内側のことを考えず、ドアを行き成り開きやがった人物を見た途端、キラの視界は一瞬赤に染まった。

そして、その人物もキラを見、一瞬体を硬直させてから大声で言ったのだった。


俺のマリューの胸に顔をうずめるな無礼者!!!!」

「うずめさせたのはあんただアホんだらぁ!!!!」


ドアの勢いが笑えるほど良すぎて体が吹っ飛んだ結果、キラの体はマリューの豊かな胸にキャッチされたのだ。

 逃がさない、とばかりにそのまま抱きしめてくる女王の腕の強さが苦しく、しかも衝撃で頭がくらくらしていて、更にはあまりにも場違いな叫びを吐いた男に、キラは「なんだ、別人か」と内心安堵しながら判断したのだった。



女神の国2





「ムウ! どうしたの貴方。」

キラを抱きしめたままムウを見れば、彼は叫んだ格好のまま体を硬直させ、呆然とキラを見ていた。

 マリューは突如乱入してきたムウに疑問の声を発したのだが、今は彼のその状態の方が疑問である。

そのまま何も言わないムウに、マリューは腕の力を弱め、今度は先ほどからじたばたと暴れていた少年に声を掛けた。


「紫鬼君? あなた、ムウと知り合い?」


すると漸くマリューの胸から顔を上げることを許された彼は、不自然に屈まされていた体勢から腰を伸ばして視線をムウに移し、僅かに眉を寄せたのだった。

 こうして間近で並んでみると、少年の身長はマリューとほぼ同じ位か、それよりも少し大きい程度。その身長から少年の幼さが窺え、マリューも気付かれない程度に眉を寄せた。


「“ムウ”って人は知りません。・・・・・・・・この人によく似た人は知ってますが。」


そして、少年の愛らしい唇からこぼれた言葉は、やや冷たさをにじませる物で。

ドアで頭を打たれたから、という事だけが理由だとは思えないその冷たさに、マリューは更に眉間の皺を深くする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムウ、あなたこの子に何をしたの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


それに返ってきたのは無言のみ。この状況を見て、少年が何かをしたとは思えなかったマリューは、ムウを見る視線を険しいものに変えた。


「答えなさい、ムウ。」


いつの間にか口調は問いただす物に。その女王然とした口調と威圧感に、キラとムウは思わず体を震わせた。


そして、キラが「別に何もされてません・・・・・」と言い掛けたそのとき、ムウがそれを遮るように口を開いたのだった。


「生きていたのか、キラ・・・・・・・。」

「っ!!?」


その言葉に、キラは一度自分が否定したはずの疑問を肯定されたのだと悟り、マリューの腕からするりと抜けて彼から距離を取る。

目を見開いて此方を見るキラの瞳は、まるで手負いの獣のように獰猛で、怒りの渦巻くもの。そしてその手には没収したはずの苦無が握られ、驚くほどの殺気を此方に向けていたのである。

マリューはそれに思わず息を呑み、音を鳴らす歯を抑えるように口を覆った。

そして、未だドアのところで固まっているムウを見る。


あなた、本当に何をしたの・・・・・!?


