太平洋深海に潜むアークエンジェルの中、カタカタと恐ろしい速さで鳴るタイプ音が、とある部屋の中で小さく響いていた。

ディスプレイも、タイプ音と同じくすさまじい速さでスクロールしていく。もしこのタイピングは正確で、その指の持ち主がディスプレイを流れる文字も正確に把握しているとすれば、それは最早(ある意味)神と言っても過言ではないだろう。


実際仮定ではなく現実としてそれを行っているキラだったが、彼はしばらくするとその指を止め、じっとディスプレイに映る文字や画像を凝視し始めた。

そして少しずつ少しずつ、その可憐な容姿に似合わない眉間の皺を増やし深くしていくのだ。


「・・・・・・・・・嫌な大人」


やがてはぁ、という盛大なため息と共に零されたのは、そんな言葉。彼は椅子の背もたれに寄りかかるようにして天井を仰ぎ、何かを言いたげに唇を動かした後、結局それ以上何も言わずにもう一度大きなため息を吐いただけにとどめた。



拘束されし自由2





軍らしくないと言うか、そもそも自分達は軍人ではないと開き直っているアークエンジェルクルー達は。

戦闘の要であるブリッジにいても何のその、多くの者がコーヒー入りマグカップを片手に、コーヒーマニア特性(一部除外)コーヒーを緊張感の欠片も無くのほほんと飲んでいた時の事だった。

シュン、と音を鳴らして入ってきたのは、ブリッジを戦闘の要と言うならば、戦力の要と言うべきMSフリーダムのパイロットで。

彼は自然とブリッジにいた全員の視線を集めつつ、マリューの前まで足を進める。背景に何やら黒い靄が見える上俯いていて顔がよく見えないが、彼が今恐ろしく不機嫌である事は容易に察せられるこの状況で、気軽に声を掛けようとする者はいない。


「・・・・・・・・マリューさん、バルトフェルドさん」


そして俯いたまま発せられた、案の定地を這うが如く不機嫌そうな声。呼ばれた方は堪った物ではないが、反射的に一歩後ずさってしまいながらも珍しいキラの様子を案じた。


「キラ君、どうしたの? ・・・・・・目が据わってるわよ?」


漸く上げた彼の顔は、目が据わっているどころか「ブッ殺ス」と書いてあるような幻影さえ見えてしまったマリューは、思わず目を擦りつつキラの肩を数度叩く。

常々穏やかな微笑と空気を身に纏い、怒るにしてもあまりそれを表面化しないキラのこの状況は、本当に随分と珍しい事だった。故にこの明らかな彼の怒りに若干の不安を感じたマリューとバルトフェルドは、安心させるように頭を撫でたり体に触れたりする。

子供じゃないんだから、と思われるかもしれないが、本人がこうしたボディータッチに安心感を見出しているのを知っているからこその行動。例えキラ本人が怒り狂っていようとも、何だか妙に微笑ましい。

そんな周囲の意図と感想に気付いたのか、キラは少しだけ恥ずかしそうにしながらも怒りを収める為か大きく息を吐いた。


「すみません。ちょっと暇だったのでプラントのマザーに侵入みたのですが、かなり面白くない事が一気に色々とわかってしまって・・・」


丁度いい所に、言っている途中で先ほどまで席を外していたラクスとカガリもブリッジに入ってくる。

だが入室早々聞こえてきたキラの言葉に「まぁ」とだけしか反応を返さなかった前者に対し、後者と良識ある大人たちはそろって頭を抱えざるを得なかった。

何故そうも軽く仮にも一国家のマザーに侵入したとか言うのだろうこの青年は。というか何故そんなに簡単にできてしまうのかと、いつもの事だが底知れない・・・というよりも奇想天外な彼の行動に最早呆れしかわかない今日この頃。

段々常識というものがずれて行っている事を自覚し始めたクルー達は、不思議そうな顔をしているキラに苦笑を返すだけに留めたのだった。


蛇足だが、彼のハッキング能力の高さを知ったのは1年ほど前、アスランがキラのハッキングをみて「お前まだこんなことしてたのか!?」と心底頭が痛そうに叫んだ事が始まりだった。

