「嫌ですよ。何で俺たちが」 MSを細切れにされて海に沈んでいたシン達は、キラがミネルバに着艦した後すぐに回収された。ちなみにその頃にはもう、アークエンジェルの姿はその場から跡形も無く消えていた。 幸い誰も怪我は無かったが、与えられた屈辱は何よりも大きかったらしい。シンは勿論レイまでも、いつも以上に苛々していた。 唯一、戦闘前から『フリーダムに敵う訳が無い』という概念を持っていたルナマリアは、ただただ感嘆するだけで大した屈辱は感じていないようだが。 アスランはそんな三人の様子に大きなため息を零した後、もう一度同じ言葉を繰り返す。 「議長の命令だ。今からフリーダムのパイロットに会いに行く。拒否は許されない」 だが相変わらずシンは嫌だと突っぱねるし、いつもならそれを諌めてくれるレイも何も言わない。ルナマリアは子供のような反応をする同僚を呆れ混じりに諌めているが、効果は言わずもがな。 「シン、いい加減にしてよ。だいたいあんた、あのフリーダムに敵うとでも思ってた訳? いつまでも引き摺ってたって仕方ないじゃない」 「っ、ルナマリアは知ってるだろ!? 俺の家族を殺したのは、あいつなんだぞ! 割り切れるとでも思ってるのかよ!!?」 その言葉に驚いたのは、何を隠そう聞いていたアスランだ。キラは知っているのだろうか、このシンの激情の理由を。 まずい事になったかも知れない。キラはしたたかになりはしたが、結局本質的なところは変わっていないのだ。 もし前もって何も知らないまま、シンに今と同じ言葉を面と向かって言われてしまったら。キラはどうするのだろう。あらゆる負の感情を押し隠し、・・・・・・・・・シンを導くのだろうか。 自身に傷つけながら、この傷ついたシンを癒そうとするのだろうか。 キラは昔からそういう男だった。自分よりも他人を優先する。戦争は、彼のそんな性格に拍車をかけたように思えた。 そもそもオーブ政府関係者だと言うだけで、カガリにも辛く当たったシンだ。キラにはそれ以上の反応が予想できるし、カガリよりも傷が直接的で大きい分、受けるダメージも比べ物にはならないだろう。 できるならアスランもシンをキラに会わせたくはなかった。いっそこのままシンの我侭に押し切られたと言う形を取ってしまおうかとすら思ってしまう。 だが、命令と言う言葉と軍人と言う立場が、それを許すはずもなく。 「・・・・・・行くぞ。シン、お前も軍人でいたいのなら、勝手な行動は慎め」 いつに無く厳しい言葉をつむぎ、アスランはもうそれ以上シンの顔を見ることができずに、さっさと格納庫の出入り口へと足を進めたのだ。 拘束されし自由5議長とキラがいるという士官室に入ると、艦長も呼ばれていたのか彼女は手ごろな所に腰を下ろし、ティーカップを傾けていた。 議長とキラも同じくのほほんと湯気の立つ紅茶を啜っている。室内に漂う茶葉の香りに、誰がその紅茶をいれたのか微妙に気になったが、アスランは促されるまま議長の隣に立った。 ちなみにシン達はその一歩後ろで、三人仲良く一列に並んでいる。一様に驚きも顕な顔でキラを凝視している所を見ると、余程彼の容姿が意外だったのだろう。 良く言えば穏やか、悪く言えば非力そう。キラは正真正銘最強とまで言われているMSのパイロットだが、お世辞にもその評価に相応しい容姿はしていない。 少女めいた顔には常時微笑が浮かんでいるので、戦闘行為自体が似つかわしくなく思われるのだ。 そう言えば先程フリーダムから降りてきた直後も、クルー達が同じような反応をしていた気がする。得をしているのか、損をしているのか。本人は不本意そうだったので、あまり嬉しくはなさそうだが。 そんな事を思いながらキラに視線を向けると、丁度キラも伏せていた目線を上げた所だった。 目が合うと瞬時にアスランの思っていた事が伝わってしまったのか、傍目には分からない程度に穏やかだったキラの顔が引きつる。 