「43・移動」の続編です。先にそちらを読まないと内容がわからないと思います。 かつて、まだ何もできずにただ歯噛みするしかなかった頃。 「両親と会いたい」と願ったキラに、誰かが言った。 「感情を完全に抑える術を身に付けてからです」と。 そんな物、とっくに身につけていると。キラは内心で思ったが、口に出すことはできなかった。 何故ならば、そうすると僅かに残る感情、全てが凍ってしまいそうだったから。辛うじて嬉しいとか悲しいとか、表に出さずとも思えていたのに、それすらも無くなってしまいそうな予感がしたのだ。 それは、恐怖だった。何をしても何をされても何も感じない、そうしなければならないといけないとわかりながらも、そんな風にはなりたくなかった。 ――――しかし、どうだろう。 今目の前には、あれほど切望していた母親がいる。 なのに、それほど大きな感情の起伏は感じなかった。 もう今更仕方がないのかもしれないと、若干諦めの境地で思いながら。 それでも嬉しいことには変わりなかったので、名前を呼びながら広げられた母の腕の中に、キラは思いっきり飛び込んだ。 嘘と真実しゃがみ込んだ母の腕に力強く抱かれ、懐かしい感触に安堵の息を吐く。 しばらくはそのまま抱き合っていたが、徐に腕が外され、カリダがキラの顔を覗き込むように見てきた。 「大きくなったわね、キラ」 涙に震える声で、しかし笑顔のまま。キラもまた同じような笑顔を浮かべて、母の顔を凝視した。 カリダは少し老いただろうか。最後に会った時から二十年近く経っているから、それも仕方が無いのかもしれない。 けれど彼女から感じる包み込むような温もりと穏やかな空気は、相変わらずで何も変わっていなかった。 それがまた、嬉しいと。再び母にしがみ付いて、そしてすぐ離れる。 するとカリダは立ち上がり、キラのまだ小さな手をとって家の中に入ろうとする。 けれど途中で振り返って、彼女は微笑を絶やさないままに言ったのだ。 「お帰りなさい、キラ」 「・・・・・・・ただいま」 眩しいものでも見るかのように、キラは目を細め、そしてその目に僅かに涙を滲ませて答えたのだった。 家の中は、離れていた年月を感じさせるほどには変わっていた。それでも相変わらず居間の一角を占めている幼い頃の自分の写真に、知らず頬の筋肉が緩む。 しかしやるせないのは、写真の中の自分が9歳(人間でいう3歳)までで成長を止めていることだった。それからの約20年間の間、自分の成長を見ることが適わなかった両親は、この写真を見る度何を思ったのだろうか。 そんな事を考えていると、お茶を入れる為に離れていたカリダが居間に戻ってきた。 「・・・・・・キラ、いつまでいられるの?」 写真の中で成長を止めた息子は、現実ではちゃんと成長を遂げていた。それを目を細めて実感していたカリダは、一抹の不安と共にそう訊ねる。 キラから感じる魔力は、衰えるどころかますます強くなっていた。ならばまだ世代交替はしないだろうから、このまま家にいれるとは思ってない。 けれど返したくないと言うのが、幼い子供を持つ親としては正直な感情。 するとキラはそれを察したのか、穏やかに微笑んで答えたのだ。 「今回はあんまり時間がないんだ。けれどこれからはちょくちょく来れるよ。父さんとも会いたいしね」 父であるハルマは出張中だとかで、今家にいないのだ。キラの言葉を聞いたカリダはそれが嘘ではないと判断し、息子と同じく穏やかに微笑んだ。 それからは、他愛ない会話をしながら一時間程度過ごした。けれど今王城にはバルドフェルトただ一人しかいないのだ。嫌味のように次々と送られる仕事は溜まる一方だろうし、そう長く居座っている訳にはいかない。 「母さん」 「なぁに?」 お茶を入れなおそうと立ち上がったカリダに、キラは真剣な顔で座るよう促した。 「聞かなきゃいけないことがあるんだ」 そう言うと、カリダはしばらく一界の王でもある息子の顔を凝視した後、すこしだけ顔を青くして腰を下ろした。 「・・・・母さん?」 彼女の様子に怪訝そうな顔をしたが、何でも無いと言う言葉に甘え、次の言葉を切り出した。 「僕は、何族なの?」 犬の形を取ることも無く、予知をするでもない。ならば自分は何だと、彼は嘘を許さない口調で聞いたのだ。 カリダはしばらく俯いたままだったが、ぽつりと呟くように答える。 「私にも、正確にはわからないわ」 それから語られた内容は、キラにとって受け入れ難い内容であった。 『キラ。あなたは、・・・・・・私達の実の子ではないの』 そこまでは、実は既に予想できていた。この年齢になってまでどちらの一族の特徴が出ていないのだから、もはやそれしか答えは無いだろうと。 