「う〜ん、困ったねぇ、アイシャ。」

「えぇ、困ったわネ、アンディ。」


日の届かぬような、深い森の中。

場にそぐわないほのぼのとした雰囲気をかもし出している男女は、今現在黒装束に身を包んだ者達に囲まれている最中だ。

 しかも彼らの腕やら頭やらに巻かれているのは、青い鉢巻。

アンディは黒い装いの中随分と目立つそれを見て、にやりと笑った。


「アイシャ、まさかこいつらが君の言う“光る子猫ちゃん”じゃないよな?」

「まぁ、ちがうワよ。こいつらハ、しいて言うなラくすんだドブネズミネv」


言葉に異国の訛りがある彼女は、にっこりと微笑んだまま相手の怒りを増徴させるようなことを言う。

アンディはやれやれ、と呆れたように片目を閉じ、言ったのだった。


「そうだねぇ、君の言う通りだ。しかしどうしようか、コレ・・・・・。」


彼が見据えているのは、言わずもがな自分を取り囲む黒装束たち。

その、アイシャを見つめるモノとは180度違う鋭すぎる視線に、流石の黒装束たちも攻撃へと踏み込めない様子。


アンディはそれに鼻で笑い、しかし実は若干背中に汗をかいていたのである。

もし彼一人だったなら、なんとかこの場から逃げ出せたかもしれない。

しかし、実際はアンディの後ろには彼の愛妻、アイシャが控えているのだ。

 つまり、アンディも迂闊に動けない。いつまでもこの状態でいる訳にも行かなかろうと、彼が打開策を考えていた、そんな時だった。


「・・・・・・・・・・・・・・へぇ、こんな所にもいたんだ・・・・。」


そう冷たく響く、少年の声が彼らの耳に届いたのは。



智将の国





思わずその場にいる全員が声のした方向を見ると、言葉を発した本人らしい少年が、随分と高い位置にある木の枝に腰掛けて此方を見ていた。

 彼はちらりとアンディとその後ろにいるアイシャに視線を向けると、猫のようにしなやかな仕草で枝から降り立ったのだった。

それを見て、アイシャは思わず声を張り上げていた。


「アンディ!! あの子よ、“光る子猫ちゃん”!!」


その言葉に少年は思わずずっこけそうな仕草をしたが、なんとか体勢を立て直して徐に片手を振り上げたのだった。


途端に、アンディ達の目の前から黒装束の姿が消える。


いや、消えると言う表現は可笑しいかもしれない。彼らは一様に、数メートル離れた位置に生えていた木々の幹へと、縛り付けられたように張り付いていたのだから。


「・・・・・・・何をした?」


アンディが警戒しつつもその不可思議な光景に疑問の声を発すると、少年は冷笑を浮かべながら静かに答える。


「彼らがあなた方に気を取られている間に、罠を仕掛けただけです。」


それから促されるように少年の手を見れば、彼の手袋越しの指にはキラキラと光る糸が巻き付いている事が確認できた。

目を細めてそれを凝視していると、少年はにっこりと笑ってアンディに言ったのだった。


「さぁ、こちらは僕が引き受けます。すぐに追いつきますので、どうぞ先に行ってください。・・・・・これから先は、ご婦人には少々見苦しいものとなりますので。」


そう言って柔らかく笑う少年は、確かに笑っているはずのなのに、酷く恐怖をかき立てる。

アンディは思わず数秒間少年を凝視した後、警戒は解かずにアイシャを促して歩き出したのだった。





 キラは先ほどの男女の気配が遠ざかったのを確認すると、憎々しげに自分を見る複数の視線にうっとりと微笑んだ。

そして、いっそ無邪気とさえ言えるその微笑を浮かべたまま、言う。


「サヨウナラ」


それと同時に、手首をひねった。


鋼糸によって木々に縛られていた者たちは、次の瞬間、それだけの動作で輪切りにされた木々と運命を同じくしたのだった。


 それを無感動に見て、キラはふと先ほどの男女が向かった方向を思い出し、引きつった声を上げる事となる。


「しまった、あっちは・・・・・!」





「・・・・・アイシャ、目を閉じていなさい。」

「・・・? ・・・わかったワ。」


アンディは目の端に捉えたモノを認識すると同時に、そうアイシャに言った。

彼女の肩を抱きながら、アンディは周囲の木の根に横たわっている死体の数々に眉根を寄せた。


それは、先ほど自分達を囲った黒装束と同じように、体の一部に青い鉢巻を巻いている。

そして、それが意味することは一つ。


「ジブリール付きの忍か・・・・。厄介なことになったな・・・・。」


