「2、涙」の続編です。先にそちらを読まないと内容がわからないと思います。









魔王城に戻り。キラは城の廊下をとぼとぼと歩きながら、先ほどのアスランの事を思い出していた。

急激な地位変動に戸惑いはしていた物の、本人は非常に嬉しそうだった。

しかしきっと話の真髄を知ってしまえば、とてつもなく落ち込むはずだ。不可抗力とはいえ、あの魔力譲渡を幸運と取れるほど、アスランは頭が柔らかくない。


だがまぁ、それは元より話す気がないので隅の方に置いておくとする。


今最も考えるべき問題は、その“不可抗力”という点なのだ。


何が起因して、無意識の範疇で魔力譲渡が行われたのかがわからない。しかも本来その行為は、おいそれと出来る物ではないはずだ。

だいたい、魔力の質が合わなければ、それを受け取った者が拒絶反応で苦しむ事は必須。その為に渡す方は魔力の形質転換をせねばならないし、受け取る方もその準備をせねばならない。

なのに今回はそのどちらもが行われなかったにも関わらず、受け取った方に違和感を与える事無く魔力譲渡に成功した訳だ。


――――――それは、明らかに異常な事態だった。



移動





何が原因だったのかわからないまま執務室に到着し、キラはとりあえずノックをしてから部屋に入った。

するとそこには、優雅にコーヒーを飲むバルドフェルトと、心なしかぐったりしているムウがソファーに座っていたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・お疲れ様です。もしかして、もう今日の執務は終わっちゃったんですか?」


ちらりと見れば、机の上から書類が消えている。そしてバルドフェルトが満足げに頷いたのを見て、キラは感嘆とも呆れとも取れるため息を吐いた。


「よくもまぁ、この短時間で・・・・。」

「なぁに、この男がらしくも無く張り切ってくれたんでね。」


そう言ってバルドフェルトが視線をやったのは、言わずもがな暫定補佐官であるムウだ。

別に出来ないわけではないが、普段から余りデスクワークが好きではないと暴露(というか豪語)している彼にしては、執務を張り切ってやるだなんて珍しいことである。


そんな彼に余計に申し訳なく思いながら、キラは大変言いづらそうに口を開く。彼にはどうしても言っておかねばならない事があったのだ。


「あ〜・・・・。あの、ムウさん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ?」


億劫そうに顔を自分の方に向けたムウに、より一層言いにくくなったが、キラはそれを隠しもせずに続けて言ったのだった。


「・・・・・・・・・地位変動が起こりました。第九位ムウ・ラ・フラガ。第十位への降格を申し渡す。」


また書類で正式に発表するけど。と苦虫を噛み潰したような顔で言うキラの言葉に、ムウは目を見開いて硬直し、バルドフェルトは一瞬の驚愕の後、顔を引きつらせて彼を見る。


「・・・・・・・・・・・・・・アスラン、か?」


アスランが昇格したから、己は降格するという事か。

数秒後、強張った顔のままそう聞いたムウに、キラは拭いきれない後ろめたさを感じながらも、肯定を返した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、か・・・・・・。」


そう言って天を仰ぎ、片手で目を覆う。そしてそのまま、微動だにしなくなった。

確かムウは、これまで着々と昇格の道を進んでいたはずだ。それがここに来て初めての降格。ショックもまた一層大きいだろう。


と、残念ながらキラはそこまでしか推し量れなかったが、バルドフェルトから見れば、このムウの落ち込み様には、もう一つ理由があるように思えた。


それは、自分より年下の少年に負けたとか、そう言った類の感情からくる物では無く。ただただ無力感に苛まれているのもあると推測できたのだ。

そう、彼からしてみれば、ムウとてアスランと同じ。キラの成長が嬉しくも寂しく、また彼を補佐するのに足りない力に歯噛みしている。


仕えるべき人に追いつくはずが、更に遠く離れてしまった、と。



そして、自分で茶器を取り寄せてお茶をいれていたキラもまた、決して本人に言うことはないが、ムウの地位について少々困っていた。

本来王を補佐するのは、代々第二位と第三位の宮廷人の役目である。それを少々権力を乱用して第十位と第九位を暫定補佐官としていた訳だが。

現状維持ならともかく、降格してしまったムウに、本来の補佐官たちは何を言うだろうか。せめて彼本人に直接嫌味は言ってくれるな・・・と頭を抱えたところで、不意にキラの脳裏に先ほどの出来事がよぎった。


