「信じて。」 幼い子供が凛とした様子でそう呟くのを、別の子供と大人が影で見ていた。 幼子の前には、屈強な男が大剣を片手に幼子を睨みつけて立っている。 だが幼子は臆した風も無く、ただその屈強な男の目を見据えて重ねて言ったのだった。 「約束は破らない。王の名に誓って、必ず遂げてみせる。」 純度の高いアメジストのような瞳を受け、男は一瞬たじろぐようにした後、重々しく頷いた。 「・・・了解した。砂漠の砂に誓い、我等も一時撤退しよう。」 それを聞き、幼子は一瞬嬉しそうに顔をゆがめた後、柔らかく微笑んで言ったのだった。 「・・・・・・ありがとう。」 どうやら上手くいったのを見て、影で見守っていた者たちも安堵の息を吐いた。 だが藍色の髪を持つ子供は、隠れていた岩に背を押し付けて座り、自らの小さな手のひらをじっと見て、思っていたのだった。 ――――――力が欲しい、と。 知っている。 堂々としているように見えるけれど、内心とても恐いと思っていることを。体が震えるのを必死で抑えていることを。 今回、彼にこのようなことをさせる羽目になったのも、彼を辛い目に合わせてしまったのも全て。 力が、無かったからなのだ。 力があれば何とでも出来たのに。 藍色の子供がため息を吐くのを、金髪の大人が意外そうな顔でじっと見ていたことに、藍色の子供が気づくことは無かった。 譲れないもの翌朝、朝議にて――――。 今まで一度たりとも朝議に姿を現さなかった王が、本日初めて出席したいうのに、朝議に参加していた者達は全く気にせず、彼に視線を向ける者も数人ほどしか居なかった。 だがそれに気付いているだろう王が、常にその幼い顔に微笑を浮かべ、初めてとは思えぬ威風堂々とした様子で王座に座ると、我関せずを貫いていた者たちも無意識に王へと目をむけてしまうのだった。 何故ならば、彼がまるで魔界創立時からその席にいたと言っても過言ではないような、それほどその席に新しい王がしっくりと馴染んでいて、尚且つどうしても従いたくなるオーラを発していたから。 ―――かつてそこにパトリック・ザラがついていたとは、とても思えなくなるほどに。 何時の間にか周りの意識が全て自分に集中していたことに気付いたのか、キラが進行役に向かって微笑んで言った。 「・・・・・・朝議の開始を。」 と。それによって漸く我に返ったもの達が、視線を元に戻して進行役のお決まりの文句を聞く。 「それでは、これより本日の朝議を――――・・・」 静かに、だが真剣に朝議でのやり取りを聞いている中、キラは常に無く緊張していたのだった。 だがやはり、表情には出さない。 長い袖の下で密かにこぶしを握りつつ、周りに気付かれない程度に深呼吸し、気持ちを落ち着けた。 大丈夫、上手くいく。ムウさんも、バルトフェルドさんも頷いてくれた。アスランだって大丈夫だって言ってた。結果も成功と言えるのだし。 繰り返し繰り返しそう心の中で呟くと、自然と気持ちも落ち着いてきた。 ここら辺は訓練の賜物だ、と内心密かに呟きながら、キラは先程からちらちらと自分に向けてくる視線に、思念を飛ばして返したのだった。 『・・・・・・ザラ補佐官、何か言いたそうですね。』 そう、先程から忌々しげに自分を見ていた第一補佐官に向けて。 するとパトリックは無表情のまま目をわずかに細め、キラにこれまた思念で返した。 『私は貴方が朝議に出る事を認めてはいません。政治はまだ早いと言ったはず。今すぐ部屋にお戻りください。』 口調は丁寧だが、言っている事は不遜極まりない。以前はそれで黙ってしまったけれど、味方の出来た自分には、全く意味をなさない。 逆に奮起し、先程まであったわずかな緊張も吹っ飛ぶくらいだ。 だから何を戯けたことを、と内心毒づいて、キラは一瞬パトリックに向けて殺気のこもった微笑を送り、すぐさま朝議の中央に立つものに視線を戻したのだった。 それ以降、自分に向かってくる思念は全て無視してしまう。 返事だってする意味はなかろう。どうせ、後で声を大にして言ってしまうのだから。 しばらくすると、「それでは、此度の暴動について。第九位ムウ・ラ・フラガ総司令官、前へ」という言葉が発せられた。 そちらに視線を送ると、密かに送られたウィンク。「任せとけ!」とでも言いたいのだろう。 思わず口元を緩めると、キラはすぐにそれを隠すように口元に手をやり、パトリックへと視線を向けた。 そして、ニヤリとでも擬音のつきそうな笑みを、瞳だけで表現する。 思わずびくりとしてしまったパトリックを見てしまうと、なんだかいじめっ子にでもなった気分だ。 ・・・・・・・・・やっぱ、所詮はザラ補佐官も山犬一族。・・・いぢめがいがあるなぁ・・・。 などと、密かに思ってしまったのは内緒である。 そんな二人の常とは全く優劣の異なる様子を知る由もなく、ムウは略式の軍服を纏い、大きな地図を片手に前へと出たのだった。 そして、魔術で地図を宙に浮かせて長い棒で各所をつつきながら説明を開始する。 「今回暴動が起きましたのは、“ラニア砂原”“マナトア山地”“ハルキ湖”付近の三点です。」 それから、真面目そうな顔つき(内心絶対にやついているはず)ですぐに言う。 「しかし、全て暴動が起こると同時に鎮圧いたしました。」 その言葉に、場がざわついた。どれほど短くても何週間もかかった鎮圧が、起きてすぐ鎮圧されたと言うのは、どう言うことなのか。 皆一様にそう思う。 