以前、兄に「自分が帰ってくるまで起きていなくていい」と言われた事がある。

だからレイは、キラが真夜中に仕事で出ている日も早々に寝ていた。

心配していない訳ではない。むしろ心配していると悟られて、彼が困った顔をするのが見たくないだけ。


けれどその晩はどうも寝付けなくて、明け方近くまでずっとベットの上でぼーっとしていた。



彼の事情 2





考えるのは、今日一日で学園中を巡った実兄についての噂だ。

キラというのは常に注目の的なので、良くも悪くも彼の情報には事欠かない。

だからこそキラ自身自分の行動一つ一つに注意を払っているらしいのだが、今日はらしくない事が起こったのだ。


曰く、三年の教室――あろうことか通常より高く設計されている二階の窓から、わき目も振らずに飛び降りたとか。

しかもそのままの勢いで走り去り、早退してしまったという。

身内に何かあった、というのはありえない。何せレイ達兄弟に親戚とか親とかそう言ったものは既に無いのだから。第一キラならば居たとしてもレイに一言かけた上、冷静に行動するはずだ。

だからこそもしやと思いステラを伴ってアスランを尋ねると、案の定小さな声で「ラクスに何かあったらしい」と教えられた。


わかっていた事だ、彼が我を忘れて動くのは、彼女と家族関連でしかないと。


(・・・・・・・・・嫌な予感がする・・・・)


兄同様、レイのこう言った勘はよく当たる。

果たしてその嫌な予感とやらが兄に対する物なのか、それともラクスに対する物なのか。どちらもレイにとっては大事な人なので、杞憂に過ぎることを切に願うが・・・と思ったところで、誰かが階段を上る音に気が付いた。


レイもステラもキラも、自室というか寝室は二階にある。トイレは二階にもあるから、ステラの可能性は低そうだ。そもそも彼女は足音なんて立てないし。

ならば残りは一人しかいない。そう思うや否や、レイはベットから下りてドアに向かっていた。


「兄さん・・・・・?」


一応寝ているだろうステラを考慮して、ドアをそっと開けつつ小さくな声で呼びかける。するとちょうどレイの部屋の目の前まで来ていたらしいキラが、目を見開いて足を止めた。


「レイ、起きてたの?」
「・・・何となく、眠れなくて・・・・・・」


キラからは石鹸とお湯のいい香りがした。風呂からあがったばかりのようだ。

そんな事をぼんやりと思いながらも、習慣で頭に置かれた手を享受する。


「お帰りなさい」
「・・・・ただいま、レイ」


小声で言えば、返答と同時に苦笑する気配が。何故かその顔が泣いているように見えて、レイは思わず息を呑んだ。


「兄さん・・・・?」
「ん?」


暗闇の中でも、キラはいつものように微笑んでいるのがわかる。けれどどこか違和感と、・・・危機感を感じるのだ。


「・・・・・・・・・・ラクスさんに、何かあったの?」
「あぁ・・・、アスラン達から聞いた?」


その言葉には頷きを返し、無言で先を促す。けれども彼は再び苦笑するだけで、もう一度レイの頭をポンと叩くと「大丈夫だよ」と言って逃げるように去ってしまった。


「兄さん・・・?」


やっぱり、何か変だ。積もる違和感に眉を寄せ、自室に入ろうとする兄の背中に声をかける。

するとキラは少しだけ振り返って、微笑みながら言ったのだ。


「明日、学校から帰ったら教えるから。朝は悪いけど、今日は遅刻していく予定だから起こさないでね。」


レイは頑張って自分で起きてね、と最後に茶化すような言葉を残して、キラの部屋のドアは閉じられた。

レイはそれをなんとも言えない心地で見守って、一つため息を吐く。


―――拒絶を感じた。・・・たぶん、自分に心配を掛けさせない為の拒絶。


それほど疲れているのだろうか。本当にいつもの兄らしくなかった。


しかし何時までも考えていても分からない物は分からないので、レイは割り切って自室に戻ろうと踵を返そうとした丁度その時、それを見計らったように声が掛けられたのである。


「レイ・・・」


深夜の真っ暗な廊下に響く、囁くような小さい女の声。・・・・・怖すぎる。


「!!?・・・、・・・・・・・っ、っ・・・」


レイは辛うじて無口・無表情を貫き通す事に成功したが、実はその一瞬、心臓が口から飛び出るかと真剣に思っってしまった。

何せ気配は何もなく、結構至近距離で声をかけられたのだ、これで驚かずにいられようか。

しかも頭の中は兄の事で一杯だったから、尚更突如囁くように掛けられた言葉には度肝を抜かされた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・ステラか。どうした?」


