ミネルバの格納庫。野次馬に来た大勢のクルー達や議長が見守る中、自由を冠するMSからゆっくりと降りてくる者がいる。


「キラ・・・・・・、何故?」


アスランの視線の先には、間違いなくオーブの軍服に身を包んだ幼馴染が立っていた。

聞きたい事は山ほどある。何故議長のあの無茶苦茶な呼びかけに応じたのか。何故アークエンジェルが、そしてフリーダムが再び姿を現したのか。考え出したら切りがない。

けれど距離を物ともせず、アスランの呟きを聞き取っていたキラは、にこりとも笑わずに言うのだ。


「それを、君が言うの?」


それは、どういう意味だと。

聞こうと口を開いたアスランだったが、彼の口から出たのはそんな言葉ではなく、「ぬ"ほぅぁ!!」という気の抜けた声であった。

注目するべきは最初の“ぬ”についた濁音だ。それが彼の腹を襲った衝撃を物語っている。


「しまった、殴るつもりだったのに・・・」


アスランに与えられたのは、見事なほどの回し蹴りであった。



拘束されし自由4





キラがアスランに不可視速度の蹴りを叩き込んでから、数秒後。その数秒間を状況把握に費やしたらしいミネルバクルー達は、それから漸く持っていた銃をキラに向けたのだ。

だがその遅怠も、見方によっては当然の事かもしれなかった。キラ自身自分が伝説とまで言われるMSのパイロットに相応しい、ゴツイ容姿をしているとは思っていない。

そんな人物が自軍のエースパイロットをぶっ飛ばしたのだ。大人のがっしりした体躯とも言いがたいが、少年とも言えない男を、言葉通り数メートルも。

しかもそんな事ができるとは思えないほど、彼は見た目も華奢である。それ故に誰もが我目を疑い、タイムロスが生じた訳だ。


余談だが、キラがフリーダムから出た瞬間、周りを囲っていたミネルバクルー達の目が「これがフリーダムのパイロット!? 嘘だろ絶対」と叫んでいた。そう、あれは絶対断定口調だった。

そんな奴らには後で見てろ、と報復を誓った後、キラはつかつかと吹っ飛んだアスランに歩み寄る。勿論向けられた銃口も何かを言おうと口を開いた議長も、綺麗に無視した上で。


「キ、キラ・・・」


腹を押さえて呻くアスラン。滅多に見れないだろうそれに、キラの背後でクルー達の驚く気配がした。だがそんな事キラには関係がないので、ただ爽やかに笑って幼馴染に手を差し出したのだ。


「やぁ、アスラン。元気してた?」
「お前が蹴りを入れるまでは、少なくとも元気だったよ」


ひくりと引きつった笑いを浮かべながらも、アスランはキラの手を取って立ち上がる。その口調や仕種から何かを感じてか、少しだけクルー達から警戒心が薄れたようだった。

ちなみにたった今行われた戦闘に参加していない彼は、懐かしい赤い制服に身を包んでいる。キラはそれを複雑そうに眺めた後、アスランの肩をガシッと掴み、再び爽やかに笑ったのだ。

その笑顔に反し、目もオーラもついでに肩を掴む握力も恐怖を感じるほどおどろおどろしかったが。それを知覚できるのはアスランだけなので、問題ないだろう。


「話は後ね。僕先に議長と話をつけなくちゃ」
「・・・・・・・・・あ、あぁ」


アスランはこの時理解した。キラが本当に蹴りたかったのは自分ではなく、少し離れた所で若干呆然と立っているワカメである事を。

そしてこの状態の彼を、無闇に刺激してはいけない事も、彼は長年の経験から悟ってしまっていたのだ。


そう、ここ二年の間にたくましく成長していたキラは、キレると本当に恐ろしい。再会前もキレると手を付けられない状態だったが、今はその比ではない。次元が違う。

いったい何をやったんだ・・・と基本お人よし(というかへたれ)なアスランは、身代わりにされたばかりにも関わらず、議長に心配そうな視線を送った。途端にキラがジト目で睨みつけてきた事にも気づいていない。


