「・・・・・・・・具合はどうだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫です。ほぼ回復しました。」


男の問いに答えた女は、しかしその内容とは裏腹に、酷く力ない様子で座り込んでいる。

男―――ムウはそれを痛ましそうに見て、女に与えられた部屋から静かに退出したのだった。



部屋を発ち、しばらくやりきれない思いのまま歩きつづけていたムウは、ふと目の前に見知った姿が横切るのを見て、慌てて声を掛けた。


「ノイマン秘書官!!」


行き成り名を大声で呼ばれた男は何事か、と動きを止めて辺りを見回し、そこでムウを見つけて苦笑した。


「いかがなさいました、王殿下。」


ムウはいつも通りのその丁寧な物腰に安堵し、ノイマンとの距離を一気に縮め、目の前に立って呟くように問うたのだった。


「・・・マリューは執務室か?」


その様子がどこか母を捜す子のように見え、ノイマンは意外な思いを禁じ得ず、思わず細い目を見開いてムウを見た。

 それから、気を取り直すように両手に抱えていた書類を持ち直し、極力いつも通りの口調になるように注意して答えたのだった。


「はい。ですが今はプロヴィデンスからの使者殿がお出でになっています。」

「ラウの所から? またアデスのおっさんに来させたのか。」


ラウ・ル・クルーゼ。ムウの双子の兄に当たる、帝国プロヴィデンスを治める王のことだ。

彼は度々他愛の無い親書を、こうして婿に出た最愛の弟とその伴侶にあたるマリューへと送るのである。

しかもその度に親書を届けるのが、ムウとラウの世話係だったアデスの役目となっていたりするのだ。

 彼はまだ老いていないとは言え、そろそろ使いっぱしりにするのは止めてやれよ・・・といつもならば思うところだが、今は同情してやる余裕もない。その代わり、彼ならば自分が参入しても何も言わないだろう・・・・と思っていたところ、ノイマンがその考えを遮るように返答したのだった。


「違いますよ。今度は初めてみる少年です。」

だから突入するのは止めて置いてくださいね。


と、ムウの考えを悟ったように呆れて返答するノイマンに苦い笑みを返し、何とはなしにその少年の容姿を尋ねてみる。

そうして彼の口から少年の特徴を聞いたムウは、思わず後先考えずに走り出してしまったのだった。



女神の国





「そうね・・・・この国もあそこの無体のせいで、随分と大変な思いをしたわ。同盟の件、了承いたしましょう。」


広い、この国の王の執務室で。

キラは快く出されたその返事に、感謝の意を示すべく深々と頭を下げた。

 アーク王国がジブリールが突如国交を絶ったせいで極度の物資不足に陥ってしまったことは知っていた。しかも今回はプロヴィデンスからの親書付き。予想通りの結果に満足しながら、キラはゆっくりと顔を上げる。


すると、柔らかい微笑を浮かべるこの部屋の主と目が合った。

 彼女はあの極度な物資不足を無事乗り越え、その他にも様々な政策を行い国富を豊かにしてきた、歴史に残るような賢帝である。

しかしその実績に反し彼女の雰囲気や容姿は非常に柔らかく、優しい。

母性を感じるその笑みになんだか恥ずかしい思いをしながら、キラは困ったように微笑み返したのだった。

しかし彼女は無言で微笑むばかり。そして王の許可が下りるまでは退室を許されないのが万国共通の理なのである。キラは突如流れた微妙な沈黙に、なぜか冷や汗が背中を伝い、立ち去ることも出来ずにただ微笑みつづけるしか無かったのである。


 そして数分後、アーク女王はそんなキラの様子をニコニコしたまま見、漸く口を開いたのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・いいわね・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が、でしょうか。」


しかしその柔らかそうな唇からこぼれた言葉は理解不可能なもので。

いや、理解不可能・・・・というより、理解したくない、と言った方が良いのかも知れない。

なぜならば未だ彼女の細い指に握られたままの仮面の国主からの手紙が、キラに逃げるように警告しているように見えたから。


 思わずじり、と後ずさり、キラは引きつった笑いを浮かべてマリューを見る。

彼女は先ほどの母性のにじみ出る微笑にうっとりとした笑みを加え、尚も言う。


「・・・・・・・・イイ・・・・・・。クルーゼ国王ったら、いい趣味してるわね。」


な ん の こ と で す か

聞きたくても体がこれでもかと言うほど聞くことを拒絶していた。思わず本能の赴くまま更にドアまで後ずさり、その行動を誤魔化すようにキラは汗の滲む顔をにっこりと歪ませて、必死にドアノブを探る。


しかし、・・・・・・・・・・・・ドアノブが無い。


「ない!?」


思わず叫んで女王に背を向け、確かに入る時にはあった、ドアノブのあるべき場所を凝視する。

なんとそこは不自然に四角く窪んでいた。あちら側から蓋をするかのように・・・・・というよりも、上から板が下がってきた、と言えばいいのか。


 このアーク公国は別名からくり王国とも言われているのだ。発達したからくり技術を考えると、たぶん何らかの操作によってドアノブが付いていた板ごとひっくり返されたか、それともドアノブが分厚いドアの奥に陥落して上から板が落ちてきたか。

そんなことを必死に考えている間に、キラはふと背後に気配を感じたのだった。

恐る恐る振り返れば、そこには―――――・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・もうヤダーーーーーー!!!


思わずドアに背中をへばり付かせて半泣きで叫んでしまう。背中は冷や汗でびしょびしょだ。

しかしそんなこと気にせずマリューは更にキラに迫り、何かに萌えて(燃えて)いる瞳で叫び返すのだ。


「酷いわ紫鬼君っ、クルーゼ国王には見せてよくて、わたしには見せてくれないの!?」


そう言う彼女の両手には、色とりどりの一目で女物とわかる着物が!


 その着物を何処から出したのかはもう聞くまい。とにかく二度目があってたまるか、とキラは子供のように駄々をこねる。


「僕はっ男です!!」

「そんなこと知ってるわ。見てもわからないけど。」

「(買Kーン!!)・・・じゃぁ!!」

「似合うのはわかってるんだからいいじゃないv」

「良くない!!!」

「なら本当に差別なのね!? クルーゼ国王は良くて、わたしはダメ!!」

「違っ、そう言うのではなく!!」

「ひどいわ〜!!」

「・・・・ひどいのはどっちだ〜!!!」

しくしくとあからさまな泣きまねまでし始めた女王陛下に、キラは彼女のにじみ出る母性のせいか幾分子供っぽくなってしまう口調で、尚も言い募る。

そして、仕舞にはこっちの方が泣きたくなってきたその時。


「失礼する!!」


そんな言葉とともに、キラの頭に硬質で分厚いドアが素晴らしい勢いでクリーンヒットしたのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・僕、こんな阿呆な死に方なんかしたくない・・・・・・・・・・。




そんなことを失いつつある意識の下で呟き、キラは自分をマリューの胸の中へと吹っ飛ばした、ドアのところに立つ人物を見る。


なんと、そこには―――――・・・・。





(あとがき)
・・・・・・・・阿呆らし・・・。
過去編第三段いきます。何げに続き物。(吐血)  



   
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