その叫び声に集まってきた家の者たちにも気付かず、頭痛と戦っていたアスランは幼馴染を咎めようと口を開く。


「連合軍のマザーに意味も無く侵入するやつがあるか!!!」と。


驚いたのは居合わせていた大人たちだ。どの軍に限らずマザーと言うものは最新の技術と最高のプログラマーが常時ついていて、侵入することなどどんなコーディネイターでも不可能とされているのに。

驚き覚めやらぬ彼らは、キラがプログラミングに長けている事を知ってはいても、趣味がハッキングだという事は知らなかったのだ。

しかも年季が入っている上一度は軍に所属し、様々な国家のMSや戦艦に触れた身だ。各国の癖やら何やらもしっかり把握していた彼は、最早止まる所を知らない。

当時の実力を把握する為と、久しぶりに趣味に時間を費やそうとしていた彼は、遊びに来ていたアスランに見事隠していた趣味を暴露されてしまったのだった。


以降特に隠しもせず堂々とハッキングを繰り返す彼は、今も「大丈夫です。見つかりませんでしたし跡も残してません。安心してください」と見当はずれの事を穏やかに笑いつつ言っている。もう多分矯正不可能だろう。


「いや、その心配はしていないよ。・・・・・それで、わかった事とは?」
「はい。ラクスを狙った犯人と、その動機と思われる事、更に今のアスランの動向と、後は・・・僕個人の問題なので伏せさせていただきます」


そうして息を吸った彼は、すっかり穏やかさと凛とした空気を取り戻した微笑で、事の次第を説明し始めたのだ。


偽ラクスの登場、それと議長の関係、そしてマルキオ導師の孤児院を狙うよう命令した者。正体を特定させないためだろうか、全て電脳を解していた事が裏目に出、逆に正体を特定させた。

それらを辿って最終的に行き着くのは、全てプラント現議長の名。やはりと言うべきか、全ての裏で糸を引いていたのは彼だったのだ。


「厄介ね。まさか本当にプラントの最高権力者が相手だったなんて・・・」


マリューの重々しいため息が、その場にいる全員の内心を代弁する。

そんな空気に堪りかねたのか、それまで沈黙を保っていたカガリが一歩キラに近寄って口を開いた。ずっと言うのを我慢していたのか、どこか躊躇いつつ。


「それで、・・・・・・アスランは?」
「ザフトに戻ってまた赤服やってるよ。特務隊フェイス、ミネルバ所属だって」


その言葉に、先ほど以上にブリッジの空気が重くなった。アスランといえば先の戦争で共に戦った中であり、カガリの恋人で、キラの親友である。

オーブでのミネルバ修理作業にあたり、多くのクルー達にとってかの艦は知らぬものでもない。

悲しい事に、黒幕が議長だとすれば、今回ザフトと敵対するのは避けられないだろう。

知り合いと敵対する事ほど辛いものはないのだ。この“元”地球連合軍所属艦という肩書きを持つアークエンジェルのクルー達は、皆先の大戦でそれを嫌というほど経験していた。


始めから前途多難だと分かってはいたが、先行きは暗い。その上誰も口には出さないが、何となくキラの先ほどの怒りの理由まで分かってしまって。

三隻同盟に所属していた者達は誰もが知っている事だ。その戦力の要となった二機、ジャスティスとフリーダムのパイロットの因果を。

幼い頃より兄弟同然だった彼らが、一度殺し合いまで抉れ、和解して共に戦った。幼い彼らにそのような苦渋を味わせてしまった事を言わずとも後悔していた大人たちにとって、彼らが再び敵対する事こそが何よりも辛い。

ラクスも同じ思いなのだろう、そっと沈痛な面持ちのキラに近づき、慰めるように寄り添った。

キラがそれに微笑を浮かべ、何かを言おうと口を開いたその時。


ビービービー


「敵影捕捉。ザフト軍のMSです!」


無粋な輩の侵入によって、浮上しそうだった空気が斜め上の張り詰めた空気に変換されてしまったのである。




H18.11/11 加筆修正





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