そしてその議長はアスランの視線に勇気付けられてか、何となく口が挟めなかった状況から脱出してキラに声を掛けたのだった。


「キラ・ヒビキ君。アスランと君が旧知の仲だと言う事は知っているが、暴力は関心しない」


第一声は諌めの言葉か。キラは一瞬だけ面白くなさそうに顔をしかめた後、偽りの仮面を装着して議長に向き直った。


「え・・・!? あ、すみません。でもこれが僕らのコミュニケーションなんです」


慌てて、今漸く現状を把握したかのように言葉を発した彼に、アスランは密かに舌を巻いた。なんつー変わり身の早さだ。

だが話を合わせないと後が怖いので、「本当かよ」と視線で聞いて来るクルー達に曖昧な笑いで返すだけしておいた。当然嘘だったが。むしろこんな事をコミュニケーションの一環にされていたらこっちの身が持たない。

だがまだ胡乱げな表情をしている彼らに、キラは慌てたように手を顔の前で振った。その必死さはどこか微笑ましいほどで、彼の少女めいた顔も助長してか、どんどんクルー達の警戒が解かれていくのが手に取るようにわかってしまう。


「あっ、あのっ! 数日間を置いて会ったらまず攻撃、っていうのが習慣だったんです。二年前がピークでした、最早あれは殺し合いの域でしたもん。その時はアスランの方が積極的で、大変だったんですよ」


更にはパニックを起こしているのか、関係のない事まで言い出す始末。これが地だったらアスランだって微笑ましく思えるだろうに、先程の笑いを見てしまった後だから笑うに笑えない。

しかも2年前と言ったら、もしかしなくても戦時中、ヴェザリウスとガモフでアークエンジェルを追跡していた時の事だろう。

殺し合いの域と言うか実際殺し合っていたし、アスランの方=ザフト側とすれば、確かにこちらの方が積極的に動いていた気がする。つまり否定の仕様がなかった。


結局キラもアスランも嘘をついているようには見えなかったのか、クルー達も納得したようだ。キラの言った言葉は冗談として捉えられたらしく、アスランが銃を下ろすように言うと素直に従ってくれた。


一方それを見届けたキラは、内心はともかく安堵したように息を吐きだした。多少ドン臭そうに見えるのが狙いなので、少し大げさなくらいが丁度いい。


「本当にすみません。久しぶりに会ったので、つい」
「いや・・・。ところで、挨拶がまだだったね。私はギルバート・デュランダル。お目に掛かれて光栄だよ、キラ・ヒビキ君」


