「まさか、こんな・・・!」 動揺するラクスの肩を宥めるように抱き寄せ、キラは小さな声で「僕だって信じたくなんてないよ」と呟いた。 その声に抑えきれかった苦渋が滲んでしまい、彼ははっとなって自分を見たラクスに苦笑だけを返す。むしろそれ以外何を返せばいいのかわからなかった。 「・・・こんな事をしてまで、デュランダル議長は貴方を引き止めたいのですね」 「うん。ごめんね、本当は僕自身がやらなきゃいけない事なのに。・・・こんな物を用意しているんだから、今回の目的は多分僕だし。しばらくは帰れないと思うんだ。頼んでいい?」 ラクスはキラの苦笑を受け止めながら、彼を慮って辛そうに眉根を寄せた。彼女はキラの出生の秘密を知っている。故に議長がキラ個人を求める理由も意図も、わかっていたのだ。 だがその執着は異常ではないかと、キラに渡されたフロッピーディスクを胸に抱いて目を伏せる。たった今伝えられたばかりの議長のえげつない企みは、明らかに常軌を逸する物なのだ。 だがそれの対処も、執着の理由であろうとある計画も、この薄っぺらい物の中に全て記録しておいたとキラは言う。今回彼が調べ、先ほど説明し切れなかった全ての事柄も、これを見ればわかるようにしてくれた。 「勿論です。むしろやらせてくださいな」 「・・・・・・ごめんね」 それは、何に対する謝罪なのかと。そう思ったが、ラクスはあえて聞かずにただキラを抱きしめて微笑んだ。 拘束されし自由3敵影捕捉の警告が出て数分後、オーブの制服のままの出で立ちで、キラは今まさにザフトのMSを迎え撃とうとしていた。 本来安全の為に着用を義務付けられているはずのパイロットスーツを、彼が身に付けていない事には勿論理由がある。 第一に、ラクスと話していたせいで着替える時間がなかった事。 第二に、今後の事を思って、だ。 キラはこの時点で既に予想していた。この戦闘の終了後、自分はこのままアークエンジェルを離れ、ザフトに滞在するだろう事を。それなのに今パイロットスーツを着ていては、滞在中ザフトの制服を着せられてしまうではないか。 ところで先のハッキングで、キラは現時点で調べられる事を全て調べつくしていた。 例えば議長の計画している“デスティニープラン”の詳細や、既に準備の完了してあるそれ専用の施設の場所。 そして彼の現在地も。 議長は今、地球に居り、ミネルバに滞在している。この時期に降りてきた理由も、キラは把握しているつもりだ。 「・・・・・・・・・・・・・・とりあえず会ったらまずぶん殴ろう」 議長を殴ったら流石にまずいので、きっと一緒にいるだろう幼馴染を。適当に理由付けて置けば周囲も納得してくれるかもしれない。 本当の理由も知らず議長の代わりに殴られるらしいアスラン。憐れだが、キラに遠慮などという感情は存在しない。 そうさせる程、議長が“この時期に降りてきた理由”はキラに多大なる怒りを齎していたのだ。 その理由とやらを端的に言えば、ラクス曰く“えげつない企み”に目処が立ったから。 ディスティニープランの事ではない。もっと人を人とも思えない、最低の事柄。 それはキラを議長の傍に縛り付ける、ただそれだけの為に計画され、実行されてしまった物。 その詳細はまた次の機会にするとして、では何故議長がそこまでキラに執着しようとするのか。それは推測の域を過ぎないが、キラには確信があった。 そもそもデスティニープランとは、「遺伝子で職業や生き方を決め、故に戦いなんぞ発生しない世界を造る」という計画で。 人工子宮によって完全な遺伝子操作を施され、その計画者、ユーレンの意図したとおり莫大な戦闘センスを用い戦争で名を馳せたキラ。彼は見方によってはデスティニープランの先例とも言えるのだ。 兵士としても優秀だし、何かと使い勝手がいい。かの政策を何としてでも実行したいと思うのならば、キラの存在は欠かせないだろう。それ故の執着だと思われる。 そんな風に先程知ったばかりの情報を反芻していると、ストライクと似た形状のMS・・・インパルスがフリーダムに向かって来ている事に気付いた。 パイロットの名前は確かシン・アスカだったか。気の強そうな赤目の持ち主で、オーブ戦の折にカラミティが放ったビームが、彼の家族を直撃したらしい。 だが彼の怒りの矛先は、そのビームを避けたフリーダムに向けられた。今こうしてMS越しでも分かる殺気を向けられているのは、それが理由だろう。 ちなみに重度のシスコンで、妹の形見であるピンクの携帯を肌身離さずに持ち歩いているのだとか。落ち込んだ時は、決まってそれに録音してある妹の声を聞いて一人微笑むらしい。 特技は逆ギレ、性格は単純。身長体重だって勿論把握済み。2センチこっちの方がでかい、勝った! これらは全て、先程キラが数分で集めたシンの個人データだった。ザフトでの調書は勿論、個人的なブログや日記にまで手を出した結果である。 情報社会というのは、こういう時本当に便利だった。サーバー上に上がった物は、その種類やセキュリティーに関係なく全てキラの手中にあると言っても過言ではなくて。 プライバシーなんぞ何のその。そもそもそんな物を気にするようでは、始めからハッキングなどするはずもない。 ふははははは、と人知れずあくどい笑いを零した彼は、慈悲や罪悪感の欠片もなくインパルスを細切れにした。勿論コアスプレンダーを制御不能にする事だってわすれていない。 細切れになっても修復可能、母艦からエネルギー供給可能というこの機体は、厄介だが倒せない訳ではないのだ。 