妙な間が開いてしまったが気にしない。むしろステラ相手なら気にしたって無意味だ。しかも相手はプロだから、驚いてしまっても仕方が無いのだ(?)。などと妙な具合に自分を慰めつつ、レイはドアのすぐ横の壁に寄りかかるように立っているステラを見た。

小声だったが廊下で話していたから、流石に起きてしまったのだろう。しかしいつからそこに居たのだろうか。


そんな疑問に答えるように、ステラは本当に小さな声で、囁くように告げたのだった。


「キラの足音が聞こえた」
「・・・・・・・あぁ」


その時点で既に起きていたのか、と言う意味で頷き、しかしステラの口から出た言葉に今更ながら違和感を覚える。


(・・・・・兄さんが、足音?)


いつだったか・・・、最早足音を消すのが癖になってしまったと笑いながら告げられたのは。

レイが自分の思考に埋まりつつあるのを気にせず、ステラは更に続けて言った。


「キラ、ステラの気配に気付かなかった」
「・・・・・・・・・・・・・・」


それもまた、ありえないことだった。彼はいつだって周囲の気配に敏感なのだ。ステラがどれだけ頑張って仕掛けても、彼の不意をつけることはこれまで一度たりともなかったほどに。


「それに」


ステラの声は、まだ続く。


「・・・・・・・・・・キラ、血のにおいがした・・・・」
「!?」


風呂に入り、石鹸のにおいに紛れても尚、隠し切れない血のにおい。

疲れていたどころの話ではなかった、キラは傷を・・・けっして小さくなど無い傷を負っていたのである。



*****



顔色は真っ青、その割に若干の発汗。

足取りは確かだがいつもより反応が遅い。


「・・・・・・・・・・・おそよう・・・・。」


4限前の休み時間に登校したキラを揶揄するように口を開いたディアッカだが、口調は何だか元気がない。というか、キラの様子に若干気後れしてしまったのだ。

しかも普段なら声を掛けると同時に背中を力いっぱい叩いたりもするのだが、今日はそんなこともできなかった。

何せ今のキラは、そんな事をしたらすぐさま倒れてしまいそうな風情なのだから。


「おはよう、ディアッカ」


いつも通りの微笑を浮かべてはいるが、やはり顔色は真っ青だ。


「お前、帰った方がいいんじゃねぇ・・・・?」


来て早々難だが、彼の顔色の悪さは普通じゃない。思わず鞄を持ってやってキラの席まで誘導しようとすると、彼は苦笑して「大丈夫だよ」と答えた。

大丈夫にはとても見えない、とディアッカは内心で嘆息したが、口には出さない。


「アスランとイザークは?」
「生徒会室。引継ぎがどうのこうの言ってた」


何気ない会話をしつつも、ディアッカはつぶさにキラを観察していた。

くどい様だが、顔色は真っ青、しかし額には汗が滲んでいる。触ってみれば、決して低くは無い熱が手に伝わった。


「なぁ、ホントに帰った方がいいぜ? お前まだ単位大丈夫だったろ?」


休む事を躊躇う理由はないはずだ。なのにキラは首を振り、ふんわりと笑うのである。


「大丈夫だって。でも昨日はごめんね、吃驚したでしょ」
「まぁなぁ」


話題を変えられた。もうこれ以上言わないで欲しいようだ。

ディアッカはキラの意を汲んで彼の額から手を離し、手ごろな席に勝手に腰を下ろす。

昨日の奇行について言及するのは、残り二人が来てからでいいだろう。話してくれるかどうかはわからないが。


そんな事を思っていると、丁度イザーク達が帰ってきた。しかし始業までそう時間はない。


「キラ?」
「・・・・大丈夫か、お前」


戻ってきた彼らはキラを視界に居れるなりぎょっとして足を止めた。次いですぐさま駆け寄ってきて甲斐甲斐しく彼の心配をし始めたのである。

先ほどの自分と全く同じ行動をする友人達に、ディアッカは苦笑をかみ殺した。

しかし実際、今のキラは今までで一番具合が悪そうなのだ。驚いた後に心配せずには居られない。

しかも、昨日はラクスに何かあったようだし。それもまた、不安要素を濃くしていた。


「大丈夫だって。顔色悪いのは薬の副作用」


いったい何の薬を飲んだのかは、聞いても無駄だ。どうせ今回も「秘密v」の一言で片付けられるに決まってる。