覚悟しておけ、と言われたような気がして、何で俺が、とちょっと慌てた。 だがそんなアスランを無視し、次いでキラはシン達の方へ視線を移したのだ。超人的な動体視力の持ち主なので、それはほんの一瞬の出来事だった。 ―――果たしてシン達は気付いただろうか。刹那その瞳に浮かんで消えた、絶望に似た光に。 知っていたのか。それともシンの刺々しい視線に何かを感じたのか。ハッキングが趣味であるキラだから、別に知っていてもおかしくはないとは思ってはいたが。 キラの受けるダメージを想定してしまうと、どうしても物憂げに顔が歪んでしまうのだ。 「アスラン、気にしないで。わかってるし・・・大丈夫だから」 いつの間にかあわせていた視線を外し、俯いていたからだろう。声に出してそう言ったキラに、アスランは複雑な気分になった。その顔のどこが大丈夫と言うのか。 だが、今第三者がいるこの場で、それを指摘できるはずもなく。結局半ば当て付けのようなため息を零し、頷くしかなかった。 「そうか」 「・・・・・・あの」 唐突に、問題のシンが言葉を発した。不機嫌そうな、そしてどこか居心地悪そうな声で。 そこではっとなって回りを見、アスランはしまった、と頭を抑えた。レイも、ルナマリアも、艦長も、シンと同じく気まずそうに視線を彷徨わせている。唯一議長は面白そうにこちらを見ていたが、やはりやってしまった感は否めない。 今の会話は傍から見れば余りにも突然すぎ、その前にしても男二人がずっと見詰め合っていたのだ。最早この反応は慣れつつあるが、いったい何度同じ事を繰り返せばいいのやら。 ところで、アスランとキラの特殊能力(?)はテレパシー(?)が使える事(?)だった。煩いほど(?)とあるのは、それは周りがそう認知しているだけで、本人達はそんな超人的な力などではないと思っているからだ。 何せ性格を形成する幼年期を共に過ごし、生き残るために効率の良い戦い、つまり命を懸けた連携を何度も行っていたので、テレパシーなんぞなくても声の調子や目の動きで大体相手の考えはわかるのだ。 それはもう第三者からすればテレパシー以外の何でもないのだが、本人達は納得していなかった。 余談だがふとした拍子に見せられるそんなキラとアスランの特殊能力に、彼らの恋人たちはかなり複雑そうに「・・・・ラブラブですわね」やら「・・・私よりもキラと双子らしいんじゃないか?」やら「いっそカガリさん、私たちもテレパシーの練習とかしてみます?」やら遠い目をして嘆いていた。最早諦めモードむんむんだ。 テレパシー(?)を使う時は必ず回りに誰かがいる・・・というか、その誰かに聞かれたくないから目だけで会話するのだが、気が付くと毎回このように気まずそうな、または呆れ気味な視線にさらされるのであった。 今回も例に漏れずそうなった彼らは、意図せず同時に誤魔化すような咳払いをしてしまい、更に微妙な視線が突き刺さった。痛い。 「・・・・・・・まぁ、とにかく紹介しよう。彼がフリーダムのパイロットの、」 「キラ・ヤマトです」 流石と言うべきか、場を取り成すように声を発したのは議長だった。シンは先程まであった勢いが削がれてしまったのか、フリーダムの名にも大した反応を示さない。 ただアスランは、議長の言葉を遮りファミリーネームを若干強調して自己紹介をしたキラの笑顔から、議長に対する怒り・・・と言うより殺意を感じてしまった。 先程何度も名前を間違われた事を根に持っているのだろうか。と言うよりも、議長はキラの本名を知っているのに、何故ああもヒビキの名を繰り返したのか。 これが容易くキラがミネルバに来た理由の鍵だな、と密かに思いつつ、アスランは「それで」と続かれた言葉に意識を戻した。 「彼にはザフトについてもらう事になった。