「アークエンジェルを襲撃!?」


太平洋を漂うミネルバの中、そんなアスランの心底驚いたような声が響き渡った。

動揺しているのか盛大に眉根を寄せ、若干体が乗り出している彼と向き合うのは、何を隠そうプラントの新議長、ギルバート・デュランダル年齢不詳閣下。

彼は悠然と足を組み、何故か態々地球にいる戦艦にまで来て、直接クルー達にアークエンジェル襲撃の命令を下したのだった。



拘束されし自由





「落ち着き給え、アスラン。なにも私はアークエンジェルの撃破を望んでいるわけではない」
「では何故!?」


歌うようにそう告げた議長に、アスランは若干頭痛がしてきた。言い方が紛らわしいんだよとか何とか言う前に、そのサドっぽい顔をどうにかして欲しいと若干思いながら。

議長は信頼できるが、親身にはなれないタイプだと、こういう時つくづく思わされる。

しかも問題の対象が対象なので、アスランは知らずイライラと落ち着き無く議長の返答を待っていたのだった。


一方、実はブリッジで会話が成されていたので、彼らの会話を否応も無く聞いていたクルー達は、そんな常にはないアスランの様子に軽く驚愕して見せた。

何せアスラン・ザラといえば、流石というのか若いながらも礼儀正しく、決してこのように上官に食って掛からない(どこぞの赤目に爪の垢を煎じて飲ましてやりたい)、言わば軍人の鑑のような人物だというのがクルー達の共通の認識で。

まぁこれには偏見も入ってはいるが、アスランがこのミネルバに所属するようになってから、まだ一ヶ月ほどしか経っていないのだ。彼のヘタレ具合やら何やらをクルー達が理解するには、一緒にいる時間が短すぎた。


しかし彼のこの反応こそが当然だ、と思う者も勿論いる。何故ならば彼が先の大戦で、今回襲撃対象となるアークエンジェルと行動を共にしていたのは、既に多くの者達が知る変える事のできない事実であったからだ。

そもそもそのような人物が所属するこのミネルバに、元友軍艦襲撃の命を下すの自体が酷という物である。

だが現時点でミネルバがザフトの最新鋭であるのも周知の事実。使えるものは使う、軍とはそう言うものだから、仕方がないと言えば仕方がない。


その場にいた殆どの者はそう割り切っていたので、結局議長はアスラン以外からは殆ど批難の視線も受けずに、随分と長い間をあけて(勿体振るとも言う)漸く答えを提示したのだった。


「君は私が、アークエンジェルの撃破を見る為だけにこの忙しい時期に地球に降りたとでも思っているのかい?」


というかプラントの議長が戦艦(しかもこれから戦闘に行くらしい)に乗っていること自体がおかしいのだが、懸命にもアスランは言わずに置いた。これから何をするにせよ、責任は全て議長にあるのだし。

うじうじと悩みつつも最終的にはきっぱりそう結論付けたアスランは、質問に質問で返された事に戸惑いながらもう一度問い返す。回りくどい話し方は得意ではないのだ、誰かさん(某仮面とか某歌姫とか某ワカメとかワカメとかワカメとか)とは違い。しまった全員腹に一物抱えている系だ。無意識にアスランは信頼する議長までカウントに入れてそう思っていた。


「いいえ。では何の為に襲撃なされよと仰ったのですか」


するとその質問を待っていた、とばかりに議長は組んだ手に顎を乗せて身を乗り出し、意味深な微笑を浮かべて返したのだ。


「フリーダムのパイロットと少し話があってね。それしだいで、此度の戦況は大きく変わることとなる」


この言葉に驚いたのは何もアスランだけではない。ブリッジにいる者全員が、生ける伝説とは言えたかが一パイロットと話す為に、遥々宇宙の彼方から地球へ降り、命の危険の伴う戦艦にやって来たと言うのかこの年齢不詳なワカメっぽい議長は。と微妙な気分を味わいつつ突っ込まずにはいられなかった。