瞳だけで問うと、ムウは一瞬辛そうに眉を寄せた後、漸く足を動かし、マリューを庇うように立ったのだった。


そして、それを殺気立った目で睨むように見ていたキラは、不意に笑って口を開いた。


「・・・・・・・・・・大切な人なんですね、“ネオさん”。」


その笑いは、どこか小馬鹿にしたような笑いで、しかし酷く悲しげな笑い。

ムウはそんな表情を浮かべる少年に泣きそうに顔を歪め、小さく「・・・あぁ」と呟いた。


「そうですか。・・・・・・・・・・・・羨ましいです・・・・・・・・・。本当、に・・・・・。」


その微笑を浮かべたままキラは彼らから視線を外し、腕から離れるのを拒絶している苦無を無理やり床に落とした。


「本当に・・・・・・・・・、壊してやりたく、なるほど・・・・・・。」


その口調は低く苦々しげで、それなのに今すぐにでも泣きそうなほど揺れている。

 ムウは彼のその様子に涙を堪えるように目を瞑り、マリューが慰めるように肩に置いた手に、自分の手を重ねたのだった。




―――――僕は、満足に寄り添うことも、守ることも出来なかったのに・・・・。

この感情が、醜い嫉妬でしかないことは分かっている。

けれど、この寄り添って、支え合って立つこの二人を見ると、どうしても湧き起こる怒りを抑えることができなかった。


だって、“ネオ”は自分と“彼女”を、奈落に突き落とした存在なんだ。

それが、彼の意志ではないことは、分かっている。

彼がいい人だってことも、知っている。

自分を常に気に掛けていてくれたことも、気付いていた。

そして今、その瞳が悲しげに揺れていることも。


でも。


でも、


“ネオ”は紛うことなく、ジブリールの忍、ブルーコスモスの一員。


―――――――――――――キラの憎むべき、相手。



そんな人物が自分は得られなかった幸せを掴んで、目の前に立っている。


壊してやりたい。殺してやりたい。

そして自分と同じ苦しみを味わえばいい。



不意に襲ったそんな衝動に、キラはまた笑った。


憎まないと決めはしたが、そうそう簡単に気持ちが付いてくるわけもない。

こんな考えを持つのも、憎しみを捨てきれないのも、自分の弱さ故だ。


強くならなくてはいけない。暗い感情に打ち勝つ精神を。暴走する心を止める精神こころを。


キラは目を瞑り、深呼吸を繰り返す。

 そして、目を開き、今度は目の前に立つ男女をまっすぐに見て言ったのだった。


「ご無礼をお許しください。・・・ムウ・ラ・ラミアス王殿下ですね。お噂はかねがね承っております。私の名前は“紫鬼”、以後お見知り置きを。」


そう言って、優雅に一礼する。


――――そう、僕の名は“紫鬼”、戦う道具。道具に感情は不必要だ。


そう思っていれば、幾分気持ちが静まってくる。


しかしその瞳は、確かにムウ達を見ているはずなのに、何の映像も感情も映さず、酷く空虚な物で。

そんな目を何故このような少年が出来るのかと、マリューは呆然としつつもムウの肩を掴む手に力を入れた。


「・・・・・・・・・・・・・・キラ・・・・。」


ムウもそんなキラの様子に、痛ましい思いを禁じえないようだった。


しかし彼はその空虚な瞳のまま、笑って言う。


「“紫鬼”です、王殿下。その名は捨てました。」


この仕事を続ければ、この名は邪魔になる。自分の・・・「キラ・ヤマト」という名は良くも悪くも知られすぎたのだ。

 少し調べただけで、自分が元々どこの生まれか、そこで何をしていたのか・・・・簡単に知られてしまう。

そこから、自分の家族や幼馴染達に要らぬ苦労を掛けたくは無いのだ。


その時、少年の瞳に何らかの―――もしかしたら哀愁のような―――感情が戻ったのを感じ、マリューははっと我に返った。

そして、思う。


―――――――危うい、わ・・・・。


このままでは、いつか少年の心が壊れてしまう。そう、キラの様子はマリューに思わせたのだ。


 ムウの影で唇を噛み、どうしたら良いのかと思案する。

しかし今日会ったばかりの少年のこと。これと言って良い案が浮かぶわけも無く、マリュー眉根を盛大に寄せた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ、ね。」


その呟きにムウとキラが怪訝そうな瞳をマリューに向ける。

しかし彼女はそんな二人に気付かない様子で、自分の思考に埋まっていた。

そして、彼女は数秒もしないうちに顔を上げ、ムウの背後から進み出るとつかつかとキラに向かって歩き出したのだ。


「・・・・・・・・・キラ君、と言うのね。貴方のことはムウからよく聞かされていたわ。」

「そう、ですか・・・・・。」


キラはムウを一瞥し、すぐさまマリューに視線を戻して「ですが」と言う。


「申し訳ありませんが、私の名は“紫鬼”。その名は・・・・・」

「なりません」


しかし、もう一度先ほどの言葉を言おうとして、その途中でマリューの硬い声に遮られてしまった。

軽く驚いて彼女を見ると、マリューは意志の強い目でキラを見据え、続ける。


「あなたの名は“キラ”です。この国で名を偽ることは許しません。・・・・・・・これは、命令よ、“紫鬼”。」


 “紫鬼”は王の命令に逆らわない。どんな命令も受け、言われるがままに動く道具。その代償として同盟を結んで欲しい。―――それは、始めにキラ自身が言った言葉だ。

当然、その命令を跳ね返すことなど出来るはずも無く、彼は一瞬目を閉じたあと「御意」と言って再び一礼したのだった。


 その様子を見、マリューは「まだ・・・・」と小さく呟く。

これでもまだ、少年の心を“無”じゃなくする事は出来ない。

ムウが不思議そうに自分を見るのを無視し、マリューはついに、無駄に考えることを放棄したのだった。



俯いていた女王が、突如顔を上げると同時に。

キラの体は再び彼女の腕に捕らわれた。


今度は息も出来ない、そんな力強いものではなく。

優しく、まさに包み込むような。

簡単に外せるはずのその腕を、キラは先ほどと同じように、何故か外すことが出来ないのだった。


 マリューはキラの頭をなでながら、優しく呟く。


「キラ君。感情を抑えてはいけないわ。そのままでは心が死んでしまう。いっそムウが憎いなら殺してしまいなさい。私が憎いなら、殺されるのは困るから半殺しにして頂戴。」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」


今何だか素晴らしく自分勝手で恐ろしい言葉を聞いたような気がしたのだが・・・・・。

思わずムウとキラが顔を見合わせ、あっけに取られたようにマリューを見る。

しかし彼女は未だキラを胸に抱いたまま、真剣に考え込むようにぶつぶつ呟いているのだ。


曰く、「あ、拷問とかしたい? 私は嫌よ、やるならムウに。」とか、「八つ裂きとかも嫌ね・・・・やるならムウに。」とか、「五体満足じゃなきゃ困るわ・・・・やるならムウに。」とか、何だか聞いていてムウが憐れになってくるような言葉を。


 それを聞き、何だかキラは怒りを持続するのが不可能なくらい脱力し、憐れむような視線をムウへと送ったのだった。


彼は口を呆然とあけてそんな彼女を見、それからじり、と後ずさって「マリューならやりかねない・・・・」とか何とかブルブル震えて言っているのを見たならば、キラは「・・・・・・・・・・・・・・・・・僕なんでこんな夫婦に嫉妬なんかしてたんだろ・・・・・。」と心の底から思ってしまったのだった。





(あとがき)
・・・・・・・・・・・(無言)

いや、このままどんどん休むことなく次を書くつもりなんで、ぶっちゃけあとがき書く余裕も内容もなく・・・Uu

しいて言うなら、マリューさんサイキョー、ムウさんへたれー、キラきょーぼー(棒読み)


・・・・・・うん、実は過去編の意味って、キラの救済を書く為なのよね・・・。(ぇ    



     
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