ミネルバ内、食堂。


「アスラン、視線が痛いんだけど」
「我慢しろ」
「君一応この中で一番地位高いんでしょ? 艦長も議長もいない訳だし」
「・・・・・・」
「そんな人が一睨みもすれば自然と視線も外れるってもんなのに・・・・・・・・・・・・効かないね」


一見穏やかな微笑を浮かべたまま理不尽な事を言うキラに、アスランはお望みどおり遠慮なくこちらを見てくる周囲にガンを飛ばしてみた。

が、どうにも効果がない。とりあえず目が合った者は慌ててそっぽを向くが、数秒後再びそちらを見てみれば、また視線が戻っている。


「威厳も何もあったものじゃないね。君今までどんな風に過ごしてきたの、ここで」


特に偉ぶる事も無くただ状況に流されてた? そうだろうね、アスランだもん。でもそれでいい所と悪い所があるでしょう。アークエンジェルじゃないんだよここ。自然な仕種で周りにいる人皆から敬愛と従順さ寄せられるようじゃなきゃ駄目だよ。一目は置かれてるみたいだけどさ、逆らっちゃいけないとまでは思われてないみたいだし。偉ぶらないのは長所かもしれないけど、舐められてるじゃない思いっきりさぁ。


器用にも穏やかな笑顔のまま親友を馬鹿にするキラに、フォークを握るアスランの手がぶるぶると震える。図星なだけに反論ができない。

確かにアスランは今までの行動から一目は置かれているようだが、持ち前の不器用さで敬愛までは持って貰えないし、命令だって滅多にしない上有無を言わさず、と言った行動は好きではないので、周囲に威厳を感じさせるような機会もない。

更には生意気な某赤目の影響もあったりして。・・・分かっていた事だが、表裏も無く汚い手を使うのも得意ではない上不器用なアスランには、兵士としての素養はあっても上司としての資質はないのであった。


しかし一方のキラと言えば、非人道的でさえなければ然程手段は問わず平気で汚い手を使うし、猫かぶりは大の得意。いつだったか気が付けば数え切れないほどのオーブ軍人から「キラ様」と敬愛を込めて呼ばれていた。

聞けば「ちょっと色々な分野で口出ししてそのまま世間話もちょこっとしたら、翌日にはこうなってた」と。そう言った時浮かべていた彼の笑顔からは、それが狙っての行動でないはずがないのだと気付いてしまった(つまり故意)。

二年程前までは、「キラ様」ではなく「キラちゃん」と呼ばれていただろうに。アスラン以上に上司としての資質なんぞ無く、ただ可愛がられていただけだったろうに。


何なんだこの変わり様。俺か、俺のせいか。というよりキラが模範にしたと思われる女帝(最近は逆にキラの影響か丸くなったが)に会ってしまったせいか。どっちにしろ機会を作ったのは俺だ。


「・・・・・・アスラーン。早く食べないと冷めるよ?」


誰のせいだ、誰の。と懸命にも口にしないまま、アスランは無言でフォークを動かす手を再開させたのだった。



拘束されし自由7





緑と極少数の赤しかないミネルバの食堂では、当たり前というか青と白のオーブ軍服を纏ったキラは、目立ちに目立っていた。

議長から既に一緒に行動する旨は伝えられただろうに、警戒畏怖嫌悪好奇心・・・それらが伴った視線が痛いほど突き刺さってくる。

それには幾ら厚顔だ何だと言われているキラでさえ、精神的に来る物があって。

思わずアスランに八つ当たりして紛らわせていたのだが、不意に今まで以上に強い感情が乗せられた視線を感じ、キラははっと息を呑んだ。

赤い軍服が目の端に映りこむ。彼らはとっくに食事を終えていたのか、食堂の前を素通りしただけだった。

だが入り口を通り過ぎるその数秒だけの物にしては、その視線と殺気は強過ぎて、キラは穏やかな笑みを保つ事ができずに目を伏せたのだった。


「・・・・・・シン、か?」
「・・・・・・・・・」


沈黙は肯定。だがそれ以上の事は相手に悟らせない。

殺気を向けてきたのはシンだけではなかった。彼の隣にいたレイもまた、憎々しげな顔でキラを睨んでいたのだ。


「キラ・・・」
「大丈夫」


心配そうに顔を歪めたアスラン。先程まで八つ当たりで散々馬鹿にされていたと言うのに、優しいというのか馬鹿と言うべきか。むしろ打たれ強いというかマゾ?

