「あら、ムウ?どうしたの、こんな所で・・・」

マリュー達の家は、何故か和風に出来ている。
その、立派な和式の庭が望める縁側にて。

 なんとも風流なことに、自分の伴侶が暗闇の中、月を肴に酒を飲んでいるのを発見し、マリューは少々驚きながら疑問の声を上げた。

 するとムウは振り向かずに「まぁ、ね」と苦笑しながら曖昧に答え、お猪口ちょこ の口を傾けたのだった。

長年の付き合いから、ムウは何かを言いたいような、言いたくないような、そんな気分なのだと察し、マリューもまた苦笑して、静かにムウの隣に腰を下ろした。


 そのまましばらく、決して心地悪くない、無言の空気が流れたが、するりと自然な様子で酌をしようとするマリューに、ムウはそれを受け取りながら、漸く口を開いた。


「昔話を、しようか。悪いが、ちょっと付き合ってくれよ?」



それは、もう1000年以上も前のこと。マリューもまだ、魔界にいなかった頃の話。


 どこか昔を懐かしむような、そんな顔で語るムウの話を、マリューは静かに聞いていたのだった。



過去





―――今から約1200年前


「あれが、新しい魔王陛下・・・?」

沢山の魔族兵達に囲まれ、ゆっくりと魔王城に入っていく人物。

 事前に教えられてはいたが、予想以上に幼すぎるその容貌に、ムウは驚きを隠せずにいた。

 まだ数キロ離れた時点にその人物はいるのだが、ムウの一族の特性で、しっかりとその幼児の顔は判別できたのだ。

「・・・あれが、ねぇ・・・。」

たった九つの子供。親と強制的に引き離され、魔王としての責務で、きっと一生を費やす事となる、憐れな子供。

やりきれない思いを感じ、ムウは密かに眉を顰めたのだった。

「隊長、もう見えたんですかい?」

 ムウの呟きが聞こえたのか、自分の隣にいる使い魔であり部下でもある男が、内緒話をするかのようにひっそりとそう聞いてきた。

「まぁな。紫の瞳の、将来大いに期待できるべっぴんさんだぞ」

それにはおどけたようにそう返し、ムウはくるりと視線を使い魔に移した。

新しい魔王様の容姿は、輝かんばかりの紫の瞳、少年らしくさっぱりと切ってあるさらさらの茶色い髪、ぷるんとしたさくらんぼ色の唇、陶器のような白い肌という、魔族らしいと言えばらしいが、らしくないと言えばらしくない、ぶっちゃけ忌々しいどこかの聖殿の壁画から出てきたような、清廉で美しい容姿の持ち主なのだ。

 なのに目の前の男といったら、浅黒い肌、無造作に伸びた髪とひげ、自分よりも高い身長とがっちりと(しすぎる感も少々ある)体、決して醜いわけではないが、美しいとも言いがたい、(何故か)おっさんな顔。
 ・・・・・・有りたいていに言えば、熊男なのだ。

名をコジロー・マードックというのだが・・・、いや、フラガだって狙ってこんな見ても目の保養にもなりゃしない(ヒドッ)大男を作り出したわけではないのだ。

 ただ、この男を作ったのがまだ幼いといえる頃だったので、ただ強さのみを求め、基本を「熊」に設定し、他はまぁアバウトにやっちゃった結果、容姿まで手が回らなかったわけだ。

 いや、もちろんマードックのことが嫌いなわけではない。むしろ好ましいのだが。だが・・・だが!!


あの子供を見れば、意味無く虚しくなってしまうのだった。


 ヒドイ言われようだが、マードックは気にしないし、ムウも、こんな心の声の割には、大して気にしてるわけでもないので、軽くスルーしてやって欲しい。

 そんなこんなで、ムウは一つため息をついた後、「後は頼んだ」とマードックに言い、長く重い正装の裾を翻したのだった。


 自分の当時の肩書きは、魔界警備軍、通称魔族兵の総指揮官であり、第九位に位置する宮廷人であったのだ。

当然、新魔王の王位継承の儀(あくまでもすでに王位の継承はされているので、形のみだが)に参加する義務があるので、正装に着替え、式典開始まで城門で部下達と暇をつぶしていただけなのである。

 だがもうすでに見えるくらい近くに来ているので、そろそろ儀式の間に行った方がいいだろう、と判断したのだった。


―――それが、ムウがキラを見た、一度目の時こと。


 つつがなく儀式は進められ、儚げな、それでいて落ち着かない様子で視線をあちらこちらに飛ばす子供に、苦笑をかみ殺しながら、ムウは静かに彼を見ていたのだった。



 当時、魔界は「実力主義」という物に固執していた。
 明確に己の順位を知ってしまう宮廷人は、より上へ、高い位へと上がろうとする欲求が強い。
よって、城に住む者は皆ライバルであり、敵であり、競うべき相手である、と、皆認識しているのだ。