胡散臭い笑みだ。キラはそう思いつつも、穏やかに笑って差し出された手を握り返す。これほど握手という行為に嫌悪感を感じたのは、初めての事だった。


「・・・・・・・・・僕をその名で呼ぶと言う事は、何を意味しているのですか?」


何度も繰り返すものだから、周囲の目があっても尚聞かずにはいられなかった。穏やかな笑いは貼り付けたまま、瞳は悲しそうに歪ませて。

内心は今すぐ全て知っているのだと怒りも露に叫び、ボコボコにしてやりたかったが、そうもいかない。

上手く騙されてくれますように、そう祈るように念じながら返答を待つと、彼はふっと笑って格納庫の出入り口を指し示したのだ。


「ここでする話でもないだろう。士官室を一室用意してある」


そうしてキラを促しながら歩き出したところで、訳が分からず彼らの会話を聞いていたアスランが、これ以上耐え切れないとでも言いたげに声を上げた。


「キラ! 議長!」
「アスラン、君はシン達の引き上げ作業を手伝ってやってくれ。その後彼らと一緒にきてくれないか?」


つまり、先に二人っきりで話したい事があるのだと。言外にでもそう言われてしまえば、無理についていく事など叶うはずもなく。


「・・・・・・アスラン、大丈夫だから」


彼が渋る理由が大体理解できているキラが続けてそう促すと、アスランは歯がゆそうに顔を歪ませた後、敬礼して踵を返したのだった。







所変わってとある士官室内。護衛の兵は部屋の外、これで正真正銘密室に二人っきりになった。

だが被った仮面を外すことなく、キラは穏やかに微笑み続けている。


無知を装い、度の過ぎた反抗はしない。ミネルバに来た目的を達成させる為にも、議長にキラが色々な情報を掴んでいる事を悟らせる訳にはいかないのだ。

故に今後も、彼の前で仮面を外すつもりはなかった。怒りを押し隠し、穏やかで無知を装い続けるつもりである。


「では、お話とやらをお聞きしても?」


細心の注意を払いながら、彼に言葉をかける。経験も実はここに二年で重ねていたので、騙しとおす自信はあった。

だがキラと同じく始終笑みを浮かべている議長が相手では、騙されているのか否かよくわからない。強敵だ、と認識を改めつつも、キラもそれを表に出す事はなかった。


「率直に言ってしまえば、君たちにザフトの側に回って欲しい。それだけで世論は傾き、戦力も大幅に向上する」


アークエンジェルとフリーダム。これらは民衆の間でも、所謂正義のヒーローと認識されていて。

敵対する事になる地球軍に至っては、これ以上とない恐怖を与えるだろう。

だが当然、それに素直に了承してやる謂れはない。


「嫌です、と言ったら?」


硬い微笑(勿論演技だ)で問えば、彼は心底残念そうにため息を吐いた。そしてソファーに腰掛けていた身を少し乗り出して、まるで内緒話をするかのように声量を落として答えたのだ。


「それは残念だ。君の為に色々と用意してあるんだよ」
「・・・・・・・・・例えば?」
「そうだね、例えばアスラン・ザラの食事に含む毒薬」


まさか味方に殺されるなどとは、彼も思うまい?

―――これは単純な脅しだ。

従わねば幼馴染を殺すと、彼はそう言っているのだ。

それにはキラも素で怖気を覚えた。ここに来る前から分かってはいたが、本当に常軌を逸している。

言いたくはないが、アスランも議長の駒としては優秀な部類に入るだろう。それを捨ててまでキラを留める必要がある程、彼はデスティニープランの施行が難しいとでも思っているのか。


「・・・・・・・・・正気ですか?」
「勿論だとも。それほど、私は君に必要性を感じている」
「必要性? 僕を使って何をするつもりですか」


本当は分かっている。けれど分かっていない振りをして問うたが、議長はただにっこりと笑うだけで、結局答える事はなかった。

懸命な選択だ。キラが完全に従順したと判断できるまで、手の内は明かさない方が良い。全てを知ってしまっているキラからすれば、狂った道化にしか見えなかったが。


そうして、どれほど時間が経っただろう。漸く議長は絶対に答えを提示しないだろうと諦めたように、キラは深いため息を吐いて天井を仰ぎ見た。


「・・・・・・・・・条件があります」
「何だい?」


議長は、嬉しそうに笑っていた。子供のように無邪気とも言える、その笑みが、どうしようもない嫌悪感を煽り立てる。

これは隠さずとも良いだろうと判断し、軽蔑も明らかにしてみたが、予想していたのだろう。特に反応も返ってこず、キラはもう一度大きなため息を吐いて、続けたのだった。


「アークエンジェルはザフトの指揮下に入らせません。入るのならば、僕一人だけです」


どうせアークエンジェルは建前だ。本当に欲しいのは、最高のコーディネイターであるキラのみ。

それが分かっていたからこそ提示した条件。答えが分かっていようが、このような小細工は、相手を油断させるためにも重要なことだった。


「それと、アークエンジェルに対する武力行為も避けてください」
「・・・・・・それだけかい?」
「はい」
「君はその条件を、私が素直に了承するとでも?」


随分と焦らすな。だが答えなど分かっているので、キラも焦ることなく答えてみせた。


「勿論。この最低限の条件さえ飲んでいただければ、僕は貴方に従いましょう。飲んでいただけないのならば、アスランを犠牲にしてでも貴方を殺し、アークエンジェルを守ります。・・・今カガリを失う訳にはいきませんから」


強張った、真剣な表情。冷笑は浮かべてはいけない、油断を誘うためにも。


そうしてお互いの腹の内を読ませぬままにしばらく見つめあい、結局議長がその条件を飲んだのだった。




H18.11/17 加筆修正



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