「だからって、お前なぁ」
「心配かけてごめんね」


申し訳なさそうに、眉毛を八の字にして。そんな顔で謝られればそれ以上言えないのを、わかっているのかいないのか。

ディアッカには判断しかねるが、多分今回はほとんど無意識だろう。


「まぁ、それは置いといて。昨日のことは説明してくれるのか?」


助け舟のつもりで声をかけると、キラは一瞬だけ身を強張らせた後に、目を伏せて言ったのだ。


「ラクスね、事故で入院中だって」


大きな怪我は無いが、意識がまだ戻らないのだと。彼は静かにそう告げた。

それと同時に、ディアッカはキラの手が首に巻かれたチョーカーをなぞっていることに気付く。


「キラ、お前・・・」


そして彼の浮かべる表情に言い知れぬ不安を感じ、声を掛けようとしたのだが。


「ほらそこ、席に着く」


例の厳しいと評判の教師が教壇に立ち、こちらを睨んで立っていたのである。


「授業はとっくに始まっているぞ、まったく。・・・・・・・・・・ヤマト、お前大丈夫か」


慌ててイザーク達共々キラから離れると、そのお陰で彼の姿があることに気付いた教師が、ぎょっとしたように声を掛けた。

いつもならこの後お説教が待っているはずなのだが、今回はキラの顔色のお陰で助かった、と不謹慎にも思って。

苦笑してヒラヒラと手を振る彼に、ディアッカもまた苦笑して返したのだった。



*****



ディアッカから見たキラは、不思議な奴だった。

体が弱いかと思えばやたら腕っ節が強いし、運動神経もいい。

無垢だと思えば割とあざとい手を平気で使うし。フェミニストな反面野郎にはやたら厳しいし。

色々な反面を持つが故に、見えない部分も多い。

けれど彼が自分たち――アスランやイザークも含めて――を親しく思ってくれているのは確かだから、こうしてつるんでいられるのだ。


それにキラ自身に、不思議な魅力があった。傍に居ると無条件で癒されるような、そんな魅力が。

本性が優しい奴なのだろう。気配りもできるから、傍に居ると安らぐのだと思う。


しかしだからこそ、今のキラはおかしい。傍に居ると不安ばかりが募るのだ。つまり、周囲に気を配る余裕が今は無いのだろう。

理由は色々と思いつくが・・・多分一番の要因はラクスの不在。


(お姫様、早く戻ってやってくれ・・・)


あんなキラは見ていられない。普段通り振舞おうとしているのがわかるから、尚更痛々しく見えるのだ。


そして不意に思い出すのは、チョーカーを撫でていた彼の表情。

思いつめていた、と言うより、危険を顧みない決意を固めていた、そんな投げやりとも言える顔だった。


ところで、馬に蹴られるのが嫌なので特に誰も突っ込まなかったが。ディアッカを含めた多くの者が、キラの首を飾るチョーカーはラクスからの誕生日プレゼントであることに気付いていた。

そもそも自由な校風ゆえに、学校でもアクセサリー等は多くの者が普通につけていて、キラもその例に漏れない。

しかもあの穏やかで控えめな雰囲気を裏切り、割とそういった物が好きなようだ。


まぁそれはともかくとして、ラクスの入院と、キラの体調不良、それに彼女からもらったらしいチョーカーを撫でるキラの表情。

それらを総合して考えると、言い知れぬ不安が沸き起こってくるのだ。


(なぁキラ・・・・)


内心で、ディアッカは今授業に集中している様子のキラに語り掛ける。


(・・・・・・・・・・・お前は、俺達に何を隠しているんだ・・・?)





信用してくれているのはわかってる。

全てをさらけ出してくれなどとは言わない。


けれどどうか、もう少し信頼してほしい。


お前に守られているばかりでは、いたくないんだ。





(あとがき)
余談ですがレイはキラと二人っきりになると口調が幼くなりますv

それからちょっとした拘りである、最後ら辺に置かれた独白調の文章ですが。今回から右寄せにしてみました。いや、特に意味は無いのですけどUu
随時これより前の話も右寄せにしていこうかと思ってます。




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