けれど更に続けられた言葉は、キラの今まで培ってきた存在意義までをも揺るがす事実だった。 『それどころか・・・・・・』 カリダも言いたくはなかったのだろう。目線を合わせようとはしないまま、何度も口を開いては閉じてを繰り返してやっとしゃべっているような状態だった。 けれど誤魔化すことを許さなかったのは、キラ自身。再び泣きそうな顔をさせてしまったことに罪悪感を感じても、聞かねばならぬことだったから。 『あなたは』 ―――――――魔族でも、ない。 始まりは、突然だった。 数十年前のことだ。眠りについていたカリダは、夢の中である女性と出会った。 それは、いつも見る予知夢とはどこか違い、限りなく不快感を刺激される夢で。 気分が悪いなんて物ではない。夢の中なのに吐き気も頭痛もこれ以上と無く酷く、目の前に立つ女性に対し理由もなく嫌悪感を感じたのだ。 「あなたは誰?」 けれどその美しく光る紫色の瞳は、悲しみと苦痛に揺れていて。 嫌悪感を感じても邪険に扱うことができなくて、カリダは女性に話しかけた。 その時すでに気付いていたのかも知れない。これは予知夢などではない、と。 『―――私の名はヴィア。魔界に落ちた神族の者』 神族、カリダはその一言でこの不快感の正体を知った。 魔族と神族は合い入れない種族。近寄れば反発し、嫌い合う。体の細胞一つ一つ、魂の全てで互いの種族を拒絶する。だからカリダはヴィアに対し、嫌悪感を感じていたのだ。 けれど。 「・・・・・・どうしてかしら。もしあなたが魔族だったら、私達きっと仲良くなれる気がするわ」 その綺麗な紫の瞳に魅入られたのか、不思議とそう思った。するとヴィアは微笑み、「ありがとう」と言う。 そして泣きそうに顔を歪めて、今度は「ごめんなさい」と。 『あなたも苦しいと思うけど・・・。夢が重なった誼で、お願いがあるの』 夢が重なる事。それは夢の中で能力を発揮する者達の中で、非常に波長が合う者同士のみで時折起こる現象。そこで漸くカリダはヴィアと仲良くなれそうと思った理由――種族は違っても波長が合うから――を悟ったが、口には出さずにただ頷いた。 気付いたのだ。もう既に、ヴィアの命はそう長く残されていないと。 相手は敵対する神族だが同じ夢の中で能力を発揮し、非常に波長が合う女性。そう出会える者ではないし、元からの性格故だろう。カリダはできるだけ彼女の願いを叶えてやりたいと思い、時間も無いのでただにっこりと微笑んで先を促した。 するとヴィアも再び微笑んで、もう一度「ありがとう」と言ったのだ。 『私の子供が、サウズチ山と呼ばれるところにいるわ。あの子は魔族でもなく神族でも無い子ども。強すぎる力を持ってしまった、私の子――・・・』 「ヴィア・・・・・」 途中から、彼女の体が透け始め、声も聞き取り辛くなってきた。もう、彼女の死はすぐそこまで来ているのだ。 『お願い。あの子は魔界でも生きられる。けれど私は、もう―――・・・」 「大丈夫、安心して。私がその子を最後まで育てるわ。あなたの分も愛すると誓うから」 カリダは必死だった。消えそうになるヴィアに駆けよって、吐きそうになりながらも輪郭がはっきりしない手をとって宣言する。 すると彼女はもう一度「ありがとう」と言って微笑み、やがて完全に消え失せたのだ。 夢から覚めたカリダは、すぐにサウズチ山へと向かった。傍らには心配してついて来てくれた夫のハルマもいる。 そして山を分け入り、漸く見つけたのが、まだ赤ん坊のキラだったのだ。 彼を見つけた途端、カリダは泣いた。神族の美しい友人の子供を、自分の手で育てられることが何よりも嬉しくて。ヴィアが彼の成長を見る事は2度と適わないのだという事実が、何よりも悲しくて。 後日、キラが実子ではない事を本人に告げるのは成人してからにしようと、快く彼の存在を受け入れてくれたハルマと相談して決めた。結局は、そうなる前に教えることとなったけれど。 カリダの知るすべての話を聞き終えて、キラは母を小さな腕で抱きしめてからその場を去った。 一言だけ、ヴィアと良く似た笑顔で「ありがとう」と囁いて。 育ててくれてありがとう、真実を教えてくれてありがとう。そんな意味を込めて送られた言葉に、カリダは思わず涙をこぼしていた。 (あとがき) んん、題名をもっと別のものにしたかったなぁと思いつつ、久しぶりの魔王更新。 漸くキラの正体が明かされましたが、まだ続きがあります。神族生まれだけど、堕天使ってわけでもないのです。 |
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