しかもこの場合、会話の流れからして共闘の申し込みをするのだろうが、それならば「フリーダムのパイロット」個人ではなく、アークエンジェルの艦長、またはそれに順ずる者との対談が望ましいはずではないか。

その最もな艦長の疑問に、しかし議長は爽やかに笑ってただこう言うだけ。


「私にも考えがあるのだよ。この戦争の早期終結のために、ね」


果てしなく怪しいのだが、「知る権利」とかを主張しても良いのだろうか、この場合。アスランは頭の片隅でそう思いつつ、結局は逆らえないのだからとため息を一つ零すだけにしておいた。

どうやら本当に話し合いに重点を置いてあるようで、襲撃するつもりは微塵も無い事を悟ったからでもある。そうでなくば、親友と恋人と盟友の危険を目前に、こうも冷静でいられるはずがない。


その議長の気の抜けるような意図を知って、実際気が抜けていたからだろうか。アスランはシンがある決意を胸に強く拳を握り、見えぬ敵を睨みつけていた事を気付かずにいたのだ。

これは常々シンの目が釣りあがり、何かを睨みつけているように見えるせいでもあるのだが、とりあえず上司としてその時のシンの行動に気付き、声をかける事もなかったのは、確実に彼の過失であった。







数日後、アークエンジェルの居場所が判明し、早速かの無敵艦捕獲計画が実行された。

流れとしては単純な物で、インパルスがアークエンジェルの通信可能域に入り次第戦闘の意思が無い旨を伝え、その後交渉する為にこちらまで誘導するという物。

ミネルバに戦闘の意志がない限り、あちらは絶対に攻撃に出る事はない。そう確信しているアスランが提案した物だった。

ちなみに当のアスランは、今回はブリッジで待機、という事になっている。それが温情なのか、それとも他に理由があるのかは、決めた議長にしかわからない。アスランはただ彼の人選を信頼し、従っただけである。

しかし彼自身は、ルナマリアの代わりに自分がセイバーで出た方が色々と有事の時に良いのではないかと思っていた。通信だって顔見知りである者がやった方が、信頼度が違うだろうと。

そう提案しかけたが、何か・・・そう、言うなれば第六感のような物を感じて今回はあえて何も言わず議長に従った。信頼云々も事実ではあるが、実はこちらの方が本当の理由である。

そして作戦開始から数分後、その直感が全く以って当たっていた事をアスランは知る羽目になったのだった。


まず始まりはシンの暴走だった。これには最早皆慣れたものだが、作戦に甚だしく反する行動、つまり姿を表したフリーダムへと武器を持って突っ込んでいったのを、まさか見逃す訳にはいくまい。


「「シン!!!」」


メイリンと艦長がすぐさま咎めの声を上げたが、インパルスの通信をあらかじめ切っておいたのか、返事が返ってくる事はない。アスランはアスランで最早何かを言う気力すら果てたのか、これもため息を零すだけにとどめていた。

相手がフリーダム以外であったらもっと慌てて自分もMSで飛び出していただろう。だが今暴走したシンの相手をしているのは、殺さずを信条とした生ける伝説、フリーダム。妙な安心感がそこにはあった。


そんな事を考えている内に、何やら周囲から音が消えていた。アスランははっと我に返って戦況を把握しようと、いつの間にか俯けていた顔を上げる。

そして目に入った光景の意味を悟ると同時に、思わず周囲と同じように言葉を失ってしまったのだ。


いるべき物のないその空間では、海に浮かぶ大天使たる戦艦を守るように位置するフリーダムが、ビームサーベルを両手に悠然と宙に浮かんでいた。

フリーダム自身に不振な点は無く、アークエンジェルも無傷のままそこにいる。

だがそれなら、先ほどまでフリーダムに切りかかろうとしていたインパルスは、いったい何処にいるのか。

それを援護、もしくは牽制しようと追いかけていたザク・ファントムとウォーリアはどうした。

そして何故今、戦闘中で本来号令や応答の声で騒がしいはずのブリッジが、これほどまでに静まり返っているのか。

アスランはその答えを、容易に予想する事ができた。きっと彼らは実際に体感し、または見たのだろう・・・フリーダムの伝説とまで言われた戦い方を。

共に戦い抜いた中だ、例え二年のブランクがあろうとも、キラはきっと戦いの感覚を忘れていはいない。しかしそれがどの程度の物なのかわからなかったアスランは、徐にメイリンの背後からCIC機器を操作して見逃した戦闘を再生させたのだ。