それは、アスランに行ってしまった、不可抗力だった魔力譲渡の―――――・・・・


一瞬そちらに思考が逸れたが、すぐさま己を叱咤し、それを頭の隅に追いやる。


裏切りに裏切りを重ねるなど、死んでもしたくない。


しかしそう思った瞬間、キラは不意に気づいてしまった。

そして気付くと同時に、持っていた茶器が手から滑り落ち、毛の長いカーペットに染みを作る。


「キラ? どうし・・・・・・・・・・キラ・・・・!?」


バルドフェルトが慌てたように立ち上がり、キラに駆け寄った。ムウも漸く我に返り、キラの蒼白な顔に気付くと驚いたように立ち上がった。


「キラ!?」


バルドフェルトと挟むように立ち、ムウはキラの両肩に手を乗せて彼を揺さぶる。

キラは俯きながら「大丈夫」と呟き、肩に乗るムウの手に、自分の手を重ねた。


―――俯いたままの彼の表情は、なんの感情も表してはいなかった。






気付いてしまった。また自分の魔力が減っていた事に。そしてムウに触れた事によって気付いた、自分から減った分増えた彼の魔力。


そしてとどめとばかりに、脳裏に記された声ならぬ声。








『地位変動完了。第十位より第七位へ』








もう、何が何だか全くわからなくなった。





キラは、何とか負の感情を抑えこもうとお得意の無表情を装っていた。

顔に出てしまえば、それに引き摺られて感情まで動いてしまう。つまり無表情は、感情を抑えるのに一番確実かつ初歩的な抑止策であったのだ。

第一二度に分けて土砂降りを降らすとなると、魔界と魔王の関係を知っている者達に不信感を与えかねない。

特に外にいる上、キラ関連になると妙に聡くなるアスランには、尚更己の動揺を知らせる訳にはいかなかった。


そんなこんなで感情の抑制に成功したキラは、不自然にならない程度に苦笑し、漸く顔を上げる。

そして自分を心配そうに覗き込む大人たちとちゃんと視線を合わせ、もう一度言ったのだった。


「大丈夫。あぁムウさん、明日から五日間、今度はムウさんがお休みをとっていいよ。バルドフェルトさんにはその件でお話があります。ムウさんは、今日はもう上がっていいからね。」