 勿論例外はいるのだが、圧倒的な「他者とは関わらない」という風潮に、ムウも少しだけ則っており、興味はあっても、彼も他の誰もその継承の儀式が終わってから、新しい魔王陛下に懇意にしようとは・・・話し掛けたりしようとは、しなかったのだった。


―――それが二度目の、キラを見た機会であった。



 新しい魔王陛下、キラ・ヤマトが即位してから、すでに数十年。
その間、ムウは一度たりとも魔王陛下と顔を合わすことがなかった。

反乱が各地で起こり、また魔王陛下も外に出ようとしなかったため、警備も必要なく、遠慮なく反乱の制圧に遠征を繰り返していたからだ。

 よって、城にいる時間も自然と少なくなり、日がな一日部屋に閉じこもっている陛下に、ばったり出くわす事があるはずも無く。

結果、長期の間顔を合わすことがなかった訳だ。


 しかし、ある日のこと。

凱旋から帰還の後、今回の反乱の制圧について報告書をザラ補佐官に提出しようと城の廊下を歩いていたときのことだ。

「・・・・・・そこにいるのは、フラガか?」

と、いきなり声を掛けられたのだ。声の主は・・・と、音の発信源に目を向けると、そこには、いかにも元軍人です、とでも言いたげなたくましい体躯を上品な服で包んだ、自分の元上司が、こちらを珍しそうに見て立っていたのだった。

 ムウが思わず敬礼を送ると、バルトフェルドは苦笑し、「僕はもう君の上司じゃないんだがな」と言ってムウへと徐々に近づいて来た。


 アンドリュー・バルトフェルド。

主に砂漠地方に居を構える、虎型獣人一族の長だ。

彼も、恵まれた戦闘能力を持つ獣人一族のほとんどの者がそうであったように、軍に属していた身であり、今はムウが就いている役職・・・総司令官として、その手腕を発揮していた。

だが、十年ほど前、上層部直々の命令により、彼は幼き新魔王陛下の護衛兼教育係として着任し、軍もその際正式に辞めてしまったのだった。

その護衛兼教育係の彼が何故ここに?と思いながらも手を下ろすと、バルトフェルドはムウの前で止まり、おもむろに言った。


「お前、今暇だよな?そうか、暇か。なら付き合いたまえ。僕が直々に美味いコーヒーをご馳走してやろう。」


いや待て、俺はこれから報告書を提出しに・・・てか訊くならちゃんと答えさせろ自分で勝手に納得してんなよなってかあんたのコーヒーは殺人的だろうが!!


そんな激流の如きムウの胸中はよそに、バルトフェルドはそう言って、ぐいっとムウの首根っこを掴み、ずるずると引きずって彼の部屋へと元部下を(反論も許さないという、かなり強制的に)つれてきたのだった。


 そして、なんともいえない芳香の漂う部屋の中、内心ムウが「よくこんなコーヒーの匂いの濃い場所で寝れるな・・・」と感心していたところで、バルトフェルドがコーヒーを両手に持ち、片方をすすり、もう片方をムウに渡しながら、早速話を切りだした。