失礼な事を思いつつも伏せていた目線を上げてアスランを見、キラは少しだけ悲しそうに笑った。


「アスラン、彼らがどこに行ったかわかる?」


問われたアスランは時計に目をやってから逡巡し、結局諦めたようにため息を吐きながら答える。


「トレーニングルームだな。・・・・・・行くのか」
「行くよ」


トレーニングルーム・・・それはまた好都合な。キラは複雑そうな笑みをかみ殺し、少しだけ大きな声で――今までずっとこちらを窺っていた周囲に聞こえる程度に――言ったのだった。


「ついでにアスラン、ちょっと僕とも手合わせしてみない?」
「は?」
「僕強いよ。多分アスランより」
「はぁ!?」


最初は「何言い出すんだ」といった感じだったのが、「そんな馬鹿な」とでも言いたげな声に変わる。ちょっと失礼じゃないかこいつ、と思いつつ、キラは食べ終わった食事のトレーを持ってさっさと立ち上がった。

すると案の定、キラの言葉を聞いたミネルバクルー達が面白そうだと騒ぎ出したのだ。ザフトの誇るトップエリート対生ける伝説フリーダムのパイロットの手合い。当然と言えば当然な反応であった。

恐らく数分もしない内にトレーニングルームはごった返す事になるだろう。それでいい。キラの狙いはそこだ。


「お前、シン達と話したいんじゃなかったのか!?」


食堂を出て周囲の視線から開放された頃、アスランが焦りながら口を開いた。当たり前だ、このままいけば話所ではなくなる。


「するよ、話。今回はシンとね。けど時間はそう多くないから、ついでにミネルバクルーに対しても色々するつもり」


レイとはまた別の機会に二人っきりで話すつもりではあるが、シンの場合は多くの者が彼とフリーダムと因果を知っている為、話す内容に隠す必要性を感じない。

ならば折角舞い込んで来た機会だ、有効活用するに限る。


「色々って・・・・・何をするつもりだ?」


キラは立ち止まって、アスランを見やった。その視線に何かを感じたのか、彼はビクリと一歩後ずさる。

シンと話す。その内容をついでではなくクルー達にも聞いて欲しい。でもその前に、多少やりたい事があった。これは相手がフリーダムを憎んでいて、ザフトレッドであるシンが相手でなくてはならない。そしてそれを、多くの者に目撃させる必要があるのだ。

でも古傷を抉る行動なので、キラはちょっとアスランにマゾっ気がある事に口出しできないかもしれないと思った。

それを含めて苦笑を零し、彼はまるで内緒話でもするかのように小さな声で言ったのだった。


「力の誇示と、・・・昔話。君とは戦わないよ、どうせトレーニングルームに着いたらそれどころじゃなくなるし」


だが正確には力の誇示と言うよりは、見る者に対して「敵わない」という意識を植え付ける事が目的である。

シンは赤服なので、既に現時点で他の一般クルー達から「敵わない」と思われていると判断していいだろう。そんな彼が仇に向かうのに、手加減なんぞをするはずはなく全力で戦うのは確実。

それをキラが完膚無きまでにやっつけてしまえば、自然とクルー達の中でキラに対する認識が変わる。無闇に見下し突っかかってくる者はいなくなるだろう。

シンには悪いが、彼の性格上、打ちのめした後でもなければ落ち着いて話もできないだろうし。

それにキラはいつまでも針の筵にいるつもりはないのだ。アスランに言った通り時間的余裕もないと思うので、強行策だろうが何だろうが今後の為にも遣り通さねばならない。


ちなみにキラは、シンに負ける事も勝った後クルー達から今以上の負の感情を向けられるという結果も考えていない。うぬぼれでも無く、そうさせないだけの自信があった。


「昔話って・・・、まさか二年前の?」
「・・・うん、ごめん」


辛いだろうに、アスランは微笑んで「いいよ」と言う。お前がいいのならば、と呟く優しさと甘さは、相変わらずといったところか。

2年前・・・否、5年前から比べると、自分たちの関係は随分と変わってしまったとよく言われた。以前はキラが甘えまくりアスランは彼に頼られるのが常だったが、今ではキラが弄りアスランはしょげるという、何がどうしてこうなったのか首を捻りたくなる有様。

だが結局は何も変わっていないのだ。こういう時に、そうつくづく思わされる。


「・・・クルー達の同情を引くっていう意図もあるんだよ?」
「それでも。お前が言う必要があると思っているなら、俺はいいさ」
「・・・・・・・・・そっか。ありがとう」