アークエンジェルは別行動を取るから、しばらくはミネルバにいてもらう事になる。仲良くしてやってくれ」 わかっていた事だった。明言された訳ではないが、そもそも議長がアークエンジェル、しいてはキラ個人とコンタクトを取りたがっていたのは、共闘を申し込む為である。 だが納得できないのは、ミネルバがフリーダムに気を取られている間にアークエンジェルが再び身を晦ましてしまった事。 今の議長の口ぶりからはアークエンジェルもザフトについたようにも取れるが、あの様子ではそれはありえないだろう。 艦長も同じ考えに至ったらしく、アークエンジェルの所属を言及する。 しかし議長がそれに答えるよりも早く、キラが口を開いたのだ。 「僕がこちらに付く代わりに、アークエンジェルは見逃す。そう条件を出し、議長が飲みました。つまりアークエンジェルはまだどこにも所属していません」 再びティーカップに口をつけながらの、穏やかな声音。どこまでも軍人らしくない彼だから、艦長も調子が狂う、とでも言いたげな顔でキラに向き直っていた。 「では、貴方は? 何故罠かも知れないのにこの艦へ来たのかしら」 尤もな質問である。恐らくは議長とキラ以外の誰もが抱えていた疑問。 だが今度はキラが答えず、代わりに議長が口を開いたのだ。 「それは秘密、という事にしておこう。切っ掛けはともかく後は平和的な説得で、フリーダム単機のみなら力を貸してくれる、という形で収まったのだよ」 アスランは議長を信頼してはいるが、根本的にはキラ寄りだからだろうか。 またはここ数日で議長に対する不信感が芽生えてしまったからかもしれないが、彼のこの言葉をアスランは無条件に信じる事はできなかった。 繰り返されたヒビキという名、そしてフリーダム単機のみの協力。もしキラ共々アークエンジェルがザフトに協力的ならば、全面協力とは行かずとも、このような条件を提示したりはしないはず。 何かがある。キラがザフトに付かざるを得なかった理由が、何か。 何か他にヒントは無かっただろうか。そう言えば着艦直後何故、という言葉に、キラが「それを、君が言うの?」と言っていたが・・・。 冷静に考えれば先にザフトに下っていたアスランが何かを言える立場ではなく、それを指摘したのだと言うのがわかる。故にこれは関係ない。 何故か必死になって記憶を掘り出していた時だった。不意に視線を感じ、そちらの方を向くと、再びキラと目が合う。 しかし今度は何を考えているのかは読み取れず、辛うじて苦虫を噛み潰したような、が一番近い状態だと判断できるだけ。怒りを押し殺しているようにも見えた。 が、限界が来た、とアスランは唐突に悟ってしまったのだ。 「平和的、ねぇ・・・。君たちのトップはどうやら平和の意味を履き違えているみたいだね」 空気が凍った。それが今の室内を表すのに最も相応しい表現だと思う。さっきまで意地のように張り続けていた『どこまでも穏やかな青年』の仮面がずれてしまった、そんな風にアスランだけが感じていた。 故に今回のこれはキラの意図していない物だと断言できるが、このタイミングとセリフでは、遠まわしに「とても平和的とはいえない説得をされた」、つまり「脅されたんだよお前らのトップに」と告げられたような物である。 今シン達はキラから漂う冷気に身を強張らせ、恐らくはそこまで頭が回っていないだろうが。落ち着いてからこの事に気付いたら、彼らはどのような反応を示すのだろう。 ・・・そして、今気付いてしまった自分は。 「どの道僕はここにいなきゃいけませんし、しばらくよろしくお願いしますね」 キラはずれた仮面を直そうともせず、背筋が凍るような笑みを浮かべ続けていた。 H18.11/19 加筆修正
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