最近良くかの国がバナティーヤに密偵を送っていたことは知っていた。

だがまさかこんなにも多くの忍が侵入していたとは・・・・と、血を流し事切れている死体を跨いで、アンディは小さく舌打ちした。


 しかし。

この人数にも驚きだが、それ以上にアンディの頭の中を占めていた物がある。

それは、先ほどの少年という存在。


「『こんな所にいた』ね・・・・」


まるで他の場所でも見た、とでも言いたげな口調。そしてなにより、自分や、本職の忍達でさえも気付かずに張られた罠。

――――この数え切れないほどの死体を作ったのも、あの少年の仕業なのだろうか。


「アイシャ。」

「なぁに?」


先ほどからぶつぶつ呟いていた事については聞かず、律儀に目を閉じたまま聞き返すアイシャの良妻さに少々感動しながら、アンディは続けて言った。


「あの子猫ちゃんは何者なのか、そろそろ教えてくれないか?」


そもそも、何故アンディがこのような深い森にいたのかと言うと。

行き成り朝起きたら妻であるアイシャに「“光る子猫ちゃん”が来るの!! 迎えに行きましょう!!」と言われて「故郷くにの友達か?」と暢気に思いながら彼女に促されるままに森へとたどり着いた、というわけなのである。

 するとアイシャはさして考える事もなく、はっきりと答えたのだった。


「知らないワ」

「知らない?」

「エェ。夢に出てきたのよ、アノ子。この森を歩いてテ、闇夜に瞳が猫みたイに発光してたノ。」

「それだけかい?」

「ソウ、それだけ。」


それだけ・・・確かにそんな、夢で見たに過ぎない事ではあるが、アイシャは夢見の占い師として有名だった女性だ。彼女の夢は侮れない。

加えて本当に“光る子猫ちゃん”―――少年は実在したし、彼女の夢はいったい何を暗示していたのだろうか。

そう言うと、アイシャはこれにもあまり考える様子も見せず、即答したのだった。


「何もヨ、アンディ。アノ夢はただ、私に子猫ちゃんの存在を教えたダケ。深い意味はないノ。」


そう言う彼女は、随分と自然な様子で、アンディに何か隠しているようには見えない。

アンディは「そうか」と呟き、また先ほどの少年へと意識を飛ばしたのだった。


と、そんな時。


「怪我はありませんか?」


行き成り背後から声がかかったのだ。

しかしアンディは振り返らず、ただ「まぁね」と答える。


声を掛けた少年―――キラはその様子に首をかしげた後、「あぁ」と一人納得して彼らの前方へと回ったのだった。


「僕の名はシキと申します。通りすがりの旅人です。どうやら命を狙われているご様子、良ろしれば家までお送りします。」


どうやら、突如現れたキラを男は警戒していたらしい。とりあえず無難に偽名を使って自己紹介すると、男が意外そうに目を瞠った。

キラが知る由もないが、それは、先ほど彼が見せた歳にふさわしくない冷たい微笑ではなく、歳相応の柔らかい微笑だったので、アンディは思わず驚いてしまったのだ。


「そういう顔も出来るんだな・・・・」

「え?」

「いや、なんでもない。」


本当に、ここだけ見れば普通の子供に見える。

アンディは内心でそう呟き、周囲に折り重なっている死体を見渡し、徐に言ったのだった。


「“これ”は、君の仕業かね?」

「・・・・・はい。」


キラは目を伏せ、だがその儚げな風情とは別に、はっきりと肯定の意を示す。

それにまた思わず目を瞠り、アンディは「そうか」と言って少年に一歩近づいたのだった。


「腕は確からしいな。わかった、護衛をお願いしよう。」




見知らぬ、初めて会ったような少年。

だがアンディは、何故かこの少年は自分に危害を加えることはないだろうと確信し、そう返事したのである。


 シキと名乗る少年はそれに安堵したように微笑み、「お名前をお聞きしても?」と訊いてきた。


アンディは愉快そうに目を細めた後、何故か弾んでしまった口調で答えたのだった。



「僕はアンドリュー・バルトフェルド。彼女は妻のアイシャだ。」



そう言いきると、目の前の少年の動きがいっそ見事なほど固まった。





(あとがき)
クルーゼさんによる鋼糸講座をすっ飛ばして次の国に。

いや、小話で書きますんでご心配なく(笑

 



   
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