恐らくはパイロットが認知できていないだろう速度でビームサーベルを翻し、空中での細切れが完了した頃、キラはその舞うパーツの隙間からビームガンをこちらに向けているザク・ウォーリアを発見した。 だがそのビームガンが狙い定め終えて火を噴く前に、キラはとっととその場から移動していたのだ。 今回はインパルスの残骸が宙を舞い、射撃の邪魔をしていたから仕方がないのかもしれないが、銃は構えた瞬間に打たねば意味が無い。 構えてから狙いを定めているようでは、逃げる時間を態々与えてやっているような物だ。 そう思いつつも一瞬でザク・ウォーリアに肉薄し、頭部と脚部のみを切り落とす。これ以上やってしまったら大破とみなされ修理されないだろう。 キラがいる間ならいいが、いない時に攻撃を受け、ザク・ウォーリアが無いからミネルバ爆破、なんて事になったら目も当てられない。 つまりミネルバの戦力の激減を危惧しての事だった。傍から見れば十分無慈悲な細切れなのだが、とりあえずの慈悲である。 それに、とキラはザク・ウォーリアのパイロットの容姿を思い出し、深くため息を吐いた。彼女もそうだが彼女の妹も、悲しいくらい“彼女”を連想させるのだ。 そんな事を考えながら、ザク・ファントムも同じように頭部と脚部だけを切り海へ突き落とす。不誠実かもしれないが、はっきり言って三機ともちょろい。 唯一苦戦するかもしれないと思っていたザク・ファントムも、感情が先走っていたのか機体が付いていってないように思われた。 何せこの機体のパイロットであるレイ・ザ・バレルは、キラと何かと因縁のあるラウ・ル・クルーゼの進化型クローンであったのだ。通常の人よりも早く成長し、その代わりに老化も早い少年。 彼もまた、自分の片割れたるクルーゼをキラに殺された事を引き摺っていた。 彼に関する個人データは本当に入手困難であったが、キラに抜かりはない。感情が先走った機体捌きをした彼を見、色々と再確認させられた気になった。 更には今ミネルバにアスランもいるし、よくもまぁこうまで罪悪感を刺激する面構えを揃えた物だ。 議長は恐らくそんな中にキラを置き、精神的な衰弱を狙っているのだろうが。・・・その手に乗って堪るか。 キラは既に、その手の感情とは折り合いをつけていたのだ。罪悪感も後悔も、飽きるほど感じた。ハッキングで彼らの情報を得てからブリッジに上がるまでも、ずっと罪悪感に苛まれていた。 だが、結局はそれら全てエゴでしかない。開き直ると言ってしまえば言い方が悪いが、いつまでも引き摺っていたって仕方がないのだ。 キラは先の戦争で、そして戦後の穏やかな暮らしで、そう悟りついていた。・・・今回は議長に対する怒りでそれ所ではない、というのもあるが。 とにかく押し付けるつもりも責任逃れをするつもりもないが、どうかシン達にもその事を気付いて欲しい。そう思ってため息を吐いた時だった。 『アークエンジェル、及びフリーダムのパイロットに告ぐ』 「・・・・・・バルドフェルトさん、MSの基本操縦の仕方、教えてくれてありがとうございました。やっぱり以前よりも格段に動きやすくなってましたよ」 ミネルバから発信された言葉を完全に無視し、キラは笑顔でバルドフェルトに声を掛けた。 最後まで聞いてやる義理もないし、議長の言葉なんぞ聞きたくも無い。 「あ、あぁ。そうみたいだな。体力作りもしといてよかっただろう?」 「えぇ。でも体術や銃器の扱い方やナイフの使い方、果ては爆弾処理の仕方や読唇術まで教える必要はなかったと思いますよ?」 議長の言葉は完全無視、目も背後のオーラも笑っていない笑顔で会話を続けるキラに、バルドフェルト達も何かを悟ったようだ。 諌めるでもなく調子を合わせていたのでそのままのほほんと(?)会話を続ける。 ちなみに、キラは有事の時の為に、と言われ上記の通り一通りの軍事訓練を受けていた。幸いな事に優秀な講師が身近に沢山いたので、今やアスランをも凌駕していると言われている。 当のアスランにはキラが訓練を受けていたなど知らせていないが、近い内に本気で戦うのもいいかもしれない。主にストレス発散の目的で。 「キラ、あまり時間をかけては怪しまれますわ」 しかし不意にそう言われ、意識を眼前のミネルバに戻す。ラクスのその言葉に、ブリッジが騒然としたのがわかったが、キラは苦笑して説明を彼女に任せる事にする。 「ってキラ、まさか行く気なのか!?」 「うん。何か行かざるを得ないと言うか。ラクス、説明お願いしていい?」 悪いけど、最高のコーディネイター云々の事は伏せておいてね。そう目で伝えると、彼女はふんわりと笑って頷いた。 理由もあり、説明もしてもらえるとわかったからか。クルー達は口を噤みキラを心配そうに見ていた。気心の知れた仲間だと、こういうとき楽だと思う。 それに今度こそ彼本来の穏やかな笑いで答えると、不意にマリューが苦笑し、仕方が無いわね、と言いたげな仕種で肩を竦めたのだった。 「必ず帰ってくるのよ?」 「はい。それじゃ、カガリと艦を頼みます」 それ以上の言葉は必要ない。クルー達と笑みを交わしたキラは、カガリの「私は姉だぞ!?」という声を無視し、ミネルバへとフリーダムを飛ばしたのだった。 (あとがき) レイの設定を軽く弄りました。彼は見た目どおりの年齢ではありません。・・・ぶっちゃけ微妙な伏線。 そしてご都合主義万歳なのです!(泣 H18.11/16 加筆修正
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