「「キラ・・・・?」」


大人たちの納得のいかないような表情を見、それでもキラは有無を言わせないように笑みを浮かべつづけていたのだった。


それから、いったい何分経ったのだろうか。その間ずっと、キラは笑みを浮かべ、無言の重圧で疑問を口に出せない大人たちを見つめていた。


すると、最初に折れたのはムウだった。

彼は何度か口を開いたが、その度に何も言わないまま閉じてしまう。しかし一旦何かに耐えるように目を瞑ると、少し笑ってから「わかった」と言う。


「わかったよ。じゃぁ俺も、アスランを抜かし返す為に修行でもしてくるかな。」


そう、おどけたように言いながらキラの頭をぐしゃぐしゃと撫で、ムウは王執務室から去っていった。


「ごめん、ムウさん・・・・・・。」


彼の姿が完全にドアの外に消えると、キラは目を伏せて、小さく謝罪したのだった。


「・・・・・・・キラ」


しばらくそのまま沈黙していたが、バルドフェルトがその沈黙を破る。それを切っ掛けとしてキラは目を開き、笑みを消して真剣な顔で口を開く。


「お力を、お貸しください。」


教育係であるバルトフェルトではなく、虎型獣人一族の頂点に立つ男に、キラはそう言ったのだった。





獣人一族の長たる人物は、総じて高い戦闘能力持ち、尚且つ智にも恵まれている者がなるシステムになっている。

それもまた誰かがそうと決めるのではなく、“魔界”が決めるのだが。

長の宮廷人としての地位によって、種族間で優劣が付くことの無いようにと、彼らは長となった時点でその「宮廷人としての地位」から無縁となる。

つまり、どれほど高い能力を持っていても、一族の長は宮廷人にはなれないし、例え宮廷人に及ばぬ力を持たなくても、長ならば敬われる立場につく事が出来るという訳だ。


そしてキラは、その魔界のシステムを思い出し、自らがしでかした事を彼に告白したのだった。

地位変動に全く縁のないバルドフェルトなら、変な欲も出さず、客観的立場からの助言をしてくれるのではないかと思って。


すでにもう、アスランに続いてムウに行ってしまった魔力譲渡は、このまま暢気に悩んでいる訳にはいかなくなっていた。

このままでは、色々と不味すぎる。制御も利かなければ原因もわからないとなると、あの魔力譲渡は傍にいる者達のみならず、最悪魔界にも影響を及ぼしかねないのである。

だからこそ状況を打破すべく助力を願った。


そして不可抗力の魔力譲渡について聞き、驚きから覚めたバルドフェルトが言ったのは、キラの盲点とも言える事であった。


「ふ〜む。無意識のうちに行われた、完璧な魔力譲渡、か。残念ならが僕も聞いた事がないな。」


そう言ってしばらく自分の思考に沈み、だが何も名案が浮かばなかったらしく、難しい顔のままため息を吐いて。

それから徐に、―――ふと疑問に思ったことをただ言ってみただけのように見えたが―――言ったのだった。


「そう言えばお前、一族は何処に属しているんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?」


思っても見なかった質問は、考えてみたこともなかった疑問で。

いや、確かその疑問は、キラも幼い頃に何度か考えたことがあった。だがそれを両親に聞くと、決まって彼らは悲しそうな顔をしたので、キラはいつの間にかそれを口に出すことも、疑問に思うことすらも止めてしまったのだ。


しかし確か母は先見の力を持つ一族で、父はアスランと同じ犬型獣人一族の一員だったはずだ。

ちなみに。どう言うわけか、このように違う一族の両親を持った子供は、両者の力を受け継ぐ事はない。必ずやどちらか片方のみの力を受け継ぐことになっているのだ。

そしてキラは犬に姿を変えることが出来ないので、カリダの先見の力を持つ一族に分類されるはずなのだが。

残念ながらキラには、予知夢さえも見たことがないし、他の特殊能力だって持ってはいない。


あるのはただ、膨大な魔力と、それを使いこなす才能だけだ。


つまり、キラはどちらの一族に属しているのか、未だはっきりしていないという訳だ。


そう言うと、バルドフェルトは珍しい物でも見るかのようにキラを見、短く嘆息した。


「その歳でわからないと言うのも、考え物だぞ。・・・・だが、それが謎の魔力譲渡に関係がある可能性が高いな。ちょっとご両親のところに行って、聞いてみたらどうだ?」


実の両親なら、子が産まれた瞬間にそれがわかるらしい。・・・残念ながらキラもバルドフェルトも自分の子を持ったことはないので、それがどう言う感覚かまではわからないのだが。


だがキラは、そんな事よりも、バルドフェルトが放った言葉に驚いていた。


「・・・・・・・・・・会ってきて、いいんですか?」


キラにとってそれは、半分諦めていた願望。

提案された事が信じられなくて、キラは思わず拳を強く握ってしまった。


――――だってそれは、ずっと禁じられていた行為。


それに初めて許しが出た。それが信じられなくて、夢じゃないことを確かめたくて、キラは手のひらに爪を立てる。

バルドフェルトはそんな彼の様子に優しく苦笑して、その握り締めた拳をゆっくり解きながら、間違いなく言ったのだ。


「良いに決まってるじゃないか。」


その言葉を聞いて、キラは衝動的にバルドフェルトの逞しい体に抱きつき、しかし一瞬後には綺麗さっぱりその場から姿を消していた。




(あとがき)
魔界の新しいシステム紹介しすぎ。きっと皆さん混乱したに違いないUu
また今度皆さんの疑問に答えま章2を書こうかな〜?

そしてお題の「移動」は、地位変動を指しており、魔力の移動を指しており、執務室への出入りを指しており、また物語が謎解きに動き出した事も指しています。
・・・・・・・こんな風に解説してる辺りで、すでにお題をまっとうできていないような気がする・・・・・(泣



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