやると、二人とも目を細めて感受していた。その様が可愛くて、思わず和んでしまう。


「・・・・・キラ」
「ん?」


しならくすると、ステラが何か思いついたように口を開いた。その表情は純粋な疑問を浮かべていて、あぁ、と納得する。


「さっきの質問?」
「うん」


不思議そうな顔をしているレイに、「何故奪還屋になったかって」と告げる。すると彼は苦笑して、お弁当を食べながらでも、と提案したのだった。



*****



「そんな大層な理由があるわけじゃないんだよ? ただ、マリューさんにナンパされて良い小遣い稼ぎになるからって言われたから遣り始めたら、後に引けなくなったってだけで」


一息で言い切ったキラは、どこか遠くを見てそう言った。投げやりな微笑が無意識にでも浮かんでしまうのが、なんとも情けない。

ステラはその理由が一瞬理解できなかったようだが、すぐに絶句してキラを見上げたのだった。


ちなみに今彼らは、芝生の上に直接座ってレイお手製の弁当を突付いている。肝心なラクスの話を置いといてのんびりと話しているあたり、皆5限をサボる気は満々のようだ。


「いやね、その時は結構投げやりになってたって言うか何と言うか。むしろ稼がなきゃとか思ってたからあんまり確認せずにホイホイついて行っちゃってね」


丁度、両親が亡くなってすぐの事だった。まだ遺産がそんなに多くあるとは知らなかったので、まだ幼い弟と自分が生活していくための資金を稼がねばならないと意気込んでいたのだ。

実際はそんな事を心配する必要もなかったのだが、マリューの口車に乗せられて一回やったら目をつけられて、行き成り暗殺者を送り込まれて。

まぁその暗殺者というのが実はステラだったりするのだが、そのステラを自分の家で匿いたいとマリューに相談したら、親切にも色々助言してくれて。丁度良い仕事があるからと依頼を受けて、間接的にステラが所属していた企業を潰してみたり。

それで名が売れてとある裏企業に戸籍を登録せざるを得なくなり、後に引けなくなった、と。


しかしその後二年間色々とコネを作りつづけたお陰で、今では足を洗うのもそう難しいことではなくなってきた。


そんな事を前述のとおり端折りまくって説明すると、嬉しい事にステラはそれだけで納得してくれた。

キラとしてはぶっちゃけステラが原因で後に引けなくなったんです、とはとてもじゃないが言いたくないので、内心で安堵する。

その話を既に聞いていたレイも、兄と同じように胸を撫で下ろしていた。

しかしそれはステラを案じていただけではなく、キラが少なくとも表面上は普段どおりに見えるから。

キラ自身もまた、聡い弟が何に安堵していたのか、十分承知しているのだった。





君にもきっと、心配を掛けてるだろうね。

でも大丈夫、まだ笑える。

少なくとも人がいるところでは、普通に笑えるから。


自分の為にも、皆の為にも。

今はまだ、無茶をしないと誓えるから。






(あとがき)
このままじゃキラが痛々しい道爆走しちゃうので、ほのぼの狙ってみました。

しかし最後の独白からわかるように、全然平気さっ! ってな訳にはいきません。やっぱりラクス様がいないとキラ様は上手く機能しないのです。




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