アスランは、キラの思うところが大体予想出来ているのだろう。これからやろうとしている事の正確な意図も、大まかな流れも。苦笑のような微笑が、それを物語っている。

本当に敵わないなぁと内心で苦笑した所で、アスランが立ち止まった。トレーニングルームに到着したのだ。


「お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」


最終確認のように問われ、キラは苦笑を深くした。余り気遣われると折角決めた覚悟が崩れてしまうではないか。

だから「お前の大丈夫はとことん信用ならない」と呟くアスランの言葉を無視し、彼はとっととドアの開閉ボタンに手をかけたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・熱烈なご歓迎だね」


小さく呟いた声は、傍にいたアスランにしか聞こえなかっただろう。


ドアを開けた途端キラを出迎えたのは、遠慮も何もない、高速で向かってくる一本のナイフであったのだ。


「っ、キラ!」
「大丈夫だってば。落ち着いて。アスランは手を出さないでよね」


一拍遅れて悲鳴のような声を上げたアスランに、キラはあくまでも冷静に応えた。こんな事、予想の範囲内であったのだ。

飛んできたナイフを器用にも受け止めたキラの指をちらりと見、アスランは何かを言いたげに口を開閉させた後、結局何も言わずに部屋に入るよう促した。

トレーニングルームの先客達は一見戦闘行為と無縁そうな形をしたキラの、顔面に投げられたナイフを2本の指で受け取ると言う・・・一種神業のような行動に度肝を抜かれたようだった。


それに内心で笑い、キラは悠然とナイフを投げたと思わしき人物――シンまで近づいていく。彼は自分で投げておきながら酷く驚いたようにこちらを見ていた。どうやら受け止めるとは・・・しいては避けるとは思っていなかったようだ。

本気で顔面に当てるつもりでいたのか。刃は潰されているとは言え、先端を向けて投げられたそれが当たれば、無傷では済まされないだろうに。

悲しいな、と正直に小さく呟いて、キラはシンから数歩はなれたところで止まる。


「体を動かしたいんだ。相手、してもらえるかな?」


再び貼り付けた穏やかな微笑をどう取ったのか、シンは一瞬怯えたように顔を強張らせた。だが見なかった事にして、キラはゆっくりと投げられたまま持っていた訓練用のナイフを差し出す。


「はい、これ」


君が投げたのでしょう? 言外にそう言ったキラに、シンはますます怯えたようだった。・・・・・・何故。


「・・・・・・キラ、目が笑ってない」
「え」


アスランにこっそり告げられて、しまったと天を仰ぎそうになった。若干「投げられた瞬間投げ返さなかった事を褒めて欲しい」と思ったが、そんな事をしたら観客が来る前に終わってしまう。とりあえず反射より理性が勝った自分を密かに褒め、予想の範囲内にも関わらず荒くなってしまったらしい精神を静めてみた。


「ま、とにかく・・・。どう? 僕割と強いし、相手できると思うよ?」


一瞬で気持ちを切り替えて、態と誤魔化すような笑いを浮かべ。そんな微妙な挑発を加えて声を掛けなおせば、少年は面白いほど反応してくれる。


「やってやるよ!!」


顔を怒りで赤く染め、鼻息荒くナイフを奪うように取り返したシンの姿は、まるで鬱屈した思いが漸く爆発したようにも見えて。その行動に驚いたような顔をした裏で、キラがほっと安堵した事をシンは知らないだろう。

キラがレイではなくシンとの手合いを望んだのは、彼の性格を考えた末、こうして一度爆発してしまった方が良いと思ったからだ。

シンは少しだけ、嘗てのキラに似ている。二年前、まだ状況に流されるままだった頃の。

鬱屈した思いをぶつける相手がいなかった彼は、“護る”という行為に盲動し殻に閉じこもり、性格も荒んでいた。精神的に疲弊し、食物を受け付けなくなった。・・・色々とがたが来ていたのである。


シンはキラとは違う。こんな行動、キラの独善的な物でしかない事もわかっている。シンと戦うのだって純粋な思いからの行動ではない――静かに話を聞いてもらうべく打ちのめして黙らせる為と、クルー達への牽制の為でもある――し、結局は全て自己満足に過ぎない。


(本当、何だか色々矛盾してるし、歪んでいるよなぁ・・・)


しみじみそう思ってしまって、キラは小さくため息を吐いたのだった。




H18.12/14 加筆修正



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