そして人知れず、眉根を寄せる。結果から言えば案の定シン達の機体は細切れにされて既に海に沈んでいたのだが、それまでのフリーダムの動きが、以前よりも格段に良くなっていたのだ。

カガリの護衛をしていたアスランならともかく、二年間体を鍛える必要もMSに触れる機会もなかったはずのキラが、だ。


アスランでさえ最早追いつけるのかどうかすらわからない、一瞬の素早すぎる攻撃。これではシン達パイロットには、何が起こったのか分からなかっただろう。客観的に見守っていたクルー達は、逆に一部始終を見てしまいフリーダムの強さを目の当たりにしてしまったのだろうが。

あの3人はルーキーだが戦闘能力は極めて高い。それはこの艦に乗る誰もが知る事実であったはず。それを戦闘開始から数分、いや数秒で、パイロットの乗る胸部だけ残して反撃の猶予すら与えないまま細切れにする・・・そんなことを、画面の中のフリーダムはしてのけたのだ。


そんな風に繰り返しフリーダムの動きを再生していた彼はまたもや気付かなかった。シンが暴走し、それを止めようと、または援護しようとしていた彼の同僚二人もフリーダムによって一瞬で戦闘不能にさせられた事実に、議長が心底楽しそうに笑った事に。

そしてアスランが議長に視線を戻したのは、何処からか取り出したインカムに向かって、議長が言葉を発した時であった。

潮に流されたのか、それとも気付かぬうちにタリアが艦を前進させていたのか知らないが、いつの間にかアークエンジェルとの通信可能域に入っていたようだ。


「アークエンジェル、及びフリーダムのパイロットに告ぐ。先ほどはこちらのMSがそちらに攻撃を加えてしまったが、我々に戦闘の意思はない。深く非礼を詫びると共に、折り入ってお話したいことがある。フリーダムのパイロット、キラ・ヒビキ君をこちらによこしてはくれないだろうか」


随分と無茶苦茶なことを言う、とアスランやクルー達は議長の正気を疑った。だが彼は何処吹く風、とでも言いたげな顔でそれ以上何を言うでもなく通信を切ってしまう。

しかし例え部下の暴走だろうが、攻撃を加えたにも関わらず話がしたいからと相手戦力の要であるMSのパイロットを寄越せなどとは、傲慢甚だしい上、裏があると見られても仕方があるまい。

むしろこれでアークエンジェルが交渉に応じたら、それこそあちらの正気を疑ってしまう。

故に誰から見ても、最早アークエンジェルとの交渉など不可能と思われていた。


だが、とアスランは議長の顔を横目で見る。今も尚相手が応じると信じているのか、笑みを絶やさない彼からは、何かその確信の元となる切り札を持っているような気がしてならないのだ。

それが何かはわからないが、とりあえずそれを突き止めるより前に、アスランは議長の間違えを訂正する事を優先した。


「・・・フリーダムのパイロットの姓はヒビキではありません。名は合っていますが」


だが返ってきた反応は、予想外の物で。いつもながら意味深過ぎて意図が掴めないその言葉により、この時になってアスランは漸く議長に対する不信感が芽生えていた事を自覚したのだった。


「ああそうか、確かキラ・ヤマトと名乗っていたね。だが彼は、ヒビキと言う名から決して逃れる事はできないのだよ」


クツクツ、と心底楽しそうに笑う議長を見るアスランの瞳には、若干の恐怖とこちらに向かってくるフリーダムの姿が映っていた。




H18.11/08 加筆修正





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