「お前、キラ・・・魔王陛下と話したことはあるか?」

「・・・ないが、それが?」

前置きも「元気だったか?」の一言も無く(あったらあったで恐いが)、バルトフェルドの話し出した内容に軽く驚きながら、ムウははっきりとそう答えた。

 自分は勿論陛下の存在を知っているし、一応宮廷人なので、自分のことも陛下はご存知だろうとは思う。
だが、話したことは一度たりとも無かった。

 話したいとも、話さなければいけないとも、思わなかったのだ。

するとバルトフェルドはその返答がわかっていたかのように頷き、コーヒーカップを一旦置き、真剣そうな口調で言った。

「・・・・・・僕が魔王陛下の教育係だと知っているだろう・・・。いいか、お前を見込んで彼の事で話がある。心して聞け。」

 心しても何も、俺には拒否権なんて与えないくせに・・・と思いつつも、ムウは無言で首を縦に振る。

逆らったって無駄だと、何十年にも渡る付き合いで、ムウはとっくに悟っていたのだった。


「公にはされていない・・・というか、されるはずがないんだがな。・・・魔王陛下は、まだ一度も政治活動を行った事がない。」


そこで一旦言葉を切り、ちらりとムウを見れば、案の定彼は驚き、しかしすぐに不快そうに眉をしかめた。

 それを見ながらも、バルトフェルドは尚もつづける。

「前魔王陛下の命令だ・・・。あの男、陛下には「まだ幼いから」と言って政治から遠ざけているが、キラは昔っから優秀だし、政治だって充分に出来る技量を持ってる。・・・何より、そんな事世間も他の宮廷人たちも認めるわけないからな、他の者には言わず、その事実がもれないようにと・・・最近ではほとんど軟禁状態だ。
 ・・・・・・そこで、本題なんだが・・・あの子の精神は、もう限界かもしれん。どんどん顔から表情が無くなって来て、最近は死んだ魚のような目ばかりする。
時々僕に何かを言いたげな視線を送ってくる事もあるが、結局は何も言わないんだ。そんな事は結構前からあったのだが、・・・最近はそれも少なくなってきた。
その代わり、諦めたように・・・作った顔で微笑むんだ。・・・だがやはり僕には何も言わない。僕には、きっとあの子を救う事が出来ないんだろう。
 そこでだ、お前さん、どうにかしてやってくれないか。」

 そこまで、滝の奔流の如く勢いで一気に言い、彼にしては珍しい事に、バルトフェルドは何処か切羽詰った様子で、すがるような瞳でムウを見る。

 ムウはそれをただ無言で見つめ返してした。否、言葉も出なかったのだ。

目の前の、いつも人を食ったような余裕綽々な性格でいる男が、こんなにも必死になっていたのにも驚いたし、あの何にも無関心だった男が、子供にこれほど心を砕いている事にも、驚いた。・・・もちろん、その話の内容にだって驚いたが。

 バルトフェルドが言った事が本当なら、ザラ第一補佐官は魔界を裏切っているようにも見て取れるし、子供の・・・魔王の精神状態も本当に危ういのだろう。

―――どちらも、魔界にとって良いことではないのだ。


ムウはそこまで思い至り、一つため息をこぼしてから、「俺でよければ、何だってしますよ。」と言ったのだった。

 この男が、ココまで懇意にする子供に、興味があったのも、事実だったから。




 それからすぐ、何を急いでいたのか、バルトフェルドはムウの返事を聞いて思い出したように顔を上げ、「それじゃ頼んだぞ」というと、すぐさまムウを部屋から追い出し、自分も小走りにどこかへ行ってしまったのだった。

 それを呆然と見送り、ムウはふと我に返り、思い立ったらすぐ行動、とばかりに陛下の執務室へ足を運ぶ事にしたのだった。





 そして、ドアをノックしようとした、その瞬間。


「ザラ補佐官!僕だってもう政治が出来ます!そろそろ僕にも仕事を回してください!!」


という、幼子の声がしたのだった。

ムウはノックをしようとしたままの格好で動きを止め、失礼とは思ったが、そのまま話を聞かせていただくことにした。


「なりません、陛下。貴方はまだまだ勉強不足ですぞ。政治は奥が深いのです・・・もう少し勉強してからでなくば。」


 苦々しげな声・・・それでいて、何処か見下すような、そんな口調だ。

・・・だがそれだけで、バルトフェルドの言った事が証明されたのだった。


しかし、ムウとて馬鹿ではない。このまま部屋に乱入し、ザラ第一補佐官を糾弾する事もできよう。だがそれでは、何の解決にもならない。所詮自分は第九位、第二位たるパトリックに実力では負けているのだ。
 ・・・自分ひとり、部屋に入っていったところで、消されるのが落ちなのである。


奥歯がなるほど歯を噛みしめ、ムウは己の無力さに苛立ちを感じずにはいられなかった。


 と、その時。

自分の思考にはまっている間に、どうやらすでに二人の会話は終わりを迎えていたらしい。目の前でドアノブが回されるのを目にし、ムウは慌てて瞬間移動し、その場――執務室のドアのまん前――から遠のいた。


 あの一瞬では、陛下の執務室から遠く離れられる程魔力を練れようはずも無く、着地した場所は先程ムウが立っていた所から、数十メートル離れた地点だった。

姿を隠す事は出来なかったが、それでも一応は聞き耳を立てていたことがバレないくらいの距離だったので、とりあえずは成功と言えよう。

 ムウは緊張と驚きで暴れ狂う心臓を必死に宥め、ドアから出てきたパトリックに会釈し、何事も無かったかのように陛下の執務室のドアへ近づいていった。


 そして、今度こそそのドアを叩く。

コンコン、と叩いている間に、近くからパトリックの気配が消えたのはすでに確認済みだ。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