周囲の怪訝そうな視線を物ともせず、ムウは朝議に参加している宮廷人たちをぐるりと見渡し、静かに言ったのだった。 「・・・・・・全ては魔王陛下の仰せのままにしたまでです。」 と。すると、途端に王座に向けられる視線。 キラはそれを甘受しながら、ムウと同じように周りを見渡し、凛とした口調で言った。 「いかにも。皆撤退を快諾してくれた。」 子供らしくない、厳かな様子でそう言うのを、ムウを除いた大人達は呆然として聞いていた。 しかしすぐに、「何故!?」「如何様に!?」という、疑問と糾弾の交じった声が発せられたのだ。 だがキラはそれに臆した風も無く、前を見据えて言ったのである。 「ただあちらの条件を飲んだだけの事。私としては、何故今まであなたたちがその選択肢を取っていなかったのかの方が疑問だ。」 そう、キラは暴動を起こしたものたちへと交渉し、相手の条件を飲んだだけだったのだ。 暴動などをするには、必ずそれに到るまでの理由があるのだから。 聞けば、「税を下げてくれ」だの「居住権をくれ」だの「開拓をやめろ」だの・・・。 こちらが少しばかり譲歩すれば万事解決するモノを。何も無理難題を押し付けられたわけでもなく、むしろ飲んで当たり前の条件なのだ。だからキラは迷わず条件を飲んだのだった。 それを言えば、すぐさまパトリックが口を開いたのだった。 「勝手なことを・・・。そんなこと、われらは認めん。」 と。それを聞き、パトリックは皆が賛同するモノだと思ったのだが、だが賛同の声をあげるものは一人も居なかった。 その事に驚き、周りを見渡すが、己と目が合いそうになるとほとんどの者がその視線から避けるように顔を俯けてしまうのだ。 そのことに軽い憤りを感じていると、不意に子供の凛とした声が響いたのだった。 「貴方が認めずともいいのです。・・・どうやら貴方は勘違いをしているようだ。 ――――――決めるのは、王たる私であって、貴方ではない。・・・ 言葉尻には苦笑を添えて。前魔王陛下という立場にある者に対する言葉とは思えぬ、不遜な言葉を吐いたのは、他でもない現魔王陛下で。 子供子供とパトリックは侮っていたが、他の位が下の者からすれば、魔王陛下の言葉は絶対。 一時縦社会の一番上に居たからこそ忘れていた。今のは、己の失態なのである。 キラはその強固な縦社会の習性を利用した。 こうして今一度その立場を理解させることで、反論を封じ従順を促したのだ。 少々汚い手だが、なんたって人間界では悪の大王=魔王なんだし、コレくらい許されるでしょう、と思っちゃぁいないが、コレの他打つ手立ても思いつかなかったので、このような結果に到ったのである。 盛大に眉根を寄せてキラを睨むパトリックと、不満げに、だが何も言わない他の者達を一瞥し、キラはおもむろに王座から立ち上がって言ったのだった。 「皆、よく聞け。」 命令口調であるのに、傲慢さは感じさせず何処までも凛としていて、子供と侮る事を許さないオーラを発している。 自然と顔をあげて魔王陛下を見れば、彼はまっすぐに前を見て、言葉を続けた。 「今まで多くの魔王の在位が100年と続かなかったのは、何故だと思う。 ・・・それは、誰もが下の者、魔界の民を顧みなかったからだ。 魔界は宮廷人のみで成り立っているのではない。民が居てこその界なのだから。」 魔王は魔力の高さで決まる。 だがそれも、結局は“魔界”が王を選ぶに他ならないのだ。 生まれもっての資質でさえ、魔界が形成するのだから。 今いる王が民を顧みない王だと知れば、魔界はその者に見切りをつけ、新しい王を作る。その繰り返しがなされ、結果としてキラが生まれた。 気付いていた、自分の魔力の並外れた高さを。 それがいったい何を意味していたのかも、知らず知らずのうちに理解していたのだ。 自分はココで潰されるわけにはいかない。我を通し、でも腹心の言葉はちゃんと聞いて。味方を増やして、魔界を良い方向へ導く。 ―――――それが、己の使命なのだ。 だがそれは口にせず静かにまぶたを下ろすと、すぐに上げてキラは言った。 「不満がある者も居よう、だがこれ以上、私は民を疎かにする者を許すつもりはない。・・・・・・皆、それを忘れずに。」 ついでに釘もさしておく。これで、民を疎かにするものも少なくなるだろうから。 それから進行役に「続きを」と先を促せば、進行役は一瞬びくりと肩を揺らし、それから慌てたように朝議の次の項目へと移っていったのだった。 途中、席に戻るムウと密かに会心の笑みを交わし、キラも王座に腰を下ろしたのだった。 しかしふと、視線を元に戻せば。 藍色の婦人が穏やかに笑ってこちらを見ていた。 あまり接触はなかったけれど、会うたびにお菓子をくれ、頭を撫でてくれた人。 第二の母のようなその人の口が、「がんばったわね」と形作ったのを見、キラは不覚にも嬉しくて泣きそうになった。 朝議に出席する事が許されなかった彼女の息子の存在も思い出し、キラは密かに「後で二人にお礼しに行こう」と決意したのだった。 あぁ、会いたい。 何年会っていないのだろうか。 ――――――僕の母さん、父さん。 (あとがき) 続く。続くんです。 とりあえずリクエストにあった「アスラン&フラガを両腕として活躍するキラ様」を書くつもり。 ついでに、アスランの苦悩も書いちゃうつもり。 なんだか先が思いやられる過去編ですが、楽しみに待っていてください! |
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