しかし、いくら経っても返事がない。

仕方がなしにもう一度叩く。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


やはり、返事はない。

 先程までパトリックと言い争っていたのだから、部屋にいるのはわかっている。

だが、やはり返事がない。

 ムウはそのことに妙に胸騒ぎを覚え、無礼だとは自覚していたが、そのドアを、勢いよく開けたのだった。



 こざっぱりした部屋に置かれる、大きな机の近くに探していた姿は無く。


だがその代わり、




部屋を満たす幼子の泣き声が、その存在を主張していたのだった。



 ムウは静かに歩みを進め、声のする方向・・・執務室と繋がる魔王陛下専用の仮眠室のあるドアの前で、その歩みを一度止める。


 ・・・声を上げて、独り密かに泣く子供。

今までの自分の無関心さに後悔しながら、ムウは仮眠室のドアを、そっと開けた。





同時に止む声。

向けられる紫の瞳。


―――怒りと、悲しみと、苛立ちと




―――――絶望がありありと浮かぶ、そんな、深い深い、暗い紫。




 それに一瞬飲み込まれそうになりながらも、涙を静かに流したまま、だが表情という表情を全く浮かべず、先程まで瞳に浮かんでいた感情も消してしまってこちらを見るキラに、ムウは静かに近づいていった。


 そして、キラの目の前で歩みを止め、仮眠用べッドにしがみつくように座っていた子供に、視線を合わせるために跪いたのだった。


 そして、頭を撫でながら、言う。


「ごめん、な・・・。俺は・・・・・・」


俺は、なんだというのだろう。そこまで言って言葉につまり、唇をかみ締めるムウに、キラのその瞳に何かの感情が、戻りかけたその時。



 何時の間にか薄暗くなっていた部屋を、一筋の雷光が轟音と共に明るく照らしたのだった。





 思わずそれに目を奪われた時、目の前から子供が消え、彼は窓に額を押し付け、信じられないものでも見るかのように目を見開き、窓の外をじっと見ていた。

 表情を表に出した子供にほっとしたのもつかの間、すぐに子供が取り乱したように叫び出し、ムウは驚いて子供に駆け寄ろうとした。


だが。


「なんで、なんで・・・!!?止まってよ、止まれ・・・!止まれよ・・・・・・!!!!」

 何時の間にか張ったらしい結界と、繰り返しその言葉を呟く子供の雰囲気に、ムウはそれ以上子供に近づく事が出来なくなっていたのだった。




 無言で立ち尽くしたまましばらくすると、子供は空間移動してしまい、その場から消えてしまった。

そして、ふと窓の外に目を向けると、そこには信じられない光景が、広がっていた。






「暴風雨で、城の装飾は所々剥げ、庭園も荒れて、かすかに見える城下では、川の氾濫や土砂崩れが起こっていた。・・・・・・さっきと丸っきり同じだ。
その後バルトフェルド隊長から魔界と魔王の関係を聞いたんだけどね・・・。
 参ったよ、それからしばらくキラは俺を避けるように動くし、城や城下の修理に俺まで参加させられて、余計にキラと話す機会が無くなったし、さ。
それが完全に終わったら終わったで、城に帰るなりキラに蔓延の笑顔で迎えられるし、隣にはいけ好かないガキがいたし、協力しろなんて命令されちゃったし。」


「協力って?」

「『僕の左腕になって。僕がお飾りでない権力を握る、協力を』だと。ちなみにアスランが右腕。・・・今じゃラクスに左腕の座も奪われちまって・・・。」

酒が回ってきたのか、饒舌にしゃべり、泣く真似なんかもしながら語るムウを、マリューは穏やかな笑みを浮かべて見ていた。


 あの、出会ったときから傍若無人っぷりを発揮していたキラ。だが時折見せる「王」としての顔の裏には、そんなことがあったというのだ。

 感情の抑制の訓練、幼さを盾にして奪われた権力。感情の暴走による、魔界の破壊。


 想像以上に重いものを背負う我等が親愛なる陛下。

話を聞き、又は昔を思い出して、マリューとムウは密かに心の中で、更なる忠誠をキラに誓った後、そのまま酒を交わしたのだった。






―おまけ―

「ま、マリューさん、何でそんなに元気なんですか・・・?」

下手したら俺よりも飲んでたくせに・・・

「あらあら、情けないわよ、ムウ?」

酒は飲んでも呑まれるな♪
そう言いながら颯爽と自分の執務室に行ってしまった自分の奥さんを見送りながら、ムウは酒臭いため息をついたのだった。



―――あの後、彼らの肴が月から朝日に変わるまで、酒を飲みつづけていた日の朝の出来事だった。  




(あとがき)
フラマリュで39の補足。
「求める」の少し前くらいの話しです。

虎登場、鷹登場、登場。
・・・いぇね、私マードックさんは、か・な・り好きキャラですよ?
でもま、書きたかったので書いちゃいましたよ!(笑



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